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第96話 二人の黒い従者②

「なっ!」


「マジで⁉︎」


 混乱のざわめきの中。


「戦様の御子息ですか、それはさぞやお強いのでしょうね」


「うん! チョ〜〜〜〜〜〜〜っ強いよ!」


 シザーフェンが冷静に感想をこぼすと、戦は嬉々としてそれを拾い上げた。


「ほんとさ、出鱈目(デタラメ)なぐらい強いんだ、うちの息子♪」


 戦は嬉しそうに、そして自慢気に語る。


「フフン、まともにやり合ったら僕でもせいぜい一分もつかどうかってとこだね」


「そ、それほどですか……」


「なにせ、あまりにも強すぎてあのシナットが制限をかけたくらいだからね。想像してごらんよ、神様(シナット)がクレームをつける実力とか」


 血の気を失くしたシザーフェンを置き去りにして、戦は話を続ける。


「シナットが切り札を切ったのも、せめて天天(てんてん)に一矢報いる為なんだろうけど」


「……お話を聞くに、それ以外考えられませんね」


「でしょ? でも彼の絶対的な強さと理不尽さを知ってる僕から言わせれば、ザ・無駄なあがき。ーーま、そこんとこはシナット自身も百も承知だと思うけど」


 戦がそこまで話したところで。

 シザーフェンは血の気と共に言葉も失った。

 他の者達も唖然としているようだ。


 静まり返った部屋の中で、鬼の愉快気な話し声だけが流れる。


「白闇ってヤツがどれぐらいやるのか知らないけどさ? シナットのあの口ぶりだと、僕よりもちょい格下っぽいから、天天の相手なんて到底務まらないよ♪」


「…………圧倒的な脅威の出現か」


 重々しく口を開き、『5番』がぽつりと呟く。


「おかしいと思ったんだよ、シナット様がぼくらに指示を出すなんてこれまでに無かったもん」


 大きくため息をつき、『4番』も投げやりにぼやいた。


「では我々がシナット様より承った、戦様の邪魔にならぬよう立ち回れ、という(めい)も……」


「シナットに『僕と天天が本気(ほんき)(あそ)んでる間は他の連中は邪魔だからどっか飛ばして』って約束させたんだ。半径五〇キロ圏内には入れるなってね。だからじゃない?」


「なるほど。シナット様のお言葉にはそういった(ウラ)があったのですね。納得いたしました」


 言いながらシザーフェンが眼鏡に手をかける。

 正直、ホッとした。そんな危険地帯に居合わせたら命がいくつあっても足りない。


 戦の口ぶりから察するに、彼の中に親子だから戦わない、戦えない、という思想は存在しないらしい。

 むしろ「出来ることなら今すぐにでもやり合いたい」という好戦的な意思がひしひしと伝わってくる。戦闘狂の(さが)というものだろう。シザーフェンからしてみれば有り難い話であった。


