第105話 本拠地
一つ、零支部で上げた収益の半分は支部の活動費用に充てるものとする。
尚、残った収益は作業担当者等――この場合それぞれの仕事に直接関わった者達――で山分けすること。
一つ、零支部内で討伐したモンスターの魔石を換金する場合、極力《フラワー村》の魔石製造場を利用すること。
尚、その際に換金した額の三パーセントを《フラワー村》に納めること。
一つ、花村天が個人で倒したモンスターの魔石に限り、零支部内での金銭売買が可能。
尚、その際の魔石の販売価格は換金レートの半額とする。
その際の魔石の売上金は全て零支部の活動費用に充てるものとする。
《冒険士協会零支部・本拠地》
人里離れた山奥……
というわけでもないが――二キロほど離れた場所に小さな町があるので――。
見渡す限り山、山、山の、険しい山岳地帯。
その中でも一際高い山地に立地する。
今は使われていない廃鉱。
すでに封鎖され、入り口の前にでかでかと『立ち入り禁止』の看板が立てられた(つい最近に)如何にもな雰囲気を醸し出す薄暗闇の先に――
彼等の本拠地はあった。
「納得いかねぇーし」
新築ならではの真新しい玄関口を入ってすぐの共同スペース。そこに置かれた温かみのある明るい茶色のソファーセット。
その一角にぐで〜とだらしなく寝そべりながら、
「天の兄貴の奴、マジ横暴だしー!」
Cランク冒険士シロナは、かれこれ六度目となる不平不満を口にする。
拠点兼自宅の零支部ビル(仮)に帰って来てから、チームのキツネ担当は終始ブーたれていた。
天の出した課題――『春の魔物狩りツアーinランド王国』も無事に終わり。
シロナ自身たった一日で『Lv』が一気に4レベルも上がった――ほとんど戦闘に参加せず――にも拘わらず、だ。
「絶対おかしいって、この兄貴の決めたルール!」
「正確には零支部のみんなで決めたルールだよ、シロナ」
シロナが都合七度目となる不満をぶちまけたところで、やんわりと彼女を窘める声が上がった。
新品の応接テーブルを隔てて向かい合って座っていたうち片方――
零支部支部長カイトは、今日一日の活動記録をつけながら言う。
「別に兄さんが一人で勝手に決めたわけじゃないだろ?」
「はい」
と短く頷いたのは。
カイトの隣で、同じく事務仕事を黙々とこなしていた――零支部の副支部長アクリア。
「これは全員できちんと話し合った結果、公平な取り決めにより定められたルールです」
「そういうこと」
カイトは顔を伏せたまま、
「チームの合意によって成立した事なんだから、今さらグダグダ言うのはそれこそルール違反だ」
「ちっとも合意してないし! 僕は反対したし!」
ガバッとソファーから起き上がり、シロナは噛みつくように反論した――が。
「そうだね。でもシロナ以外のメンバーは全員賛成したから」
「多数決という言葉をご存知ですか、キツ坊さん?」
「う……っ」
毎度のごとく適当にあしらわれてしまう。
「ええと……今日倒したモンスターは、Cランクモンスターが三体、Dランクモンスターが四十体……で、それ以下のランクのモンスターが七十二体か」
「全ての魔石の鑑定額の合計は……五千万とんで八千円ですね……そこから三パーセントを引いて、さらに半分は支部の活動費用に充てますから……」
眉一つ動かさず、カイトもアクリアもデスクワークに没頭している。
シロナは内心くじけそうになりながらも、
「で、でもさ、天の兄貴、言ってたし! ココをどこよりも自由な組合にするって!」
「自由と無秩序は違うよ、シロナ」
「キツ坊さん。世の中から守るべき法を完全に無くしてしまったら、人は獣や魔物と大差ない生き物と成り果ててしまいます」
「ま、魔物って……」
いよいよ反撃材料が無くなってきた。
――こうなったら一か八か泣き落とししかねぇ!
