3日目 ②
この世界には『個人ステータス』というものが存在する。肩書きとしてではなく、一般的なデータとして。
もう少しくだけた言い方をすれば、自分自身の“能力値”がはっきりとした数値として現れ、銀行口座の預金残高のように各々で常時確認することができる。
実際に教育課程で配布される資料などには、以下のような見本等が載っているものもままある。
【個人ステータス 見本】
Lv 5
名前 ステータス太郎
職業 村人
最大HP 35
最大MP10
力 10
魔力 10
耐久 10
俊敏 10
知能 50
生命魔技Lv1
各項目の名称は多少異なるが、これを見る人が見れば、とても馴染みのあるステータス表示だと感じるに違いない。
ちなみに、『個人ステータス』の確認方法はいたってシンプル。『ドバイザー』の契約儀式を終えた後、自分名義となった『ドバイザー』のメニュー項目を開いて『個人ステータス』を選ぶ。これだけだ。
補足すると、この『個人ステータス』は自分以外の者でもいちおう閲覧できる。ドバイザー同士でチーム回線をつないで『パーティー登録』したメンバー限定ではあるが。
まあ、そんなまどろっこしい手順を踏まなくても、「ちょっとお前のステータス見せてくれよ」とフランクに頼めば。脇が甘い連中はホイホイ自分の個人情報を教えてくれる。
こんな風にーー
Lv 15
名前 一堂 淳
職業 Eランク冒険士
最大HP 120
最大MP 60
力 30
魔力 20
耐久 35
俊敏 30
知能 80
剣術Lv1 火魔技Lv1 生命魔技Lv1
Lv 15
名前 一堂 弥生
職業 Eランク冒険士
最大HP 70
最大MP 110
力 17
魔力 40
耐久 15
俊敏 25
知能 120
状態異常耐性(小) 風魔技Lv1 水魔技Lv2 生命魔技Lv3
Lv 15
名前 一堂ジュリ
職業 Eランク冒険士
最大HP 85
最大MP 160
力 20
魔力 50
耐久 25
俊敏 30
知能 95
火耐性(小) 火魔技Lv3 風魔技Lv2 水魔技Lv1 土魔技Lv2 生命魔技Lv2
Lv 10
名前 ラム
職業 Fランク冒険士
最大HP 200
最大MP 10
力 10
魔力 10
耐久 10
俊敏 10
知能 30
胃腸耐性(中) 土魔技Lv1 生命魔技Lv1
ファミレスでの談笑中、天が何気なく「その『個人ステータス』というのは一体どんなものなんだ?」と問うたところ、
「今見せてやるから、ちょっと待ってろよ」
「私の『個人ステータス』でよろしければ、ただいまお見せいたしますわ」
「ババーン! これがボクのステータスなのだよ!」
「つ、つまらないものですが、どうぞです!」
我先にとばかりに彼のチームメイトたちは自分の『ドバイザー』を取り出し、こぞって自身の『個人ステータス』を天に提示した。
若い世代の中にはコンプレックス云々で頑なに『個人ステータス』の開示を拒む者もいるが。この若者達は違うようだ。
「ど、どうも……」
対して、天がそんな若者達に抱いた率直な感想は、軽率すぎる、といったもの。
先ほどのやり取りで少なからず負い目を感じているのだろうが、それを差し引いても無警戒すぎる。天は内心呆れていた。やはりこいつらは色んな意味で素人だ、と。
ーーしかし、それはあくまで天の価値観。
淳達からすれば、仲間内なんだからこれぐらいの情報公開は当たり前。逆に隠す方が仲間に対して不義理。いちいち気にする方がおかしい、といった考え方だろう。
この場合、どちらも間違っていない。間違ってはいないのだが……互いに進んできた道が違いすぎて、自らが持つ世界観が違いすぎて。徹底して噛み合わない。そもそもまともな議論すらままならない現状。
『お前は攻撃には一切参加しなくていいから』
既に口火は切られてしまった。
早くも浮き彫りになったチーム間の隔たり、双方の溝は。水面下で徐々に深まりつつあった……
