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第100話 新生零支部①

「ハァァーーッ」


 茜色に染まった山深い峠道に、黄金(こんじき)の閃光が走る。


 《闘技(とうぎ)螺旋貫手(らせんぬきて)


 月光が照明の役割を担うにはまだ少し早い時分だ。空気はすでに肌寒いが、山の上ならこんなものだろう。


 少なくとも、夜が訪れるには今しばらくの時間が必要だった。


「ふう……」


 つまり何が言いたいかというと、たった今起きた放光(ほうこう)は、決して自然現象などではない。


「一丁あがりなのです!」


 この亜人種の犬耳美少女がもたらしたものである。ということだ。


 そして……


 彼女の眼前に横たわる(ひょう)のような二つの尾が生えた魔物もまた、その過程から生まれた結果の一つであった。


「…………………………」


 魔獣は既にピクリとも動く気配がない。その喉には大きな凹み傷が刻まれていた。おそらくそれが致命傷となったのだろう。


「驚いたな……」


「し、信じられませんわ」


 動力車の後部座席の窓からその一部始終を見ていたシストとマリーは、紛れもない驚愕を顔に貼りつけていた。


「ま、まさかあの『クレイジーキャット』を、素手で倒してしまうなんて……っ!」


「彼女が以前よりも数段ちからを付けたのは知っておったが、よもやこれほどとは」


 “森の殺し屋”と恐れられるCランクのモンスターをたった一撃。それも魔技は(おろ)か武器すら使わずに倒してしまったのだ。


 ーーーしかも、それをやったのは(てん)ではない。


「ん、やっぱり右の方が調子が良いのです。それに、今回は(けん)も痛めてなさそうなの」


 ただの、と評するには若干の語弊が生じるが。それでも神に定められた英雄でもなければその血を引く王族でもないーー


「ムフ、帰りは別の道を選んで正解だったのです。おかげで、思わぬところで思わぬ獲物に出くわしたのです」


 (てん)と仲間と動力車をこよなく愛する、庶民性に満ちたうら若き冒険士の犬娘。


「さ、みんなにいい土産話もできたことだし、とっとと戦利品回収して、新しい愛車で我が家に帰ろっと♪」


 それが彼女ーーリナである。



 その日の夕暮れは、いつもとまったく別の情景を浮かび上がらせた。


『タルティカ王国』の王都ヘルンツで、きわめて重要な会談を終えたその帰り道。『ソシスト共和国』大統領シストと彼の秘書マリーは、人型の新たなる可能性を目の当たりにしていた。


「実際、大したものだ。正直なところ、儂でもあのクラスのモンスターを素手のみで打倒するのは、相当に骨が折れるのだよ」


「か、会長でもですか?」


「うむ。ましてや初手で勝負を決めるなど、至難の業以外の何ものでもない」


「ーーこれが“練気”、そして『闘技』だ」


 口を開いたのは、車の助手席に座っていた最強のボディーガードことーー花村天。


「いま見たとおり、大気中の“光素(こうそ)”を『練気法』で身体に取り込み、蓄えれば。様々なことに使うことができる」


 説明口調で話しながら、天はおもむろに左手を掲げる。


「この練気ーーーステータス表記でいうところの『体内LP』は、『HP』『MP』に次ぐ第三のエネルギーと考えてもいい。もっと平たく言えば、ありとあらゆる能力を底上げしてくれる補助燃料といったところだな」


