第97話 真相
「ーーーというわけなんだ」
冒険士協会本部、会長室にて。
黒いTシャツに色の抜けたジーンズを合わせただけのシンプルな服装をした青年が、革のソファーに腰を落ち着け、差し向かいに座るスーツ姿の偉丈夫に目を向ける。
「むこうの幹部クラスが最低でも一人、『ソシスト共和国』と『タルティカ王国』の国境付近、ないしは其処からそう遠くない場所に潜伏して。定期的に“オーク種系”のモンスターを野に放っているみたいだ。先の『オークキング』の一件も、ソイツが裏で糸を引いていたと見てほぼ間違いないだろう」
「ううむ。よもやそのような謀略が『ソシスト』と『タルティカ』の水面下で行われておったとは……」
「幸い、“一等星使徒”のような『高位等級使徒』にはその活動内容に制限があるらしくてな。今日明日にでも本人が自ら動く、という可能性は極めて低いらしい」
ひとしきり話し終えたところで。
青年はあらかじめ用意されていたティーカップに手を伸ばし、一旦喉を潤す。
「まあ遅いか早いかの違いだけで、ヤツが何かしら仕掛けてくるのは目に見えてる。いちいち言うまでもない事だろうが、警戒は強めておいた方がいい」
「ーー承知した!」
青年の言葉に奮起されるように、スーツ姿の偉丈夫ーー『ソシスト共和国』大統領にして冒険士協会を統べる“義の英雄”ことシストは、大きく頷いた。
「確かにこれは急を要する事態だ。近日中に『タルティカ』の国王と面会し、その旨を伝えよう!」
「話が早くて助かる」
「なに、助かったのはこちらの方だよ。天君。よくぞ知らせてくれた」
シストは全幅の信頼を寄せる盟友ーー花村天に目礼し、自分の背後に立っていた秘書のマリーに顔を向ける。
「マリー。聞いての通りだ」
「直ちに手配いたします」
そう言って一礼すると、マリーは会長室を出ていく。
天はマリーの後ろ姿を見送って、神妙な声で言った。
「おっさん。表立っては出来るだけ派手に動かないようにしてくれ。あまり騒ぐと向こうにも警戒される恐れがある」
「それに投入する戦力も、少数精鋭が望ましいでしょう」
天の後ろに立っていたメイド仕様のシャロンヌが、落ち着いた物腰で静かに口を開いた。
「相手は“災害級”、もしくはそれに準ずる戦力を保持しているものと考えられます。中途半端な実力の持ち主では、何人集まったところで逆に邪魔になるだけでしょう」
「心得ておるのだよ。天君も、この件についてはどうか儂に任せてほしい」
シストは頼もしく頷く。
こういう時、組織のトップが自ら率先して行動を起こしてくれるのは何よりも心強いものだ。
尚、現在この会長室にいるのは天とシスト、そしてSランク冒険士であるシャロンヌを含めた計三名。
他の《零支部》のメンバーの姿はない。
というのもーーー
『おっさんにちょっと頼みたい事があるんだが』
『何かね?』
『いやな、良かったらあの動力車を俺達に譲って欲しいんだ』
『ブーーッ⁉︎ まま、まさかのどんでん返しキターーッ‼︎』
『リナ。汚いです。それから少し落ち着きなさい』
『これが落ち着いていられたら、あたしはその時点でカーマニアじゃなくなるの! それぐらい察してほしいのです、シャロ姉!』
『え、私の方が怒られるんですか……?』
ちなみに、この時点で既にシャロンヌの豹変ぶりは皆に受け入れられていた。リナが前もって『ドバイザー』でこっそり全員に事情を知らせておいたからだ。まぁ、天だけは今一つ納得できないといった顔をしていたが。それもご愛嬌である。
『見ての通りうちのメカニックがえらくあの動力車にご執心でな。俺としても支部の機動力は早めに確保しておきたかったから、できればと思ってな』
『がははははは! 構わん。持っていきなさい!』
『よっしゃぁああああああああああ‼︎』
『……よろしいのですか、会長。アレは仮にも国の所有物ですよ?』
『同じ車種を購入して後で戻しておけば何の問題もなかろう。がっはっはっは!』
