第107話 続・敏腕秘書マリーの苦労
ふとマリーはある事に気づいた。
「そういえば、シロナさんが居ないみたいだけど……」
ようやくいくらか落ち着いてきた――又は諦めたともいう――苦労性なエルフの秘書は、なんとなしにその事を隣の席のカイトに訊ねてみた。
「えっと。たしか彼女も零支部のメンバーだったわよね?」
「ああ、それはね……」
マリーのこの質問に対して。
カイトはどこか遠くを見るような目で、どこまでも白い空を眺めながら、語った。
彼の話によると――
「ん? キツ坊とも『パーティー登録』をする気かって? そんなの当たり前だろ」
初めは、天を除く《零支部・特異課》の全員がソレに反対したらしい。チーム内では比較的良識人であるカイトですら、ソレはやめるべきだと天を止めたという。
「あのキツネに天兄の素性を明かすのは危険すぎるの!」
中でも最も反対したのが、シロナとは腐れ縁の関係にあるリナだ。彼女は「それはあまりにも危険だ!」とひたすら天に訴えたそうだ。
――確かに。
天と『パーティー登録』をするということは。彼が一体“何者”なのか、その一端に触れるということだ。
――何故なら、天のステータスには『備考欄』という謎の項目が存在するからだ。
其処には花村天の正体とも言える名目が、はっきり記載されているのだ。“三柱神地上代行者”という超S級の名目が。
「生命の女神が無類の筋肉フェチで筋肉推しだといえば、何とか誤魔化せないか?」
天のことをよく知らぬ者、もしくはサズナならば、或いはそれで通用(?)するかもしれない。
だが天の強さと特異性を知る者なら、まず間違いなく言葉通りに受け取る。というか納得してしまう。
実のところ、マリー自身もそうであった。
天と『パーティー登録』をしたその日に。
自宅でニヤつきながらドバイザーの《パーティー登録一覧》のページを開いた際、たまたま(?)目に入ったその項目欄を見た瞬間。
「まさかそんな」と驚くより先に。
「そういうことだったのか」とすんなり受け入れてしまった。
――彼が実は“異世界人”だったと明かされた時もそうだ。
確かに最初は驚いた。
が、不思議と毛ほどの動揺も覚えなかった。一緒に天の告白を聞いていたシストも、ただ黙って天の言葉に耳を傾けていた。
そして最後にシストは……
「よくぞ話してくれた」
と天に敬意を払っていた。
そしてマリーもまた――「それでも私のあなたに対する気持ちは変わりません!」と――密かに心に誓った。
……話が少し脱線してしまったが。
ともあれ。
マリーやシストが花村天という人間の素性、真実を知った上で、尚も天に対してそういった対応をとれたのは――
ひとえに天との間に相応の“絆”が存在していたからである。
カイトやアクリアたち零支部の面々も、きっとそうに違いない。
しかしシロナは……
「兄さん。シロナは多分、この事実を受け止めきれない」
それが天以外の皆の見解だった。
いや、天もそんなことは初めから重々承知の上だろう。最悪、今までの関係が壊れてしまうことも視野に入れていたに違いない。その程度のこと、天が予測できない訳がないのだから。
だがそれでも――
「この先、俺の“特性”の効果を受けられるか否かで、アイツの生存率が大きく変わる」
天は断固として譲らなかったという。
彼の特性『全体防御力アップ(効果特大)』は破格の性能を誇る。その効力は対象者のあらゆる耐久値を二〇〇パーセントアップするというもの。さらに特性の効果時間は一日のうち二十三時間。尚且つ効果範囲は発動者の天を中心に半径五〇〇キロ圏内。
――これはもう特性というよりも一種の装備である。
しかも超一級の。
それこそ、武器防具の最上位レアリティとされる【神宝器】に匹敵するほどの装備だ。
【神宝器】
この世界では、ありとあらゆるものが神々によってランク付けされ、管理されている。『魔物』『技術』『道具』『ドバイザー』などなど、挙げていけばキリがない。
それと同様に。
その表現方法もまた、数多くの種類が存在する。例えばアルファベットだったり、星の数だったりと、表現の形式は様々だ。
この中で――
“レアリティ”とは。
主に『装備品』に使われるランク表記のこと。
そして“神宝器”とは。
創造神マトが認定した最高峰の武器・防具にのみ与えられる、いわば特別な称号である。
通常、装備品のレアリティは――
低い順に、『標準』『鉄器』『銀鋼器』『宝器』『英王器』の五つに分かれている。
もっとも、一般的な商店や店舗などで手に入るのは大概が『銀鋼器』までで。それよりも上のレアリティ――『宝器』や『英王器』クラスの武器や防具やアクセサリーは、滅多に市場に出回らない。いわゆる伝説の武具というやつだ。
――率直に言えば、『神宝器』はその更に上を行く装備である。
現在。
人界で確認されている『神宝器』は二つ。
一つは、『ミザリィス皇国』の女皇帝エインが持つ世界最強の武器――神槍ゲイボルグ。
一つは、『ラビットロード』の国宝にして世界最強の防具――神鎧ネメア。
これら二つの装備だけが、武器防具の最高位のレアリティ――『神宝器』に位置付けられている。
天の“特性”はこのうち片方――神鎧ネメアに勝るとも劣らない代物だと、マリーは思っている。
正直な話、単純に守備力を上げるだけなら、神鎧ネメアの性能の方が優れているだろう。
――だが彼の特性の凄さは、その利便性にある。
