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声が無くても

 第二話。

 天邪鬼少年と声無き少女のお話。


 ※声帯の病気に関して作者は無知です。

  深く考えないようお願い申し上げます。

 ―――『口は災いの元』という言葉を考えた奴は、きっと自身もその経験者だったに違いない。


 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



 ピピピピピ!


「!」


 リビングのテーブルで課題のプリントをしていた俺の耳に、普段は滅多に鳴らないスマホの着信音が届いた。


総史(そうし)ー、ケータイ鳴ってるよー?」


 次いで台所に立っていた母が、充電器から引っこ抜いたらしい俺のスマホを持って来た。


「…母さん、ケータイじゃなくてスマホな。そろそろ学習してくれ」

「音すぐ止んじゃったけど、電話切れたのかしら?それとも電波の不具合?」

「んなわけあるか。

 それ電話じゃなくてメールの着信音だし、電波悪いワケでもねーから。母さんの脳ミソの方は手遅れかもしんねぇけど」

「ああ良かった!

 ただでさえ友達の少ない総史のイメージがこれ以上悪くなったら大変だもの」


 大赤字だわ!と、冗談めかしてニコニコしている母を無視して、その手からスマホを奪取する。

 急いでメールを確認すると、案の定メル友である後輩からだ。件名に『こんばんわ』の文字を見つけて、思わず顔が綻ぶ。


「あらあら、ニヤけちゃって。例の後輩ちゃんからかな~?」


 茶化すような声は完全スルーし、早速メールを開封して内容を読む。



 from:徒野

 件名:こんばんわ


 夜分遅くに失礼します

 先日頂いた誕生日プレゼントのノートパソコンなのですが

 以前よりも会話がスムーズに出来て とても良いです

 試作品とはいえ あんなに素敵な物を頂いて

 本当に良かったのかと 大変恐縮しております


 お礼と言ってはなんですが ご迷惑でなければ

 今度の日曜日に 映画を見に行きませんか?

 無料チケットがありますので もしよろしければですが

 お返事お待ちしております



 彼女らしい、控え目な文面。

 そしてその内容に、内心で盛大なガッツポーズをとる。


「ふふ、機嫌が良いみたいねぇ~」

「は?別に何もねぇし。何言ってんの母さん」


 嘘だ。物凄く機嫌は良い。


「さては、デートのお誘いかしら!」


 鋭い。機械オンチのくせに。


「もう夕飯終わっちゃったし、お赤飯は明日の朝にしましょうか☆」


 ふふふと、どことなく不気味な笑い方をしながら台所へと向かう母の背中を睨むが、心では声高にありがとうと叫ぶ。

 手元のスマホにもう一度視線を落とし、またもや口元を緩める。指を素早く動かし、返信メールを作成し始める。



 to:徒野

 件名: Re:こんばんわ


 プレゼント、気に入ってもらったみたいで凄く嬉しい。

 意見があると次の製品開発に参考になるから、むしろこっちが感謝したいくらい。

 父さんにも伝えておくよ。


 映画のお誘い、本当にありがとう。

 俺なんかで良ければ、一緒に行きたい。

 パンフレット持ってくるから、明日の放課後にどれ見るか決めよう。

 楽しみにしてる。おやすみ。



 文章を打ち込む間も終始無表情の俺だったが、本心とメール文は完全に惚気けていた。

 まるで恋人に向けた内容だが、彼女と俺は決してそのような間柄などではない。ただの先輩と後輩である。

 …いや、少し訂正しよう。


 俺の一方的な片想いだ。



 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 後輩の名前は、徒野(あだしの)然然(ささ)。俺の一つ下の、一年生の女子生徒。

 俺達は、月一に行われる広報委員の集まりで初めて会い、言葉を交わした。


「はい!それでは先輩後輩の仲を深めるために、一年と二年でペア組んでもらいまーす!同じ組同士で席に座ってね!」


 広報委員会顧問の袖川先生が委員会開始同時にそう宣言すると、周りの生徒たちは色めきたって次々と席を移動し始めた。


 俺はと言うと、ウンザリしていた。メンドクセェ、って顔に書いてあったんじゃないかと思ったぐらいだ。

 別に、袖川先生のやり方に不満があったわけじゃない。ただ、俺と組まされる奴が不憫だと思ったんだ。


 俺は、所謂 “ 天邪鬼 ” ってヤツだ。


 昔から、思っていることとまるで違うことを喋ってしまう。

 挨拶しようものなら「どけよ」と暴言を吐き、お礼を言おうとして「余計なお世話だ」と突っぱねる。


 そのため基本は無口。

 おかげで友人と呼べる存在は、生まれてこの方一人もいない。

 孤高のぼっちである。


(どうすっかな…)


