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第89話 任務完了

 天VSディゼラの(かぎ)りなく一方的な戦闘が始まってから、十分が経過した。


「よっ」


「ガハッ!」


 都合(つごう)六度目となるディゼラの突進攻撃に右の掌底を合わせ、天が鮮やかなカウンターをその(よこ)(つら)に叩き込んだ。


「動きは下の下だが、身体能力自体はそれなりか」


 例の如く洞窟の中を吹き飛んでいくーー(すで)に洞窟の入り口付近まで飛ばされていたーーディゼラに、天はゆっくりと歩み寄る。


「見たところ、近代オリンピックのメダリスト級のそれと比較して二段階は上。こちらの世界で例えるなら、『Cランク級の魔物よりは上だがBランク級までは届かない』といったところか」


「ハァ……ハァ……ッ」


 見るからに満身創痍といったありさまで、肩で息をするディゼラ。その体からは、無数の煙の柱が立ち昇っていた。


 ディゼラはダメージを受けた細胞を瞬時に修復しながら、腹の内で歯噛みする。


 ……何故この男には、“魔力防壁(まりょくぼうへき)”がまったく(つう)じないのだ……⁉︎


 現在、ディゼラは一生解くことが叶わないであろうその謎に、困窮(こんきゅう)していた。【魔力防壁】とは、この世界の攻防戦において奥義の一つとも言える防御手段である。己の魔力を放出、制御し、自らの体に覆わせるーー言うなれば魔力式バリアのようなものだ。

 人型側では、これに似た戦闘技術を“魔装(まそう)”と呼ぶ。


「なぜだ……なぜ奴は何の強化の術も使わずに、直接(ちょくせつ)この私の(からだ)()れることが出来るのだ……⁉︎」


 ディゼラは息を切らせながら、苦渋に満ちた顔で(うめ)いた。

 言うまでもなく、この防御手段は魔力攻撃だけでなく物理(ぶつり)攻撃にも有効だ。しかも、ディゼラが纏う魔力防壁は同列の『ハイアポストル』の中でも屈指の強度を誇る。それこそ、白兵戦を得意とするSランク冒険士ーーあのシストやナダイですら、ディゼラに体術(たいじゅつ)のみの打撃技でダメージを与えるのは至難の業だろう。

 しかしだからといって、魔力を用いた攻撃方法がディゼラの魔力防壁を突破できるかと言えば。それも違う。


 もし、今この場で天以外にディゼラに対し有効な攻撃手段を持つ者がいるとすれば、それはシャロンヌただ一人。とはいえ、Aクラスの戦命力を誇る彼女でも、“亜種化(オーバーレイ)”したディゼラにダメージを与えることができる攻撃手段は四、五通りほどしか所持していない。

 リナも完成された『螺旋貫手(らせんぬきて)』ならばーー練気(れんき)(まと)わせた闘技(とうぎ)ーーディゼラの魔力防壁を突破し、対象に致命傷といえるダメージを与えることも(ある)いは可能かもしれない。が、こちらはまだ“(わざ)”と呼ぶにはあまりにも練度(れんど)が低く、ギャンブル性が高い。従って、まともな攻撃手段としてカウントするにはかなり無理がある。

 そしてロイガン、サリカに至っては、現状ではディゼラにダメージを与えることはまず不可能と断言できる。ロイガンの筋力と装備では、サリカの魔力と魔技の力量では。その攻撃がディゼラの肉体に届く前に、一つ残らず魔力防壁によって(はじ)かれてしまうのは目に見えていた。

 この事から、仮に天を抜いたパーティーでシャロンヌやリナ達がディゼラと尋常(じんじょう)死合(しあ)ったとして。四人がかりでも勝率はおそらく三割を切る。加えてこれがエレーゼを守りながらの戦闘ともなれば、その勝率は(さら)()がるだろう。


