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第117話 談判①

『天殿に紹介したい者達がおります』


『キミにぜひ紹介したい子達がいるんだ♪』



 ……なんだこのデジャヴ?


 と。

 自然と顔を引きつらせ、天は咄嗟に身構える。


 ――嫌な予感しかしない。


 ミヨの方はともかくとして。

 これまでの経験上、実父が何かを思いつくときは、大抵中身はロクでもないことと相場が決まっている。


「ねぇ〜、シナット〜〜!」


 そんな我が子の心情を知ってか知らずか。

 戦は()の神の名を呼びながら、そちらに首だけ振り向いた。


「『彼ら』もここへ飛ばせる〜?」


 それはひどく大雑把な言い回しでの問いかけであったが、


「可能だ」


 肯定の意が打てば響くように返ってきた。

 戦の口角がニヤリと持ち上げられる。


「じゃあ、お願い♪」


 と、戦は気軽にリクエストするが。

 しかし。


「それはできぬ」


 次はきっぱりと否定の言葉を口にし。

 しかして争いの神シナットは、雇い人である傭兵の目の前に顕現した。


「えー、今できるって言ったじゃんっ!」


「親父。お前、(にぶ)くなったのか?」


 とは、戦の向かいに立っていた天。

 戦とシナットの間で交わされたやり取りはごく短いものであるが、天が事情を理解するにはこれだけで十分だった。


「それが可能かどうかと、それを実行できるかどうかは、まったく別の話だろうが」


「然り」


 天の見解に、シナットは人形のような表情で同意を示した。

 続けて、天は二つ目の解を投げる。


「言ってなかったが、ここは神々の神聖なる領域――言ってみればこっちの本拠地だ」


「あー、それだとちょっと厳しいかな……」


 理解が追いついたとばかりに、戦のテンションが急降下した。

 と同時に、新たな疑問も生まれる。


「ん? じゃあ、なんで僕はオッケーなの?」


「知らん」


 その点については天も答えを持ち合わせていなかった。


「――本当のところ、断じてオッケーではないのですがね」


「おうよ。ぶっちゃけちまうと、これでもかってぐれいアウトだよい」


「じゃがダーリンの喜ぶ顔を見とったら、とてもではないが儂らも強く出れんじゃろ?」


「……誰がいつそんな顔をしたのか、小一時間ほど問いただしてやりたい気分ではあるが」


 ごく自然に混ざってきたミヨ、マト、フィナの三神にちらと目をやり、かくして天は告げた。


「というわけだ。さっさと帰れ、お前ら」


「ちょっとちょっとちょっと〜〜ッ!」


 芸人ばりのリアクションを披露した後に。

 見た目美少女の人喰い鬼は、雇い(かみ)に泣きつく。


「シナット〜!」


(あきら)めよ、花村戦」


 だが無情にも、救いの手は差し伸べられなかった。


「我ら神とて、超えてはならぬ一線というものがある」


「シナットって『邪神』なんでしょ⁉︎ じゃあちょっとぐらい邪道(ふせい)やらかしたっていいじゃんっ!」


「混沌を欲せど、無道は我が流儀にあらず」


「「「…………」」」


 純度百パーセントのジト目でシナットを睨みつける三柱トリオはさておき。

 シナットが戦の要求を受け入れないのも、当然といえば当然である。


 ――何故ならそれはすこぶる割に合わない行為だからだ。


 実際の話、シナットが戦のリクエストに応え、あちら側の『誰か』を呼び出した瞬間――


 ならばこちらもと、天は無理難題をふっかける気満々でいた。


 ……『白闇』か、最低でも『統括管理者』のうち数人分の居所(いどころ)(あば)いてやろうと思ったんだが……


 天は内心で舌打ちする。


 余談だが、()()りというものは、絶対的に貸しを作った方が有利。そして借りを作った方が不利になる。この最たる例が金融業だろう。借りた金銭には必ずと言っていいほど利息がつく。当たり前のことだ。


 ――詰まる所、何事においても借りる側より貸す側の方が主導権を握れるということである。


 これは自明の理だ。

 つまり――

 ここで安易にシナットが戦の要求を聞き入れた場合、魔物陣営のトップは人型陣営の首脳陣たる三柱に大きな借りを作ることになる。

 そうなれば――

 三柱お抱えの地獄の取り立て屋こと花村天に、骨の髄まで絞りとられることになるのは目に見えていた。

 なにせ相手は手鏡ひとつで伝説の武器を徴収するほどの鬼畜だ。その容赦のなさは推して知るべしだろう。


 ……まあ、このムッツリ邪神がそこら辺をいちいち気にするとも思えんが……


 いずれにせよ。

 もし仮にシナットが無許可で己の信者をこの場に呼び出していたら、天の要求は確実に通っていただろう。三柱の神たちは、嬉々として――お返しとばかりに――天に敵方の情報を提供(リーク)するに違いない。


 そして、魔の巣窟に地獄の取り立て屋がデリバリーされるのだ。


 ――まさしく千載一遇のチャンスだった。


 惜しかったな、と天がほくそ笑む気分を準備段階で引っ込めていると。


「仕方ない、じゃあとっておきの“切り札”を切っちゃおっかな♪」


 言いながら戦は悪戯っぽくウインクする。

 そう、天は忘れていた……


 こういう時のこのバカは悪魔的に悪知恵を働かせるのだ!