 しばらく席を立つのを躊躇っていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。


「!」


 驚いて振り向くと、目の前には真っ白な大学ノート。

 その一番上の行のところに、


『失礼します 2-2の先輩で間違いありませんか?』


 と、丁寧な字体で書かれてあった。


「…へ?」


 我ながら間抜けな声を出しつつゆっくり顔を上げる。

 両手でノートを広げて、その後ろから窺うように顔を出している、小柄な女子生徒の姿が視界に入った。

 俺に負けず劣らずの無表情に少しビビったが、向こうも同じだったらしく、先程より不安そうに顔色を曇らせている。


「………」


 咄嗟に声を出せず、無言でコクコクと頷いて見せると、空席となった俺の隣の席を指差した。


 ―――座ってもよろしいですか?


 …そう言っているような気がして、またもや無言で頷く。

 彼女はホっとしたように少しはにかんで、ペコリと頭を下げたのちに隣席へと座った。

 持っている大学ノートを机に置き、何やら書き込んでこちらに見せてくる。


『初めまして 私は1-2の あだしの と申します

 声帯に障害があるため 筆談での会話になります

 何卒ご了承ください』


 その内容に思わず彼女を見返すと、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。


「全員ペアになれたみたいだな?

 今日はとりあえずコミュニケーションの時間だ。今のうち好きなだけ喋っとけー。以上だー」

「センセーむせきにーん!」

「宝生院センセーにチクるぞ!」


 袖川先生の投げやりな説明に、生徒たちは笑い混じりに野次を飛ばす。


「対話は大切だからな!大丈夫だいじょーぶ!」


 そんな言葉を皮切りに、ついに交流会が始まった。

 徒野は早速、ノートに文を書き込んだ。


『先輩のお名前をお聞きしてもよろしいですか?』


 この質問に答えるために、俺は声を出そうしたが。


「………っ」


 情けないことに、出せなかった。

 思いついた言葉がまさかの、「アンタ何、マジで袖川先生のコミュニケーションタイムに付き合うの?バカ?」だったのだ。


(…馬鹿はテメェだ蔵間総史!)


 初対面の、何の罪もない可愛い後輩になんて言葉吐こうとしてんだよ!一度死ね!


「?」


 必死に口を押さえた俺に、徒野は首を傾げている。


『どうされました?

 もしかしてお具合が悪いのですか?』


 書き足された質問に慌てて首を横に振った。

 違う、違うんだ。

 焦りに焦って、視線があっちこっちに飛ぶ。ダラダラと冷や汗が吹き出し、額やら背中やらを流れていく。


(どうしよう。どうすればいい……!)


「…!」


 情けなくて逃げ出したくなったその時、ふとある考えが閃いた。


 ―――俺も筆談にすれば良いんじゃね!?


