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第102話 決断①

 

 人は皆、生きて行く上で必ず何かを決断しなければならない。


 時にそれは辛く苦しいものであるかもしれない。

 思わず目を背けたくなることもあるかもしれない。

 だがそれでも、人である以上、必ず何らかの決断を下さねばならい。


 でなければ、人は前には進めないのだから……





 ーーー君は本当にこれでよかったのかい?


 黄緑に輝く苔に覆われた石階段を、コツ、コツ……と静かな足音を立ててのぼりながら、


「……いつまでたっても変わりませんね、あなたは……」


 Aランク冒険士アクリアは、すぐ前を歩く兄貴分の背中を見つめ、ひそやかな笑みをこぼした。


「……そもそも、カイト兄様(にいさま)は昔から心配性がすぎると思います……」


 彼女が昔の呼び名を使ったのは、ごく単純な理由からだ。


「……そうやっていつも(わたくし)のことばかり気にかけているから、いつ間にか意中の女性に想い人ができてしまうんですよ……」


 その小さな小さな(ささや)き声は、自分の足音と重なって、彼の耳に届かぬことを知っていたから。


「……本当に、昔から私は、カイト兄様にご心配ばかりおかけしておりますね……」


 そこで一旦立ち止まり。

 アクリアはもう一度、今度は強い思いを瞳に宿し、カイトの背中を見た。


「……ですがご安心ください。私はもう()めましたから……」


 そう。

 あの日あの瞬間に、王家の名を奪われし青の姫君は、自らの意志で決断したのだーーー



 ◇◇◇



「ちち、近寄(ちかよ)らないでくださいっ!」


 耳を(つんざ)くような少女の金切り声が、落ち着いた雰囲気の部屋の空気を険悪なものへと変える。


「も、もう限界ですぅー!」


 思い返せば、彼女は意識を取り戻してからずっと顔色が優れないようだった。

 最初は、あのような事件に巻き込まれたのだからそれも当然かと思った。


 ーーだが、その認識は誤りだった。


 少女が気分を害していた原因は、自分にあった。

 少女に恐怖の念を与えてたのは、自分であった。


「そそ、それ以上、(わたし)姫様(ひめさま)に近づかないでくださいぃー‼︎」


「……」


 (くだん)の事情説明を終えるやいなや悲鳴を上げ、騒ぎ出した、その少女の要望に応えるように……


 アクリアはただ黙って、部屋の(すみ)に移動した。




 冒険士協会本部・応接室にて。


「はは……命がけの救助と手厚い看病の見返りがコレとは、何ともやり切れないな」


「そういった事は口に出すと途端に価値を失いますよ? まぁ……気持ちは非常によく分かりますが」


 同じく、一連のやりとりを第三者の視点から見守っていたカイトとシャロンヌがーー億劫そうに首だけ動かし、慌てふためく黒髪の少女を目で追いかける。二人のその視線はどこまでも()めていた。


「ひひ、姫様! 今すぐこの場から離れましょうっ! で、でないと、私たちまで(のろ)われてしまいますぅー!」


「えー、めんどいからパス〜」


 豊かな銀髪をボリボリと()きながら、彼女は気怠げな様子でそう答える。

 黒髪の少女にわりと激しく肩を()すられながらも、こちらは寝起きの顔をキープしたままだ。


「つか、マドマドの声超うっさい。頭に響くんだよね〜。もうちょいボリューム下げてくんな〜い?」


「姫様っ‼︎ 今はそんな悠長に構えている場合ではっ!」


「はい減点一(げんてんイチ)〜」


 言って。

 彼女ーー『ランド王国』第一王女アリスは、応接室のソファーに寝そべりながら、目の前のテーブルの上に置かれたクッキー皿に手を伸ばした。


「分かってると思うけどさ〜。減点が十点たまるともれなく王宮から退場になっちゃうから、次からはできるだけ気をつけた方がいいよ〜?」


「うぅ、姫さまぁぁ」


 途端に情けない声を出して。

 黒髪の少女はその場にへたり込む。

 アリスはそんな彼女を放置し、二枚、三枚と次々に皿の上のクッキーを口に運ぶ。


「大丈夫大丈夫〜。呪われたら呪われたで、いつもみたく『ゴズっち』に言えばなんとかしてくれるって〜」


「あ、アリス姫様はそれでいいかもしれませんけどっ。万が一、私まで『青髪の呪い』にかかっちゃったら……必ずしも呪いを解いてもらえるとは限らないじゃないですか!」


「はぁ〜、なんで〜?」


「だって、私はただの召使いなんですよ⁉︎ もし姫様みたく『青髪の呪い』を受けちゃったら、呪いを解く以前に見捨てられちゃいますよ!」


「ん〜、つか、なんでアリスがもう呪われてることになってんの〜? あーでも、言われてみればさっきからやけに頭が重いんだよね〜。やっぱこれって、アクにゃんの呪いのせいなのかな〜?」