 それほどまで、亜種と化した“争いの民”の高位等級使徒ーー『一等星(いっとうせい)外魔(がいま)』ディゼラの戦力は圧倒的、な(はず)なのだが……。


「おい」


 息も絶え絶えで今にも突っ伏しそうなディゼラに、無機質で無慈悲な声が容赦なく浴びせられる。


「いつまで休んでいる。さっさと次の攻撃に移れ」


「ぐっ」


 言い知れぬ恐怖に囚われ、ディゼラの足は知らぬ間に後ずさっていた。


 ……この男は一体何者なのだ……⁉︎


 ディゼラにとって、それはもはや怪奇(かいき)に近かった。相手の攻撃は(すべ)(とお)るのに、自分の攻撃、防御ともに全く通用しない。


 ーーいや、そんな生易しいものではない。


 ()えて表現するならば、自らの“魔力(マナ)一切(いっさい)干渉(かんしょう)できない”。まるでそれが初めから(ゆる)されていないかのように。


 ーー覚悟を決めざるを得ない。


 ディゼラはある決断をする。


「……この方法だけはとりたくなかったのですが、()むを()ませんね」


 周章狼狽のありさまにも拘らず丁寧口調に戻したのは、精神集中の為か、それとも単なる意地(いじ)か。

 途切れ途切れの息を強引に整え。ディゼラは、右手にソレを顕現(けんげん)させる。


「ドバイザー、か?」


 そう呟いたのは天。

 ディゼラの手には、ドバイザーによく似た漆黒の端末ーー『アバド』が握られていた。


「我が魔の力を(ささ)げ、我が血肉(ちにく)(かて)とし、今こそ(よる)への(とびら)(ひら)かん」


 ディゼラがその呪文を唱え出した瞬間。ディゼラの足元に、おどろおどろしい血色の魔法陣が浮かび上がる。


 ーーもうこの手しかない。


 そう思った刹那だった。

 唱えていたはずの呪文の言葉が、唐突に中断(ちゅうだん)されてしまった。


「……、……⁉︎」


 自分の声が急に途切れたことに気づいた。

 その直後、ディゼラは目まぐるしく変わる視界の端で、己の胴体(どうたい)から(くび)両腕(りょううで)()(はな)された現実(げんじつ)を目の当たりにする。


「…………賢明(けんめい)判断(はんだん)です」


 その言葉が(かれ)に届いたかは分からない。

 それを声に出せていたのかも(さだ)かではない。

 ただ(てき)への称賛(しょうさん)を最後に。

 ディゼラの意識は深いしじまに包まれ、(とこ)しえの(やみ)の中へと消えていった……





(いま)のはヤバかった……」


 冷んやりとした足元の岩場を触り、形成された魔法陣の消滅を確認するとーー天はふぅと安堵の息をついた。

 彼の傍には、既に事切(ことき)れたディゼラの各部位(パーツ)が乱雑に転がっていた。


「順序を見誤(みあやま)ったな」


 天の表情は相変わらず無機質なものだったが、その声には少なくない落胆の色がにじんでいた。見誤った、という天の言葉が、彼の心境をそのまま表していた。

 今後(こんご)(ため)、敵の自尊心を煽って戦闘データを取ることもこの場合、間違ってはいないだろう。だが、相手を無力化して情報を聞き出す方がどう考えても優先度は高い。


「失敗した」


 額に手を置き、天は小さく息をつく。せめて『クリアナ』についての情報ぐらいは聞き出しておきたかった、天のその様子からはそんなやっちまった感が漂っていた。

 ただ、ディゼラを仕留(しと)めた事に対して後悔しているかと天に問うたら、きっと彼は(ノー)と答える。


 アレを実行に移させる訳にはいかなかった。


 それはある意味、約定違反ーー実際に約束をしたわけでもないがーーに近い。だが、天は自分の言葉を()げる事にいささかの抵抗も覚えなかった。彼にとって、そんな安いプライドよりも仲間(なかま)()安全(あんぜん)の方がずっと優先順位が上だからだ。


 ディゼラが最後の手段に出たその時、天は迷わず対象(ディゼラ)抹殺(デリート)を決行した。

 言い知れぬ悪寒(おかん)が天の全身に(はし)ったのだ。

 あの瞬間、これまでに培った戦闘経験が、本能的な直感が、天の中で最大級の警報を鳴らした。


 結果、(まばた)きほどの一瞬の間に、天は(すべ)てを()わらせていた。


『賢明な判断です』


 そして、事実その選択は誤りではなかった。

 ディゼラがたった今行おうとしていた“儀式”の名はーー進化召喚の()

 追い詰められたディゼラは、この集落に、とある魔物(まもの)を呼び出そうとしていた……


 ★災害(ディザスター)級モンスター『ヘルマンティコア』。


 蝙蝠の羽と(さそり)の尾を持つ、巨大な獅子(しし)の姿をした魔物。様々な古文書にその名が記される伝説のモンスターである。

 尚、地獄(ヘル)系統のモンスターは例外なく人型を食らうことから、別名『地獄の人食い獅子』とも呼ばれる。かの魔物が登場する伝承は、そのほとんどが歴史的悲劇に(まつ)わる話として知られるほど、凶悪極まりないモンスターだ。


