3日目 ③
「天さん、こっちです!」
弾むような明るい声と共に、ラムが俺の手をぐいぐいと引っ張る。屈託のない笑顔とはこういうことを言うのだろう。
「もう、すぐそこですからっ」
「あ、ああ」
可愛らしい猫の尻尾をピンと立てて嬉しそうにはしゃぐラムの姿は、とても愛くるしいものだったーーが、俺はそんなラムを見て少し憂鬱な気分になった。
……今さら『やっぱり傘はいらない』なんて、口が裂けても言えんな、こりゃ……
俺は内心ため息をつき、先ほどの『防具屋』での小芝居の設定とその後始末について若干頭を抱えつつ、不自然に思われない程度に演技を継続することにした。
「それにしても、まさか世の中にあんな便利なものがあるとは。驚かされたな」
「ま、今まであんな人里離れた山奥に住んでたんなら、天が『傘』のことを知らないのも当然っちゃ当然か」
「だからって、たかが『傘』に食いつきすぎなのだよ、まったく……」
俺とラムのすぐ後ろをついてきていた淳とジュリが、呆れ口調でそう言う。特にジュリの方は、それに加え鬱陶しさも声の調子から窺えた。
ただ、二人とも呆れてはいるものの、俺のことを疑っている様子は今のところ見受けられない。
こういう時、『山奥育ちの世間知らず』という最初の設定は非常に融通が利く言い訳だ。
「あの、天さん……」
淳とジュリに並んで、煌びやかな活気にあふれたショッピングエリアを慎ましく歩いていた弥生が、何やら浮かぬ顔で話しかけてきた。
「上のフロアに行けば『傘』を専門で取り扱っているお店も幾つかございますわ。ですから、その……せっかくですのでそこでっーー」
「弥生さん」
弥生の話を最後まで聞かず、俺は自分の手を引くラムと弥生を交互に見やり、
「すまないがもう道案内は依頼済みだ。だから、他の店に行くのはまた次の機会にさせてもらうよ」
「……わかりましたわ」
弥生はしぶしぶ頷く。
俺が何を言いたいのか瞬時に理解してくれたようだ。
「あっ、天さんあそこです!」
ラムは相変わらず俺の手を引いたまま、目の前に見える『コンビニ』を指差して大はしゃぎしている。
そう。俺にとって既に(最初からだが)『傘を買う』こと自体はどうでもいい事だった。
「あ! やっぱり置いてありましたです、黒い傘!」
今、重要視するべきは、この小さな冒険士の任務遂行の邪魔をしないこと。そして、彼女が依頼を達成する為に助力を惜しまないこと。この二点のみである。
「ーーいらっしゃいませ」
そう……今は自分の気持ちなど二の次なのだ。
「ーー『紳士傘』一点のご購入で、お会計六八〇円でございます」
「…………」
俺は無言で財布から一万円札を取り出し、レジの小皿にそっと置いた。
尚、俺の強い希望によりーー表向きは買い物に慣れる為とこじつけてーー淳やラム達には『コンビニ』の外で待ってもらっている。
「購入シールはお付け致しますか? レシートは必要でございますか?」
「…………両方いりません」
そう言って、俺が半ば投げやり気味に傘と釣り銭を受け取ると、艶やかな栗色の髪をした犬耳の女性店員は恭しくお辞儀する。
「ご利用ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」
こういった場所に店を構えている以上、店員の接客態度はどこも丁寧だ。それはこの『コンビニ』も例外ではなかった。まあ、さっきの防具屋のような店舗も稀に存在するようだが。
ーー店の店員の接客が良かったのが、せめてもの救いだった。
傘を買って『コンビニ』から出ると、ラムが目を爛々と輝かせて駆け寄ってきた。
「天さん、どうでした!」
「ああ、おかげさまで無事に傘を買うことができたよ。ありがとうな、ラム先輩」
買った傘を前に出して俺が礼を言うと、ラムはますますその幼い表情を明るくし。晴れやかに微笑んだ。
「これぐらいお安い御用です、はい!」
「いや〜、実にいい買い物をしたな。ハハ、ハハハ……」
心にも無いことを口走りながら、俺は自分の本当の気持ちを抑制する作業に全神経を注いだ。
……身から出た錆とはいえ、この世界に来てから今日日こんなんばっかりだな……
こうして、俺は初任給ーーしかも異世界に来て初めての買物ーーで『コンビニの傘』を(雨も降ってないのに)購入したのであった。
◇◇◇
無事? に俺専用の『盾』と『傘』を購入した俺達は、そのまま宿に戻った、というわけでもなく。冒険士として次の依頼を受注する為、本部四階の総合受付窓口まで来ていた。
ーー仕事をしていた方が、俺も気が紛れて良かった。