「き、きっとそうに決まってます! むしろそれ以外に考えられません‼︎」


「っ……」


 アクリアは耳を(ふさ)ぎたい衝動を懸命にこらえ、ぐっと唇を噛みしめる。


「呪術で丸二日も眠らされれば、頭が重くなるのも当然でしょう。馬鹿なのですか、あの者たちは?」


「さっきから何度も説明してるはずなんですけどね……」


「…………」


 最早、仲間たちからのフォローの言葉も、アクリアには聞こえていなかった。


 そのとき彼女の脳裏には、十年前、王室を追放された日の光景が蘇っていたーー


『恐ろしや恐ろしや、このままあの青髪の姫を王宮に留めておけば、さらなる災いがこのランド王国に降りかかりますぞ』


『すまんが、本日中にここから出て行ってもらおう。お前のような疫病神をいつまでも城に置いておいたら、命がいつくあっても足りぬからな』


『正直、前から気味が悪いと思ってたのよ。だって青色の髪なんて、どう見たって普通じゃないし』


 ーーそれは忘れたくても決して忘れられない記憶。


 込み上げてくる不安と恐怖に身を縮め、アクリアは思わず顔を伏せた……


 その時であった。


「青い髪は呪いの象徴などという妄言(もうげん)は、愚か者どもの勝手な思い込みに過ぎない」


 突然ノックもなしに応接室のドアが開かれ、ひとりの青年がズカズカと中に入ってきた。


「知識の女神ミヨ様からいただいた有り難いお言葉だ」


 その瞬間。アクリアの耳に届いたその声は。


「喜べ。たった今から、お前らは女神様公認の『(おろ)(もの)ども』だ」


 いつも自分を守ってくれる、そして力をくれる……あの(かた)の声であった。


(てん)様……!」


「待たせて悪いな」


 天はアクリアの側まで行くとーー「もう大丈夫だ」と言うかのように、彼女の肩をポンと叩いた。


親父殿(おやじどの)と今後の予定やら『パーティー登録』やらしてたら、ついつい話し込んじまった」


「マスター。その『親父殿』というのは……」


(じつ)の方をさしてるわけじゃないよね? というか、話の流れからいって一人しか思い浮かばないけど」


「ああ。会長(シスト)のことだ」


 同じようにアクリアのもとに集まってきた仲間たちへ、天は軽く手をあげて応える。


「流石にいつまでも自分の上司を『おっさん』呼ばわりするのもあれだしな。いい機会だと思って前から考えてた候補をいくつかあげてみたら、この呼び名(おやじどの)をえらく気に入ってくれた」


「ハハハ、いかにもシスト会長らしい話だね、それは」


「会長殿には子供がおりませんので、余計にそういった敬称に飢えていたのかもしれません」


「確かに。しかもその相手が兄さんとなれば、シスト会長が大歓迎するのも頷けるよ」


「そうなのか? なんかそう言われると少し照れくさい気がしてきたな」


「今さらだよ。だいたいシスト会長をそんな風に呼ぼうとする冒険士自体、世界中探したって兄さんぐらいだ」


「…………」


 まさに“あっという間”だった。

 気づけばそこには、いつもの彼女の居場所(いばしょ)が出来上がっていた。

 ーーそして同時に。

 アクリアの心を支配しつつあった過去の(きおく)が、いつの間にか綺麗さっぱり拭い去られていた。



「ちょっとそこのあなた!」


 平常運転で仲間と雑談を始めた天の背後から、不意に声が上がった。


「ぶぶ、無礼ですよ! か、仮にもここで寝っ転がって美味しそうなクッキーを一人占めしているお方は、いちおう『ランド王国』の第一王女、アリス様ご本人なんですからね!」