◇◇◇
昨日、冒険士になる上で必須規則となるドバイザー契約をひとまず完了させた俺はーー
「早く『リザードマン』を“魔石”にしたいのだよ!」
と連呼するジュリと、リーダー兼お目付け役を自称する淳に連れられ、冒険士協会本部の最上階フロアに行った。
二人に案内された場所は、『魔石製造場』というーー言ってみれば魔物の亡骸を魔石に変える工場だ。
まあ、その全容は一般的に社会科見学等で訪れるような場所とは、似ても似つかぬものだったが。
「うふふふ。ここはいつ来ても目の保養になるのだよ。ほんと、一生時間を潰せるっていうのはこういう事を言うんだろうね♪」
ジュリは終始ご機嫌だった。
だがその気持ちも分からなくはない。
製造場とは名ばかり、そこはまるで高級宝石店のような煌びやかな空間だった。
「ランランラーランラーララン♪ 」
「おい、ジュリ。恥ずかしいから静かにしろよ!」
「大丈夫、大丈夫。ここじゃみんな、他人のことなんか気にもかけないから。ランララー♪」
尚且つ、それがだだ広い最上階フロア全体を占めているとなれば、大概の女子は浮き足立ってしまうだろう。
なんだかんだ言って、淳もジュリを注意しながら、視線は常にガラスショーケースに並べられた色とりどりの魔石に釘付けになっていた。
『製造ナンバーD2でお待ちの一堂淳様。魔石製造が完了致しましたので五番カウンターまでお越しください』
魔物の魔石製造は、思ったよりも時間はかからなかった。正確に言えば五分と経たずに魔石は出来上がってしまった。
「ーーお待たせ致しました。こちらがただいま魔石製造した、『リザードマンの魔石』になります」
二メートル近くあった丸焦げの『リザードマン』の躯は、緑色のビー玉のようなキラキラした小石に姿を変えた。
急激なトランスフォームもさることながら、驚くべきはその値段だ。
「この品質ですと『120万円』で買取可能ですが、いかがなされますか?」
まさか百万の大台に乗るとは。
それでも、ジュリは「売るわけがないのだよ!」と形式的に伺いを立てただけの店員へ鬼の形相で噛み付いていた。
どちらにせよ、この世界での魔石は文字通り希少価値の高いレアメタルなのだろう。
「それにしても……」
……『携帯ショップ』の次は『宝石店』かよ……
正直なところ少しガッカリした。
店頭に並んでいる商品はともかく、昨日俺が見て回った魔石の製造現場は、見た目まんま大型百貨店のアクセサリー売場だった。
……まあ、前の世界でもそういった場所には縁がなかったから、新鮮といえば新鮮だったが……
それでも肩の力が自然と抜けてしまう。『ビジネスホテル』からはじまり『携帯ショップ』に『宝石店』、挙げ句の果てには『ファミレス』までありやがる。
ーーそのくせ肝心の魔力は皆無。ドバイザーもまともに使えない。ガキ共にはなめられっぱなし。
「……どうにかして、この現状を打破せんとな」
俺はファミレスのトイレで手を洗いながら、鏡に映ったしみったれた自分のツラを見て、嘆息するしかなかった。
「………………」
俺は今、とある店にやって来ていた。
店内には鉄と油の匂いが充満していて、年季の入った店の壁にはそこかしこにピカピカの盾や兜が飾られている。店奥のカウンターの側には、ひときわ光彩を放つこの店の看板商品であろう見事な騎士甲冑。
使い込まれた黒ずんだ木造りのカウンターの中から、見るからに屈強そうなスキンヘッドの男が、こっちを睨む。
男は、丸太のような腕を店のカウンターに乗せて、俺に訊ねた。
「ーー何が欲しいんだい、にいちゃん?」
直後、俺は目の前にいるタンクトップ姿の男から顔を逸らし、ぼそりと呟く。
「なんでそこだけファンタジーなんだよ……」
俺は今、自分用の盾を買うという名目で、淳、弥生、ジュリ、ラムと共に冒険士協会本部の中にある『防具屋』にやって来ていた。
「ーーオヤジ。こいつに合いそうな『盾』を、適当に見繕ってくれないか」