ちなみにこの『冒険士協会本部』には総合受付が二箇所あり、もうひとつは一階の正面ゲートを入ってすぐの場所に設けられている。少し矛盾しているようにも思えるが。なんでも、一階の総合受付カウンターの方は『冒険士協会本部』の利用者全般、そしてこちらの四階総合受付窓口は主に冒険士専用と。それぞれ区分されているらしい。
なので、この四階フロアを利用する大概の者が、冒険士かその関係者という事になる。確かに、このフロアにいる連中は、どいつもこいつも雰囲気のある面構えをしていた。
ーーただ、一部の例外もいるにはいる。
例えば、俺の周りにいる美少女グループなどがその部類に入る。
「つ、次の討伐依頼は『オーク』か……よ、よし! 気合いを入れていくじょ、みんにゃ!」
「大丈夫ですわ、兄様。全員で力を合わせれば、今回もきっと上手くいきますわ」
「『オーク』なんて楽勝なのだよ。なんたって、ボクはあの『リザードマン』を倒したんだからね? 軽く豚の丸焼きにしてやるさ。ハッハッハッ」
「ゴクッ……豚の丸焼き……おいしそうですぅ」
「………………」
……ビビリのシスコン男の娘と箱入りお嬢様に、楽天家の魔女っ子と食いしん坊童女か……
バラエティに富んでいるのは認めよう。
だが、明らかに他とは異なる黄色とピンクの集団。傍から見ると、戦士というよりもアイドルといった表現がしっくりくる。
チームメイト達が放つその甘ったるい空気感に、俺は軽い頭痛を覚えた。
「……もうこんな時間か」
ふとスマホの時計に目を向けると、待ち受け画面の時刻表示は午後五時をとうに回っていた。ずっと建物の中にいて気がつかなかったが、もう外は夕暮れ時なのだろう。
巨大な吹き抜けが壮観な本部一階の中央ロビーは、昼間来たときよりは客入りは緩やかになっていた。
ーー今日は散々な一日だった。
まだ日付が変わるまでだいぶ時間はある。だが、俺はそう感じずにはいられなかった。
中央ロビーに設えられた照明付きの屋内噴水はとても優雅で幻想的だったが、今の俺のやさぐれた心理状態を癒すには少しばかり役不足だった。
俺は噴水鑑賞用のベンチの一つに腰を落ちつかせると、今日何度目かになるため息をついた……。
「なあ、リーダー」
それは、俺と淳達が冒険士協会本部四階にある冒険士専用の待合スペースで、『オーク討伐依頼』の打ち合わせをしていた時のことだった。
「この盾、ドバイザーにしまっちまっても構わないか?」
俺はズボンのポケットから自分のドバイザーを取り出し、既に何度目かになるその問いを淳に投げかけた。亀の甲羅のように背に担いでいた盾を、親指でさしながら。
「駄目だ」
そして淳の方も、既に何度目かになる同じ答を、少々荒めの語調で俺に返した。
「お前はドバイザーの『装備機能』が使えないんだから、ちゃんと外に出しとかないといざという時に困るだろ」
「しかしだな……」
「それに天の場合、一度ドバイザーに入れちゃったら自分じゃ取り出せなくなるのだよ」
これはジュリ。
続いて、弥生もおっかなびっくりといった様子で話に加わってくる。
「こ、この間の『リザードマン』の時のように、ラムちゃんがすぐ近くに居ない場合もこの先あるかもしれませんわ。ですから、その……」
「今後、天が盾をドバイザーにしまうのは全面禁止な」
弥生の言葉を取り上げる形で、淳がしれっとそう告げた。途端、弥生が目を見開いてギョッとした顔で淳を見た。恐らく、もっとオブラートに包んで言ってほしかったのだろう。だが、俺からしてみれば結果的に同じことだ。
淳は戸惑う弥生に向けて、コイツにはこれぐらいはっきり言わなきゃ分かんないんだよ、と今にも聞こえてきそうなほど露骨にアイコンタクトを取る。正直、もう腹も立たなかった。
俺は小さく吐息をこぼし、右手に持っていたドバイザーをポケットに戻した。
「了解した」
事務的に一言だけ告げて、俺は無気力に軽く手を振った。どちらにせよこのチームでの活動期間はそう長くない。少しの間だけ我慢すれば済むことだ、と自分に言い聞かせて。
「えっと、天さん……」
気づくと、ラムが心配そうな顔で俺のことを見上げていた。
「あ、あたし、これからはなるべく天さんと一緒に行動しますですっ。だからドバイザーを使いたくなったら、遠慮なくあたしに言っちゃってくださいです!」
「……了解した」
そう言って、俺はラムの肩に手を置く。
「サンキューな、ラム先輩」
咄嗟に出た感謝の言葉。自分でも意外なほど、その気持ちを自然と口に出していた。
ラムはほっとしたような顔でにっこり微笑む。
「とんでもありませんですぅ。同じチームのお仲間同士で助け合うのは、当然のことですから、はい!」
「ああ、そうだな」
俺もぎこちなくではあるが、柄にもなく笑みを作って見せた。