 そして必ず最後には自分の欲求を満たす算段をつけてしまう。こんな風に……


「ヤッホー! 久しぶりだね、異界の神さま諸君。と・こ・ろ・で・さ、キミらって確か、僕に『借り』があったはずだよね?」


「「「――」」」


 (かみ)の弱みにつけ込むのが大好きな根っからの性悪が、そこにはいた。

 一方。

 最近妙に息の合ったリアクションを見せる三柱は、今回も三神仲良くフリーズするのであった。



 それはまだ花村天がこの世界に来る前のお話――


『さっきも言ったけど、天天を引き入れたいんなら下手に刺激しない方がいいよ。彼はすっごく用心深いからね。ちょっとした事ですぐ警戒されちゃうと思う』


『化け物じみて強いというわりには、案外小心者なんじゃな、そやつは……』


『あ、でも、恩を売るのはかなり効果的かもしれないね。天天、あれで結構義理堅いとこあるから』


『へェ〜、理不尽なほどに強えっつうから、てっきり唯我独尊の一匹狼かと思ったぜい』


『ま、そういう所もあるにはあるけどね。でも、基本は良識のある部類に入る人間だと思うよ。僕と違ってね♪』


『確かに、それならばシナットよりも我らの側につく可能性が高いですね』


『あ。それと三十過ぎて未だに童貞だから、そっち方面で攻めるのもひとつの手かも。キャハハハハハ♪』


『『『なるほど』』』


 ◇


「―――ってことがあったんだ♪ キャハハハハハハハハハハー!」


「オーケー、オーケー、そんなに死にてえんなら今すぐあの世に送ってやるから覚悟しろドグソ親父」


「ち、違うんじゃダーリン。あの時はまだダーリンと出逢う前で、つい憶測だけでものを……い、いまは『小心者』なぞこれっぽっちも思っとらんぞ! 絶対の絶対じゃ!」


「いや。そっちじゃねいだろ、恐らく……」


「と、とにかく! 魔に堕ちた人型をこの地に呼び寄せるなど、いかに戦殿の頼みとはいえ、流石にそれは……」


「花村戦よ、そなたの願いを聞き届ける」


「「「いいからお前はもう喋るな!」」」


 まさに混沌(カオス)

 そんな中――


「――三十分だけでいいからさ」


 放たれた声はごく低いさりげないもの。しかし同時に、神一行を沈黙させるほどの気迫が込められていた。


「『彼ら』には何もさせない。もし何かあれば、その時は僕自身の手で『彼ら』を(ころ)す。約束するよ」


「……」


 鉄のような沈黙が続いたのは数秒ほど。


「本当に、異世界に来ても神界に来ても、お前はどこまでもお前のままだな」


 当然のことのように最初に口を開いたのは、天であった。


「うん。それが僕だからね♪」


 対して、戦は屈託のない陽気な声で、今日何度目かのその台詞を口にする。


「ふぅ……御三方、このバカはこうなると梃子(テコ)でも譲らない」


 ため息まじりにそう言って、天は軽く頭を掻いた。


「そこにいるエゴ邪神共々さっさとここから追い出したいなら、断腸の思いで許可を出すことをおすすめしますよ」


「さすが天天、分かってる〜♪」


「やかましい」


 と、そこでまたしばしの沈黙が流れる。

 もっとも、それは重苦しい類のものではなく熟考する時間のそれだが。


「「「……」」」


 フィナ、ミヨ、マトは言葉を発さず、顔を見合わせ、それぞれが深い深い諦めのため息を零すと、互いに渋々と頷き合った。

 直後。

 シナットが待ちくたびれたと言わんばかりに、戦に向けて手をかざす。


()でよ」


 瞬間。

 戦のすぐ背後に(ふた)つ――人型とおぼしきシルエットが浮かび上がった。


「キャハハ! 紹介するね、天天」


 ――そのとき、天はゾクリと背筋に言い知れぬ悪寒(おかん)を感じた。


「『彼ら』は、僕が新たに創設する部隊の隊員たち」


 ――そしてその予感は、すぐに(ただ)しいものであったと理解させられる。


「わが親愛なる戦友の二人だよ♪」


「――」「――」


 そこに現れたのは、黒衣に身を包んだ二人の男女であった。


 ―――()(のち)


 天は安易に(せん)の肩を持ったことを、大いに後悔(こうかい)することになる……。



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