第114話 第0位
「俺が編み出した“闘技”は、全部で百八ある」
何の前振りもなく、天は突然そんなことを言い出した。
「トウギ? ヒャクハチ? イキナリ何ヲ訳ノ分カラヌコトヲ言ッテオルノダ。アマリノ恐怖ニ、気デモ触レタノカ、貴様」
当然、青月は龍の顔で怪訝な表情を作って見せた。が――
「それら百八の闘技は、技の威力や会得難易度などいくつかの要素に基づき、五つの段階に区分している」
青月の言葉、というより存在そのものが眼中にないという感じで、天は話し続ける。
「技の段位は、低い順から『初伝』『中伝』『皆伝』『奥技』『神技』と名付けた。簡潔に言えば、闘技はこの五つに分類される」
「ダカラ、貴様ハ先程カラ何ヲ言ッテイルノダ!」
最初は鼻で笑っていた青月も、次第にその物恐ろしげな強面を顰めていく。
「この世界の言葉を使わせてもらえば、闘技には“魔技”のように、レベル1からレベル5までの『技』が存在する。こう言った方が分かり易いだろうか」
ただ、こちらも全くぶれない。
「オイ、貴様――」
「『初伝』三十技。『中伝』二十五技。『皆伝』二十五技。『奥技』二十技。『神技』八技。これらを以って、闘技百八の技は完全となる」
そして。
「………………モウイイ」
龍の顎から赤々と揺らめく焰を垂れ流し、青月は蒼く煌めく鱗に雷光をまとわせる。
「貴様ガ正気デアロウガナカロウガ、オレニハ関係ノナイコト。ドウセコレカラ丸呑ミニシテヤルノダ。コノ茶番モソレデ終ワル」
水墨画から飛び出したかのような幽玄な姿を雄々しくはためかせ。
まるで宙を泳ぐように。
巨大な龍と化した神の獣は、ぐんぐん天に昇っていく。
「下賤ナ人ノ身デアリナガラ、高貴ナル神獣ニ牙ヲ剥イタ己ノ大罪ヲ悔イテ、死ンデユケ」
物語がクライマックスに近づく中――
「先に見せた『螺旋貫手』と『流星突き』は、それぞれ『初伝』と『中伝』の闘技。さらにこの二つの合わせ技である『螺旋流星突き』は、『皆伝』の闘技にあたる」
それでも天は、相手役をそっちのけにして、ある一点を見据えたまま淡々と言葉を紡ぎ続けた。
「――フッ」
争乱と破壊の権化――争いの神シナット。
闘王と邪神、両者の視線が交差した直後。
天はようやく、上空を舞う青き龍に目を向けた。
「これから『神技』を見せる」
刹那、天の五体から凄まじいまでの闘気が発せられる。
荒波の如き覇気をみなぎらせて、彼は言った。
「俺が持つ“最強の技”の一つだ。もしコレでも『お前』を満足させることが出来なければ、三つの願いは潔く諦めるとしよう」
そこで言葉は途切れた。
大気が震え、大地が揺れる。
満ちる熱気。高まる緊張感。
舞台が兇気と終焉の色に染まる。
決着の刻――
「セメテモノ情ケダ、苦シマヌヨウ一息ニ喰ロウテヤロウ」
遥か上空から地上を見下ろし。
青月はその家屋すら一飲みにしてしまいそうな鰐口を、めいっぱいに広げた。
空の支配者の殺気に満ちた目と牙が、怪しく光る。
「行クゾ、人間……」
青き月の神名を冠する龍の鳴き声が、ここで途絶える。
瞬間。
稲光と雷鳴を携え。
暴風をその身に纏い。
天翔ける龍神が、獲物めがけて一直線に空から降りて来た。
――いざ、尋常に勝負。
一秒にも満たぬ瞬刻の世界の中で……
天は静かに構えに入った。
《闘神技・八凄乃王》
◇◇◇
―――よく見ておけ。
「――‼︎」
その瞬間、リナには確かに聞こえた。
敬愛する師の声が。
……天兄……!
