表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/145

第81話 オークキング 上

 本日未明、『ソシスト共和国』西部地区に『オークキング』が出現した。


 その凶報(きょうほう)は、マリーの口から速やかに皆へ伝えられた。冒険士協会会長のシストは勿論のこと、その場に居合わせた天達ゼロ支部特異課の面々と、Sランク冒険士であるシャロンヌの耳にも……。


「まさかこんなタイミングで……」


 シストは力なく(かぶり)を振った。


「マリー、『緊急マルB災害警報』の準備はーー」


「既に手配いたしました」


 マリーが感情を抑圧したような口調で告げる。


「あとは会長の承認さえいただければ、すぐにでも各機関に通達が可能な状態になっております」


「……分かった。ご苦労」


 シストは重苦しく頷くと、上着の胸ポケットから小型の端末を取り出した。ドバイザーよりもさらに一回りはコンパクトな端末だ。


「“マルB災害”の緊急コードは、一二〇だったかーー」


 マルB災害とは『Bランクモンスター発生』の隠語である。これが確認された場合、あらゆる行政機関は、準災害級のモンスターが発見された場所や日時などの正確な情報を、迅速かつ丁寧に周辺国とその地域全域に伝達しなければならない。

 簡潔に言えば、シストが取り出した小型端末はその伝達手段だ。

 シストがこの端末の専用回線で各機関に一報を入れるだけで、ものの数分もしないうちに『ソシスト共和国』と近隣の国々に緊急警報が流され、国中に厳戒態勢が()かれる。


「ふぅ……」


 シストの顔は苦渋に満ちていた。

 だがその一挙一動に迷いはない。

 当然だ。

 それが大国の王であり冒険士協会の(おさ)を務める、彼の責務なのだから。


「ーーおっさん、俺に考えがある」


 その声と共に、端末を操作していたシストの手がピタッと止まる。

 思わずシストが顔を上げると、そこにはまっすぐな視線を自分に向ける天の姿があった。


「『オークキング』の討伐には俺とリナ、そしてシャロンヌ殿の三人であたろう」


「天さん、それはっ」


「それが今考えられる最善(さいぜん)(さく)だろうな」


 声を上げかけたマリーを制し、天の意見を支持したのは、シャロンヌであった。天が、そしてシャロンヌが口にしたことは、今この場にいる全員が真っ先に思い浮かび、言えなかったことだった。天とシャロンヌが出向けば、如何(いか)な『オークキング』とて即座に鎮圧できる、と。


「俺には『Sランク冒険士』としての義務がある。私情での職務放棄は許されん」


「ですけど……」


「二人とも、とりあえず兄さんの話を最後まで聞こう」


「なのです」


 カイトとリナが脱線しかけた話を元に戻す。と同時に、天がシストからマリーに視線を移した。


「マリーさん、『オークキング』が目撃されたポイントを距離と方角で教えてもらえませんか? 大体のもので構わないので」


「ここからですと、西北西におよそ一五キロの地点ですわ」


 変則的な問いかけにも(かかわ)らず、マリーはノータイムで天に答えを提示した。

 天はマリーに軽く会釈を返し、


「……捕捉(ほそく)完了」


 数瞬の沈黙を()て、そう呟いた。


「リナ。俺が先行(せんこう)して『オークキング』のもとに向かう。お前も目的地(もくてきち)経由(けいゆ)した最適(さいてき)なルート取りが済み次第、すぐシャロンヌ殿と動力車で出発しろ」


「了解なの!」


「カイト、アク。二人は当初の予定通り、ここに残ってアリス王女の身辺警護。分かっているとは思うが、今回の『オークキング』の件も裏で“連中”が絡んでいる可能性が高い。十分に警戒し、防備を整えてくれ」


