エピローグ
「でねでね! 僕のいた世界に――っていうより、僕たち傭兵の間で流行ってたカードゲームなんだけどさ」
この上なく上機嫌なせいもあってか、彼の口数はいつもにも増して多い。
「『戦争』って言うんだけどね? これがまたけっこう奥が深いゲームなんだ」
その声はさも愉快気で、明るく弾んでいた。
「あ、ルールは簡単なんだけどね。こっちにもあるトランプを使った遊びで、五十二枚のカードを二人で半分こにして各自二十六枚の手札で戦うんだ。プレーヤーは一回戦につき一枚のカードを選んで場に出し合う。これを全部で二十六回戦を行う。勝利条件はもちろん勝ち星の多い方の勝ち。ね、とってもシンプルでしょ? キャハハハハハ!」
じめっとした薄暗い洞窟を歩きながら。
彼はご機嫌にしゃべり続ける。
自分と合わせた三人分の足音をかき消すほどのボリュームで。
「一から十三の中で一番強いのが言わずと知れたナンバーワンのA。でも、次に強いのはKの十三じゃなくて二なんだ」
「なるほど。数が若い順に上位のカードという訳ですね」
「その通り」
興味津々の面持ちで眼鏡を押し上げながら合いの手を入れる彼の忠実なる僕――執事服バージョンのシザーフェンに、花村戦は満足気に頷いた。
「出したカードが相手より若い数字なら勝ち。同数なら引き分けで、どちらにも勝ち星はつかない」
「二十六回戦……なるほど、互いの手札を全て使い切るというシステムですか」
「そっ。一度使ったカードはその場で破棄するんだ。勝っても負けても引き分けでもね」
「ククク、それは確かに面白そうですね。勝つためには高度な読み合いと緻密な戦略が必要不可欠。まさに『戦争』と呼ぶに相応しいゲームでございますね」
「でしょでしょ!」
と、戦とシザーフェンは実に楽しそうにお喋りする。初めから大いにウマが合った二人は、主従関係を結んでからというもの毎日こんな感じである。
「……」
そしてそんな二人から付かず離れずの距離を保ちつつ、機械じかけの人形のように戦とシザーフェンの後ろを追従するマーヴァレント。
これが彼ら三人のいつもの光景であった。
◇◇◇
「――なんだ貴様らはっ⁉︎」
剣呑な声が上がった。
そこはこの洞窟の最奥部。終着点。
薄暗闇に漂う腐肉のような異臭。
辺りに散らばる無数の骨。
生贄の儀式でも執り行うのかという見るからに不気味な空間には、鬼のような面貌をしたひとりの男がいた。
「なな、何者なのだ、貴様たちはっ!」
「……ほんと、反応がまんま素人だよね」
ひどく取り乱す男を見て、戦はため息と共に頭をかいた。
「マーヴァ」
「かしこまりました」
戦の背後に控えていたマーヴァレントは、主人の声に合わせて前に出る。
「ん? 貴様はどこかで見た覚えが……あっ、あぁあ、あなた様は……っ‼︎」
「ようやく気がつきましたか」
とはシザーフェン。
彼の声に反応してそちらに顔を向けた男は、二度目の絶句を余儀なくされる。
「ああ、ありえん! 何故このような場所に、上位ナンバーの統括管理者が二人もいるのだっ⁉︎」
血の気の引いた顔をさらに青ざめさせて、男は悲鳴にも似た声を上げた。
「“管理者”一等星使徒ゼッキ。あなたに審判を下します」
「!」
淡々と紡がれたマーヴァレントの言葉に。
ゼッキという名の使徒は、いよいよ額から多量の汗をしたたらせる。
「再三の警告を無視し、強引な侵奪を幾度となく繰り返した彼の者へ、特等星第二使徒の名のもとに裁きを言い渡します」
「お――お待ちになられよ、第二使徒殿!」
「待つ? いったい何を待てと?」
再びシザーフェンが口を挟む。
眼鏡を持ち上げながら発せられたその声は、明らかに気分を害していた。
「彼女は曲がりなりにも貴方の遥か上に位置づけされる存在。無論この私もですがね? ……その私達に、一介の管理者風情が意見できるとでも?」
「シザー」
「ハッ。申し訳ございません」
シザーフェンは主人の声に即座に一礼で応えると、そのまま一も二もなく口を閉じる。
一方。
「……、……」
その隙に一歩、二歩と息を潜めて後ずさるゼッキに。
「無駄です」
マーヴァレントは無情なる現実を突きつける。
「あなたが即席で用意したこのロッジの周辺には、既に結界を張り巡らせてあります。よって、空間転移による逃亡は不可能です」