そんな俺とラムのやり取りを見て、淳と弥生とジュリは揃って心苦しそうに表情を曇らせる。
「淳ってさ、昔っから立場が下の奴にはこれでもかってほど強気だよね」
「う、うるさい」
「兄様がいつも私達のことやチームのことを熟慮してくださっているのは存じております。ですが、もう少し言い方というものがあると思いますわ」
「ぅ、弥生まで……」
淳と弥生とジュリは、何やら三人でボソボソと話しているようだった。だが、俺は構わず彼等に話しかけた。
「仕事の話を中断させて悪かった。続けてくれ」
俺がまた事務的な態度に戻ると、淳は「お、おう」と歯切れの悪い返事だけして気まずげに視線をさまよわせる。同様に、弥生とジュリも俺の視線から逃げるように顔を逸らした。
こんな時、チームの年長者である俺は、いわゆる大人な対応を取るべきなのだろうが……。
「安心してくれ。もう皆さんの言うことに、いちいち口を挟んだりしないから」
「「「…………」」」
生憎と、こちらの三人に対しては気を配る必要を覚えなかった。
「ーーにしても」
赤、青、緑とカラフルにライトアップされた噴水を眺めながら、俺は吐息混じりにぼやく。
「入れるのはオーケーで好きな時に取り出せないとか、定期預金かよ……」
言いながら、俺は持っていたスマホと入れ替わりで自分名義のドバイザーを手に取り。スマホそっくりな液晶画面を軽く指で弾く。
ーーこのドバイザーは、俺のものであって俺のものではない。
では一体誰のものかといえば、ドバイザーの“契約儀式”を俺の代わりに行った人物ーーつまりラムのものだ。
儀式といえば悪魔や式神などを連想するかもしれないが、見方によってはドバイザーもそういった類ーーあくまで空想や妄想の範疇だがーーに近い。ただ契約する対象が文明の利器というだけで。
……前もって言われていた事だが、まさかあんなに制約がきついとは……
ドバイザーは、その契約者以外ほぼ全ての機能を使用できないと言っても過言ではない。事実、俺個人が使える機能と言えば、『収納ボックス』ーー中に一度入れてしまうとラムでないと取り出せないがーーと『無線通信』の二つだけである。さらに、この二つの機能もラムが半径一キロ圏内に居ないと使用不可となる。というよりも、ドバイザー自体が使えなくなる。持ち主であるラムが近くに居ないと、自動的に電源が切れるような感じだ。
……セキュリティが強固なのはいい事なんだが……
いくら多機能の万能アイテムでも、今のままではペーパードライバーが身分証明書代わりに運転免許証を持ち歩いているのと大差ない。
俺は力なく首を振った。
「あまり弄ってると、またあいつらに何か言われるかもしれんな」
一つ吐息をこぼし、俺はドバイザーをポケットにしまう。
現在、噴水の前に座っているのは俺一人だ。淳と弥生とジュリは『コンビニ』、ラムはまあ、いわゆるお花摘みに行っている。
……考えてみれば、一人になるのは久しぶりだな……
といっても、淳達のパーティーに入れてもらってから三日と経っていないので、日数的には久しぶりというのも微妙なところだが。
それでも、これまでずっと一年の大半を一人きりで過ごしてきた俺にとって、すぐ側に当たり前のようにチームメイトがいる現状は、毎日が騒がしくもあったが、同時に色鮮やかな日々でもあった。
「……あんなガキども相手に、少し大人気なかったかな」
ベンチの背もたれにぐでっと体を預け、俺は頭を掻いた。
ほどなくして、淳と弥生とジュリが戻ってきた。
「……ん」
淳は帰ってくるやいなや、ぎごちない表情で『コンビニ』で買ってきたであろう缶ジュースを、俺に差し出した。どうやら、仲直りのつもりらしい。
「ありがとう」
チームの方針を承服するかは別として、こういう時に意地を張ってもろくなことがない。
俺は素直に礼を言うと、淳から差し出されたジュースに手を伸ばす。
「あ、みなさ〜ん!」
ふいと淳達が来た真逆の方向から、あどけない声が聞こえてきた。
見ると、少し離れた所からこちらに手を振るラムの姿が。
「ふふ。全員揃ったみたいだし、もうそろそろ宿に帰ろうよ」
「そうですわね。明日の準備もありますし」
ジュリと弥生はそろって表情を和ませる。本人に自覚は無いだろうが、ラムのああいった純真な明るさは、自然と周りにいる者を笑顔にする。現に淳も、ラムの方を振り返って、やれやれといった顔をしながらも控えめに手を上げて応えていた。
皆が揃ったのなら座って待っている必要もない、と。俺も早々にベンチから立ち上がろうとした、その時。
「ーーキャッ!」
突如、ラムの小さな体が宙を舞った。
「ラムちゃん!」
「ラムっ!」