 とはいえ、(なに)()()されたところで所詮は脅威Sランク未満の魔物(モンスター)ーー三柱の結界により、必然的にそれ以上の魔物が召喚されることはあり得ないーーだ。はっきり言って天の敵ではない。


 だが、問題は魔物の脅威(つよさ)ではなかった。


 『ヘルマンティコア』は、体長三十メートルをゆうに超えるーー言ってみればビルのように巨大な魔物だ。もし仮にそんなモンスターがこんな場所で召喚された日には、確実に洞窟内にいる者達は生き埋めにされてしまうだろう。無論、この集落自体もただでは済まない。つまり、『ヘルマンティコア』は呼び出された時点で甚大な被害をもたらすーー最悪ならぬ災厄(さいやく)の魔物といえる。


 実のところ、ディゼラもこの手段だけはとりたくなかった。なにせ洞窟の中には自分もいるのだ。そんな事をしたら、自分自身も生き埋めにされてしまう。その上、災害級モンスターの進化召喚の儀は体力と魔力の消耗が激しい。亜種化(オーバーレイ)も当然解除されてしまう。そうなれば、ディゼラ自身もただでは済まない。下手をすれば命を落とす可能性もある。何より、混乱に乗じて逃げるなど彼のプライドが許さなかった。


 ディゼラにとって、それはまさに奥の手であった。


 だから最後の最後にディゼラが口にした言葉は、己の愚策(ぐさく)が阻止された安堵感からくる……(ゆる)みだったのかもしれない。


「ーー(もど)るか」


 ディゼラの亡骸をドバイザーに収納し、ディゼラが持っていた黒い小型の端末を当然のごとく回収すると。


 天は再び、皆が待つエレーゼの寝室へと足を向けた。



 ◇◇◇



「あ、終わったみたいなのです」


「フッ、いかに相手が邪教徒の“一等星使徒”といえど、天殿にかかれば赤子同然だな」


 リナとシャロンヌが弾むような声でそんな独り言を口にしたのは、ほぼ同じタイミングであった。


「シャロンヌ様、リナ殿。終わったというのは、もしやっ」


「天殿が邪の者を()()ったのだ」「天兄がディゼラとかいう奴を(たお)したのです」


 またも声を揃えて。シャロンヌとリナがロイガンの問いかけに答える。彼女達の顔はどこか(ほこ)らしげであった。


「あ、あの」


 恐る恐るといった様子で口を挟んだのは侍女のサリカ。


「おそらく、そう、なのだと感じたのですが……。私の記憶違いでなければ、花村様は、魔装はおろか武器(ぶき)使用(しよう)せずにあの者と戦っていた様に思えたのですが……」


「む。やはりお主にもそう見えたか?」


「見えたも何も、実際そうなのです」


「天殿は、基本的に魔技術(まぎスキル)や武器を一切使わん」


 言いながら、リナとシャロンヌは何事もなかったかのように再びエレーゼの髪結い作業を始めた。


「あの(かた)の戦闘方法は、素手(すで)主体の肉弾戦法だ」


「天兄は、自分の五体(ごたい)のみを武器に戦うのです」


「は、はは。またまたご冗談をっ」


「そ……そのような事が、本当に可能なのでございますか?」


 あっけらかんと告げられた事実に、ロイガン、サリカは真冬に冷水を頭からかぶせられたかのような顔をする。

 しかしながら、二人のこの反応は至極当然のものと言えた。

 これが仮に現代日本であったとして、「彼は素手で熊を狩りに行った」などという(ふう)な話を聞かされれば、それは驚きを通りこして当事者たちの正気(しょうき)(うたが)われるレベルだ。