『無理言っちまって悪いな。動力車の代金は俺が払うからあとで請求してくれ』
『がははは! そんなもの要らんよ。これは儂から君達へのせめてもの礼のようなものだ。遠慮なく貰ってくれ!』
『そうか? そんじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。サンキューな、おっさん』
『なあに、このくらいお安い御用なのだよ』
『ワフ〜〜ン♪ 『ラゴン社』のニューモデルを足に使えるなんて、もう夢みたいなの〜♪』
『良かったな、リナ。これで好きな時に好きなだけ乗り回せるぞ』
『愛してるの天兄ーー! もうヤバイぐらい男前すぎるのーー‼︎』
リナはそのまま諸々の手続きも兼ねて動力車を引き取りに行った。
『あれ〜、ココどこ〜?』
『久しぶりね、アリス。私のこと、覚えているかしら?』
『約十年ぶりの対面になるのかな。まあ状況が状況なだけに、お互い感動の再会とはいかないだろうけどね』
『ほえ〜〜?』
カイトとアクリアは意識を取り戻したアリスについている為、ブリーフィングには参加しなかった。
そして今しがたマリーが部屋を出ていったので。
会長室に残ったのは天、シャロンヌ、シストの英雄グループだけとなった。
「ーーしかし今思えばゾッとする話だな。一等星クラスの邪教徒が、こうも身近に複数存在しておったとは」
「複数?」
シストが何気なく発したであろう言葉ーーその不穏なキーワードを、シャロンヌは聞き逃さなかった。
「ぁ、いやっ」
うっかり口を滑らせてしまった風な慌て顔で、言葉を詰まらせるシスト。
明らかに何かを隠している、そう思ったシャロンヌは、シストにその事を追及しようとしたがーー
「……天君。実は儂からも、君に伝えておかねばならん事があるのだよ」
結果的に、その必要はなかった。
「シャロンヌ。すまんが少しの間、席を外してもらえんかね?」
シストはいつになく真剣な表情を浮かべ、シリアスな空気を漂わせる。
「構わないぜ、おっさん」
天はシストの配慮を制した。
「もし俺に関しての事情なら、シャロにも同席してもらいたい」
その言葉が耳に届いた瞬間、シャロンヌは背筋を正し胸に手を当て、絶対の意思と共に宣言する。
「この場で聞き及んだ全てを、決して口外しないことを誓います!」
揺るぎない意志を示した天とシャロンヌを見て、シストは黙って首を縦に振った。
「……実を言うと、儂は昨日の昼にもとある用で『タルティカ王国』を訪れたのだ」
気を落ち着かせるように一度深呼吸を挟み、大国の王は語り始めた。
「その時、偶然にも儂とマリーは出会ってしまったのだよーーー」
シストは何かを堪えるように、自らの罪を告白するように。昼間の出来事を天に話して聞かせた。
その間、天は一言も発さなかった。ただじっとシストの話に耳を傾けていた。
シャロンヌもそんな主の邪魔にならぬよう、物音ひとつ立てずに天の背後に控えていた。話の内容と緊張感から口の中をカラカラにしながら、それでもシャロンヌは不動の姿勢を貫いた。
「……その者はヴェリウスなる一等星使徒を一瞬で倒した後、去り際に君への伝言を儂らに託していったーー『近いうちに花村戦が逢あいにいく』と」
十分そこらか。シストの話が終わる頃には。
「そうか、アイツに会ったのか……」
天は思わずといった様子で、顔に苦笑を刻んでいた。
「相変わらずみたいだな、アイツも」
どこか懐かしむようにそう呟いた天に、シストは深く頭を下げた。
「儂やマリーやナダイが無事に帰還できたのは、すべて君のおかげなのだよ、天君」
「よしてくれよ」
天は肩をすくめる。
「どっちかっつうと、俺の方が身内が迷惑をかけて、責められてもおかしくない話だしな」
「君を責めるなどもってのほかだ!」
天の声には茶化しが混ざっていたが、シストの声音は真剣そのものだった。
「もしもそのような輩が現れたときは、儂のすべてを持って捻り潰してくれる」
