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第110話 三つの願い①

 ゴゴゴゴゴ……と。


 どこからともなく地鳴りが聞こえてくる。

 ここ超神界は、明確に『地』と呼べるものなど存在しないはずなのに……。


「超神界か。この地に罷り越すのは、五千年前に“メノア”が第六柱となった、あの(おり)以来になるか」


 最高神格第四柱――争乱神シナット。


「当時を懐かしむならどうぞお一人でお願いします。生憎と、あなたと昔話をする気にはなれませんので」


 最高神格第五柱――知識神ミヨ。


「おうよ。オイラたちは今、“英雄がえりの儀式”で忙しいんでい。用が済んだんならとっとと失せな」


 最高神格第三柱――創造神マト。


「ンンー、ンンーー!」


 そして最高神格第一柱――生命神フィナ。


 ―――人型と魔物、その両陣営を統べる神々の集結。


 その様は。

 さながら聖書に描かれた天変地異が如し。

 この世の終わりすら予感させる物恐ろしさを感じさせた。


「どうしたのだ? 我のことなど気にせず、ぬしらは彼奴(あやつ)の息子とその儀式とやらを進めるがよい」


「カー、相変わらず勝手な野郎だぜい、テメェは!」


「全く同感です。あなたは少し自分の立場というものを考えるべきです」


「ンンーー! ンンンーーッ‼︎」


 犬猿の仲とはまさにこのことだろう。

 どこまでも勝手気ままに振る舞う邪神(シナット)に対し、三柱神は――うち一神は封印された状態だが――敵愾心を剥き出しにする。


 そんな一触即発の空気の中。


「ふぅ……もうそろそろ『あいつの息子』呼ばわりをやめてほしいんだが」


 首をコキコキと左右に曲げながら。

 まるで散歩でもするかのように。

 男はひとり、悠然と前に歩み出た。


「まあ、神様相手に口でやり合ったところで、不毛な議論になるのは身をもって経験済みだしな。そこは割り切るとして――」


 どこか諦めたような空気を醸し出しながら、樽に詰められた女神(フィナ)を一瞥して――その際にフィナがこれ見よがしにウインクしてきたがガン無視して――(てん)は言った。


