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閑話 あれからのジュリ

 きらびやかなシャンデリアに照らされたゴージャスな空間。そこはとある帝国の大貴族が主催するパーティーの会場。


「おお! これはなんとお美しい方だ!」


「お、おほほ。ど、どうもありがとうございますわ」


 鮮やかな緑色のドレスに身を包んだ貴族の娘が、顔一面に愛想笑いを貼り付け、たどたどしい言葉遣いで社交辞令の挨拶を交わす。一方その相手である三十代半ばほどの貴族の男性は、興奮一色に染まった顔で彼女と会話していた。少なくとも、こちらの方は社交辞令の他にも色々と余計なアレコレが混じっていそうだ。


「いやはや、あなたのような素敵な女性に出会えるとは、今夜の私はとてもツイているようだ」


「おほほ、恐縮です、わ……」


 上機嫌なニコニコ顔で娘の手の甲に口づけする男と、ヒクヒクと顔をひきつらせる娘。二人の間の温度差は相当なものだ。


「失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいですか?」


「ボク……わ、わたくしは一堂ジュリと申しますわ」


「おおっ! ではあなたがあの『一堂家』のご令嬢の!」


 瞬間、貴族の男の顔がいやらしく歪む。


「そういえば、ついこないだ小耳に挟んだのですが、今『一堂家』ではかなり複雑な問題をいくつも抱えているとか」


「え、ええ、まぁ……」


「なんでも、御長男殿のご子息が大怪我を負われて、ほとんど寝たきりだとか?」


「………………はい、ですわ……」


「おお、それはなんたる悲劇だ!」


 男はこれ見よがしに額に手を当て、大袈裟に嘆いて見せる。そして流れるような動きでジュリの手を取りながら、小声で言った。


「どうですか? 私でよろしければ色々とお力になりますよ?」


「…………ありがとうございます」


 ジュリの目ではなく、大きく開かれたドレスの胸元を見ながら会話をする男は、まさしく下心の塊だ。しかしジュリは鼻の下が伸びた男の手を振りほどこうとも、拒もうともしなかった。そんなジュリを見て、貴族の男はさらに顔をニンマリさせる。