「まあこれから色々と仕込(しこ)むつもりだから、本番はもうちょい先かな」


 シザーフェンの考えを全て見透かすように、戦は頭の後ろで手を組みニンマリと笑った。


「というわけで、今からシザーは僕のお供ね。キミには僕の案内役(ガイド)兼相談役になってもらうから。あ、その代わり、シザーにはこの先いろんな事を教えてあげるよ♪」


「願ってもないお話です」


 シザーフェンは恭しく戦に一礼する。一も二もなく了承した彼の胸の内には、不満など微塵もなかった。


「さてと」


 話がまとまったところで、戦は目だけ動かし、その者に視線を向ける。


「で、お姉さんはどうするの? さっきから狸の置物ばりにだんまりを決め込んでるけど、キミも僕に訊きたい事とかあったりするのかな?」


昨日(さくじつ)、『タルティカ王国』で貴方に殺された一等星使徒のヴェリウスの件についてお話を伺いたいのですが」


 それは思わぬ切り口からの質問であった。


「戦殿がヴェリウス殺害に至った(こと)顛末(てんまつ)を、この場で詳しくお答えください」


 あらかじめ用意されていた書類を会議に提出するかの如くーー『2番』は泰然(たいぜん)とした態度で、こともなげにそう述べた。


「へぇ……」


 瞬間、場が凍りつく。

 戦の顔から、一瞬で表情が消えた。


「ど、どうだっていいじゃん、そんなの⁉︎」


 泡を食ったように『4番』が彼女を見やる。


「もっと別のこと訊きなよ!」


「全くですね。わざわざ確認を取るまでもない、至極どうでもいい話です」


 シザーフェンと『4番』が、暗に「余計な挑発をするな」と『2番』に忠告する。


 だがーー


「それを判断するのは私です」


 彼女は折れなかった。


「戦殿。私の質問にお答えいただけるでしょうか?」


「……キミ、実は二番手じゃなくて一番(トップ)でしょ?」


 戦は苦笑を漏らし、彼女に賞賛(しょうさん)を送った後、


「まあ、なんでも聞いていいって言ったのは僕の方だからね」


 それだけ言うと、彼は淡々と語り出した。


「先に手を出したのはあっち。でも、その原因を作ったのは僕」


 瑣末な言葉遊びでも約束は約束。

 戦は『2番』の要望通り。事の発端からヴェリウスを殺した動機、そこに至るまでの過程と結果(けつまつ)までーーーその全てを話した。


「第三者の介入は私も示唆していましたが、よもやそれがかの英雄王シストだったとは……」


「それよりもヴェリウスのやられ方だよ……素手で“魔瘴鉱石”でできた防具を(つらぬ)くとか、そんなこと本当にできるの?」


 最初は建前上、興味なしと断じたシザーフェンと『4番』も、最終的には戦の話を食い入るように聞いていた。


 そして。


「……では、貴殿はその息子と取引し、『光大聖(シスト)』を逃す為にヴェリウスを()()けたーーという事でいいのだな?」


「簡潔に言うとそういう事だね」


 明確な怒気を含んだ『5番』の言葉を、戦が感情のない声で肯定した。直後。


「ならば是非もない」


 ガタンッと椅子から立ち上がり、『5番』がその右手に身の丈ほどはあろう大剣を顕現(けんげん)させる。


「熱くなるなよ、坊や」


 戦は口元に冷笑を浮かべる。


「弱いヤツが強いヤツに喧嘩を売って、その結果負けて、そしてくたばった。ただそれだけの事だよ」


「だがその原因を作ったのは貴様(きさま)だ、花村戦。これは明確な裏切(うらぎ)り行為だぞ」


「はぁ〜、あのカラスマントにも言ったんだけどさ? 僕はシナットに雇われた傭兵ってだけで、別にキミらの仲間でもなんでもないんだよ」


 戦はつまらなそうに髪をいじる。


「つまり、裏切るも裏切らないもないの。お分かり?」


「屁理屈はいい。いずれにせよ、己が使命を果たそうとしたヴェリウスを貴様が殺したのは紛れもない事実だ」


「そっか……じゃあ仕方ないね」


 戦の瞳が暗く冷たく沈んでいく。

 凍てつき、張り詰める空気。

 一触即発の場が形成されかけた、まさにその時だった。


「お待ちください」


 特別大きな声という訳でもない。ーーが、その声には()を御する迫力があった。


「戦殿。同胞(ごばん)が大変ご無礼をいたしました事を深くお詫び申し上げます」


 席を立ち、戦に深々と頭を下げたのはーーこの事案を持ち出した張本人である『2番』であった。


「戦殿のお怒りはもっともなものです。ですが、どうかここは穏便に済ませていただけないでしょうか」


「うん。いいよ」