俺と並んでカウンター前に立っていた淳が、防具屋の店主にそう告げた。
荒くれ者風の身なりをした店主は、値踏みするような目で淳をジロリと見やり、
「予算は?」
「じゅ、十万円ぐらいまでなら……」
ビクッと肩を持ち上げて、声を上ずらせる淳。おおかた店主の眼光にビビったのだろう。
スキンヘッドの店主は落胆気味に答えた。
「十万ぽっちじゃ、大した鉄は用意できねえぞ」
「ま、間に合わせでいいんだ。とりあえずは……」
淳のこの発言に、店主はさらに落胆の色を濃くして続ける。
「見たところ、そこのにいちゃんや嬢ちゃんたちは新人の冒険士同士でチームかなんかを組んでんだろ? 防具の質ってのは、それがそのまま使用者の生存率を表してんだぜ。いいのかい? 仮にも仲間の命にかかわるもんを、そんな軽い考えで選んじまっても」
「うっ」
店主のもっともな指摘に、淳は言葉を詰まらせる。
もともとここは冒険士達の聖地。そこで店を出してる以上、このオヤジもこういった危機感のないルーキーの相手は日常茶飯事なのだろう。
防具屋の店主は淳から視線を外し、俺をまじまじと見ながら、
「このにいちゃんなら、ある程度の大きさの盾でも問題なく使えるだろ。俺ほどじゃねえが、なかなかいい体格してっぜ」
「………………どうも」
俺には盾など必要ない、喉元まで出かかったそのセリフを、俺は必死に飲み込んだ。
「予算が十万でもサイズが小ぶりならそれなりのもんを用意できるが、どっちにしろ通用するのは『オーク』や『大トカゲ』あたりまでだ」
「それでは、『Eランク』より上の“ランク”のモンスターが相手だと、厳しいということですわね」
「そうだ。最初のうちなら『Dランク』クラスのモンスターと対戦してもそこそこは役目を果たすだろうが、それでも二、三戦が限度ってとこだろ」
「じゃあ、また『リザードマン』なんかと戦うことになったら、今ここで盾を新調してもすぐ壊れちゃうかもしれないってことになるね」
「そういうこった。つうか、嬢ちゃんたちは『リザードマン』と戦ったことがあるのかい?」
「チッチッチ。それは正しい表現じゃないのだよ」
ジュリは得意げに胸を張り、
「正確には『リザードマンと戦ったことがある』じゃなくて、『リザードマンを倒したことがある』ーーなのだよ!」
「はい。つい先日、私たちのチームは『リザードマン討伐依頼』を達成したばかりですわ」
「ほう。どうやら、見かけによらず一端のパーティーみてえじゃねえか」
弥生やジュリとの談笑を終えると、店主は淳の方へと顔を戻す。
「で、どうすんだい?」
「え……?」
「見たところ、チームの財布を握ってんのはあんたなんだろ。このまま予算十万以内で俺が適当に盾を見繕っちまって、本当にいいのかい?」
「…………」
自分を試すようなオヤジの言葉に、淳は真剣に悩んでいる様子だった。
それからしばらくして、淳は決心を固めたように口を開く。
「三十万までならなんとか出せる! これ以上はさすがに厳しいけど……」
「十分だ。待ってな嬢ちゃん。今とっておきの上物を用意してやる!」
「お、俺は男だ!」
「おっと、嬢ちゃんじゃなくて坊っちゃんだったか。こいつはすまねぇ」
ガハハハ! と豪快に笑いながら、防具屋の店主はゆっくりとカウンターの中から出てくる。どうやら話はまとまったようだ。
淳のちょっとした成長物語に、周りでそれを見守っていたチームの女性陣から笑みがこぼれる。彼女達は、皆一様に温かい眼差しを淳に向けていた。
そんな中、美少女な美少年の青春ヒストリーを特等席から見ていた、俺はといえば……
……盾なんて無くてもあんなヤツらの攻撃なんかいくらでも防いでやるから! その金を全部俺によこせ……‼︎
金をドブに捨てる気か! とひたすら心の中で連呼していた。
ーーこのままではマズイ。
何とか打開策はないかと、俺は辺りを見回した。
……アレは……!