「では、お近づきのしるしに一曲踊りませんか。今日はせっかくのパーティーだ。楽しまないともったいない!」


「よ、喜んで」


 ジュリは男に手を引かれるまま、パーティー会場の中央へと歩いていく。今の彼女に拒否権などというものは存在しないのだ。


 ――たとえ下心丸出しの中年からの誘いでも、笑顔で応じなければならない。


 ――たとえダンスが苦手でも、根性で乗り切らねばならない。


 今のこの状況を招いた元凶は、他ならぬ自分である。そのことを少女は痛いほどよく知っているから…………



 ◇◇◇



「――で? 今日はついに最後までヤッちゃったわけ?」


「……ギリギリで逃げてきた」


 下着姿で自室のベッドに突っ伏したまま、ジュリは疲れた声でそう答えた。


「ほんと、昔っから逃げるのだけは上手だよねぇ、お(ねぇ)ってさ」


「うるさい」


 今度は枕から顔を上げて、ジュリは部屋のソファーで寝そべる二つ下の妹――一堂ミリーを半眼で睨みつける。


「ボクだって、解放されるまでおっぱいとかお尻とかねちっこく触られたんだから」


「はいはい、それはご愁傷さまでした」


 百パーセントそうは思ってない顔だった。

 ミリーはブロンドのツインテールの片方を指先にクルクルと巻きつけながら、言う。


「でもよく逃げてこれたよねぇ。一度は向こうのお屋敷まで行ったんでしょ?」


「……途中で奥さんが帰ってきた」


「あー、そういうこと……」


「うん、そういうこと……」


 それからしばらく微妙な沈黙が流れて。


「――あ! そういえばセイラン殿下と弥生お姉様の式の日取りが決まったらしいよ!」


「………………聞いた」


 そう言ったジュリの表情は、どこまでも暗く重い。


「ねえ、お姉」


「……何?」


「前から不思議に思ってたんだけど、お姉も弥生お姉様も、セイラン殿下のどこが不満なわけ?」


「それは……」


 口ごもるジュリを見て、しかしミリーは遠慮無しに訊ねた。


「あんな超優良物件、他にないと思うけど? 少なくとも、今日お姉が営業してきたキモオヤジより何万倍もマシじゃない」


「え、営業って」


 妹の歯に衣着せなさすぎる発言に、ジュリは思わずたじろぐ。


「そ、そもそもボクが殿下のことどう思ってるかなんてどうでもいいでしょ⁉︎ 問題なのは弥生の方よ!」


「……それもそっか」


 ミリーはその話題を執拗に掘り下げようとせず、早々に話を切り上げた。ただその代わりに――


「お姉。もう何やっても無駄だから」


「!」


 突然のミリーの突き放すような物言いにジュリは目を白黒させる。

 しかし、ミリーは構わず言葉を続けた。


「はっきり言わせてもらうけどさ? お姉が今やってることって、ぶっちゃけ悪あがきにもなってないから」


「そ、そんなことは……!」


「あるよ」


 姉の目をまっすぐ見て、ミリーはきっぱりと言い切る。


「お姉がさ、罪の意識感じて有力貴族の接待に精を出すのは勝手なんだけどさ。そんな事しても、多分あの二人は喜ばないから」


「あ――あんたなんかに!ボクらの何が分かるっていうのよっ!」


 カッと頭に血がのぼり、思わず声を張り上げるジュリ。だが、


「分かるわよっっ‼︎」


 そう言い返したミリーの変わりように、ジュリの逆上は早々に行き場を失った。


「だってあたし……お姉ちゃんと弥生お姉様と淳お兄様のこと、小さい頃からずっとそばで見てきたんだから……」


「!」


 頭に上がった血が瞬間冷凍される。

 つぶらな瞳から大粒の涙をこぼすミリー。


「そりゃあ、中にはこの状況を心から喜んでるクズな大人だっているよ? でもみんながみんなそうじゃない……お父様やお母様、もちろんあたしだって! ずっとお姉ちゃんたちのことを応援してたんだから!」


「……!」


 常に飄々として、どこか世の中を達観しているような大人びた少女。そんなマセた妹の豹変に、ジュリは唖然とするしかなかった。


「お姉ちゃんたちは、自分らだけが苦しんでると思ってるかもしれないけどさ? 今のお姉ちゃんとか、淳お兄様や弥生お姉様のあんな姿を近くで見なきゃなんない周りだって……同じくらいツライんだから!!」


「ミ、ミリー……」


 ジュリは胸をナイフで穿たれるような痛みを覚える。それは紛れもなく、先月に十四歳になったばかりの年若い妹の本音だった。


「あんなことになってキツイのは分かるけどさ⁉︎ 自分を追い込んでも仕方ないじゃない! なによりお姉ちゃんはこの家の長女なんだから……もっとあたしたち家族の気持ちも考えてよっ!!」


「………………ごめん」


 それしか言えなかった。

 妹の言っていることは、何ひとつ間違っていなかった。

 でも――


「あ、あのさ、ミリー!」


「いいよ、もう」


 狙ったのか偶然か。ジュリの口から出かかった決意表明は、ミリーの和解の言葉により喉の奥へと押し戻される。


「とにかく忠告はしたから……」


 吐き出すものをすべて吐き出してスッキリしたのか、それとも柄にもなく感情を表に出してしまい決まりが悪いのか。ミリーはそそくさと部屋を出て行こうとする。


「待つのだよ、ミリー」


 しかしジュリもただでは引き下がらない。

 ドアノブに手をかけた妹の背中に、ちょっと待てと声をかける。


「……何よ?」


 ミリーは涙の後処理をしながら、不機嫌そうに姉の方へ振り返った。


「いや、だいぶ昔から疑問に思ってることなんだけどさ? なんで淳と弥生のことは『お兄様』と『お姉様』って呼ぶのに、実の姉であるボクは基本『お姉』なのさ?」


 ジュリが目を半眼にして訊ねると。


「え? だってお姉って、見た目以外ひとつも褒めるとこないし」


 ミリーは泣きはらした顔をこれでもかとキョトンとさせて、


「それにその見た目だって、女のあたしからすれば大して好感が持てるポイントでもないから」


 絶句する姉を前に、しかしハッキリとそう答えた。


「本当に口が悪いのだよ、この妹は……」


「それ、お姉にだけは言われたくないから」


 そう言って、今度こそミリーは部屋から出ていった。


「…………もう何をやっても無駄、か……」


 妹の足音が完全に聞こえなくなったのを見計らい、ジュリは全身でため息をつきながら再びベッドに突っ伏した。


「……ねぇ、あと一回でいいからさ……」


 冒険士時代の仲間たち、そして『彼』との在りし日の日常に思いを馳せ……


「……またボクらのことを助けてよ……天」


 やがて少女の意識は、まどろみの中へと落ちていった。


 

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