「なっ⁉︎」
ゼッキの醜い顔が驚愕と恐怖に染まった。
いくら組織内で最後通告を受けるような救いようのない愚か者でも、ここまでくれば理解できるだろう……自分が今、どれほど絶望的な窮地に立たされているのかを。
「はいは〜い。そんな絶体絶命なキミにラッキーチャンス」
と、場の空気を完全に無視した鶴の一声。
黒の審判者が無言で道を開ける。
張り詰めた雰囲気を一瞬でブチ壊したのは、言わずと知れたこの人物。
「やっほー、僕の名前は花村戦」
「花村、戦……?」
「で、いきなりなんだけどさ、戦犯常習犯のキミにひとつ提案があるんだ」
あくまでも自分のペースを崩さずに。
戦は一方通行で会話を進めながら、ゆったりとした足取りで前に出た。
「ねぇ、僕とゲームをしようよ」
「ゲーム……だと?」
「そう、ゲーム」
戦は警戒を強める相手を安心させるように、ゼッキに微笑みかける。
「もしそのゲームで僕に勝てたら、キミの罪は見逃してあげる」
「なに! それは本当か⁉︎」
「うん。僕の方から後ろの二人に頼んであげる」
言いながら、戦は後ろに控えているシザーフェンとマーヴァレントを顎で示した。
ゼッキは訝しげな目で、ちらりと二人の強者を見やる。
シザーフェンとマーヴァレントは戦の言葉を裏付けるように、各々うなずいた。
瞬間、ゼッキの表情が安堵のそれへと変わる。
それから一息おいて、ゼッキは余裕すら感じさせる面持ちで戦の方に向き直った。
「よかろうガキ。貴様の言うゲームとやらで勝負してやる」
まさに小物の典型。
状況が好転したと判断するや否や、途端にゼッキは威張り出した。
それと同時に――
「身の程をわきまえろ、ゴミめ……」
じりっと半歩前に踏み出すシザーフェン。
知的な眼鏡の奥に浮かぶは激憤の情。
忠実なる執事の体から滲み出る怒気は、先ほどの比ではなかった。
戦はそれを軽く手を上げて制する。
「じゃあ、早速始めよっか」
「待て」
と、いかにも偉そうに手を前に出して。
ゼッキは乱暴な足音を立てながら戦の目の前までやって来る。
「俺はまだ、貴様とどんなゲームをやるのか聞いておらん。まずはルールを教えろ」
「あぁ、そういえばそうだったね」
うっかりしていたと。
戦は軽く肩をすくめ、晴れやかな笑顔で答えた。
「殺し合いだよ」
「…………は?」
次の瞬間――
「――! いぎゃァアアァアアアアアーー‼︎」
ズカズカと敵の領土を侵した愚か者の片耳が、血しぶきを上げてちぎれ飛んだ。
「キャハハハハハハハハハハ!」
激痛の悲鳴の後に続いたのは、狂気に満ちた笑い声。
「ダメだよ、不用意にエリアに入ったりしたら。もうゲームは始まってるんだからね?」
「きき、きさまぁあっ‼︎」
ゼッキは傷口を手で押さえながら、空いている方の腕で勢い任せに殴りかかる――が。
「ウギャァアアアァァアアアアアーッ‼︎‼︎」
続けざまに上がった苦痛の叫び声は、またしてもゼッキ本人のものであった。
「うんうん。今のは攻撃自体は0点だったけど、方向性は間違ってないよ。僕は魔法攻撃は何でも無効化しちゃうからね。その調子でどんどん――て聞いてる、キミ?」
「アガァアッ……うで、腕が……俺の腕がぁああああああああ!」
けたたましい悲鳴が鍾乳洞に響き渡る。
片耳につづき片腕も失ったゼッキは、苦痛に脂汗を流しながら地面をのたうち回る。
「あちゃー。これは全然聞こえてないかな」
ゼッキから奪った腕をブンブン振り回しながら、戦は背後に控えるシザーフェンとマーヴァレントの方を向いておどけて見せた。
「おお、思い出したぞ!」
ゼッキはよろよろと立ち上がる。
「花村戦、どこかで聞いた覚えがある名だと思っていのだ……! き、きさまがシナット様が雇い入れたという……ヴェリウスやヘルケルベロスを殺したという、あの――ッ」
「うん。僕がその花村戦だよ♪」
ポイっと手に持っていたゼッキの腕を放り捨てて。戦は「よろしくね」と笑う。
「ふ――ふざけるなぁあああ!」
途端に血相を変え、怒り立つゼッキ。
「ならば最初から、貴様らは俺を助ける気など……っ!」
「うん。無いよ」
そんなの当たり前じゃん。
まさか気づかなかったの?