「了解」


「承知いたしました、天様」


 天の指示に一切の懸念も示さず、リナ、カイト、アクリアの三人は、速やかに行動を開始した。


「マリーさん」


「は、はいっ!」


 まさかこの流れで自分のターンが再び来るとは思ってもみなかったのだろう。マリーは必要以上に背筋を伸ばし、必要以上に声を張って返事をしてしまった。


「マリーさんに、一つ確認しておきたいことがあるんですが」


 もっとも、それで会話を切るーー本人(マリー)に恥をかかせないためにもーー天ではないが。


「今回『オークキング』が現われたポイントは、以前俺とジュリ達が『ハイオーク』を討伐した場所から、そう遠くないところでは?」


「! 言われてみれば確かにそうだわ……!」


 マリーは、神妙な面持ちで左手に持っていたタブレット型の端末を開き、資料に目を通す。

 その間、天は何かを納得したように「やはり」と頷き、シストの方へ顔を戻した。


「どうやら、あの辺りには傍迷惑な養豚場(ようとんじょう)があるらしい」


「それはけしからんな。『ソシスト』の代表として、直ちに営業停止を言い渡さねばなるまい」


 そう言って、シストが微かに口元を緩める。それは普段の余裕(よゆう)あるシストの表情だった。


「おっさんに頼みがある」


「何かね?」


「災害警報を鳴らすのはもう少し待ってくれないか。もしかすると、鳴らす必要すらなくなるかもしれん」


「……天君、悪いがそれはできんのだよ」


 シストは、(まぶた)を閉じて首を横に振った。


 シストにも天が危惧するところは理解できた。

 今、国中で緊急警報が鳴り響けば、間違いなく交通機関は麻痺する。

 深夜だろうとそれは関係ない。

 特に『オークキング』が現われた西部地区ーーこれから天とシャロンヌが向かう『ソシスト共和国』西部の国境までのルートで、動力車が通れるような経路は、そのほぼ全域が封鎖されるだろう。

 そうなれば、当然二人がエレーゼのもとに辿り着くのも大幅に遅れる。それは何としても避けたいというのは、シストも痛いほど分かっていた。

 しかし、それでも、シストには果たさねばならぬ責任がある。一国の王として、国際組織のトップとして。

 従って、表向(おもてむ)きには、天のその要望にイエスと答えるわけにはいかないのだ。


「マリー」


 そう。表向きにはーー。


「『オークキング』の第一発見者は、誰かね?」


「本日、西部地区の定期巡回を担当していたCランク冒険士の六条スガルと、同じくCランク冒険士のミンリィです」


「ふむ。他に『オークキング』を目撃した者は?」


「今のところ、その二名以外からの目撃情報は届いておりませんね」


「ふむ……」


 シストは顎に手を添えて、(わざ)とらしく思案のポーズを取る。


「いかんな、儂としたことが。たった二人の目撃証言だけで、ろくな確認もせず、つい先走ってしまうところだった」


 如何にも芝居じみた口調でそう言うと、シストは特事回線用の小型端末をそっとポケットに戻した。


「天君。すまないが、今すぐ現場に行って調べてきてもらえんかね? 『オークキング』が、本当(ほんとう)(あら)われたのかどうかを」


「了解した」


 ニヤッと不敵な笑みを浮かべ、天はシストに背を向けた。


「もし今から20分経っても君からの連絡がなかった場合、『オークキングが現われた』とこちらで判断するつもりだがーー大丈夫かね?」


充分(じゅうぶん)だ。10分でお()りがくる」


 次の瞬間、ゴウッと大気が唸りを上げ、地が揺らぎ、津波のような衝撃波が生成された。


 一拍置き、ゴムの焦げた臭いが周囲に漂う。

 気つけば、天の姿はもうそこには無かった。


 白い大理石の床にくっきりと刻まれた足跡だけが、彼が今までそこに存在した痕跡を残していた。





 ◇◇◇






 静かな夜だった。

 ほんのついさっきまでは。


「まいったね、どうも。まさか深夜の定期巡回中に、あんな怪物(かいぶつ)に出くわすなんてさ」


 おどけた言葉遣いとは裏腹に、若者の声は震えていた。


「でもまあ、ここはプラスに考えるべきかな。協会にも無事連絡できたわけだしさ」


 その若者が、無理に明るさを装って気を紛らわそうとしているのは明白だった。彼の口数が一向に減らないのも不安の表れだろう。

 木々の障害物などお構い無し。

 Cランク冒険士ーー六条(ろくじょう)スガルは、その中性的な甘いマスクを切り傷だらけにして、明かりひとつない雑木林の中をただただひた走る。


「それにほら、相手が規格外のデカブツだったおかげで、こんな夜中でも遠目から確認できたわけだし。僕らもこうして、すぐに現場から離れることができたわけだしね」


「……(なさ)けない」


 ようやくスガルの声に応えた、というより口を開いたその者の瞳には、諦念(ていねん)に真っ向から抗うような熱が感じられた。

 スガルと並走していたもう一人の冒険士ーーオオカミ型の亜人と人間の混血である“ハーフ獣人”のミンリィが、悔しそうに奥歯を噛み締める。

 ハーフの獣人といっても、彼女の見た目は人間種とほとんど変わらないものであった。尻尾も無ければ耳も人のものだ。強いて言えば、目が獰猛な野獣を連想させる三白眼だったが、それでも彼女を初見で獣人と判別する者はまずいないだろう。