シロナがそんな事を考えていると。
「まず第一に、何故あなたがこのシステムに異議を唱えるのか、私には全く理解できないのですが」
位置的には丁度シロナたちが雑談――シロナ以外は仕事をしながらだが――をしているオフィス兼リビングの真後ろ。
一階フロアの奥に設けられたキッチンスペースから、
「マスターがお考えになったシステムにより一番得をしているのは、他ならぬ自分であると知りなさい」
氷点下の眼差しを引っ提げ、夜の女帝が降臨した。
「しゃ、シャロンヌの姐さん……!」
「あなたにこれだけは言っておきましょう。マスターのやり方に文句があるなら、先ずこの私に話を通しなさい」
人数分のマグカップを乗せたトレーを片手に、女王なメイドが圧倒的なプレッシャーと共にゆっくりと近づいて来る。
「さあ、遠慮はいりませんよ。あなたの気が済むまで、とことん付き合いますので」
「い――いやだなぁ、もう! 冗談に決まってるじゃないっスか、冗談に。あは、あはは」
愛想笑いで誤魔化す。
ぶっちゃけもうその選択肢しか残ってなかった。
一言で言えば相手が悪い。零支部のキツネ担当は、戦わずして降伏した。
「もう、単なるジョークで熱くなりすぎッスよ、シャロンヌの姐さん。コンコン♪」
かの女傑を心底呆れさせる図々しさはあっても。
かの女傑を相手に強気な態度を貫く度胸はなかった。
そんなこんなで。
「じゃ、僕はお先に休ませてもらうんで〜」
自分の取り分をアクリアからしっかり受け取り。ついでにシャロンヌが用意したお茶もちゃっかり持って。シロナはそそくさと上の階に退散していった。
「本来、我々冒険士の間で“休む”という言葉は、報酬分の働きをした者のみが口にしていいセリフなのですがね」
湯気の立つマグカップをカイトとアクリアに差し出しながら、シャロンヌはため息混じりにぼやいた。
「ありがとうございます、シャロンヌさん」
「ハハ、でも……さっきのシロナの言い分もわらないではないかな」
カイトは温かいコーヒーを口に含みながら、そんな事を言う。
「なんですか? まさか貴方までマスターのやり方が気に入らないと?」
シャロンヌが静かに凄む。
「まさか。気に入らなかったらその場で言いますよ」
軽く流すように、カイトは小さく肩をすくめて。
「ただ、変わってるか変わってないかで言えば、うちの支部は他とはかなり変わっているかなと」
「それは間違いありませんね」
こちらもマグカップに上品に口をつけて。アクリアが言った。
「零支部に、“常識”という概念は存在しませんから」
「……まぁ、異色という点では同意しましょう」
そう言ってシャロンヌは渋々頷く。
「流石に今日集めた魔石を全部『換金』したのは、ちょっとやりすぎたかな」
誰ともなしにつぶやいて。
カイトは苦笑しながら、手にしていたカップをまた口に運んだ。
この世界で最もあり得ない魔石の使用法の一つ。それが『魔石換金』である。
通常、魔石を現金にする場合――
・大国や『ランド王国』のような裕福な国の魔石ショップで買い取ってもらう。
・『エクス帝国』が主催する『帝国オークション』に出品する。
――などが一般的である。
これらの方法で魔石を売り捌けば、最低でも原価の二倍。上手くいけば鑑定額の四、五倍の額が手に入る。
だが“換金の儀式”で魔石を金に換えると、『1』が『1』にしかならない。
本日の零支部の稼ぎ――『五千万円分の魔石』が、五千万円にしかならない。
普通に売れば軽く億単位の金が入るところを、どう頑張っても鑑定額の五千万どまりなのだ。
――これではシロナが文句を言いたくなるのも仕方がない。
少なからずカイトはそう思っていた。
その上――『魔石換金した額の三パーセントは《フラワー村》に納金する』という――シロナ曰く「マジ意味不明だし‼︎」なルールのおかげで。
本日のキツネ担当の取り分はさらに削られることとなった。
尚、《フラワー村》とは天が以前お世話になっていた鉱山町のことである。
町なのに名前が《フラワー村》というのも変な話だが。まぁそこら辺はひとまず置いておこう。
元々、あの町は鉱夫たちの作業効率化を目的として造られた為、町としての正式名称は今までなかった。
町の住人たちも、その事についてさして興味を示さなかった。
――だがつい最近、とある理由から急遽あの町に名前が付けられたのだ。
《フラワー村》という明らかに『村』の名前だろ、それ。という名が。
ちなみにその理由というのが――
「どうかこの町を救ってくださった花村様のお名前を、この名無しの町につけさせて頂きたいのです!」