戦が発した言葉からは、そういったセリフが今にも聞こえてきそうだった。
「ほら、ちゃっちゃと“変身”しちゃってくれない?」
戦は、狂気を帯びた琥珀色の瞳で獲物を見据える。
「そのまま殺っちゃうと『経験値』があまり入らないんだよねぇ。あ、大丈夫だよ? キミが変身し終わるまで待っててあげるから♪」
「……‼︎」
「まぁでも、キミは人類じゃないから容赦しないけどね? キャハハハハハハハハー!」
この数分後、ゼッキは知ることになる。
――本当に恐ろしいのは、後ろに下がった統括管理者たちではない。
――真の絶望は、今まさに対峙している、この少女のような人間種である。
“同族喰い”の忌み名を持つ使徒は、そのことを嫌というほど思い知るのであった。
◇◇◇
「う〜ん」
「どうかなされましたか、戦様?」
しきりに首をひねる戦に、シザーフェンは丁重な態度で話しかける。
彼の主人である見た目美少女の五十代男性は、数分ほど前からゴツゴツとした洞窟の地べたに胡坐をかき、何やら考え込んでいた。
「コイツのこと」
と戦は首をひねった姿勢のまま。
先刻から手に抱えているソレを、まじまじと見つめる。
「この前やった奴もそうだけどさ、変身前と変身後でどこが違ったのかイマイチよく分かんないんだよねぇ」
「あぁ」
戦の言葉にひとつ頷き。
シザーフェンは、納得した顔で戦の手の中にあるソレに視線を移した。
「まぁ何と申しましょうか、【魔人化】にも個人差や個性がございます。戦様も知っての通り、私などは【魔人化】する前と後で姿形が大きく様変わりしますが。中にはその者のように、見た目がほとんど変わらない変わり種もおります」
「うん、それもそうなんだけどね……」
シザーフェンの丁寧な解説に頷きつつ。
戦はまだどこか腑に落ちない様子で。
「ほら、シザーの場合は変身したらそれなりにパワーアップするじゃん」
「あぁ」
シザーフェンは再び、今度は先ほどよりもさらに得心したという顔つきで眼鏡に手をかける。
「戦様。畏れながら申し上げます。力が増すと言っても所詮は一等星使徒。蟻が飛蝗に化けたところで、本質的には同じ虫ケラかと」
「……それもそっか」
戦はひとまず納得した様子で軽く頷き、おもむろに立ち上がると、尻についた砂利を軽く払いながらくるりと振り向く。
「コレ、処分しといてくれる」
「かしこまりました」
丁寧に一礼して。
シザーフェンは戦の手からソレを――管理者ゼッキの生首を受け取った。
―――それは壮絶な死に顔であった。
断末魔の表情に固定された角の生えた面貌は、今にも叫び出しそうなほど恐怖におののいていた。並大抵の事ではこうはならない。おそらく今日、全世界で最も不幸な体験をしたのは、間違いなくこの者だろう。
……鬼のような醜い面も、こうして見ると存外に可愛らしいものですね……
そんな感想を抱きながら、シザーフェンはゼッキの死相を覗き込む。愚か者の末路など興味はないが、それがそのまま主人の仕事ぶりを表しているのなら話は別だ。
ただ、それも一瞬こと。
シザーフェンは指先で小さな魔法陣を描いた。刹那、魔法陣が描かれた空間に切れ目が出現する。
「ではさようなら」
そう言って。
シザーフェンはゼッキの生首を異空間という名のゴミ箱に放り捨てる。その直後、空間に生じた亀裂は瞬く間に修復された。
「ありがとう、シザー」
「いえいえ。戦様の従僕として当然の務めでございます」
そして執事は。
闇色のハンカチで優雅に手を拭った。
◇◇◇
「ねぇ、マーヴァ。『一番』ってキミよりも強いの?」
それは実に突拍子もない質問であったが。
「三柱神の管理下にある領土内で戦えば、現在は《彼》の方が上です」
諸々の事後処理を終え、主人のもとへ戻ってきた黒メイドは、打てば響く返答をもってこれに応じた。
ただ――。
「随分と含みのある言い回しだね。まあ嫌いじゃないけどさ、そういうの」
「戦様。私の方からご説明してもよろしいでしょうか?」
とは戦の傍に控えるシザーフェン。
戦は「もちろん」と有能な執事に微笑みを返した。