 服装も飾り気のない無地のTシャツに幅広のニッカボッカと、(とび)職のようなガテン系ファッションーー見るからに男勝りといった印象を受ける。が、まるでオオカミのような、とまではいかない。ちなみに服装に関しては、まだスバルの方が女性でも通用しそうな小洒落たコーディネイトをしていた。


 二人の間にしばしの沈黙が流れた後、急にミンリィが立ち止まる。


「やはり私は(もど)る」


「おいおい、気は確かかい?」


 スガルもすぐさま足を止め、信じられないといった面持ちでミンリィの方を振り向く。


「マリーさんに言われた事を忘れたのかい? 僕らが今やるべきことは、近隣住民の避難誘導だ。アイツの足止めじゃない」


「スガルはそのまま村に向かってくれ」


 それだけ言うと、ミンリィは(きびす)を返した。その横顔は、既に人ではなく獲物を狙う獣のものだった。

 外見がほぼ人間でも、やはり彼女の体に流れる血の半分は獣人のそれなのだと。この時スガルは妙に納得してしまった。


 ミンリィは、猛獣のような鋭い犬歯を剥き出し、もと来た道を見据え、闇に牙を剥く。


「私は、モンスターから()げる(ため)に冒険士になったわけじゃない」


「じゃあ何かい、キミが冒険士になったのは、モンスターに殺されて悲劇の英雄(ヒーロー)になる為だったのかい?」


「!」


 感情の(タガ)が外れかけたミンリィを引き戻したのは、自分を(なじ)るような仲間(スバル)の声だった。


「キミの場合はどちらかと言うと、ヒーローというよりはヒロインかな。ーーま、どっちにしろ死ぬことには変わりないけどさ」


「っ……」


 相変わらず軽い言い回しだった。しかし彼のセリフには先ほどまでとは違い、確かな(おも)みがあった。


「そういう青臭いのはそろそろ卒業してもいい歳だ。お互いにね。それでもまだ()くって言うのなら、僕はもう()めないよ」


「……すまなかった。村へ急ごう」


 短い沈黙の後、ミンリィは再び雑木林の出口へと足を向ける。

 未練を断ち切るように()け出したミンリィの後を追って、スガルは言った。


「もし(りょう)()(はね)たちがここに居たなら、状況も少しは変わったかもしれないけどね」


「………………」


 ミンリィは片眉をつり上げ、あからさまに顔をしかめる。その表情は、同意とは程遠いものだった。


「それを言うなら、その二人よりも先に、ナターシャの名を()げるべきだと思うが」


「そっちかい?」


 今度はスガルが苦い顔をする番だ。

 ただ彼の場合、冗談(じょうだん)を真顔で返されたあの時の表情だが。


「ーーキミらとチームを組んで半年は経つけど、未だに謎だよ。なんでキミみたいな堅物(かたぶつ)が、亮たちみたいなタイプの冒険士とつるんでいるのか」


中村(なかむら)や美羽はまだマシな方だ。あの二人と比べればだがーー」


「あっちの二人はもともと論外」


 言いながら、スガルは首を左右に振った。


「僕が言ったのは、キミとナターシャを除いた、今のパーティーメンバー全員が対象だよ」


「……そういうお前はどうなんだ」


 スガルの疑問には答えず、ミンリィが素っ気なく訊き返すと、


「ああいった手合いは(あつか)いやすいのさ」


 スガルは、何の臆面もなくそう答えた。


()が単純だから、適当に褒めてやればそれなりの仕事はしてくれるしね。何よりも彼らみたいなタイプって、基本的に立場が上の者には従順(じゅうじゅん)だから、揉めなくてすむだろ? 報酬の分配とかさ」