店内をぐるりと見渡し、俺はあるモノを発見した。俺の勘が正しければ、あの店の隅に立て掛けてある黒い物体は、きっと『アレ』に違いない。
俺はおぼつかない足取りでソイツのもとへ歩み寄ると、まるで何かに取り憑かれたような体を装い、黒く細長い物体を手に取った。
「こいつは……」
「あ、天さん! それはっ!」
ラムが俺の異変に気づいて近寄ってきたが、俺は構わず次の行動に移る。
「ーーうおっ⁉︎」
大袈裟なリアクションを取りつつ、俺は手に持ったソイツをおそるおそる開いて見せる。
「なんだ、この凄まじいまでの存在感は……!」
「て、天さん!」
「全身を覆い隠すような圧倒的スケール……。まるで重量を感じさせない羽根のような軽やかさ……。これが本物の盾というやつなのか!」
「お、おい、にいちゃん」
防具屋の店主は明らかに狼狽していた。
ヨロヨロとこちらに近づいてくるオヤジに、俺は言う。
「……悪いなオヤジ。折角あんたが俺に合った盾を用意してくれるっていうのに、どうやら無駄になっちまいそうだ」
俺は大きく広げたソレを静かにたたみ、感謝と慈しみを込めてオヤジの前に差し出す。
「もうコイツ以外は考えられん。たった今から、コイツが俺の相棒だ!」
「…………いや、それ盾じゃねえから。ただの傘だから、ソレ。つうか、そりゃ客の忘れもんだからそもそも売り物じゃねえよっ!」
「なん……だと……⁉︎」
ガーン! という擬音が聞こえてきそうなオーバーリアクションを、なるべく自然な振る舞いに見えるよう心がけ、俺は床に両膝をつく。
「クソッ、やっと運命の相手に巡り会えたと思ったのに……!」
「……えっとな、にいちゃん。そいつは傘っつってな? モンスターの攻撃から身を守るもんじゃなくて、雨から身を守ってくれるもんなんだよ」
「なっ、コイツは天候すら防御してしまうというのか⁉︎ どこまで凄えんだよ……」
「いや、そんな大それた代物でもねえし。そもそもそっちが本来の使い道だから、傘って」
「天さん……」
傍にいたラムが、落ち込む(フリをしている)俺を元気づけるように、大きな声で言った。
「あ、あたし! これと似たような傘をさっき下の階で見かけましたです!」
「ッ! それは本当か、ラム先輩っ⁉︎」
「はいです!」
ラムの元気のいい返事に合わせて、俺はゆっくりと立ち上がる。
「頼む、ラム先輩……俺をその場所まで案内してくれないか?」
「お安い御用です、はい‼︎」
「ありがとう」
俺が礼を言うと、ラムは照れくさそうにはにかみ、俺の手を引いた。
「えっと、たしか下の階の大っきい方の出入り口にある『コンビニ』に置いてあったと思いますです」
「行こう」
「はいです!」
ラムに手を引かれながら、俺は防具屋を後に……
「ーーちょっと待つのだよ!」
できなかった。
「なんで盾を探しに来たのにいつの間にか傘を探しに行こうとしているのだよ⁉︎ どう考えてもおかしいでしょ!」
「………………チッ」
軽く舌打ちする俺。
……いつもは誰よりもおちゃらけてるくせに、こういう時だけ普通の反応しやがって……
俺はポーカーフェイスを維持したまま、首だけ振り向き、
「安心しろ、ジュリさん。一階の正面ゲートならここから目と鼻の先だ。大した手間はかからん」
「そうっっいう問題じゃないわよ‼︎‼︎」
素の彼女のツッコミが、店の外まで響き渡る。
「……なんつうか、随分ユニークな奴が多いみてえだな、嬢ちゃんとこのチームは」
「俺は男だって言ってるだろ……」
「いけませんわ! 天さんが生まれてはじめて持つ傘がコンビニの間に合わせのものなんて! 兄様、ここは三階にある高級紳士傘専門店まで赴き、皆で徹底的に吟味しましょう!」
「えっ、あ、うん……。とりあえず、傘探しは盾を買った後にしないか……?」
結局、俺の一世一代の小芝居の甲斐も虚しく、俺達は防具屋のオヤジが仕立てたマンホールの蓋ような『鉄の盾』を27万9800円で購入した。