 あっさりと了承し、戦はわずかに浮かせた腰をまた下ろした。


「でもさ、(つぎ)()いからね?」


「ありがとうございます」


 戦にもう一度頭を下げ、『2番』も静かに着席した。


「……どういうつもりだ、『2番』」


「それは我々のセリフなんですがね」


 誰よりも先に、シザーフェンがいまだ戦闘態勢を解かない『5番』に向かって言い放つ。


「分かっていないようなので敢えて口に出して教えて差し上げますが、たった今のあなたの行いは、シナット様に対する反逆(はんぎゃく)そのものですよ?」


「なにっ」


「落ち着けと言っているんです。まぁ、たとえ頭に血が上っていたとしてもあなたの振る舞いは完全にアウトですがね」


 と軽くため息を漏らし、シザーフェンは肩をすくめる。


「シナット様は、戦殿の行動を妨げるな、と我らにご命令されました」


 淡々とそう告げたのは『2番』。


「この下知(げち)が下されたのは、ヴェリウスの死後のことです」


「つまり、あの馬鹿(ヴェリウス)が戦に喧嘩を売ったせいで、シナット様がぼくらにその御触(おふ)れを出した可能性が高いってことだよ」


 うんざりしたように、『4番』が『2番』の口上を引き継ぐ。


「恥かかされて腹が立つのも分からなくもないけど、少し冷静になりなって。だいいち、ぼくより弱いお前が、白闇さんより強いかもしんない戦に敵うとでも思ってんの?」


「順当に考えれば、先の三名のように戦様に首だけにされるのが落ちでしょうね」


「もし貴方がこのままシナット様の取り決めを無視し、戦殿にその刃を向けるなら、この場を取り仕切る者として私が貴方を処分いたします」


「っ……」


 三魔人からの辛辣な意見が止むと、『5番』はもの言いたげな雰囲気で『2番』に体を向ける。

 だが彼が口を開く前にーー


「何か勘違いされているようですが、私が戦殿にお話を伺ったのは、飽くまでも真実(しんじつ)を見極めるためです」


『2番』がその真意を明かした。


「シナット様より斯様(かよう)な神託が下された以上、戦殿と敵対する意志など元より持ち合わせていません」


「……っ」


 結局、『5番』は黙って武器をしまい、そのまま部屋を出ていってしまった。


「なんかシラけちゃったなぁ」


 椅子を後ろに傾けてぐらぐらさせながら、『4番』は遠くに目をやる。


「ねぇ『2番』。ぼくもそろそろ帰っていい?」


「構いません。伝えるべきことはもう伝えましたので」


 という『2番』の返答を最後まで聞かず、『4番』の姿は既にそこには無かった。


「戦様。私からも『5番』の非礼な振る舞いをお詫び申し上げます」


「気にしなくていいよ。キャハハッ」


 言うように、戦の態度は明るくさっぱりとしたものだった。


「じゃ、僕らも行こっか、シザー」


「はい」


 ごくごく自然にそんなやり取りをしながら、戦とシザーフェンは席を立つ。


「そうだ、今度シザーが飼ってる愉快な仲間たちを僕にも紹介してよ」


「それならば、早速これから私の管理するロッジにいらっしゃいますか?」


「もちろん行く行く!」


「承知いたしました」


 戦の馴れ馴れしさ、遠慮のなさは、今のシザーフェンには心地良いものだった。


「ーー戦殿」


 二人が雑談をしながら部屋を出ようとした時。


「最後にもう一つだけ、私の質問にお答えいただけませんか?」


 戦に声を掛けたのは『2番』であった。

 彼女は座ったまま戦に頭を下げる。


「どうかお願いいたします」


「え〜、質問は一人一つって言ったじゃん」


 と言いつつ、戦の目はわかりやすく笑っていた。


「まぁ君は見所がありそうだし、特別に許可してあげるよ♪」


 ある意味、予想通りの回答である。

 もちろん、シザーフェンは余計なことを口にも顔にも出さなかったが。


「では質問させていただきます」


 軽く会釈した後ーー『2番』は訊ねた。


「戦殿は、今後も冒険士協会の(おさ)であるシストを我らから守るおつもりなのですか?」


「それは無いよ」


 戦はきっぱりと否定した。


「天天との契約上、僕自身があのシストとかいうおじさんを殺すことはないけど、だからってキミらの邪魔をするつもりもない」


「それでは」


「誓って言うけど、昼間あのおじさんを守ったのは異例中の異例。天天に『取引が成立した』ことを伝える前に死なれちゃ困るから。メッセージさえ届けてくれたら、あとは彼がどうなろうと僕の知ったことじゃない」