瞬間、弥生とジュリが悲鳴にも似た声を上げて顔を青ざめさせる。
「ーーいってぇな、クソッ!」
「ハハッ、大丈夫かよ、おい?」
「プ、また障害物をはね飛ばしてるよ、この暴れん坊は」
「ヒャハハハ! ダッセーのっ!」
癇に障る怒声と下品な笑い声が俺の耳に届いた。前も見ずに歩いていた数人のごろつき連中のうちの一人が、ラムを突き飛ばしたのだ。
ラムにぶつかったごろつきーー派手な色のジャケットを羽織ったオールバックの男が、床にうつ伏せで倒れているラムを睨みつける。
「邪魔だ、この餓鬼!」
「ご、ごめんなさいですぅ……」
ラムはよろめきながらも上半身だけやっと起こして、自分を突き飛ばしたごろつきに向かって謝罪する。どう贔屓目に見ても、ラムの方が被害者であるはずなのに。
ーー後悔させてやる。
その瞬間、昼間ファミレスで淳らに向けたソレとは比べるのも馬鹿らしくほどの激情が、俺の全身の血液を沸騰させた。本当に久しぶりだった……殺意を覚えるほどの怒りに駆られたのは。
「な、なんなんだよ、あいつら…………ん? あれ、天は?」
「チッ、道の真ん中に突っ立ってんじゃねえぞ、クソ餓鬼が」
「どこにでもいるよな、あーゆー鈍臭い餓鬼」
「ププ、それにしても今の子、あんたにぶつけられて超吹っ飛んでたよ? マジウケるし」
「ヒャハハ、それ俺も思った! ヒャハハハハッ」
「ーー待て」
俺は、ラムに一言の謝罪もなくその場を立ち去ろうとしたごろつき連中のすぐ前に出て、仁王立ちの姿勢をとる。
「あ? んだテメェはっ⁉︎」
「なに? 俺らになんか用でもあんの?」
オールバックのごろつきとその隣にいたロン毛のごろつきが、お決まりのように顔を近づけてメンチを切ってきた。だが俺は構わずに続ける。
「貴様らが助かる方法はたった一つだ。今すぐ回れ右して向こうに倒れている少女に誠心誠意、謝罪しろ。悪いことは言わん……ただちに実行に移せ」
俺がそう言うと。ごろつき連中は一瞬きょとんとした後、皆一様に顔を見合わせ、
「ヒャハハハ! もしかして、俺たち今こいつに説教されてんのか?」
「何コイツ、めっちゃウザいんだけど〜」
「あ〜、めんどくせ。冒険士の溜まり場って、こういう空気の読めねえのが多いところが嫌いなんだよ」
あからさまに人を小馬鹿にした態度で、へらへら笑い合うごろつき達。そして、最後にラムを突き飛ばした張本人であるオールバックのごろつきが、
「い・や・だよ!」
ある意味で予想通りの答えを返した。
「よく聞け勘違い野郎! 俺は許してもらう側じゃなくて許してやる側。言ってみりゃ被害者ってやつだ? 分かったら早くそこどけ、この馬鹿が!」
「……そうか。やはり貴様らのような学のない哀れなクズ共には、人の言葉など通じるわけもないか」
「「あ?」」
連中が一斉に目の色を変える。
「おい。調子に乗んなよ、コラ」
「ヤッベー。久々に笑えないやつだわ、これ……」
「テメェ、ブッ殺されてぇのか?」
「あんたさ、ちょっとは状況見てもの言った方がいいよ。こっちは四人もいるんだからさ」
ごろつき四人は、ドスのきいた声で凄むが。
「問題ないだろ?」
俺はこいつらに対する侮蔑的な態度を崩さなかった。
「クズがいくら集まったところで、所詮クズはクズ。片付け作業に多少時間のズレが生じるにすぎん」
「……死んだぞ、テメェ」
オールバックのごろつきの目に明確な憎悪が宿る。
「ダメです、天さんっ!」
一触即発の張り詰めた空気の中、やや離れた場所で弥生とジュリに介抱されていたラムが、身を乗り出して叫んだ。
「あ、あたしなら、全然平気ですから!」
「大丈夫だ、ラム先輩」
俺は、今にも爆発しそうな剣幕でこちらを睨むオールバックのごろつきの肩口からひょいと顔を覗かせ、その背後に見えるラムに軽い調子で言った。
「ほんの少しこのクズ共に教育的指導をするだけだ。なに、大した手間もかからんさ」
「なめてんじゃねぇぞ、コラァアアアッッ‼︎」
俺がとどめの火種を投入すると、堰を切ったようにオールバックのごろつきが殴りかかってきた。次の瞬間、ゴンッ! と鈍器で強打したような鈍い衝撃音が辺りに響く。その直後。
「グ……ぐぎゃぁああああああっっ‼︎‼︎」
立て続けに周囲を震わせたのは、断末魔のような男の悲鳴。激痛を思わせる苛烈なリアクションと共にその場に蹲ったのは、俺に殴りかかったオールバックのごろつきの方だった。
「お、おい……どうしたんだよ! なんでお前の方が倒れてんだよっ⁉︎」
「てか、意味わかんねぇ……」
混乱する他のごろつきを尻目に、俺は左手で盾を弄びながら答えを提示してやる。
「やれやれ、男のくせにそんなみっともない声を上げるなよ。たかが盾で拳を防がれたぐらいで」
