第116話 父と子
「シナットてめぇ、とうとうやりやがったな……」
「これは完全な規定違反ですよ。何か申し開きがあるのなら伺いますが?」
「ほれ、さっさと言うてみよこの俺様系邪神めが!」
「……」
「ククク、貴様のちゃちな言い訳なんぞ、ここにいるデビル腹黒インテリ眼鏡神がすべて無効化してくれるのじゃ!」
「……フィナ。貴女にもあとでお話があります」
「ともかくだ、こいつはちいとばかりオイラたち神格の理を無視しすぎじゃねいかい? ええ、シナットよぉ?」
「異な事を言う。神の理に反することの何が悪い? 我はもとより『邪神』なるぞ」
「ぐっ、ぐぬぬぬ……!」
「見事に開き直りましたね」
「かぁー、こうなりゃ次までにぜってぇ破れねい神域結界を開発して、今度こそてめぇに吠え面かかせてやらァ!」
「少し静かにせよ。ぬしらは立会いの作法も知らぬのか」
「「「お前にだけは言われたくない」」」
「あ、あの子、只者じゃないのです……!」
「……」
「天兄の知り合いみたいだけど……とにかくアレはやばいのっ‼︎」
「……」
「? ええっと……カイトさん、シャロ姉?」
「……」「……」
「ううむ……よもや、このような形で彼等が再会を果たすとは」
「あ、シスト会長!」
「すまないね、リナ君。やんごとなき事情があったとはいえ、君達に部下のことを任せきりにしてしまって」
「それは全然かまわないのですが……えっと、会長は『あの子』のこと知ってるのですか?」
「――彼は天君の父君なのだよ」
「……………………へ?」
「……リナ君。それにカイト君にシャロンヌも、君達の今の心境は痛いほど分かるつもりだ……」
……。
「だが、これは純然たる事実なのだ……」
…………。
「あそこにいる可憐な少女のような容姿をした人物こそ、天君の実父……『花村戦』氏に相違ないのだよ」
「「「…………」」」
「ぅふふふ〜……てんさま……ムニャムニャ」
◇◇◇
――世の中には様々な愛情の形がある。
それこそ千差万別であり。
ひとつとして同一のものは存在しない。
時にそれは歪なカタチとなって生まれ落ち、常軌から完全に外れてしまうことも、しばしばあることだ。
ただ……
それでも……
この親子の“それ”は、極めて異質な部類に入ると言わざるを得ないだろう。
「んで、どうすんだクソ親父? ご所望とあらば、たった今この場で尋常に死合ってやるが」
「キャハハハッ! ほんといつからそんな話の分かる子になっちゃったのさ、天天♪」
約一年ぶりとなる親子の再会――
「逢っていきなり最愛の息子が殺る気満々とか――僕、もう興奮しすぎて色々ヤバイんだけど♪」
「お前が色々とヤバイのは最初からだ。あと心底キモい。出来れば今すぐにでも地獄に旅立ってほしい」
――からのこの話題である。
「正直なところ、俺としてはここでお前の息の根を確実に止めておきたい」
「キャッハー‼︎ 嘘マジ⁉︎ あの天天が本当の本当に僕と殺りたがってるよっ!」
率直に“殺し合う”かどうかという話で大盛り上がりする父子。まぁ、正確にはテンションが高いのは戦の方だけだが。
「お前にその気があるなら、俺は全力を以って応えてやる。ただその場合、当然“命は無い”ものと思ってくれ」
「うわぁ、どうしよどうしよ! 夢じゃないよね、コレッ⁉︎」
ともあれ、この親子が世間一般で言うところの“常識“からとことん逸脱しているのは、言うまでもないだろう。
「まあ、もともとそういう契約だからな」
「! あぁ〜」
天が苦笑混じりに呟くと。
得心がいったとばかりに、戦は最大限まで上げていた声のボリュームを三段階ほど下げて。
「そっか……あの時のおじさん達、ちゃんと天天に伝えてくれたんだね」
「ああ」
と、天は頷きながら。
「正直、お前には感謝してる」
「うわぁ……こりゃまたとんでもないレアなセリフが飛び出したもんだ」
戦が意外感を示し目をパチクリさせる。
そんな反応を見せる父親を置き去りにして、天は続けた。
「二人を見逃してくれたこともそうだが、その後のフォローについても、お前には礼を言いたい」
「べ、別に〜」
度重なる天の激レア発言に対し、
「あそこであのダンディなおじさんとかエルフのお姉さんが殺されちゃったら、天天への伝言役が居なくなっちゃうじゃん」
調子が狂うなとでも言いたげに、戦はそっぽを向いて唇を尖らせる。
「そうなると僕にとっても都合が悪かったってだけ。彼らのことを見逃したのも助けたのも、ぜーんぶ僕自身のためだよ」
「――だからこそ、俺にはお前の『望み』を叶える義務がある」
「!」
それはゾクリとするほど混じり気のない純粋な気迫。
「オールオアナッシング――この勝負、全身全霊をかけて闘うことを誓おう」
揺るぎない口調で発せられた言葉には、絶対不可侵の言霊が込められていた。
「…………そう」
何かをこらえるように、戦は顔を伏せる。
きっと彼はその言葉をずっと待っていたに違いない。