上昇するのが単なる守備力ではなく、人型の防御の基本となる耐久値ならば、その上からいくらでも増強が可能だ。
それこそ、装備、アイテム、スキル……様々な方法で防御力の底上げを図れる。
――その点を踏まえれば、最強の防具よりもこちらの方が需要が高いと断言できる。
本来、特性とは一時的に自分とパーティーの仲間たちの能力を底上げするもの。それが半永久的に続くとなれば、これほど心強いことはないだろう。
「まあ、俺の正体が外部に漏れる可能性はあるが、その時はその時だ」
最後はそう言いくるめられたと、カイトは語った。
天は皆が(特にリナが)何をそこまで危惧しているのか。とうに気づいていたのだ。シロナに天の正体を打ち明ければ、情報漏洩につながる恐れがある。無論それはマリーやカイト達にも該当する言葉だが、シロナの信頼度の低さは他と比べて推して知るべしといったところだろう。
――だがしかし、彼は男の中の男なのだ。
そう遠くない未来、この人型が住まう地で人と魔の厳しい生存競争が始まる。激動の時代はもうすぐそこまで来ていた。
――だからこそ、誰よりも仲間を大切にする彼はソレを実行に移した。
シロナの身の安全の為。少しでも彼女の生存確率を上げる為。そして何より、自分についてきてくれた仲間に対し、当たり前の筋を通す為に。
その結果――
「ごめん、兄貴。僕、男はイケメンとしか『パーティー登録』しないって決めてるから」
以上の理由から、天の申し出は一蹴されたそうだ……。
なんというか、取りつく島もなかったという…………。
「あ、でも。『パーティーリンク』の方なら登録してあげてもいい――ジブヘッ‼︎」
シロナが全ての言葉を発し終わる前に。
リナの黄金の左が全てを終わらせた……とのことだ。
「死にさらせ」
そう吐き捨て。
リナは律儀に『パーティーリンク』の登録準備を始めた天の腕をつかみ、強引に引っ張って行った。
カイトやアクリアやシャロンヌも、それについて何も口を挟まず、白目をむいて倒れているシロナを放置し、その場を離れた。
これが事の真相である。
ちなみに、『パーティーリンク』とは『パーティー登録』の仮契約のようなものだ。こちらは登録数に上限がない代わりに、効果範囲が極端に狭く、共有する機能も『経験値リンク』と『特性リンク』だけとなる。
……というか、最初からそっちにしておけば良かったんじゃ……
そこまで考えて、マリーはぶんぶんと首を振った。
――それでは意味がない。
特性の効果範囲を狭めてしまっては本末転倒だ。何より(仮)は所詮(仮)でしかない。仲間内でそのような不公平を天が認めるわけがない。彼は零支部の要というだけではなく、筋道そのものなのだ。
以上を踏まえた上で。
マリーはどうしても、この場に居ないシロナに一言言ってやりたかった。
《男は顔じゃないわよ、シロナさん!》
《ハハ……そうだね……》
心なしか、カイトが表情を曇らせる。
理由について心当たりがなかったので、マリーは深く考えず、カイトとの『念話』を切った。
ついでながら、今は授業中なので、カイトとの雑談はすべて『念話』で行なっていた。
「えー、以下のように自然体で練気を練れるようになれば、体内LPの上昇率が格段にアップします」
正面のやたら立派な教壇の上では、相変わらず天が丁寧口調で講義を続けている。
「はい! 先生、質問です!」
そう言って元気よく手を上げたのは、前列中央の席に座っていたリナだ。
「ふむ。なるほど。単に集中するという意識ではなく、何よりもまず、無意識で行えるようになることが大切というわけか」
リナの左隣の席では、シストが話に引き込まれてしきりに頷いている。
「…………」
同じく、シャロンヌもリナの右隣の席で食い入るように天の講義を聞いていた。
「……なにゆえ私が後列なのでしょうか……そもそも前列と後列で分ける必要があるのでしょうか……確かに神界初体験のマリーさんに前列は少々刺激が強いのかもしれませんが……それでしたらマリーさんとフォロー役のカイトだけ後ろに置いておけば問題ないのでは……?」
シャロンヌの後ろの席では、前列の三席からあぶれたアクリアが何やらブツブツと呟いている。
「はは……つくづく俺って損な役回りだよな……」
その隣で何やら打ちひしがれているカイトはひとまず放っておき、マリーはふたたび正面に意識を戻した。
「――非常にいい質問ですね。ではその質問について、特別講師のマト先生、お答えいただけますか?」
天がそう言うと、
「カカカ、聞き届けたよい」
壇上に創造の神マトが降臨した。
「……」
先ほどから延々とこのループが繰り返されている。マトが用意した教室セットで。天が教壇の上で講師を務め。その他の面子は生徒として机に向かい。あれこれと突っ込んだ質問にはマトやミヨが答える。
――これはどう見ても授業である。
マリーは軽くめまいを覚える。
神域に来てからずっとこの調子なのだ。
「ンー! ンン、ンーー!」
「貴女はしばらくそこで反省していなさい」
視界の端では、黄金の樽から必死に抜け出そうとする生命の女神と、その上から何重もの封印結界を再構築する知識の女神の姿がまた見えた。――が、マリーは見なかったことにして、机に向かう。
「今大事なのは、深く考えないことよ……」
そう自分に言い聞かせ、マリーは乾いた笑いをこぼした。
そんなこんなで、今日も今日とて敏腕秘書の苦労は続くのであった。