「その時は、是非とも私にも協力させてください」
シストらしからぬ攻撃的な発言に、シャロンヌは笑顔で便乗する。
「おっさん。その、なんつうか、俺のことはあまり気にしないでくれ」
天は微妙に複雑そうな顔をしていた。
「俺は、あんたにそう言ってもらえただけで十分だから」
「ーー本当にそれでいいんですかっ⁉︎」
バンッ! と会長室のドアが開かれた。
乱暴に扉を開けて中に入ってきたのは、マリーだった。
「て、天さんは私たちを助けたためにっ! み……身内同士で争わなくてはいけなくなってしまったんですわよ⁉︎」
マリーは目に涙を浮かべていた。
きっと少し前から戻ってきていたのだろう。そしておそらく、シストの話が終わるまで扉の前で待機し、いけないと知りつつも聞き耳を立てていたに違いない。
「わ、私たちの所為で、天さんは……天さんはあの子と……っ!」
「マリーさん。そいつは違う」
静かに頭を振り、天は言った。
「アイツが向こう側についた以上、いやそれ以前にーー俺とアイツはいつか本気でやり合う宿命にあった」
「いいや、万が一そうであったとしても、儂は君の友として、君に謝らねばならん」
シストは再び深々と頭を下げた。
「すまない、天君。儂の軽率な行動が、君とあの者との和解の道を閉ざしてしまった」
「……ふぅ」
天は低いため息をこぼして、
「ーーシスト殿。これだけは言っておくぞ?」
おもむろにソファーから立ち上がると、彼は鋭い眼光をシストに突きつける。
「仮にも俺の上に立つ男が、そんな甘い考えを口にするな!」
「「‼︎」」
天の一喝に合わせて、シストとマリーが伏せていた顔を上げる。
「これは戦争だ。私情を持ち込む余地などハナから存在しない。ならば俺への考慮など一切不要だ。覚悟ならとうの昔に決めている」
精強な檄が部屋全体に轟く。
シャロンヌは聞いていて鳥肌がだった。自分に向けられた言葉では無いはずなのに、自然と身が引き締まり、体の底から力が湧いてくる。
……あぁ、やはり貴方様こそ我が生涯の主でございます……
改めて自分の目に狂いなかったと、シャロンヌはそう再認識した。
「天さん……」
見れば、マリーも恍惚とした表情で天を見つめている。
「ふふ、君には敵わんな」
いつの間にかシストの顔からも先ほどまでの虚弱さが綺麗さっぱり無くなっていた。
「あんな情けないツラを見せるのは、もうこれっきりにしてくれよ?」
いつもの調子を取り戻したシストとマリーを見て。
天も口調をくだけたものに戻し、どかっとソファーに腰を下ろした。
「あと、さっきからポンポン頭を下げすぎだ。一国の王として自覚が足らんぞ。この先、少なくとも俺の前では、今みたいな遜った態度は禁止な」
「しかと心得た」
シストは穏やかな表情をそのままにして、嬉しげに頷いた。
「ーーあっ、ちなみなんだが、花村戦は俺の父親だ」
「「……………………へ?」」
たっぷり十秒間の無の時間を経て、大国の英雄王とその敏腕秘書は素っ頓狂な声をシンクロさせた。
「あー、やっぱそうなるか」
「?」
間の抜けた顔でフリーズする二人を見て。
天は予期した通りと苦笑いし、一人事情を知らないシャロンヌは頭に疑問符を浮かべて小首を傾げた。
「どうしたというのですか、二人とも?」
「ハハ……まあ、シャロも実物を見れば、多分おっさんやマリーさんと似たり寄ったりの反応をするだろうな」
天は頬を指先で掻きながら乾いた笑いをこぼす。
ソレは過去何度も見てきた光景。もはや彼にとってお馴染みのリアクションであった。
「その、なんだ……」
天は思考停止を余儀なくされた二人からやや目を逸らし、もう一度そのワードを口にした。
「アイツ、ああ見えて実は俺の親父なんだ」
「「えぇええええええええええええーーっ‼︎⁉︎」」
その日の早朝。
奇声とも悲鳴ともつかない男女の叫び声が、冒険士協会の首長の部屋から聞こえてきたという。