リナの心は震えた。
このとき彼女の胸に去来した思いは、感激と使命感。
最後の勝負が始まる、まさにその時。
ほんの一瞬、だが確実に――天はこちらを見た。しっかりと見届けろと、そう自分に命じたのだ。
――瞬きすら許されない。
カッと目を見開き、リナは全神経を集中させる。
何があろうと、これから始まる一部始終を見逃さない。
師が自分に示してくれた道の到達点、その頂をこの目に焼き付ける。
「っ……」
リナは呼吸すらも止めて、決戦の行く末を見つめた。
――《闘神技・八凄乃王》――
そして。
天が彼の『技』を発動させた瞬間。
リナは確かに見た。
刹那の時間の狭間で、彼女はそれを目撃したのだ。
「ナ、ナンダ、コレハ―――グギャアアアアアアアアアアアアアアアー‼︎」
八つの眩い閃光が、青月の全身を貫く。
純白の空に無数の軌跡を描きながら。
意思を持った光の閃撃が、巨龍の皮膚を、肉を、容赦なく削り取っていく。
その光景は、あたかも頂点捕食者が被食者を一方的に食い散らかすような、凄まじいものであった。
……あれが神技……‼︎
極限まで研ぎ澄まされたリナの五感は、辛うじてソレを目視することに成功する。
ただ、天が何をどうしたのか……。
師が繰り出した技は、果たして拳での突き技だったのか、それとも足での蹴り技だったのか。そういったところまでは分からなかった。
リナが体験した走馬灯にも似た超スローの時間軸。
その中においても。
天の動きは『烈しい閃光』としか認識できなかった。
――だが、しかと見届けた。
勝負の行方を。
決着の瞬間を。
偉大なる師が、自分に見せてくれた……
人が持つ無限の可能性を―――。
「天兄ー‼︎」
気づけば。
リナは、観客席の最前列から体を投げ出さんばかりの勢いで、この世で最も尊敬する者の名を叫んでいた。
「やっぱり、天兄は最高なの!」
声が届いたのか。天がこちらを向いた。
リナは思わず両手を振って歓呼する。
すると。
―――ちゃんと見てたか。
戦いを終えたばかりの彼が、微笑んでくれたような気がした。
◇◇◇
「……バカ……な……」
壮絶なる戦いの末、もはやほとんど原型を失った闘技場広場。
その舞台上では――
「……この青月が……人間などに……敗れるはずが……な、い……」
文字通り首だけとなった一匹の龍が、ぐったりと横たわっている。
「結局、お前は最後の最後までそのままか」
呆れたようにそう言ったのは、この戦いの勝者として龍の傍らに立つ、一人の青年。
彼は敗者である龍に短い一瞥を投げると。
既にそちらには興味なしといった様子で、地面に突き刺さった宝剣を引き抜く。
「よし。刃こぼれはしてないな」
「……おい……人の子……」
自分のことをそっちのけにして、早々に勝負の戦利品の品定めを始めた男に、肉体の大半を失った龍は問うた。
「貴様は……一体何者なのだ……?」
「いや、どうでもいいんだが、お前その状態でもわりと普通に喋れるんだな」
刀剣の刃に目を向けたまま、彼は失笑するように言った。
「何者もなにも、お前も知っての通り、俺は生命の女神フィナの真理英雄だよ。それ以外に説明のしようがない」
「嘘を……つけ……!」
息も絶え絶えになりながら、龍は大きな眼をギロリと動かして。
「貴様が……ただの真理英雄のはずが……ない……ただの人型のはずが……ないのだ!」
「そう言われてもな」
「だいいち……人型で一番強いのは……エインの小娘のはず、だ……。貴様の名など……どこにも記されていなかった……」
「、あー」
何やら納得したような表情で、彼は龍の方を向いた。
「さりげなくチェックしてたんだな、お前」
「……なにが《人型版・戦命力序列上位者》だ……」
龍の大首は、半ば愚痴るように口元を歪める。
「ルキナやヘルロトなんぞよりも……貴様の方がよっぽど……く、あんなもの、出鱈目もいいところだ……」
「――ふぅ、お前に一ついいことを教えてやろう」
いささか芝居がかった仕草で人差し指を立てながら、彼は言った。
「世の中には、時として“例外”というものが存在する。例えば『A』の上に『S』という表記があるように、だ」
「なに……?」
「そう難しいことじゃない。単に『1』の上にも、絶対的な番号が存在するというだけの話だ」
「『1位』よりも……上の序列だと……」
光沢の消えかかった目に青年の姿を映しながら、龍が訝しげに言葉を発した。
その直後。
―《【真】人型版・戦命力序列上位者》―
神界の空に、金色の文字が浮かび上がる。
:
:
第6位 シャロンヌ
第5位 ヘルロト
第4位 ルキナ
第3位 シスト
第2位 レオスナガル
第1位 エイン
:
:
空一面に映し出された文字列は。
あたかも青年の言葉に応えるように。
まるで龍の疑問に答えるように。
件のランキング表に【真】の印とともに、光り輝く文字記号で序列『第1位』より先が書き足されていた。
「結局、今回は最初から最後まで、あの神様の手のひらの上だったな……」
空を見上げながら青年は苦笑を漏らした。
そしてまたゆっくりと龍の方を向いて、彼はこう言った。
「人型序列『第0位』――花村天だ。覚えておけ、冒険士協会零支部特異課の殲滅担当とは俺のことだ」
《【真】人型版・戦命力序列上位者》
☆第0位 花村 天☆
〜***〜
第1位 エイン
第2位 レオスナガル
第3位 シスト
第4位 ルキナ
第5位 ヘルロト
第6位 シャロンヌ
第7位 ミルサ
同率7位 グレンデ
第9位 ラナディース
第10位 メザリー