「お答えいただき、ありがとうございます」


 言って『2番』は丁寧に一礼する。

 話は終わった。

 シザーフェンは戦に付き従うように歩き出す。

 だが、その歩みは数歩進んで一時停止を余儀なくされた。


「それじゃあ、次はキミが僕の言うことを聞く番だよ♪」


 戦は『2番』の真横に立ち、悪戯っぽい笑みを滲ませる。


 ーーそうだった、この(かた)がタダで起きるわけがない。


 シザーフェンは、こっそり胸の内で十字を切る。


「私に出来ることであれば」


 それでも彼女は感情の起伏を表に出さなかったが。


 ーーしかし。


 我が道を行く、という点では戦の方が一枚も二枚も上手であった。


「キミ、今から僕の秘書(ひしょ)やって」


「秘書……ですか?」


 さすがの『2番』も、戦のこの提案は予想外だった様子だ。


「ほら、なんだかんだ言って一応僕もシナットに雇われた傭兵じゃん? だからさ、相手がいくら低レベルな蟻んこ共でもあんまり踏み潰しすぎたら流石に雇主(シナット)に悪いと思うわけ。でもキミやシザーが()れば、さっきみたいに僕に喧嘩売るバカも適当に処理してくれるでしょ」


「はぁ……」


「ククク」


 シザーフェンはなんだか面白くなってきてしまった。


「いいじゃないですか。管理者同士の領土侵犯の監督や統括総会の仕切り役などよりも、よほど()甲斐(がい)のある役所だと思いますよ」


「キャハハハ! 僕、話の分かるヤツって大好きだよ。シザー♪」


「身に余る光栄でございます」


 芝居じみた仕草で優雅に一礼してみせて。シザーフェンは『2番』をチラリと見やる。


「……了承(りょうしょう)しました」


 彼女は観念したように立ち上がると、同僚に(なら)い、戦に敬意を表してお辞儀をする。


「至らなぬ点も多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「うん♪ こちらこそよろしくねーーっと」


 戦は急に言葉を切り、満足げな顔から思案顔へと様変わりする。


「僕はキミのことを(なん)()べばいいの?」


「……」


 途端に『2番』は口を閉ざしてしまう。

 実のところ、戦のその質問は統括管理者にとってタブーそのものなのだが。シザーフェンは敢えて口を出さなかった。


 ……先ほどの私とのやり取りで、ある程度は察しているはずですしね……


 少なくとも戦はソレがタブーであると気づいている。その上で彼女に訊いている。ならば、主人のやり方に異を唱えるべきではないーーというのは建前。


 ……さて、貴女はどうしますか……?


 単純に彼女(にばん)がどんな答えを出すのか、シザーフェンは興味をかき立てられた。


「う〜ん、やっぱり『ニバン』て呼んだ方がいいのかい?」


「ーーマーヴァレントです」


 彼女は淀みない口調で、今一度それを告げた。


「私の名は『マーヴァレント』と申します。如何様にもお好きにお呼びくださいませ、戦様(せんさま)


「キャハハハ♪ じゃあ『マーヴァ』に決定!」


 戦は満面の笑みを見せる。

 つられて、シザーフェンも微笑を漏らした。


「戦様。今より我ら二人ーー」


「貴方様に忠誠を誓います」


 真なる主従の誓いと共に。

 シザーフェンとマーヴァレントは、当然のように膝をつき(こうべ)を垂れて。戦の前に(ひざまず)いた。


「うん! 改めてよろしくね、シザー、マーヴァ。キャハハハハハ♪」


 それは闇の奥で交わされた鬼と魔の契り。


 微かな月明かりすら届かぬ暗黒の地でーー

 “戦場(いくさば)羅刹鬼(らせつき)”と恐れられた伝説の傭兵は、二人の闇人と運命の出会いを果たした。




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