 瞬間、天の手が星色の光に包まれた。先ほどのリナと同じように。


「ま、扱うにはそれなりのコツがいるが。慣れればそのうちこんな芸当もできるようになる」


 パチンッ。

 と天が指を鳴らすと。その手を覆っていた光の粒子が霧のように周囲に散らり、ほんのりと車内が暖かくなった。


「今みたいに熱エネルギーを具象化して体に纏わせることで、一時的だが肉体を部分強化し、技の威力や物理防御力を高めることも可能だ」


「ーー素晴らしいっ‼︎」


 抑えきれない高揚感が、男の姿勢を自然と前のめりにさせていた。


「これは途方もないことだぞ、天君! 断言してもいい! 君が開発したその神秘の力は、間違いなく人類史を塗り替える快挙なのだよ‼︎」


「お褒めに預かり光栄だが、できれば『闘技』の方にも興味を持ってもらえると、なお嬉しい」


 そう言うと、天は後部座席の方を振り向き、一枚の紙切れをシストに差し出した。


「ここに今リナが使った『闘技』ーーー『螺旋貫手』の発動手順を書いておいた。闘技と練気は相性が抜群に良いんだ。興味があったら試してみてくれ」


「いいのかね!」


 シストは、嬉々としてそのメモ用紙を受けとる。


「いや、実は儂もあのような技を身につけられればと、ちょうどリナ君を羨ましく思っておったところでね? がははははは!」


「そいつは何よりだ」


 天はまた前を向いて、


「ああそれと、『闘技』はあくまで“スキル”ではなく自己で身につける“(わざ)”だ。レベルや個性には左右されないが、その代わりすべて自分の頭と体で覚える必要がある」


「心得た」


 言って、シストはニヤニヤしながら渡されたメモの内容をこっそり確認する。


「ぐふふ、これは帰ったら早速『練気法』ともども研鑽に励まねばならんな」


 それはさながら宝の地図を見つけた子供かというほどのしゃぎようである。


「会長。ご承知のこととは思いますが、本部に戻ってからもやるべきことは山積みーー」


「それはそうと、『タルティカ』の王は相変わらず話の分かる男で助かる」


 メモ紙をさりげなく上着のポケットにしまいつつ、シストはわざと臭く窓の方へ顔をそむけた。


「事情を説明したその日に、もう国境の警備態勢を強化してくれた。しかもこちらの注文通り、内々に、少数精鋭という形で。『ミザリィス』や『エクス』ではこうはいかんよ」


「あの二国を引き合いに出すのは少々飛躍しすぎのように思えますが。事実、タルティカ王の対応は見事の一言でしたね」


 露骨な話題転換だったが、幸いマリーも同じことを思っていたようだ。


「迅速かつ的確な意思決定もさることながら、天さんとリナさんを当然のように王宮に招いてくださったあの懐の深さも、一国の王としての美徳を感じましたわ」


「うむ。儂も同じ国の代表として、()の王の姿勢は大いに見習うべきものだと思っておる」


「確かに、あれは本物の王だった」


 どこかの国の(まが)(もの)と違ってな、と天の皮肉げな笑みが車のバックミラーにちらと写った。ところで。


「どもども、みなさんお待たせしましたの〜」


 ガチャリと運転席のドアが開き、リナが上機嫌に車に乗り込んできた。


「にゅふふ〜、見た見た、天兄?」


「ああ。お疲れさん」


 二人は軽くハイタッチして。


「練気のコントロールに関しては及第点ってとこだが、『螺旋貫手』の方はほぼマスターしたと言ってもいい完成度だった。まぁ何にせよ、実戦であれだけ動ければ上出来だ」


「ムフ、もう『ヘルハウンド』に苦戦してた頃のあたしじゃないってことなの」


「違いない」


 天が柔らかな物腰で相槌を打ったのを口火に、


「本当に凄かったわ、リナさん!」


「うむ! 我々人型の新たな可能性、しかとこの目で見届けさせてもらったのだよリナ君」


 車内にリナ絶讃という名のBGMが流れる。


「もう、参っちゃうの〜、あれぐらい全然大したことないのです♪」


「そうだな。なら次は『Bランクのモンスターを一撃で仕留める』ってのはどうだ?」


「「「ぇ……?」」」


 そこで一旦、動力車内部のなんもかんもがストップする。

 ただ一人、この男を除いて。


「オーダー内容はちとゆるい気もするが、当面の目標としてはこんなとこだろ」


「……ぃや、えぇと、天兄……」


 Bランクモンスター。その多くが体長五メートルを超える巨人サイズの魔物。別名、準災害級モンスターとも呼ばれる。個々の戦力は小国の軍事力に匹敵するとも、一夜にして中都市を壊滅させるとも言われている。冒険士協会では、これらの大型モンスターの出現が確認された場合、規定によりBランク以上の冒険士数名を含むレンジャー(最低Cランクの冒険士)のみで構成された小隊規模のチームで事に当たる必要が