「お前たちが言いたいことは理解できる」


 だがーーとシャロンヌは家来たちの目を真っ直ぐ見て続けた。


「純粋なる闘争、戦いにおいて、天殿はその()以外を必要としない。これは真実であり、疑いようもない現実だ」


「なのです。百パーセント事実なの」


「し、しかしですな」


「はい……それはもはや、我ら人型の人智(じんち)すら()えた領域(りょういき)なのではないでしょうか」


「ある意味そうなのです」


 サリカの誇張した表現を、リナがあっさり肯定する。

 シャロンヌは訳知り顔で頷いた。


「天殿に我々の常識など通じん。あの方は全てを超越した人型の上位種ーーそれこそ、天殿の前では、我ら“英雄種(エンシェント)”すら足元にも及ばぬ」


「まさかっ、シャロンヌ様ですら比較にならぬほどの強さなど……!」


 あり得ない、サリカの顔は言外にそう語っていた。

 そしてロイガンも。


「ううむ。花村殿の実力が儂なんぞより数段上なのは分かりますが。かような、シャロンヌ様がまったく歯が立たない実力というのは(にわか)に信じがたいですな」


「信じる信じないはお前たちの勝手だ。だが実際にお前たちも見ただろう? 天殿が、私をも上回(うわま)る魔力の持ち主を素手で圧倒する姿を」


「「…………」」


 ロイガンとサリカが同時に口を(つぐ)む。二人の表情は険しい。それは、たとえ便宜(べんぎ)上でもシャロンヌのその言葉を否定できない、という返答に他ならなかった。もっと言えば、議論の余地などないほど、ディゼラが見せた魔力は圧倒的なものだったということだ。


 シャロンヌほどではないにしろ、これまで数々の修羅場を潜り抜けてきたロイガンも、幼い頃より魔力至上主義国家『ミザリィス皇国』の皇室に仕えていたサリカも。あれほどの魔力エネルギーは、生まれてこの方、一度も感じたことがなかった。それ故に、手練(てだ)れである彼等は一目で見抜いてしまったのだ……魔物と化したディゼラの魔力量は、シャロンヌのそれをも(はる)かに(しの)ぐという事を。

 ならば、何故ロイガンとサリカは、そんな魔物(ディゼラ)を終始手玉に取っていた天の強さに否定的なのか?


  答えは簡単であった。


「お前たちの気持ちは嬉しいが、その期待(きたい)(こた)えるには、今の私は(よわ)すぎる」


「そ、そのような事は、断じてございません!」


「然り! シャロンヌ様が弱いなどと、ご自分を卑下(ひげ)するにも限度というものがありますぞっ」


 単純に信じたくないのだ。ロイガンもサリカも。

 何故なら、二人にとって強さの象徴とは、イコールで『常夜の女帝』ーーシャロンヌに他ならないのだから。


「フフ。ーーいや、すまない。お前たちにそれほどまで(した)われていたとは、主人として冥利に尽きることだな」


「ッーー‼︎」


「っ〜〜!」


 瞬間、ロイガン、サリカは雷に打たれたかのような反応を見せる。それは二人にとって衝撃以外の何物でもなかった。まさかあのシャロンヌが、自分達に優しい言葉をかけ、あまつさえ微笑(ほほえ)みかけるなどと。


「私は天殿と出会って、今までいかに自分の視野が狭かったのかを痛感したよ」


「あっ、ソレあたしもなのです」


 幸い、シャロンヌが従者二人の失礼とも取れるリアクションを気にする素振りはなかった。

 まあ、今の彼女なら大概の事は笑って許すだろうが。


「エレーゼ……」


「スー…………スー…………」


 ゆったり寝息を立てるエレーゼの額に、シャロンヌはそっと手を添えた。


「それにしてもぐっすり眠ってるの、エレーゼさん」


 エレーゼの寝顔をまじまじと見ながら、リナがそんな言葉を口にすると、


「防護壁の結界と一緒に睡眠を(うなが)す魔技も施しておいたからな。多少うるさくても、しばらくは目を覚まさないだろう」


「そんな魔技があるなんて初耳なのです」


「闇属性のレベルツースキルの一つで、『闇撫(やみなで)』という魔技だ。“王族(おうぞく)属性”の魔技は一般的な五大属性と違い、各レベル(ごと)に攻撃系統や状態異常、補助強化などの様々な魔技を習得する。その中には、こういった変わり種もままある」