「この三柱が管理する地には、古来より強力な結界が張られております」
「分かった! つまり、その結界の中だとマーヴァは全力を出せないんだね!」
「……左様でございます」
察しのいい主人に説明開始から五秒足らずで答えを言い当てられてしまい、シザーフェンはその得意顔をどんよりと曇らせる。だがそれも一瞬。さらなる説明を求める戦のキラキラした眼差しが、解説好きの執事をすぐさま復活させた。
「モンスターがある一定以上の力を得ると――【魔王種】と呼ばれる上位種族に進化を遂げます」
「おお! やっぱりいたんだね、魔王!」
「はい。私も実際に目にしたことはありませんが、話を聞く限りではとてつもなく巨大な魔物だとか」
「それでそれで!」
身を乗り出して話に食いつく戦の反応を見て、悦に入ったように眼鏡を押し上げるシザーフェン。これぞ己の本懐とばかりに、彼の言はさらに流暢になる。
「【魔王種】は各々の個体が世界を蹂躙せしめると言われる文字通りの怪物です。三柱はその脅威を恐れ、自分達の世界そのものを強大な結界で覆ってしまったのです」
「うわ、つまんないことするなぁ」
「ええ。全くもってその通りですね」
シザーフェンは戦の意見に強く同調した。
「でもさ、もし人類でその魔王種? ぐらい強いのが生まれちゃったら、あの神様ズはどうするつもりなのかな?」
「この結界は【魔王種】のみ有効なものらしく、その他の種族には効力を発揮しないと聞き及んでおります」
「ああ、だから僕と天天はセーフなんだ」
「はい。まぁいずれにせよ『魔法無効体質』をお持ちの戦様と御子息殿の前では、どのような結界も意味をなさないと思いますが」
「あれ? そういえばシナットのペットの白闇って奴は大丈夫なの?」
「白闇様は【魔王種】ではなく【神獣】ですので、これも三柱の結界の対象外となります」
「ふ〜ん」
シザーフェンとの会話もあらかた終わり。
戦にとって十分すぎるほどの情報が集まったところで。
「要するに、キミは変身するとその魔王になっちゃうってわけだ」
「はい」
戦に水を向けられ、マーヴァレントは静かに頷いた。
「【魔人化】を行えば、私が《彼》に後れを取ることはありません。ですが……」
「逆に変身しないと、変身したソイツに勝つのはちょっと厳しい。つまりはそういうことだね?」
「はい」
淀みのない受け答えを終えると。
マーヴァレントは恭しく戦に頭を下げる。
「シザー」
「ハッ」
凛とした返事に合わせ、シザーフェンが背筋を伸ばし姿勢を正す。戦の口調はそれまでと違い、対象に緊張感を伝えるものだった。
「ソイツを僕の部隊に引き入れることは可能かい?」
「率直に申し上げますと、難しいかと思われます」
シザーフェンは即座にNOと答える。
こういった質問で言葉を濁すのは無意味だ。何より戦は回りくどい回答を好まない。そのことをシザーフェンはよく知っていた。
「《彼》には明確な目標が二つほどありまして――」
ただ、その答えに至った理由は必要である。
「一つは、シナット様の最強眷族である白闇様を超えること。そしてもう一つは、この世界を統べる王となること。この二つが《彼》の目標、というよりも我らの側についた目的と言いましょうか」
「あぁ……それは確かに無理そうだね」
戦は苦笑を洩らす。
シザーフェンからもたらされた情報を少し読み取るだけで、相手が間違っても誰かの下につくようなタイプじゃない、というのが容易に想像できた。
「まぁ、やりようによっては飼えるかもしれないけど、飼い慣らすまでそれなりに骨が折れそうだ」
「仰る通りかと」
「……でも、どうしよっか。さすがにこの三人だけじゃ、部隊としてはちょっと寂しすぎるし」
「私に心当たりがあります」
瞬間。
男二人の視線がその声の発信元に集まる。
頭を悩ませる戦に助け船を出したのは、意外な人物であった。
「……それってつまり、今の話はキミに任せていいってことだよね? マーヴァ」
「はい」
戦の射るような眼差しを真正面から受け止め、マーヴァレントは普段通り、まるでお手本のような美しい一礼をして見せる。その姿には、あらゆる問題を解決してしまいそうな無上の頼もしさがあった。