「! き、汚いよ、あんた! 素手の喧嘩に防具なんか持ち出すなんて!」
「アホか。喧嘩ってのはなんでもありだから喧嘩なんだよ。そもそも一人を相手に四人がかりで立ち回ろうとしていた奴らが、人をどうこう言う資格があると、本気で思っているのか?」
「いいぞ、いいぞー! その馬鹿どもにもっと言ってやれーっ!」
不意に黄色い野次が飛んできた。
「天、いっけー! そんなやつらけちょんけちょんにしちゃえーっっ!」
「ジュリさん、少し落ち着いてくださいましっ」
誰かと思ったら、赤のストールを頭上でブンブン振り回して興奮するジュリだった。
「ぐぅ、クソがぁ……」
「いつまで痛がっている」
言いながら、俺はラムを突き飛ばしたごろつきの拳ーーもちろん痛めた方のーーを軽く蹴った。
「ッッ‼︎ いがぁあああああああ‼︎」
再度、汚らしい絶叫が辺りに木霊する。
俺はのたうち回るごろつきを無視し、他三人の方に顔を向ける。
「ひとつゲームをしよう」
「な、なによ、ゲームって……」
この中の紅一点であるつり目の女が、怪訝そうな声で訊き返した。
俺は盾を前に出して言う。
「俺はこの盾を使用する代わりにこちらから一切攻撃を仕掛けない。その代わり、貴様らが俺への攻撃に使用していいのは自分の手足だけだ。つまり、貴様らの勝利条件はそのお得意の素手喧嘩で俺の盾の防御を破る。どうだ、これなら頭の足りないクズ共でもなんとか理解できるだろ?」
「く、なめやがってぇ……おいっ」
「お、おうよ」
「分かったわ」
ロン毛のごろつきが合図すると、モヒカンのごろつきとつり目の女が俺を取り囲むように散開する。どうやら、ただの単細胞でもないようだ。
「関係ないがな」
ぼそりと呟き、俺はこれ見よがしにそっぽを向いて欠伸をする。
「なめてんじゃねえぞ、コラァアア‼︎」
「こんクソがぁあああっ!」
「あ、ちょっと待ちなって!」
俺の挑発に食いついたロン毛とモヒカンが、怒りの形相で突進してきた。けれど、俺はその場から一歩も動かず、ただ前に盾を突き出すように構え、
「……潰れろ」
ゴン! ガンッ! とまたも鈍い爆発音のような音響が轟く。
「あが、あぐが……」
「いでぇええ! いでえよぉおおっ!」
そして先ほどと同様、攻撃を仕掛けたごろつき二人の方が、右手を抑えながら俺の足元にひれ伏すように蹲る。
「……いったい何だっていうのさ」
一人残されたつり目の女は、まるで化け物でも見るような目で俺を見ていた。
◇◇◇
「ーーほう。これはなかなか興味深い」
シルバーブロンドの老紳士が、自前の銀の髭を触りながら、実に愉快そうに微笑む。
「……ふむ。周りにいる野次馬の中には見知った顔もちらほらあるが」
老紳士は表情をそのままに、丸太のような腕を組んだ。年の割にがっちりとした体躯の所為で着ている紺のスーツがギチギチと悲鳴を上げていたが、老紳士はまるで気にする様子もなく、
「さて……ここにいる者の中で、一体何人が彼のやっておる事に気付いているやら」
「彼が何か特別な事をしているんですか?」
老紳士の傍らにいた知的なエルフの女性が、怪訝そうな顔で訊ねる。すると、老紳士は「がはは!」と豪快に笑った。
「やはり君でも気付かなかったかね? まあ君が前線を退いてから久しい。それも致し方あるまいか」
「もうっ、からかわないでください、会長!」
彼女ーー会長と呼ばれるその人物の秘書であるマリーが、ぷくっと頬をふくらませてそう言うと、『ソシスト共和国』大統領にして『冒険士協会』会長を務めるシストは、今一度よく通る野太い声で笑う。
「がはははは! ーーいや、すまない。久々に超弩級の人材を見つけて、年甲斐もなく心が躍ってしまってね」
「……そんなに凄いことをしているんですか、彼は?」
マリーが恐る恐るといった顔でもう一度そのことを訊ねると、シストはどこか遠い目をして、
「儂の知る限り、主だった“スキル”も無しにあんな芸当を平然とやってのける人型は、冒険士に限らず世界に数人とおらんだろうな」
「ッーー‼︎」
マリーは驚愕の表情を浮かべて両手で口を覆う。
シストは、ニヒルに口の端を持ち上げて言った。
「彼は盾で攻撃をただ防いでいるのではなく、盾で攻撃をすべて弾いているのだよ」
「? 弾く……ですか?」
いまいちよく分からないと言いたげなマリーへ、シストは得意気に両腕を広げ、解説を続けた。
「彼は攻撃を受ける瞬間、自らも盾を押して衝撃を跳ね返しているのだよ。相手のパンチに最もスピードと力が加わる、その刹那を狙って」
「は、はぁ」