「う〜ん、あたしには一生縁のない話かもなの」


「そんな事はない。遅かれ早かれ、お前はじき“英雄(えいゆう)”に(いた)る。つまり、将来的には“王族魔技”も覚えるということだ」


「でも、あたしの戦闘スタイルは将来的に天兄と一緒になる予定なのです」


「引き出しが多いに越したことはない。天殿もきっと私と同じこと言うはずだ」


「う〜〜、それを言われるとそうかもしれないのです……」


 気持ち良さそうに寝ているエレーゼの髪を結いながら、のんびりとお喋りに興じるシャロンヌとリナ。それはまさに、平和な日常の一コマであった。


「くぅ、このような日が来ようとはっ」


「『夢のような』とは、こういった時に用いる言葉なのでしょうね」


 ほのぼのとした情景を描くシャロンヌとリナ、エレーゼを見て。ロイガンは感極まったように目頭を押さえ、サリカはハンカチで涙をぬぐっていた。


「敵の眠気を誘う魔技ならば、“闘技”との相性も良いのではないか?」


「確かに、隙だらけの相手に思う存分“闘技”をぶち込めるのです」


 会話の内容はとりあえず置いておくとして。

 ロイガンとサリカは、その光景をしっかりと目に焼き付けていた。ようやく人並みの幸せをつかむことが許された、彼女達姉妹の姿を。


「ーーあぁっ!」


 何かを思い出したかのように、急にリナが立ち上がった。


「カイトさん達に連絡入れるの忘れてたのです!」


「そうだった……」


 シャロンヌも小さく「あっ」とした顔をして、視線をリナからエレーゼに移した。


「皆、エレーゼの事を気にかけてくれてたからな。早く連絡して『もう安心』だと伝えねば」


 少し慌てた様子でシャロンヌがそう言うと、


「ムフ、あたしにいい考えがあるのです」


 リナが顔をニヤニヤさせて。


「天兄が戻ってきたら、シャロンヌさんとエレーゼさんを真ん中にしてーー全員で集合映像を撮るのです。で、それをカイトさんのドバイザーに送ればいいの。『みんなで見てください』ってメッセージ付きで」


「……リナ様、それはさすがに」


「うむ。如何に皆様方がエレーゼ様の命を救ってくださった恩人とはいえ、我が主人を見世物にするような案には賛同しかねますぞ」


「いいや、名案(めいあん)だ」


 そう言いながらシャロンヌはエレーゼをベッドから抱き上げた。


「よ、よろしいのでございますか、シャロンヌ様⁉︎」


「逆に何がいけなのだ?」


 目を剥いて驚きを露わにするサリカに素っ気なくその事を()き返すと、シャロンヌはロイガンの方に顔を向け、


「これは見世物などではない」


 有無を言わせぬ貫禄がそこにあった。


「これから報せを送る者たちは、皆が皆、心からエレーゼの身を案じてくれた……言わば同士たちだ。その彼等にエレーゼの無事な姿を見せることの、どこに問題があるのだ?」


「それは……」


 その風格は、まさに女帝と呼ばれるに相応しいものであった。


(ひか)えろ! 彼等の協力があったからこそ、夢にまで見たエレーゼの再起(さいき)が叶ったのだ。その事を忘れるな!」


「……申し訳ありませぬ」


 もはや申し開きの余地などあろうはずもない。ロイガンは深々と頭を下げた。


「心配ご無用なのです」


 女王と老騎士の舞台袖では、ドバイザーを片手にさっさと撮影のセッティングをしていたリナが、軽いノリで親指を立てていた。


「ちゃんと一回見たら消去されるようにセットしたの」


「そ……そういえば、花村様は大丈夫でございましょうか」


 と、やや強引に話題を変えたのはサリカ。


「敵はあの邪教徒の実力者。勝利を収めていても、何らかの深傷(ふかで)()っているやもしれません」


 ただ、彼女の意見は至極真っ当なものであった。


「おおっ、それは違いない!」


 そして、ロイガンもそれに乗っかる。


「如何に花村殿が強くとも、相手が相手。さすがに無傷では済みますまい」


「はい。ですので、私が救護も兼ねて花村様をお迎えにーー」


「心配ご無用なのです」


 再度リナの口から放たれたそのセリフは、一回目よりもさらに気軽なものだった。


「天兄はなんと言うか、次元(じげん)(ちが)うのです。もう何か、ありとあらゆる基準(きじゅん)からこれでもかってぐらい()()してるの」


「ああ。別格(べっかく)という言葉があれほど似合う人型を私は知らぬ。それこそリナの言うように、天殿の前では心配など無用の長物だ」


「ですが、万が一ということも……」


「ううむ。先ほどの花村殿の体術はたしかに見事でありましたが、あのディゼラなる邪教徒の魔力も相当なもの。如何な花村殿が全力を尽くしたとして、無傷というのは(いささ)か無理がございましょう」