 見れば、アリスから『マドマド』と呼ばれていた例の少女が、(アリス)が寝そべっているソファーの上からちょこんと顔を出し、こちらを牽制している。


「ねぇ、マドマド〜。いま『仮にも』のあと『いちおう』つけたす必要あった〜? ね〜?」


「……あ、アリス姫様を侮辱する(やから)は!この姫様の忠実なる召使い(メイド)ーー(おか)マドカが許しません!」


 と。

 ソファーのかげから天のことを指差して、彼女はそう言い放つ。

 一方、天はそっけない一瞥をそちらに投げただけで、またすぐに仲間に視線を戻した。


「なあ、カイト」


「なんだい?」


「この世界では、自分のことを介抱してくれた恩人に対して謂れのない誹謗中傷を浴びせることは、『無礼』には該当しないのか?」


「もちろん該当するさ」


 嬉々として、カイトは天の質問に答える。


「というより、そこまでいくと無礼以前に相手の品性を疑うレベルだね」


 普段はあまり毒を吐かない爽やか紳士の彼だが、今回ばかりは例外のようだ。


「ひ、品性を疑うですって⁉︎」


 マドカの怒りのボルテージが上がった。

 だが、ヒステリックメイドの啖呵など何処吹く風と、天は仲間たちとの会話を継続する。


「なあ、シャロ」


「ハッ」


「この世界の王族は、みんなあんななのか?」


「皆というわけではございませんが、中にはああいった者も存在します。誠に遺憾でありますが」


 シャロンヌの凍れる眼差しが、口の周りをクッキーの食べカスだらけにして他人の分ーーこの場合アクリアとカイトーーのティーカップで平然と喉を潤す小国の王女とその従者へ、容赦なく注がれる。


「いずれにしても、アレが最底辺の部類に入ることだけは間違いありません」


「ま、またそうやって姫様を侮辱して」


 心なしかマドカの威勢が弱まった。

 おそらく、自分ではどうあがいてもこの者には勝てない、と本能的に悟ったのであう。


「た……確かに姫様は品行方正とはまるっきり真逆のお方ですけど、ぱっと見は誰がどう見てもお美しいお姫様なんですぅー」


「ねぇ、マドマド。それってつまりアリスは見た目だけ王女ってこと〜? つか、いま品行方正とはまるっきり真逆って普通に言っちゃってたからね、お前」


「と、とにかく!」


 マドカはもう一度、天を指差しながら、


「『青髪の呪い』は、お城の怪談にも数えられるほどおぞましい話なんですぅー。だから私や姫様が怖がるのも仕方ない話なんですぅー」


 などとのたまう女神公認の愚か者に、天は抑揚のない調子でこう返した。


「とりあえず俺から言えることは、(おとこ)(くせ)にそんな格好をして化粧までしてるお前の方が、よっぽどおぞましいと思うぞ」


「「……ぇ……?」」


 瞬間、意表を突かれたように固まったのはアクリアとカイトだ。


「あなた達、まさか今まで気づいていなかったのですか?」


 そんな二人を、シャロンヌが割と本気で呆れたように見やる。


「ぶふ、あははははは! こりゃ一本取られちゃったね〜、マドマド〜? ぶぁっはははははは!」


 腹を抱えて大爆笑するおバカ系プリンセスと、


「ひ、酷いです、姫様……!」


 そのすぐ隣で今にも泣き出しそうな色物メイド(?)。


「か、体は男の子でも……(ハート)は正真正銘の女の子なんですぅーーッ‼︎」


 それは、可愛らしいメイド服に身を包んだ黒髪ショートヘアーの可憐な少女ーーではなく少年(しょうねん)の、魂の叫びであった。


「やかましいぞ、オカマ。そういうのはトイレの個室で水を流しながら、誰にも迷惑をかけずにひっそりとやれ」


「黙りなさい、オカマ。あなたのその高周波の声はどこまでも神経に触ります。先ほどから耳障りなのだと知りなさい」


 無情なる狩人たちにすぐ撃ち落とされたが。


「……私の名前は、『オカマ』ではなく、(おか)・マドカですぅーー!」


 しかし、マドカのその目はまだ折れていなかった。


「「どうでもいい」」


 やはり即座に切り捨てられたが。


「うわぁ〜んっ」


 彼女ーーではなく彼は、今度こそ完全に闇落(ノックアウト)ちした。


 ちなみにだが、シャロンヌはともかくとして、天は別にこういった人種に対し特別な嫌悪感を持っているわけではない。女装男子だろが、同性愛者だろうが、『他者に迷惑さえかけなければ後は個人の自由』ーーというのが天の持論である。