「わかった。じゃあよろしくね、マーヴァ」
「かしこまりました」
「戦様。及ばずながら、私もその役目をお手伝いさせていただきます」
負けじとシザーフェンも戦に頭を下げる。
たとえそれが嫉妬心からでも、仕事ができ意欲のある部下は素晴らしい財産だ。
そして、戦は部下の意欲を削ぐような愚かな上司ではない。
「うん。期待してるよ、二人とも♪」
戦は声を弾ませ。
主人に対し九十度の最敬礼をする従者二人に、満面の笑みで応えた。
「――あ! そういえば僕、また『レベル』が上がったんだよ!」
言い忘れていたと、戦は声を張り上げる。
「それはおめでとうございます、戦様」
「うん。ありがとう」
一も二もなく祝福してくれた部下に素直に礼を言うと、戦は頭の中でその表示画面を浮かび上がらせる。
「でも、天天もつくづく甘いよねぇ。あんなに時間くれたら、こっちだって色々と準備し放題じゃん♪」
目の前に展開されたそれを眺めながら、戦はニンマリとほくそ笑んだ。
Lv300
名前 花村 戦
称号 大戦鬼
種族 人間
最大HP 20900
蓄積SP 19300
力 878
耐 812
敏 999
知 210
特性・レベルアップ必要経験値半減
争乱の目 魔法無効体質 状態異常吸収 死魂吸収譲渡 戦技法 獲得経験値99倍
♦︎戦命力・77250♦︎
◇◇◇
今回も粛清という名の『レベル上げ』は滞りなく遂行され、一行はいつものように徒歩で帰路についた。
「そういえば、来るときにした話の続きなんだけどさ」
薄暗い鍾乳洞を歩きながら、戦はふと思い出したように口を開いた。
一方――。
「「……」」
シザーフェンとマーヴァレントは、少し前から無言で主人の背中に続いていた。
ただとりわけ険悪なムードという訳ではない。少しばかりの緊張感はあるが、刺々しい雰囲気は皆無だ。
――というのも。
二人は今現在、次なる戦の餌候補と新設部隊の戦力を見つける為、フレッシュな内部情報を掻き集めている――念話などで――真っ最中であった。
「僕がいた団のルールだと、五十二枚のトランプに更に“ジョーカー”を二枚加えて、計五十四枚のカードで二十七回戦を行うんだ」
「例の『戦争』というトランプゲームの話ですね」
部下との念話を中断し、戦の話し相手になったのはシザーフェンだ。その行動に一切迷いはなかった。別に戦の機嫌を損ねるのが怖いという訳ではない。ただ単純に、シザーフェンの中で戦とのお喋り以上に優先するものが今のところ存在しないだけだ。
「でさでさ、ジョーカーはAにも勝てる最強のカードなんだけど、代わりにちょっとした弱点もあるんだ」
「弱点ですか?」
「うん。ゲームが始まる前に、ジョーカーが勝てない数字をあらかじめ一つ決めておくんだ。そのカードだけが、最強のジョーカーに対抗できる唯一の手段ってわけ」
「それはなかなか面白そうなルールですね」
「でしょ? ちなみに僕らはその対ジョーカー用の切り札を『アンチカード』って呼んでる」
「ほうほう……」
そこまで聞いて、これは単なるお喋りではないとシザーフェンは理解する。
闇の執事は眼光を鋭くし、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。
「では、今回の戦争のアンチカード役は私と彼女という訳ですね?」
「そういうこと♪」
大正解と、戦はご満悦の笑顔を見せる。
そんな親愛なるあるじへ、シザーフェンは優雅なしぐさで一礼して見せた。
「このシザーフェン、戦様のご期待に応えられるよう誠心誠意、己の役割を全うさせていただきます」
「キャハハ! ありがとう、シザー。でも……それに限ってはキミたち二人はもう十分その役目を果たしてるよ」
「と、申されますと?」
「天天の脅威からキミとマーヴァを遠ざけた時点で、こっちの『勝ち』ってことさ」
小さく肩をすくめて、戦は冷たく微笑む。
「もちろんそれは単に取引を一つ成立させたに過ぎない。まだ戦争の準備を一つ終えただけだ。……でもね、あれで確実に“流れ”がこっちに傾いたんだよ」