「もうそろそろ、そのこれぞ神様だ的なプレッシャーを引っ込めてくれませんかね? 俺の見物が主な目的なら、()らねえだろ、それ」


「ほう」


 不快、というよりも興味深いといった様子で――争いの神シナットは、あたかも自分と同格である三柱達のように接してくるその者に、()うた。


何故(なにゆえ)に?」


 そうシナットが訊き返すと。


「いいか、よく聞け」


 天はまた一歩シナットに近づき。互いの体が触れ合うギリギリの位置で立ち止まって。


「あそこの奥で膝ついてる二人はどうでもいいんだが、それ以外は俺の()れなんだわ」


 言いながら、天は邪神と視線を合わせたままクイッと親指を曲げ、自分の背後を指さした。


「つまり何が言いたいのかというと――あんま俺の仲間をイジメてんじゃねえぞこの野郎」


 ややドスの利いた声で天は言い放った。

 するとシナットだけではなく、他の神々も自分たちの筆頭眷族、及び天の仲間たちの様子を窺い見た。


「あちゃ〜、オイラとしたことがマズったぜい」


「ええ……これはやってしまいましたね」


 マトとミヨは、言葉通り「やらかしてしまった」というコメントを顔に思い切り貼り付けて。すぐさま自然災害にも似たプレッシャーを霧散させる。その視線の先には――


「「……、……」」


 顔を伏せ、呼吸もままならないといった有り様で固まっている人型グループ。


「「っ……、っ……」」


 そして、片膝をついて苦悶の表情を浮かべる部下たちの姿があった。


「成る程。おぬしの言いたいことは分かった」


 同じく、その光景を目視したシナットが。


「――して、我がその願いを聞き届ける義務がどこにあるのだ?」


 こちらは未だ途方もない圧力を放ちながら、今一度その事を天に訊ねる。


「おぬしもあれらも、言ってみれば我の敵対者。便宜を図る理由が見当たらぬが?」


「見学希望者なら最低限のマナーは守れと言っている。それができないなら今すぐお引き取り願おう」


 そこまで言って、天はシナットの胸元に人差し指を突きつける。


「そもそも、俺の方が()()お前らに便宜を図ってやったんだ。それぐらい聞いてくれてもバチは当たらんだろ?」


「フッ、あの父にしてこの息子ありか」


 シナットは能面のような表情をわずかに破顔させる。

 次の瞬間。

 神域全土を支配していた強大な圧が、嘘のように消えていた。


「これで()いのか? 彼奴の息子よ」


「ああ、それで問題ない。あいつの雇い主殿」


 そう答えて、天はくるりと踵を返した。


「カカカ、マジかよい! あの身勝手の化身みてぇな野郎が、『人』の言うことを聞きやがったぜい!」


「私も驚きました……。やはり天殿はあらゆる面で計り知れぬ御仁ですね」


「ンーー♡ ンンーー♡」


 驚嘆に値する。

 三柱の神たちはそんな表情を見せて、天の豪胆な振る舞いに酔いしれていた。



 その一方で。



「おい、青月……どうやらあの人間の男、ミヨ様やマト様がおっしゃるように、只者ではないようだぞ」


 主神達と同様に事の一部始終を見ていた“女仙”黒光が、よろよろと立ち上がりながらそんな言葉を口にすると――


「ざけんなっ」


 と憎々しげに吐き捨てて。

 ようやく邪神のプレッシャーから解放された筆頭眷族の片割れ――“神獣”青月は、むっくりと起き上がった。


「シナット! 貴様、どの面を下げてこの場にいるのだっ‼︎」


 おそらくそれは虚栄心、ないしは八つ当たりに近いものだろう。


「忘れたとは言わせんぞ!貴様と白闇(ビャクヤ)が我らにした仕打ちを‼︎」


 青月は怒声を張り上げ、あらん限りの虚勢を張った。


(だま)れ」


 ただ相手が悪かった。その一言に尽きるだろう。


「ぐふぇ!」


「あぶふ!」


 シナットの神通力により、仲良く超高速でマト特性の特大ホワイトボードに叩きつけられる青月と黒光。


「ぐっ、お、おのれぇ……!」


「な、なにゆえ私まで……?」


 ふたたび壇上で膝をつく眷族コンビ。

 そんな彼等を一瞥すらせず、シナットは三柱の中心に立っていたある神に目を向ける。


「マトよ。部下の(しつけ)がなっておらぬぞ」


「そのセリフ、テメェにだけは言われたくねいぜい‼︎」


 今にも頭から湯気を立てそうな勢いでシナットに噛みつくマト。

 その隣では、ミヨと、樽の中に封印されているフィナまでもが、うんうんと頷いている。


 ……まあ話を聞いた限りじゃ、『白闇(ビャクヤ)』とかいうのも相当な問題児らしいからな……