横を向いて俯いたまま、素っ気ない返事をよこし、だが分かる。
抑えきれない激情が、熱が、“戦場の羅刹鬼”と恐れられた伝説の傭兵の身体から、大量の湯気となって溢れ出ているのだから。
そのとき、鬼の心情をおもんばかるかのように、神界の空が哭いた。
「やっと……やっと本気で“決着”をつける気になってくれたんだね……」
「最初からそう言っている」
首をコキコキと鳴らしながら放たれるは、圧倒的なまでの猛烈な闘気の渦。
これが自分の意志そのものだ、そう言わぬばかりに。
「さあ、始めようか」
天はその神の理解すら超える強大な力を。
盛大に解き放つのであった―――。
「――や〜めた」
その瞬間。
天変地異の前触れかと思わせるほど高まっていた緊張感が、一瞬にして霧散する。
今の今まで悦びに打ち震えていた戦鬼は。
しかし頭の後ろで両手を組み、口を尖らせ、史上最強の倅にジト目を向けた。
「いくら僕が筋金入りの戦闘狂でも、何の仕込みもなしに天天と正面からやり合うわけないでしょ」
「やれやれ、楽に釣れると思ったんだがな」
そんな軽口をひとつ叩いて。
天は水爆かくやという闘気の圧を瞬時に引っ込めた。まるで最初からこうなると分かっていたかのように。
「そう簡単には乗ってこないか」
「当然」
即座にそう断言するも、戦はいかにも勿体なさそうな顔をして。
「そりゃあ、天天と生きるか死ぬかの真剣勝負とか、僕にとってはこの上なく極上の餌だけどさ……」
「……なんだろう、自分でそう仕向けたはずなのに、寒気が止まらん」
「だって、せっかく天天がその気になってくれたんだよ⁉︎ ならこっちも万全のコンディションでやりたいじゃんっ!」
それが心からの叫びであることは容易に理解できた。間に挟まれた天のボヤキは完全にカットされたが。
「僕は、あらゆる手を尽くして天天に勝ちたいの! なにより、他人に用意された舞台でなんか踊りたくない!」
ある意味、らしいと言えばどこまでも彼らしい主張である。
「……」
天は一瞬だけキョトンとしてから。
「……ったく、相変わらずとことん面倒くせえ父親だ」
「それが僕だからね♪」
「自分で言うな」
今後こそハッキリそのセリフを口にして。
しかし天はくだけた笑いをこぼした。
そしてまた、戦もキャハハと心から楽しそうに笑う。
これがこの親子の普段のコミュニケーションであり、日常の一コマなのである。
「でもちょっと意外。天天がこんなあっさり引き下がるなんて」
「そうか?」
「言ってたじゃん、今のうちに僕のこと消しておきたいって」
「こうも言ったはずだ、俺にはお前の望みを叶える義務があると」
「キャハハハ♪ うんうん、確かに取引相手の要望に応えるのは当然だよね」
「はなはだ不本意ではあるがな。あとお前に言われると無性にイラッとくる」
「キャハハハハハ! 」
それから二人は――
「にしにてもさ、こんなステキな世界が本当にあったんだね♪」
「お前と意見がかぶるのはどこまでも気に食わんが、その点については同感だ」
――親子水入らずで、つもる話に語りふけった。
「そういえば、何でこの闘技場こんなにボロボロなの?」
「あぁ、さっきここで少しばかり運動をしてな」
「キャハハ、だと思った♪ ――で? そのお相手を務めた世にも哀れな子羊は一体どうなったのさ?」
「とりあえず首だけにしてやった」
「キャハハハハハハー! ウケるーッ!」
そんなこんなで父子の時間は過ぎていき。
……そして。
「……なぁ、親父」
「ん、なになに?」
「そろそろ帰れ」
「えーーッ!」
天の顔が無機質なものへと変貌し、戦の顔が絶望に染まったのは、彼ら親子が再会を果たした――およそ二時間後のこと。
「急にどうしちゃったのさ、天天⁉︎」
「いや、別に急にじゃなくて……少し前からそれとなくそういう空気出してたから……」
「え〜、いいじゃんいいじゃん。久しぶりに会ったんだからさ〜、もっと親子でおしゃべりしようよ〜」
「……言ってなかったが、今この場には連れもいるんでな。これ以上、私事で待たせるのはさすがに忍びない」
「は? またまた〜、あの天天に友達なんてできるわけないじゃん♪」
「……あっ?」
「もう、つくならもっとリアリティのある嘘をつきなよ。キャハハハハハハハハハハハーーッ!」
「……オーケー、分かった。やはりお前はたった今ここで息の根を止めることにしよう」
と、両手の拳をボキボキ鳴らしながらこめかみに血管を浮き上がせ、生涯無敗の格闘王がその本領を遺憾なく発揮しようとした――その時である。
「あ、いいこと思いついちゃった♪」
何やら閃いたとばかりに、戦は小悪魔めいた微笑を浮かべる。
十中八九ろくなことではないだろう。
さすが付き合いが長いだけあって、天は瞬時にそれを悟り、無意識のうちに怒気を引っ込めていた。
――そんな息子の反応を楽しむように。
小悪魔の皮をかぶった死神は、次の言葉を口にする。
「天天。キミにぜひ紹介したい子達がいるんだ♪」