「その上、絶妙なタイミングでポイントをずらし、攻撃側が盾の中心を正確に捉えるよう仕向けている。あれでは力の逃げ場がない」
「そんなことをやっていたんですか、あの人間の若者は……」
マリーは少し困った顔をしてシストの話に耳を傾けていた。状況はあらまし理解したがそれは言うほど凄いことなのか? と口には出さずとも彼女の顔には書いてあった。
しかしそんな彼女の余裕も、次に出てきたシストの言葉で、呆気なく崩れさってしまう。
「ーーしかも驚くことに、彼はそれ以外で盾を一切動かしてはおらん。相手の攻撃を受け止める、その時まで」
「‼︎」
再びマリーの顔に驚愕の色が浮かび上がる。
ここまで詳しい説明をされてまだ理解が及ばぬほど、マリーは実戦経験に乏しくなかった。
「で、ですが、会長は今、彼は『盾で弾いている』とおっしゃいましたよね?」
「うむ。しかし、『盾で弾く』ことはイコールで『盾で叩く』ことにはならん。彼の場合、あくまで『盾を使って押している』だけなのだよ」
「あっ」
ハッとしたように、マリーが口元に手を当てる。
シストはニヤリと笑った。
「あの者達の拳が盾に当たると同時に、彼はとてつもない力でそれらを押し返したのだよ。受けた殴打の衝撃を、できるだけ倍増して反射させるやり方でね」
「…………」
思わずマリーは息を呑む。
同様に、いつの間にかシストの表情からも軽さが消え失せていた。
「結果、あの者達の拳はたった一撃で使い物にならなくなった。まだ目立った外傷はないが、おそらく砕けているだろうな。攻撃を繰り出した拳の骨の、大半が」
「……素行不良のペナルティとしては、いささか惨い気もしますわね」
マリーのこの意見に、シストは苦笑を返した。
「彼は最初にあの者らにきちんと警告したのだよ。お前たちが突き飛ばした少女に心から謝罪をすれば許してやる、とね?」
「ただ…」と続けて、シストは肩を竦めた。
「ああいった輩が素直に言う事を聞かないというところも、全て折り込み済みだったようだが」
「……一つ気になることがあるのですが」
マリーが思案顔で彼ーーすぐ下のフロアにいる天に、再度視線を移す。
「なぜ彼は普通に戦わずにあんな手の込んだやり方を選んだのでしょう?」
マリーは顎に手を添え、頭に疑問符を浮かべる。
「私の見立てが正しければ、あの若者の力量はそこいらの喧嘩自慢がいくら束になってもーー」
「敵わんのだよ」
マリーの口上を取り上げる形で、シストがその先を引き継ぐ。
「たとえ四人が四十人になったところで、あのレベルの相手なら九分九厘、彼が圧勝するだろうね」
「では、どうして彼は……?」
「簡単なことだよ。彼はあの獣人の少女……ラム君と言ったかな? 彼女のことを考慮したのだよ」
このシストの説明に、マリーは小首を傾げる。
「彼がラムちゃんのことで憤慨しているのは分かりますが……」
「それも勿論そうだが、彼が考慮したのはラム君自身の気持ちなのだよ」
そう言うと、シストは二階通路のクリアフェンスに手をかけ、一階中央ロビーにいるラムを慈しみにあふれた眼差しで見やる。
「言わずもがな、ラム君のようなタイプの人型は争いごとを好まん。たとえそれが時に必要な行為であったとしても、できることなら避けて通りたいと願うだろう」
「あ……」
咄嗟に漏れたマリーの声が、結論にたどり着いたと告げていた。
シストはマリーの目を見て静かに頷く。
「ましてや、それが自分の為であるのならなおのことだ。今しがたラム君自身も言ったように、『自分は平気ですから』と全力で制止しようとするのは目に見えておる」
「それでは、彼が言っていた『教育的指導』や『ゲーム』などといった言葉は……」
「意図的に口にしたものだろうね。少しでもラム君に罪悪感を与えないように」
シストは確信に満ちた声で言った。
「彼が敢えて『盾』を使用したのも、相手にできる限り血を流させないようにする為。そして、自分はあくまで暴力行使を禁止していると、ラム君に認識させる為だろう」
「……なんだか、冷酷なのか情が深いのかよく分からない人ですね」
「が〜っははははははは!」
三度、豪快な笑い声が周囲に響いた。
シストは満面の笑みを浮かべる。
「マリー、君も覚えておきなさい……真の戦士とは、鋼のような冷徹さと雄々しいほど気高い気概を併せ持った者のことを言うのだよ!」
「こ……心得ました」
有無を言わさぬシストの物言いに、マリーは首を縦に振るしかなかった。
「それにしてもーー」
シストはまたラムを、というよりその方向に視線を配り、目を細めた。
「まさか君の姪っ子や弥生君らのチームにあのような大型新人が入るとは、なにか運命めいたものを感じてしまうな」