「これから()()()()喧嘩(ケンカ)()るんだ。それぐらいやってもらわないと困る」


「…………合点承知(アイアイサー)なのです、教官」


 心なしか悲壮感を漂わせて……


 夕焼け空の下、銀色の動力車は静かに発進した。




 ◇◇◇




 《ランド王国・アルカの塔》



 A級冒険士カイトは、生まれも育ちも『ランド王国』である。

 だが実のところ、この地に足を踏み入れたのは今日が初めてだった。



「さすがに雰囲気があるな……」


 (コケ)の生えた石レンガに覆われた建物の中は、外観のイメージに反し、意外に劣化が少なかった。

 ひんやりと薄暗い内部、これは予想通りだ。

 ただ、そこかしこに生えた発光植物のおかげで、視界はそこまで悪くない。薄気味悪いという印象もほとんど受けなかった。

 むしろ、個人的には幻想的な雰囲気さえ感じさせる空間が、そこに広がっていた。


 ーーここでなら落ち着いて話ができそうだ。


 そう思って。カイトはさりげなく歩調を落とし、彼女の隣に並んだ。


(キミ)は本当にこれでよかったのかい?」


「……」


 問いかけたが、答えは返ってこなかった。

 少し間を取ってからまた話しかけてみる。


「アクリア。もし無理をしているなら……」


(わたくし)のことより、今は天様のことの方が心配ですわ」


 今度は話の途中で声が返ってきた。


「本当なら、今すぐにでも彼らのもとへ駆けつけたいはずでしょうに」


 そう言ってアクリアは俯いてしまう。

 最初の質問については、結局はぐらかされてしまった気がするが。


「そうだね。ある意味それが兄さんが三柱様の英雄になった、最大の理由でもあるからね」


 その話題を出されてしまうと、こちらとしてもお手上げである。


「俺達に気を配って普段は決してその事を表には出さないけど、内心は歯痒くてたまらないんだろうな」


「確か、天様の面会(めんかい)が許可された日は、あと……」


「四日後。それでもマリーさんは相当頑張ったと思うよ」


 それだけは断言できると、カイトは(こぶし)を握りしめる。


「それに君だってよく知っているだろ? 一秒でも早く大切な人を助けたいと思っているのは、何も兄さんだけじゃない」


「……そうでしたね。すみません」


「ぁ、いや」


 そこでカイトは慌てて口に手を当てる。

 どうやら知らず知らずのうちに、自分の口調が強いものになっていたらしい。


「こちらこそすまない……。でも、こればかりはいくら嘆いてもどうにもならない話だ」


 謝罪を口にしつつも、カイトはもともとの意見を曲げるつもりはなかった。


「『一堂(いちどう)家』は国から伯爵の爵位を与えられた、『エクス帝国』でも由緒ある家柄だ。そこに部外者を連れて行くとなると、どうしてもそれなりの準備が必要になる」


「やはり、ここはシスト会長にお口添えをいただいた方が……」


「その(あん)は兄さん本人が却下(きゃっか)したし、俺もその判断は正しいと思う」


 カイトの声に、再びアクリアを(いさ)める色が宿る。


 ここで仮にシストの力に頼れば、苦労して諸々のセッティングをしたマリーの立つ瀬がない。

 それにシストが出てきてしまうと、きっと一堂家の皆は、マリーがシストに泣きついたと思うに決まっている。そうなれば、今後マリーは家の者や、下手をすると他の『帝国』の貴族連中からもそしりを受けることになる。