 天はその訳を正確に把握し、自分の事を棚に上げる邪神を何となしに見やった。


 ―――このやり取りの所為で、天も三柱神も、()()()の対応が一瞬遅れてしまった。



「おのれシナットォオオオオオオオオ‼︎‼︎」


 怒りにみちた咆哮が大気を震わせる。


「! よ、よせ、青月!」


「うるさいっ‼︎」


 黒光の制止も聞かず、青月は鬼の形相で立ち上がり、全身から膨大な量の魔力と殺気を放出する。


「ここで俺が、『赤陽(シャクヨウ)』の無念を晴らしてくれる‼︎」


 理性のタガが外れた怒れる神獣は、災害級の魔物すら()えるその強大な力を、思うままに解放した。――その他一切のことなど、完全に無視して。


「ぐっ」


「うわっ!」


「きゃあっ」


 激しい爆風と衝撃波が、周囲にいたシストやカイト達を巻き込みながら、なおも激しさを増して荒れ狂う。

 直後。

 まさに大爆発と呼べるほどの凄まじいエネルギーが、白い閃光となって辺りを包んだ。


「あの馬鹿!」「いけない!」


 創造神マトと知識神ミヨは同時に手を前にかざし、その場に居合わせた全員に向けて結界を張った。


 ――だが、時すでに遅し。


 破壊の光が収まり。

 嵐のような衝撃波が去った後には……


「う……う……」


「ぐ……ぐ……」


 惨憺たる光景が広がっていた。


「う、ぐぬぅ」

「あぐぅ……」

「いつ……っ」


 巨大なエネルギーの放流に巻き込まれたシストや零支部の面々は、座っていた椅子や机ごと四方八方に吹き飛ばされ、全身傷だらけになって倒れていた。皆かろうじて意識がある、動けるといった様子だ。


 その中でも、特に酷かったのが『彼女』だろう。


「ぅ……」


 頭から血を流し、着ていた衣服(スーツ)をボロボロにして、地に倒れ伏す――マリー。


「――すみません、マリーさん」


「てん……さん?」


 もし彼が間に合わなかったら。

 もし彼女があのまま青月の力の解放に晒され続けていたら。

 この中で一番の弱者たるマリーは、きっと死んでいたに違いない。


「俺があなたをこんな所に連れて来たばかりに……本当に申し訳ありません」


「ぁ、ぁぁ……てん……さん……」


 自分に覆い被さり、自分を庇いながら、自分に心から謝罪する天を力なく見つめて。

 マリーは満身創痍にながらも、どこか安心した表情を見せ、そのまま気を失った。


「フン。脆弱な人型風情が己の分をわきまえず、のこのこと我らの聖地に上り込むからそういう目に遭うのだ」


 そのとき。

 天の背後から聞こえてきたその声には、有らん限り皮肉が込められていた。

 無論、反省の色など微塵も感じられない。

 それどころかまるで他人事のように――その者はこう続けた。


「これに懲りたら、下等動物は下等動物らしく、あまり出しゃばらんことだな」


「このバカ! いきなり『力量段階』を天辺(てっぺん)まで解除しやがって! おかげでこっちは危うく(はだか)にされかけたぞっ!」


 幾分かスッキリした顔をしつつ、蔑むような目で天とマリー達を壇上から見下ろす青月。その背後で、半裸に近い格好で派手にはだけた神衣を直しつつ青月をゲシゲシ蹴りつける黒光。


「…………………………」


 彼等はまだ知らない。自分達が一体(ナニ)をしてしまったのか。



「――ほれ、見たことか! あんな短気者どもをほいほい呼び出すから、こういう事になるんじゃ!」


 いつの間にか封印を解除された生命神フィナが、両手を大きく広げ、神々しい光を辺りいっぱいに放った。それは温かな生命の輝き。生を司る神の力が、傷ついた者たちを問答無用で癒していく。


「まったく、こんなときだけ儂を頼りおってからに!」


「フゥ、終わりましたね、青月。黒光の方は、まだ情状酌量の余地もあると思いますが」


「やいミヨ! おめぇ、ハナっからこうなると分かってやがったな⁉︎」


「まさか。シナットがここへ来るなど、完全に予想外の事態です」


「そっちじゃねいよい!」


 神々はもう承知していた。自分達の部下が一体何をやらかしてしまったのか。



「ほう。何やら面白い余興が見られるようだ」


 そして争いを司る邪神は。

 これから一体何が起こるのか、その気配を瞬時に察し、ほんのわずか口元を歪めた。


 だが、そんな大方の予想を裏切り――


「我が主様。今回の“三つの願い”が決まりました」


 天は突然、脈絡もなく話題を呈し、ある提案を神々に持ちかけた。


 

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