鉱山町を救った英雄である「花村天」の名を、是非とも“町の名前”にしたい。町長――今は自分から"村長”と名乗っているが――たっての希望だった。
「おばちゃんや他の町の人達がそれでいいなら……」
町長の熱意に、渋々ながらも天は首を縦に振った。
結果、その日のうちに町民全員――本人たちは既に“村人”と名乗っているが――の満場一致で可決され。
天の姓である“花村“を取って。
名もなき鉱山町改め――
《フラワー村》と命名された。
「その手がありましたか……‼︎」
余談だが。
その流れでシャロンヌも「我々の集落にも是非マスターのお名前を!」と天に懇願した――が、そちらは普通に却下された。
「花村様。大変素敵なお名前を授けていただき、誠にありがとうございます。つきましては、これからこの村も、微力ながら皆様のことをサポートさせていただきたいのですじゃ」
当然のことながら。
天が個人的な贔屓により、特に意味もなく『自分の名前のついた町に税金を納める』――的なことを言い出した訳ではない。
「実は少し前から、村人全員で皆様専用の施設をいくつか作り始めましたのじゃ」
《フラワー村》の村長さんと村人たちは、以前天に言われたことを実行した。いや、正確にはそれ以上のことをしてくれたのだ。
『俺の仲間達にも、できればここの施設を使わせてください』
彼等はその約束を忘れていなかった。
それどころか、どうせなら少しでも天とその仲間達に快適な場を用意しよう、と。
村人たちは大いに奮起したのだ。
「今度はあたしたちが天ちゃんに恩返しをする番さね」
結果、今現在《フラワー村》には――零支部専用の食堂。零支部専用の休憩所。零支部専用の大浴場。などの施設が設置された。
天達がわざわざ麓の町まで買い物に行かなくてもいいように、質の良い生活用品やブランド物の下着などを大手メーカーから取り寄せ、村唯一の雑貨屋に設けられた『ZEROコーナー』に置かれた。
「まいったな。まさかここまでしてくれるとは」
そんな訳で。
《フラワー村》は町ぐるみで零支部の為に様々な取り組みを――現在進行形で――行っている。
ならばこちらも、それらの維持費ぐらいは負担しよう――
こうして決まったのが先のルールである。
「ハハ、もちろん異議なんてないよ」
「はい。素晴らしいお考えでございます」
「むしろ当然の義務なのです」
「その通りですね」
天達(シロナを除いた)のこの申し出に。
最初は村長をはじめとした村の大人たちは、皆、渋い顔をした。「それでは恩返しにならない」と。
「ならこうしましょう。うちの連中がこの鉱山ま……フラワー村の魔石屋で魔石を換金した際、毎度その三パーセントを魔石換金の手数料として店に支払います」
それならば問題ないはずだ、と。
天お得意の口八丁により、村長たちは瞬く間に丸め込まれた。
それぐらいなら大した額にもならないだろう。そんな高を括って。
「……天ちゃんも色んな意味で外れてるけど、あたしから言わせればあんた達も大概さね」
考えが甘かった。その一言に尽きるだろう。
「ハハハ、今回の魔石もみんな換金でお願いします、女将さん」
斯くして。
一行は取り決めから三日と経たず、二百万以上もの金額を店に納金したのであった。
「やはり、全ての魔石を換金に回してしまったのはマズかったでしょうか……」
「……うん。そうだね」
悪いことをした……そんな空気を醸し出し。
カイトとアクリアは、マグカップをテーブルの上に置く。
「俺達と違って、シロナは別に“英雄”を目指してるわけじゃないからね」
「はい……」
実の所、先ほどのルールにはきちんと「抜け道」が用意されていた。
というか、シロナ一人が勝手に思い込んでいるだけで、天は別にそれを強制している訳ではない。
かのルールが適用されるのは、あくまで『魔石を換金した場合』のみ。つまり『魔石をptにする場合』のみ。
そしてカイトとアクリアは当然それに気づいていたが、シロナにいちいち説明しなかった。つまるところ、二人の罪悪感の原因はそこにある。
「キツ坊さんの言うように、少々横暴だったかもしれませんね」
「ああ。せめてシロナの分の魔石の使い道は、本人の意志で選ばせるべきだった」
――あの時、天が自分達にそうしてくれたように。
口には出さず。頭の中で言葉を紡ぎながら……
カイトは静かに目を閉じた。
「――以上が、俺の考えた作戦計画の全容だ」
「…………確かにその方法なら、ゴズンドを確実に追い込めるのです。けど――」
「『ランド王国』は、文字通り地図の上から消えますね」