「どうでしょう。確かにジュリさんや淳さん達と面識はあるようですが、それだけで彼が『冒険士』と決めつけるのは如何なものかと」
「いいや、彼は間違いなく冒険士なのだよっ!」
間髪を容れずに、シストがマリーの否定的な考えを否定した。
「絶対にそうに違いない! もし仮にそうでなくとも、儂自らスカウトに行くから最終的には冒険士になるのだよ!」
「…………子供ですか」
マリーは憮然とした表情で呟く。心の声が漏れていたのはすぐ気がついた。けれど、彼女は取り繕う必要性を感じなかった。
◇◇◇
「これで終わりだと思うなよ」
俺は最初に拳を壊したごろつきーーラムを突き飛ばしたオールバックの男のもとに、一歩……また一歩と、ゆったりとした歩調で歩みよる。
「無様だな」
「いぐぅ、ク、クソがっ」
堪えきれない激痛のためか、いまだ男は床に蹲ったまま手を抑えている。
俺は男を見下ろし、そのすべてを嘲笑うように言った。
「あれだけ粋がっておいて、殴りかかった方が一発ってダウンとはな。あまりに情けなくて笑う気にもなれんぞ。これに懲りたら、次からは道の端を這って移動することだ」
「ぐ、まだ終わっちゃいねぇ!」
「ああ、そうだった。貴様は人の言葉が通じないんだったな? 悪い悪い」
「ぶ……ぶっ殺してやらぁああああああっ‼︎」
オールバックの男が全身から怒気を漲らせて立ち上がった。血走ったその目は完全に理性を失っている。
「こんクソガァアアア!」
固く握り締めた無傷の左拳が、俺の顔面めがけて飛んでくる。俺は静かに盾を構えた。全て俺のシナリオ通りだった。
「ッ‼︎ いぎゃああっっ!」
次の瞬間、男の怒号が悲鳴に変わる。
またも男は床に両膝をつき、苦痛に顔を歪める。言うまでもなく、俺がヤツの左拳を『盾で壊した』からである。
もはや誰がどう見ても勝負ありだろう。
「ーーおい」
だが、俺は止まらなかった。
「まだ足が無事だぞ……?」
「ヒ、ヒィ!」
両手を潰された男は尻餅をつき、恐怖に引きつった顔で後ずさる。
傍にいたごろつき二人も、絶望と怖れをたたえた目で俺を見る。
「ーー天さんっ!」
不意に真下から俺を呼ぶ少女の声が聞こえた。
気づくと、ラムが俺を引き止めるように俺の腰にしがみついていた。
「もう大丈夫ですからっ! もう十分ですからっ!」
「…………了解した」
小刻みに震えながら必死に俺に訴えるラムの姿を見て、途端に頭がクリアになった。
灰色の情景に色と熱が一気に戻ってくる。
周りをよく見てみると、いつの間にかギャラリーもかなりの数になっていた。
……俺もまだまだ未熟だな……
結局ラムに気遣いをかけてしまったことを反省し。俺は左手に持っていた盾を肩に担ぎ、これ以上続ける気はないとラムにアピールした。それに伴い、強張ったラムの表情が幾分か和らぐ。
その時だった。
「ウチらをなめんじゃないよっっ‼︎」
ひとり後方で機を窺っていたであろうつり目女が、金切り声をあげて両手を前に突き出す。
「れっ、《烈水玉》!」
呪文を唱えてから数瞬の間を置き、女の手のひらからバスケットボールほどの水の塊が空気を裂く音と同時に発射された。
「危ない!」
「天さん、ラムちゃん‼︎」
「二人ともよけてっ!」
淳、弥生、ジュリがそれぞれ声を張り上げて身を乗り出す。
湿った冷たい空気を周囲に撒き散らし、スピードに乗った水球は一直線にこっちへ向かってくる。
俺はラムを背にかばように素早く立ち位置を反転させた。
「回転を加えて去なせば、なんとか受け流せるか」
「え……?」
棒立ち状態のラムを左手で抱き寄せ、俺は背中から『傘』を取り出し、留め具を外した。瞬間、黒いこうもり傘がばさりと開き、迫りくる《烈水玉》の進行を阻む。
「ハッ、そんなんでウチの《烈水玉》が防げるわけーー」
ジュパッ! と軽快な水切り音がつり目女の強気発言を遮る。直後、女が放った《烈水玉》は俺とラムの頭上で数万の水滴となり、霧雨を降らせた。
俺は、何事もなかったかのようにそのまま傘をさして。それ本来の正しい用途を遺憾なく発揮させる。
「ぅそ……」
つり目女は唖然とした顔で何やら呻いているようだった。見れば、淳や弥生やジュリも似たように口をぽかんと開けて目を剥いている。
「天さん、す、すごいですぅ‼︎」
ただ一人ラムだけが目をキラキラさせて興奮していた。
そしてそれは、やがて辺りにも伝染しーー
「「オオーーッ‼︎‼︎」」
割れんばかりの拍手と歓声が、一階中央ロビーを埋め尽くした。
「あは、あはは……」
全身を脱力させて、つり目女は現実逃避気味に乾いた笑いを浮かべた。それから一拍間を置き、女は表情を引き締めて俺とラムをギロリと睨む。
……まだやる気か……?