「あんまりですぅー! こんな仕打ち酷すぎますぅー! 私がいったい何したって言うんですか〜〜⁉︎」


 涙目で(わめ)()らすマドカに、


「分からないなら教えてやる」


 天は(はがね)の眼差しを向ける。


「お前は俺の仲間に、()()()()()()()をしたんだ」


「ヒ……っ!」


「天様……」


 事情を知らないから仕様がない。

 真実を知らないから仕方がない。


 ーーだから仲間が傷つけられたとしても、広い心で静観しろ。


 そういったお行儀の良い選択肢は、生憎とこの男の中には存在しない。


「自分が言われたら一番嫌なことで責め立てられる気分はどうだ? さぞ素敵な思い出になったろ? あぁ礼ならいらんぞ、俺は当然のことをしたまでだからな」


「キィーーッ」


 やられたからやり返した。

 それは実にシンプルで、とても天らしい回答であった。


「授業料は特別に免除してやる。分かったら、次からはもう少し心の清らかなオカマになれ。オカマ・ドカ君」


「で、ですから、私はオカマではなく、『オカマ・ドカ』……じゃなくてぇーー⁉︎」


「ぶはっ、まっ、まさかの二段構えきタハハハハハハハ〜!」


 ソファーに寝そべっていたアリスが、また腹を抱えて笑い出す。


「ぶ、ぶふぷ、あ、アリスもお城帰ったら、そのひっかけやってみよふ、あはははははははは!」


 相当ツボだったのか、マドカとは違う意味で涙目になっている。


「私の名前は(おか)・マドカですぅー、区切る部分を間違えないでぐさいぃー‼︎」


「あひ、くるヒィ、くる、アヒャヒャヒャヒャヒャ!」


「……」


 スカートにも関わらずこれでもかと足をバタバタさせて笑い転げるアリスに、ゴミを見るような眼差しを向けながら、


「申し訳ございません、マスター」


 シャロンヌは丁重に詫びを述べた。


前言(ぜんげん)撤回(てっかい)させていただきます。アレはこの世界の皇族、王族の中でも……例外(レア)中の例外(レア)でございます」


 ◇


 それからひとしきり爆笑した後、アリスがこんなことを言い出した。


「あれ〜? そういえば『イルイル』と『ジェシー』どこいったの〜?」


「言われてみれば……」


 マドカもその違和感に気づいた様子だ。普段と違う、なにかが足りないと……


「いつもならこの辺で、あの二人の情け容赦ない追い討ちがくるはずなのに?」


「だよねぇ〜」


 キョロキョロとあたりを見回し、何者かを探し始めたアリスとマドカにーー


「ああ、そいつらなら()んだぞ」


 天はこともなげにそう告げた。


「……へ?」


「はあ〜?」


 あまりにもあっさりと言われた所為か、二人はきょとんとした顔のまま固まってしまう。

 同様に、カイト、アクリア、シャロンヌまでもが、天を見つめたまま硬直する。ただ、こちらは前者の二人と違い、アホ面とは程遠い極めてシリアスな顔でだが。


「「「……」」」


 天らしからぬ奇行、その真意を測りかねているーー三人共そんな表情を浮かべていた。


「カイト、アク、シャロ……(はなし)がある」


 仲間たちが何かを問う前に、天は三人に背を向けて、そう言った。


「親父殿にはもう許可を取った。この依頼はこれで終了だ」


 ろくな説明もないまま、天は部屋の扉へ向かってスタスタと歩き出した。が。


()くぞ」


 これ以上の言葉は彼等には必要なかった。

 特異課の面々が一丸となるには、それで十分だった。


「アリス。私は仕事がありますので、これで失礼致します」


「あ、うん。ばいば〜い」


 約十年ぶりとなる腹違いの姉妹の対顔はここで終了し。


 カイト、シャロンヌ、そしてアクリアは……天の背中に続いて応接室を後にした。


 

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