「「……」」
「いえ、この場合、歴史上から消えると言っても過言ではないでしょう」
「シャロ姉!」
「事実ですよ。我々がこれから行おうとしていることは、そういうことです」
「…………」「…………」
「――あぁ、そうだ。言い忘れてたが、今俺が話したプランは、この四人のうち誰か一人でも反対する奴がいたら中止するつもりだ」
「「‼︎」」
「なっ!」
「ぷっ、やっぱりそこは天兄なの」
「これはあくまで目的を達成する為の手段の一つにすぎない。チーム内で仲違いしてまで強行する理由がない」
「お、お言葉ですが、マスターッ」
「少なくとも俺の中では見当たらない。そう言った」
「っ」
「ま、今すぐ答えを出す必要もないだろ? 俺は俺で先にやる事もあるしな」
「天様……」
「兄さん……」
天は自嘲気味に笑って、最後にこう言った。
「あんな作戦を考えた張本人が言うのもなんだが、カイトもアクも自分達の意思を尊重してくれ」
――あの時、天は決してそれを無理強いすることはなかった。
あくまでも「自分の意思を尊重しろ」と、そう言ってくれた。
「私、キツ坊さんに謝罪してきます」
そう言ってアクリアがおもむろにソファーから立ち上がる。
「俺も行くよ、アクリア」
もしかしたら彼女も同じことを考えていたのかもしれない。そう思いながら、カイトもアクリアに続くかたちで席を立つ。
「最近、他の事に気を取られすぎて、少し周りに対する思慮を欠いていたかもしれないな」
「私もです。反省しなければなりませんね」
「その必要はありません」
シロナに謝りに行こうと立ち上がった二人をその場に縫い留めたのは、洗練された所作で優雅にコーヒーを飲んでいたシャロンヌだった。
「あの娘に対して、あなた達が気に病む必要など皆無としりなさい」
念を押すように放たれたシャロンヌの第二波には、露骨な苛立ちが込められていた。
カイトとアクリアは思わず顔を見合わせる。
シャロンヌは確かにシロナのことが嫌いだが、だからといって不当な評価を下すような真似は絶対にしない。
そういった個人的な感情を仕事に持ち込まないのが、シャロンヌという冒険士なのだ。
「今日あの娘が真面に戦った相手は――『コケッシー』一匹だけです」
「「……へ?」」
そう。
シャロンヌの審判はいつも公平だ。
「その他の戦いは全て私に丸投げし、戦闘に参加する意欲すら見せませんでした」
「「……」」
つまるところ。
今日一日シロナとコンビを組まされていたシャロンヌこそが、この中で一番よく彼女の働きぶりを知っているということだ。
「結局、最後の最後までドバイザーから武器を取り出す素振りさえなく、終始一貫して私を持ち上げていましたね、あの小娘は……」
右手に持つカップをぷるぷると震わせ。
額に青筋を立てて。
シャロンヌは全身から極めて攻撃的なオーラを放出する。
「アレの使っている武器が『棍』だと知ったのは、ここに戻ってきた後のことです……!」
「あ、あの、シャロンヌさん」
「ヤツが自分の棍で背中を掻いていたのを、たまたま見かけたから……っ‼︎」
「どど、どうか落ち着いてくださいませ、シャロンヌさん」
「考えられますか? あの狐は戦場で武器も構えずに、丸一日ただ延々と私の後をついてきただけなのですよ⁉︎」
恐らく相当溜め込んでいたのだろう……
「虎の威を借るにしても限度というものがあるっっ‼︎」
程なくして、麗しのメイドは爆発した。
一方その頃。
でこぼこした急勾配が続く山の中腹部を走っていた一台の動力車が。
突如、道のど真ん中で停車してしまった。
街灯のない暗い山道には、当然のごとく人っ子一人歩いていない。
マシントラブルという可能性も低そうだ。
何より、動力車の運転席と助手席に乗っていた男女二人が、一向に車から降りてくる気配がない。
「……すまん、リナ」
助手席の男がそう言うと、
「ううん……天兄は悪くないの」
運転席に座っていた娘が、ハンドルを握ったまま首を横に振った。
いつの間にか、辺り一面の暗闇には靄が立ちこめていた……
「俺としたことが迂闊だった」
「仕方ないのです……」
「クソッ、このままじゃ俺達はともかく、親父殿やマリーさんまで迷惑をかけることになる!」
「事情を説明すれば、あの二人ならきっと分かってくれるのです」
「しかし……!」
「こうなったらあたし達にはもうどうすることもできないの――受け入れよう、天兄」
気がづけば、周囲のおぼろげだった薄靄は真っ白な霧へと姿を変え……
あっという間に動力車ごと男女二人を包み込んでしまった。