俺が少々うんざりした心境で女の目を見返すと、女は乱れていた服装を正し、俺とラムの方に駆け寄ってきた。そして開口一番、
「そちらのお嬢さん、うちのバガが調子に乗ってすみませんしたっ! それとミスター、思わず『魔技』使っちゃって、本当にすみませんしたっ‼︎」
大声で謝罪の言葉を発しながら、つり目女は一も二もなくその場で土下座した。女が口にした『お嬢さん』とはラムに違いないが、『ミスター』というのはおそらく、この流れからして俺のことだろう。
「ほら! あんたらも早くミスターとお嬢さんに謝りな!」
「「「す、すみませんでした……」」」
女の剣幕に負けたのか、俺の力に屈したのか。あるいはその両方かもしれないが。
ついさっきまでの殺伐としたやり取りが嘘のように、ごろつきトリオは俺とラムに素直に謝った。
俺とラムは一度顔を見合わせた後、
「い、いえ! あたしもみなさんのこと通せんぼしちゃいましたから、おあいこです、はい!」
「謝れば許すと言った以上、もう俺がお前らと対立する理由はない。無論、今の魔技についても不問だ」
「あざっっす‼︎」
そう言ってつり目女は、重ねて地面に額を打ち付けた。
「なんと! なんとなんとなんとっ‼︎」
シストは今にも下の階に飛び降りそうな勢いで吹き抜けのフェンスから身を乗り出し、
「見たかね、マリー! あの男、傘で『レベルツーの魔技』を防ぎおったぞ‼︎ がははははは!」
「信じられませんわ……」
荒い言葉遣いで子供のようにはしゃぐシストとは対照的に、彼の秘書であるマリーは、どこか空恐ろしいものを見るような目で天を視界の端に映す。
「あのような事が可能だという点も驚かされましたが、何よりも信じられないのは、彼は今の一連の動作を咄嗟の判断と憶測のみで実行しました」
「聞いていたのかね?」
「失礼かとも思いましたが」
「……ふむ。マリー」
「はい」
凛とした返事をすると、マリーは自然と背筋を伸ばしてシストの次の言葉を待った。
「すまないが、すぐに医療班を呼んできてくれるかね」
「かしこまり……へ? は、はい!」
マリーは素っ頓狂な声を上げ、歯切れの悪い返事をする。シストの口から出た言葉が予想していたものと違っていた為、あらかじめ用意していた了解の台詞を完全に紡げなかったのだ。
マリーはてっきり、『彼のことを調べてほしい』とシストに命じられると気を張っていたのだから。
「直ちに連絡致します」
しかしそこはそれ、彼女は瞬時に意識を切り替えて行動に移る。単に想定外のことを言われたぐらいでいちいち狼狽えていては、大組織のトップの秘書など到底務まらない。
「まあいずれにせよ、あの怪我では当分の間、手は使い物にならんだろうがね」
シストのそんな軽口に一つ頷き、マリーは速やかにその場を後にした。
……少々心苦しい気もするが……
マリーの背中を見送ると、シストは再び視線を天に戻した。
今シストが行ったのは文字通りの人払い。自らが持つ『特殊スキル』を天に行使する為、負傷したならず者達をダシに使ったのだ。
まあ、それで怪我の手当てをしてもらえるなら彼等も本望だろう、と。シストは静かに息を整えた。
《知識の目》発動。
瞬間、シストの瞳が淡いヘーゼルから神々しい輝きを放つパールグレイに変わる。その直後ーー
「なっ‼︎」
シストの表情が凍りついた。
強張った頰に冷たい汗が伝う。
シストは金縛りにでもあったように体を硬直させた。
ーー思えば、彼を一目見た時からある種の予感めいたものは、確かにあった。
ゴクリと喉を鳴らし、シストは唸るように呟いた。
「脅威ランク……“SS”だ……と?」