「私は、お前のそういうところが好きになれない」


「訊いたのはキミの方だよ? それに冒険士だってれっきとしたビジネスなんだから、お金の話は大切さ」


「そこだけじゃない」


「手厳しいねえ」


 そこで取り留めの無い会話が一旦切れる。

 林の向こう側にぼんやりと明かりが見えた。

 街路灯の明かりだ。

 どうやら、いつの間にか二人は出口まできていたようだ。

 ミンリィとスガルが、雑木林の終着地点に差しかかったところでーー。


「……さっきの言葉は、別にお前に対して言ったわけじゃない」


 不意にミンリィがそんなセリフを口にした。

 スガルは一瞬きょとんした表情をミンリィに向けたが、すぐさまそれは含み笑いに変わる。


「『好きになれない』ってところかい?」


「そっちじゃない。あ、いや、それも別に本心からというわけじゃなくてっ」


 ゴニョゴニョと(くち)()もるミンリィを見て、スガルは「分かってるよ」と言いながら、もう一度くすりと微笑む。


「キミの場合、本当に『情けない』と思ってたら、口には出さないよ。ただ相手に軽蔑の眼差しを向けるだけさ。例えば、キミがいつも(なつ)()涼花(すずか)に向けてるような、とびきり冷え切ったやつをね」


「…………」


「さしずめあのセリフは、自分自身に対する憤りってところかい?」


「……お前のそういうところが嫌いなんだ」


「フフ。僕は嫌いじゃないけどね、キミのそんな不器用なところ」


 暗い雑木林を抜け、スガルとミンリィがようやく視界の開けた場所に出たときだった。


 ーーブロオオオオオオオオオオオッ‼︎


 突然、地鳴りのような咆哮が林の奥から聞こえてきた。

 スガルとミンリィがビクッと肩を震わせる。二人は瞬時に緊張感を取り戻した。

 そうだ。

 悪夢のような現実は、まだ彼等のすぐ(そば)にある。

 スガルとミンリィは真剣な面持ちで頷き合い、


「とにかく今は村に急ごう。幸い、ここらで(おも)だった集落はあそこだけだしね」


「村についたら、私は大声で村人たちを叩き起こしてまわる。その間、スガルは村長の家に行って、事情を説明してくれ」


「了解。多少手荒だけど、緊急事態だしね? 村の人たちもきっと大目に見てくれるさ。それにわざわざキミがそんな事しなくても、あと少しすれば『緊急災害警報』が鳴るだろうしね」


「その時は、二人揃って村人たちの避難誘導だ」


 再度二人は頷き合うと、雑木林を抜けた先の道路に面した急斜面から、薄暗い路上へと飛び下りる。

 結構な高さではあったが二人とも躊躇う様子はなかった。Cランクの冒険士である二人にとっては、それが普段通りの行動選択なのだろう。


「行こう」


 そう言って、スガルはやや傾斜のついた峠道を走り出したーーが、すぐさまその足を止める。

 ミンリィが後ろをついてこない。


「ミンリィ?」


 それどころか、ミンリィはスガルに背を向け、村とは正反対の方向を見ていた。


 ーーまだ未練があるのか。


 そんなうんざりした気持ちが、スガルの胸をよぎる。

 だかそれも一瞬。

 スガルは気づいた。ミンリィが見つめるその先は、自分達が今までいた雑木林の中ではない。ミンリィが相対するは、あくまで村とは反対方向の道先だということに。


「どうしたんだい、ミンリィ?」


(なに)かがこっちに向かって()る……」


 依然(いぜん)スガルに背を向けたまま、ミンリィはそう呟く。それはスガルの問いかけに答えたというよりも、無意識のうちにもれた独り言に近かった。


「来るって、何が?」


 スガルは首を傾げながらミンリィに歩み寄る。と、その時ーー遠くから風の音が聞こえた。夜の静寂(しじま)を切り裂くような、鋭い風の音が……。


 ーーなんだ?


 ミンリィに少し遅れて、スガルもそのわずかな違和感を感じとった。

 ただスガルが警戒心を強める前に、答えは向こうからやって来た。


「ーー()いたか」


 道路脇に積もった落ち葉が、突如舞い上がる。

 激しい風切り音と軽快な着地音が、アスファルトを伝って二人の意識に流れ込んできた。

 肌寒かった周囲の空気が、瞬時に熱を帯びる。


 見ると、スガルとミンリィの目の前に、一人の男が立っていた。


「君達が、マリーさんが言っていた冒険士か」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