「「全力(ぜんりょく)?」」


 ロイガンのその言葉に、シャロンヌとリナはきょとんと顔を見合わせてから、


「言っておくが、あれでも天殿はまるで本気(ほんき)()していないのだぞ」


「天兄がマジだったら、最初の一撃であの色白コウモリの首から上が()くなってるのです」


「…………」


「………………」


 唖然とする、を五体全てで体現(たいげん)し、ロイガンとサリカは完全に沈黙した。




「なあ……それ俺も(はい)らなきゃ駄目(だめ)か?」


「駄目なのです」


「無論だ。天殿が居なくては始まらない」


 その後。

 (れい)によって無傷、どころか衣服に汚れすらついていない状態で戻ってきた天を入れて、皆で一緒に記念撮影をおこなった。




 ◇◇◇




 《冒険士協会本部・最上階エリア》来賓用応接室にて。


「があっはっはっはっはっはっ‼︎」


 野太(のぶと)い笑い声がその部屋から聞こえてきたのは、午前三時を少し回った頃。


(てん)君‼︎ 君はいったい、一晩でどれほどの偉業(いぎょう)()()げれば気が済むのかね? がはははははははっ!」


 遠慮など()うに捨て去ったとでも言うようにシストが大音量で歓声を上げると、


「シスト会長、少しお静かに。ーーでも、()かった……本当に良かったわぁぁ~」


 その隣では、マリーがシストを諌めながらも満面の笑みとともに手を合わせる。


「あぁ、やはり、天様のご判断に誤りなどあろうはずがございません。どうか、僅かながらでも疑念を抱いてしまった罪深き私をお許しくださいませ」


 天に祈りを捧げるポーズをとって、お決まりの如く絶賛トリップ中のアクリアはひとまず置いておき、


「兄さん。いつか俺も、貴方(あなた)に負けないような“武勇伝(ぶゆうでん)”を打ち立てられる男に……必ずなってみせるよ」


 そう言って固く(こぶし)を握ると、カイトはリナから送られてきた映像データにもう一度目を()る。


 件名『みんなで見てください』。


 そのメッセージに添付された映像レターにはーーそれを撮影したであろうリナが、メインの邪魔にならぬよう絶妙なポジション取りでグッチョブと親指を立て、その背後には、遠慮がちにグループの両端に立つ、(つつ)ましい雰囲気のエルフの女性と貫禄のある老兵士の姿があった。そして恐らくはこういったこと自体が苦手なのだろう、目指すべき目標である超絶ハイスペックな相棒は、画面中央で鼻の頭をかきながら気まずそうにそっぽを向いている。


「ああぁ、困ったお顔の天様もとても素敵でございます」


「この映像データ……どうにかしてこの部分だけでもバックアップを取れないかしら」


 などと口走る女性陣に対し、「メインはそっちじゃないだろ!」と心の中でツッコミを入れつつ、カイトはシストにある事の確認(かくにん)を取る。


「会長、このシャロンヌさんが抱きかかえている女性が?」


「うむ。彼女がシャロンヌの妹君、エレーゼ殿に相違ないのだよ」


 心から嬉しそうにシストは(うなず)いた。

 エレーゼを(かくま)っていた集落が『ソシスト共和国』にある事から、これまで(だれ)がシャロンヌの後ろ盾になっていたか、想像に(かた)くない。

 長年にわたり一番近くで彼女達姉妹の苦しみを見てきたシストだからこそ、その喜びも一入(ひとしお)なのだろう。


「ふむ。それにしてもこの可憐な花々を見ることが叶うのは一度きりとは。マリーやアクリア君の言うように、いささか勿体無い気もする」


 別に鼻の下を伸ばしているという訳でもないが。ドバイザーに映し出された集合映像ーーそのセンターを彩る二人(ふたり)の美女から片時も目を離そうとしないシストに、カイトは思ったままのことを言った。


「綺麗な人ですね。流石はあのシャロンヌさんの妹さんだ」


 決してお世辞ではない。

 誰に訊いても同じ答えが返ってくる筈だ。

 それほどまで、姉の腕の中で安らかな寝顔を見せるエレーゼは、絶世(ぜっせい)美貌(びぼう)の持ち主であった。


 ーーただ、それでも(いま)彼女(かのじょ)にはまず(かな)わないであろう。


 まるで()(もの)()ちたかのように、とても晴れやかに微笑む彼女ーー妹を抱いて優しく笑うシャロンヌの姿は、かの神界で謁見した女神様方もかくやと思うほど、カイトの目には美しく輝いて見えた。


 (なお)その映像ファイルには、『みんなで見てください』という件名の他にもーー


 こんな題名(タイトル)()けられていた。



 ~任務完了(ミッションコンプリート)



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