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第94話 サズナという冒険士

 現在時刻は3時51分。

 まだ日が昇る前の薄暗い山道を、ひとりピクニック気分のような軽やかな足取りで駆け上る少女がいた。


「ぷっぷ〜♪ ぷっぷぷっぷ〜〜♪」


 上機嫌に口笛、のような口癖を口ずさみながら。

 少女はその幼い外見に反し、成人男子も真っ青なスピードで山道を爆走していた。


「待ってるのだ、“筋肉(きんにく)(きみ)”! 絶対に見つけてやるのだぁーっ!」


 言って。エプロンドレスにも似た黒いワンピースからのぞく少女の白く細い足が、さらにもう一段階ほど回転(ピッチ)を上げる。


 それは遡ること二時間前。


 都心部から出ている西部国境地域方面行きの魔導バスで、一番早いものでも朝の六時二十三分発ーーそのバスの時刻表を見た瞬間、少女は迷わず徒歩(とほ)を選んだ。


「六時半の魔導バスなんか待ってらんないのだ。つまり、自分で走った方が早いってこと!」


 迅速果断(じんそくかだん)。思い立ったら即行動。それが最年少Aランク冒険士ーーサズナのモットーである。




「じゃあね、ナイスン。もしも生きてまた会う機会があったら、その時はパンチラぐらいは見せてあげるのだ。そんじゃ、バイバイぷっぷ〜〜♪」


「あぶ、ぶふぇっ! な、なん、うぇっ⁉︎ さ、サズ……なぐぶぁっ‼︎‼︎」


 カイトとの約束通り、ナイスンを冒険士協会本部の裏手にある川に投げ捨てたサズナはーーその際、水に中に落ちて意識を取り戻したナイスンに保険として《烈風玉》をぶち込みーー馬鹿(ナイスン)がきちんと激流に流されていくのを見送った後、すぐさま真夜中の強行軍を開始した。


 本部に戻って遠出の準備を整える、

 ホテルに戻って仮眠をとる、

 とりあえず一旦シャワーを浴びる、

 (など)の選択肢は、サズナの中には存在しなかった。


 ただ『筋肉の君』ことーー花村天に会いたい。


 会って、今度こそあの素晴らしい筋肉をじっくり堪能したい……


「どんな手を使ってでもそのゴッドマッシブを(なま)(おが)んでやるのだ! つまり、()ってろよ、ってこと‼︎」


 サズナの頭の中には、ぶっちゃけソレしかなかった。


「筋肉、マッシブっ! 筋肉、マッシブっ!」


 怪しげな掛け声を上げながら、サズナはただがむしゃらに走った。己の欲望のままに。

 その甲斐あってか、サズナは冒険士協会本部のある都心部から僅か二時間弱で、この『ソシスト共和国』と『タルティカ王国』の国境へと続く山道の国道入り口まで辿り着いた。その距離、およそ四二キロメートル。


「今の僕ちんを止めることは誰にもできないのだーー!」


 ()くして、なんちゃってフルマラソンを完走した彼女は、なおも進軍を続けた。あたかも自分を中心に世界は回っているのだ、とでも主張するように。

 ーーが。

 天才美少女の栄光(グローリー)(ロード)は長くは続かなかった……


 彼女にとって、不測(ふそく)事態(じたい)が発生したのだ。


 それは、サズナが山道を登り始めてから十分ほど経った頃であった。


「ぷぷ!」


 突然、サズナが道のど真ん中で立ち止まる。


 ……この気配は……⁉︎


 サズナは遠くに目を向けるように、暗がりの奥を見据えるように、目の色を変えて道の先を見やった。


「間違いないのだ……!」


 第六感ならぬサズナの『筋肉センサー』が、その者の気配を正確に捕捉する。


 ……五キロ、いや、四キロ先か……?


 少女の目に緊張感が走る。

 まさかこんなに早く、お目当てのものを探し当ててしまうとは。

 だがしかし。


 ーー『彼』と再び遭遇できたのは思わぬ僥倖だが、如何(いかん)せんタイミングが悪い。


 自分の予想が正しければ、今この状況は最初の時と全く同じだ。

 おそらく『彼』はまた物凄いスピードで移動している。例によって動力車を運びながら。


 ……ビュンッ。


 直後、あたかもサズナの推理を肯定するかのように。前方の暗闇の中から空気を切り裂く音が彼女の耳に届いた。音はどんどんこちらに近づいてくる。


 ーー不味い。


 サズナは焦った。

 このままでは一度目と同じく、一瞬だけすれ違って、はい終了だ。

 あの時のように、『彼』はこちらの存在に気付くことは気付くだろう。だが、きっと足を止めてはくれない。そのまま走り去ってしまうに違いない。


 ーーどうにかしなければ。


 そう思ったサズナは、とある決断をする。


 ……もう(はだか)でヒッチハイクしかねぇ……!


 こんな時間帯にこんな場所で全裸の美少女が徘徊していたら、とりあえず男なら条件反射で一旦立ち止まるはずだ。あくまでサズナの持論だが。


「しゃっ!」


 気勢を上げ、スカートの裾を両手でガシッと掴み。サズナはその瞳に覚悟の炎を灯す。少女の一挙手一投足には、まだ十三になったばかりとは思えないほど、強い決意がみなぎっていた。


「ソイヤッ!」


 豪快な掛け声と共に。

 サズナは一気にスカートを(まく)り上げた。

 幸い(?)着ていたのはワンピースだったので、急いで()げばマッハで()()になれる。


 しかし、時すでに遅かった。


 ーーービュンッッ‼︎


 突如、突風が吹いた。

 次の瞬間、一陣の風が、路上で豪快に服をバンザイ脱ぎしている変態(サズナ)に吹きつけ、そして吹き抜けていった……


「ぷ」


 サズナの動きが完全に停止する。道の真ん中で仁王立ちし、自らスカートをめくり上げ、パンツどころかヘソまで丸出しの状態で。

 少女は瞬時に悟った。

 たった今、自分の真横を通り過ぎた嵐のような風は、我が愛しの筋肉ーー『筋肉の君』に違いない、と。


「……ぷぅ……」


 サズナは崩れるようにその場で両膝をつき、冷たいアスファルトを両手で殴った。


「こんなことなら……最初っからマッパで走っときゃ良かったのだ〜〜‼︎‼︎‼︎」


 ()()の未明。

 とある山道付近で、幼い少女の悲痛な叫びが木霊した。

 しかしその絶叫(ないよう)は、どう贔屓目(ひいきめ)に見てもただの変態のソレであったという。




「何だったんだ、今のは……?」


 彼は無意識のうちでそんな独り言をつぶやく。

 車両総重量一トン超えのスポーツ車を軽々と頭上に抱え上げて。弾丸のような走りを見せながら。それでもポーカフェイスを崩さなかった彼の顔に、わずかではあるが困惑の色が浮かぶ。


「……まあ、どこの世界にも変質者の一人や二人いるか」


 そう結論付けると、彼はそれ以上深く考えるのをやめた。


 ーーーこの時の彼はまだ知る由もなかった。


 今しがた彼が変質者と認識したかの少女こそ。

 神域で己が主である女神より聞き及んだ、優良種のひとり。

 この現世において、“英雄種(レプリカ)”でありながら“真理英雄種(オリジナル)”に匹敵する天凛を持つ、ごく一握りの例外……


 史上最年少でAランク冒険士となった稀代の天才少女。


魔技英展(まぎえいてん)』ーーサズナであることを。


 

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