「……」
ゴクッと息を呑む音が、洞窟の闇に溶けて消えてゆく。シザーフェンは戦の横顔に視線を据えたまま、物言わぬ従者と化して主人の後ろに付き従う。
「……前にさ、僕の傭兵団の下っ端がヘマをやらかしてさ。敵の部隊の捕虜にされたことがあったんだ」
少女の見た目をした戦争の鬼は、虚ろな瞳で虚無を見つめ、ひとり語り続ける。その姿のなんと美しいことか。シザーフェンは思わず見惚れてしまった。
「そいつったら、僕の命令を無視して単身で敵の本陣に突っ込んで行ったんだ。『仲間の仇は俺がとる』とか息巻いて」
「……仮に私なら、そのような愚か者は即座に切り捨ててしまいますが」
「うん。そういう意見も確かにあった。ていうかそっちの方が多かったかな?」
「……ですが、戦様はその者を助けに行かれたのですね?」
「そっちの方が面白そうだったからね……」
遠くをぼんやり見つめたまま、戦は過去を懐かしむように物思いに沈む。
そして静けさが場に訪れた。
しばしの間、暗闇と足音のみが支配する時間が流れる。
「……で、それから色々あってね?」
やがて、戦はふたたび口を開いた。
「結局、最後にはお互いの代表を決めて『とあるゲーム』で決着をつけることになったんだ」
「そのゲームが、先ほど仰っていた『戦争』ということですね?」
「そ」
短い肯定が返ってきたところで、シザーフェンは気になったある事を主人に訊ねることにした。
「一つよろしいですか、戦様」
「なになに?」
「敵軍の賭け金は言うまでもないとして、戦様の側はいったい何をお賭けになられたのですか?」
「僕の首♪」
「…………」
「キャハハハハハー! うんうん。あのとき周りにいた団の連中も、みんな今のシザーと同じ顔してたよ!」
賑やかな笑い声が洞窟内に反響する。
そして戦はこう続けた――そのとき自分に配られたカードは、見事なまでに最低だったと。
「Aとジョーカーはみんな仲良く相手側。逆に最弱のKとQのコンビは四組全部僕の手元にあった」
「それはまた……絶望的な戦力差でございますね」
「百パーセント不正だろうね。――でも、結果は僕の圧勝」
そう言って、戦は薄ら寒い笑みを浮かべる。
「僕は相手が所持していたジョーカーを二枚ともアンチカードの『13』で相殺した。それでゲームの流れが完全に僕の方にきたんだ」
「さすがは戦様」
「キャハハハ、二枚目のジョーカーを食い破ったときの相手の顔ったら傑作でさ? アレは一生忘れられない思い出だね」
と。
戦はそこまで話すと、急にその場で立ち止まった。
「まあ、つまり何が言いたいのかというとね……マーヴァ、キミもこっちに来てくれるかい」
「――はい」
戦に手招きされ。
男性陣の後ろを黙ってついてきていたマーヴァレントは、即座にその歩みを早める。
思考の時間を一瞬すら挟まず主人のもとに歩み寄ったメイドと、当然のようにすぐ側に控える執事。
戦はそんな従者たちに、どこまでも自然な笑顔を向けると。
「二人ともちょっと耳貸して」
そして耳を寄せてきた両名を。
いきなり両腕で抱きしめて。
戦はマーヴァレントとシザーフェンの耳元に囁きかける。
「キミたちは絶対に死んじゃダメだよ……」
その声はとても力強く、それでいてとても穏やかなものだった。
「この戦争の鍵を握ってるのはキミたち二人だ。その事を、くれぐれも忘れないでね?」
「こ、心得ました!」
珍しく動揺するシザーフェンと。
「……承知いたしました、戦様」
ほんのわずかな沈黙の後、いつも通りの反応を見せるマーヴァレント。
「――行こっか」
戦はそっと二人を解放すると、何事もなかったかのように歩き出す。
「さあ、楽しい楽しい戦争の時間だよ♪」
それからしばらくして。
“大戦鬼”花村戦を頭としたとある部隊が設立された。
――コードネーム《羅刹》――
鬼すら喰らうと畏怖された、かの集団は。
敵はおろか身内からも恐れられる邪神軍最強の部隊として、花村天とその仲間達の前に立ちはだかるのであった。