 思い付くと同時にバッとペンケースを掴み、中から使い古しのシャーペンを取り出す。

 しかし紙がないことに気付いて、仕方なく胸ポケットから学生手帳を取り出し、小さなメモ欄に殴り書きをする。

 そしてそれを、彼女に突き付けるようにして見せた。

 …恥ずかし過ぎて顔を背けながらになってしまったが。


『オレの名前は蔵間総史 よろしくお願いします』


 学生手帳を突き出され、初めは目を丸くしていた彼女だが、メモに書かれた俺の文字を見て更に驚いていた。


『蔵間先輩も声が?』


 少し焦って書いたためか、字体にやや乱れがあった。

 再びメモ欄に答えを書こうとしたらノートを差し出してくれたので、そちらに続けて書き込んだ。


『オレは声出せる 口が悪いから話せない』

『どういうことでしょうか?』

『本心と違うことを話してしまうんだ

 天邪鬼って知ってる?』

『知ってます

 なるほど 反対のことを言ってしまうのですね』


 すらすらと、紙面上の会話は進む。

 A4のページはあっという間に、2種類の筆跡で埋め尽くされていく。そのくらい、多くのことを互いに話した。

 どうして広報委員になったのか、普段はどうやって会話しているのか、どのくらい口が悪いのか、などなど。

 その途中チラリと隣を窺えば、最初に比べてかなりリラックスしているようだった。


『私たち 似たもの同士ですね』

『似たもの同士?』

『私は声が出せないから話せなくて

 先輩は口が悪いから話さない

 似てませんか?』


 今度は徒野が、確認するようにこちらの顔を覗き込む。

 徒野は表情が乏しい。しかし、この時は心なしか目が輝いているように見えた。

 少し悩んだ後、『そうだな』と返事を返す。


『あだしのって良い奴だな』

『どうしてですか?』

『オレのこと 変だって言わないから』

『それはこちらのセリフですよ

 先輩だって 私に普通に接してくれてます』

『実際にオレの口の悪さ聞いたら 絶対傷付くと思う』

『こうして事前に教えて頂いた後ですし 覚悟しておきます』


 キーンコーンカーンコーン。

 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴った。委員会が終わる時間である。

 俺はつい、「あっ…」と声を漏らした。


『終わっちゃいましたね』


 徒野の残念そうなその言葉に、彼女も自分と同じ気持ちなのだと知る。

 家族以外の人間とここまで多く言葉を交わしたのは、きっとお互いに初めてだったのだろう。

 ひどく、名残惜しく思ったんだ。


「………」


 チャイムの後は自由解散だったため、周りの生徒たちのほとんどはすでに席を立って教室を出ていた。


「……っ」


 委員会は月に1度、月末に行われる。

 つまり、教室に会いに行くなりしなければ、話す機会など得られないワケで。

 俺らには声の対話などできないし、筆談では書くのにも手間がかかって会話が進まないだろう。


 ―――いやだ。


 彼女と。徒野と、もっと話がしたい。

 その一心で、彼女の大学ノートにペンを走らせた。


 彼女は、俺が書いたそれの正体を知ると目を丸くする。

 途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、堪え切れず俺はペンケースを手に、席を立って逃げ出した。彼女の反応が怖かったというのもある。



 その日の帰り。

 ズボンのポケットに入れていたスマホが振動し、短い着信音を響かせた。


《あだしのです メアド登録させていただきました》


 そんな事務的な言葉から始まる、何でもないメールだったけれど。


「…っ」


 他でもない徒野からのメールだということ。

 ただそれだけのことが、ひどく嬉しかった。


 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



「はぁ…」


 時刻は8時半より少し前。場所は駅近くの公園のベンチ。

 小さな溜息を吐いて、俺は今日の日程を脳内でリピートする。


(8時半に公園で待ち合わせ。9時発の電車に乗って、向こうには10時頃に到着。映画は11時から2時間半。始まるまで館内で飲み物の調達。終わったら近くの公園で昼飯。その後のことについてはその時に決める。

 そして、一番気を付けるべきことは―――)


 ピピピ!


 短い着信音と共にスマホが震える。

 反射的に背筋を伸ばし、アタフタとジーパンのポケットに入れておいたソレを取り出した。

 画面に浮かんでいたのは、彼女との会話用にインストールしたSNSアプリの通知メッセージ。もちろん送り主は徒野だ。


《おはようございます》


 その一文に、バッと公園の入口を確認する。


「…っ」


 思わず、息を飲む。

 そこに立っていた彼女は俺と目が合うとニコリと笑い、小さく会釈をした。


 グレーのチェック柄キャスケット。白と黒のボーダーシャツ。ホットパンツに黒タイツ。厚底スニーカー。肩から提げた革製のショルダーバック。そして右手には見覚えのあるキーホルダー付きの白のスマートフォン。


 一言で言うなら、可愛かった。私服姿を初めて見たからというのもあるが、普段見られないそれらが余りにも新鮮でとにかく眼福だった。

 ダメだ。テンションがハイになってしまって、まともな感想が出てきやしない。


 徒野が小走りで俺に近付いてきて、スマホの画面を俺に向けて見せる。


《お待たせして 申し訳ありません》


 その文章に俺は首を横に振り、自分もスマホを彼女へと示した。


《おはよう。時間ぴったり、おめでとう》


 これに彼女はまた顔を綻ばせる。

 初めて会ったあの日から、だいぶん徒野の表情が柔らかくなってきた。それはとても嬉しいことだし、彼女の表情がこれからもっと増えてくれれば、なんてことも思っている。


 …でも、どうせなら。


《それじゃあ行こうか》

《はい よろしくお願いします》



 ―――どうせならこの先も、俺だけのものであってほしい。



 余りにも厚かましいそんな願いを、声とともに喉の奥に仕舞い込む。

 あの日から2ヶ月。似て非なる境遇を持つこの後輩に、恋心をいだくようになったのはいつ頃からだろうか。

 彼女ほどではないが、以前までまともに働いていなかった表情筋が最近になって少しずつ緩み出してきている。明らかに彼女のおかげだろう。


 ―――終わっていなかった最終確認をしよう。


 一番気を付けるべきことは。


(声を決して、出さないこと)


 強く肝に銘じて、歩き出す。

誤字脱字などありましたらお知らせ願いますm(_ _)m

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