 無論、これらはシストにとってもマイナスにしかならない。

 たった一週間ーーマリーが一堂家から許可を得たのはアリスを救出する前で、その事を天に伝えたのは事件解決後なので、天にとっては実質上六日間ーーの我慢と引き換えに負う代償としては、どう考えても割に合わない。


 天もそれが分かっているからこそ、今は耐えているのだ。


「天様は、私たちと出会ってからいつも何かに遠慮しているように思えます……」


「アクリア……」


 これがアクリアの本音だろう。

 どこまでいっても自分達の存在が天の足枷(あしかせ)になってしまっている。それがどうしようもなく辛い、苦しい。アクリアの心境を語るならそんなところか。


「一体あとどれほどの時を共に過ごせば、私は天様に遠慮なく接してもらえるようになるのでしょうか」


 その愚痴とも口を衝いて出た独り言とも取れる従兄妹の発言に、カイトは応答しなかった。


 ……兄さんから“遠慮”を取ったら、それはそれで怖い気もするけど……


 カイトは心の中で苦笑する。そういう意味でないのは分かっているが。どうしてもそんな風に思ってしまう。


 極論をいえば、天ならいちいちアポなど取らずとも、勝手に行って勝手に用を済ませてくればいいだけの話なのだ。

 天がその気になれば、誰にも気付かれることなく広い屋敷に忍び込むことも、本人(あつし)が寝ている間に傷を治してハイさよならもできる。いくら相手が大国の貴族でも、いや、仮にこれが難攻不落の巨大要塞であったとしても、天にかかればその程度のことは朝飯前だ。

 もっと言えば、三柱神様の顔利きで取り計らって貰えばイチコロである。


 ちなみに天がそういった強行的な手段を取らないのは、友人達への遠慮やTPO云々といった他にも……ある理由があった。


 ーーあの日あの場所で三人で眺めた夕日を、俺は生涯忘れることはないだろう。


 それは二日前、天とリナとカイトの三人で、『ジャンクショップ・ナカムラ』に買い物に行った帰りのことだ……



「カイトとリナに、話しておきたいことがあるんだ」


 最初は、何故自分まで『ジャンクショップ・ナカムラ』に誘われたのか、いまいちよく分からなかったが。つまりはそういうことだったのだろう。


「…………これが、俺があいつらのチームを抜けた理由と、そこに行き着くまでの経緯(いきさつ)だ」


 そして、天は全てを話してくれた。まるで自らの罪を告白するように。自分とあの『リザードキング』に深い傷を負わされた若い冒険士たちとの間に、一体何があったのかを。


「どんな形であれ、俺は淳や弥生達と、あの日の夜のケジメをつけなければならない」


 その少年たちの話をしているときの天は、終始暗く重苦しい雰囲気を身に帯びていたが、


「ーーでないと、いつまでたってもラムに合わせる顔がないからな」


 最後にほんの少しだけ、夕日に照らされた彼の横顔が、はにかんだように見えた。


「正直言うと、あいつらと向き合う決心がついたのはお前らのおかげなんだ。だから、その、なつうか……長話に付き合ってくれたことも含めて、サンキューな」


 ……その後。


 リナと話し合った結果、この日の出来事はお互い墓まで持っていくことに決まった。


 理由はいくつかあるが、もっとも大きいのは『ジャンクショップ・ナカムラ』に同行できなかった約二名に討ち取られないために、だ(主にカイトが)。


 そして次に……


「昔っから、いい男といい女には大抵とっておきの秘密(ヒミツ)があるって相場が決まってるの!」


「ハハ、じゃあ今日の買い物で、俺もその条件だけはクリアできたかな」


 せっかくの相棒(てん)との“特別”を、安売りする気はない、という当然の結論に至ったからである。



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