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キタガワ★ケンジ

作者: 城田 直

その男、まさにキタガワ★ケンジ

真中(まなかケイコ


というのが、ボクの恋人の名前だ。


恋人と言うが、まだ手も握ってない。


キスなんてとんでもない。


彼女にじっと見つめられるだけでボクは顔が真っ赤になり、


言葉を発するときさえ、どもってしまう。


なにしろ、ボクたちはまだ付き合って、ひと月もたってないのだ。


真中ケイコは、学園でも、三本の指に入る美少女である。


彼女が、買い物に行けば、地下アイドルのスカウトマンに声をかけられるのは必至である。


地下アイドルだけではない。


キャバクラのスカウトマンやら、モデル事務所のスカウトやら、


手にする名刺はゆうに数十枚は超えると言う。



実際に見せてもらって、僕は絶句した。


中には、国民的美少女しか相手にしない某有名モデル事務所の名前もある。



ボクは時々、彼女がボクを選んだのはとてもひどいミステイクであり、


彼女はひどく目が悪いか、あるいは単にボクにドッキリを仕掛けるために、


彼女の裏にたちの悪いブロードキャストの陰謀が暗躍しているのではないか、と勘ぐってしまう。


だけど、それはボクの妄想に過ぎない。



彼女はそんなふうに人を貶めて喜ぶタイプの人間ではない。



あるひの日曜日、ボクと彼女はデートの約束をかわし、待ち合わせの駅から電車に乗った。


休みの日の電車の中は家族連れで賑わっていた。


車内は始発駅からふたつ目の駅のためか、まだ席に充分な余裕があり、


ボクたちはゆったりと席に座って、とりとめのないお話をしてこれから来るべき、


素晴らしい1日に期待できそうな予感で満ち満ちていた。


駅を7つ過ぎる頃、電車内には、立ち姿の乗客が目立ってきた。


シャアアアっと停車音が響き、電車が停車した。


ドアが開いて乗ってきたのは、小さなおばあちゃんだった。


腰が曲がっている。


そのおばあちゃんはまっすぐ、シルバーシートに進んだ。


シートには、くたびれた黒っぽいスーツを着たビジネスマン風の男がすわり、


そのとなりにはシワの寄った、シルバーっぽいジャケットとスカートに大きな革製のビジネスバックを

抱えた女のひとが、よれたおしろいをコンパクトで直していた。


その女のひとのとなりには、誰もいなかったが、ビジネスバックが大きすぎて、


おばあちゃんが座るには、スペースがたりないようだった。


おばあちゃんは、よろよろと女のひとの目の前に立って、無言で席を詰めてくれるように要求した。


しかし、その人はおしろいで顔を治したあと、


われ関せずと言うように、目を閉じて眠ったふりをした。


車内のひとたちは、誰もが見てみぬふりをした。


ジブン二ハカンケイナイ……


そのとき、真中ケイコは、すっと背筋を伸ばして席を立ち上がった。


そうして、斜め前のシルバーシートの前にたち、


女のとなりに座ったビジネスマン風の男を思いっきり、上から目線で見下ろした。


男はぎょっとしたような、照れたような、バツが悪そうな、なんとも言えない顔つきで、


あ、と口をあけ、席を立った。


真中ケイコは、おばあちゃんの背に手を当てて、優しくどうぞ、と促す。



眠ったふりをした女は、そのまま席に居座り続けて、


次の停車駅には、となりの車両に消え去った。


見事だった。



真中ケイコはそんな女の子だった。



だから、誰からも好かれた。


いわゆる


感じの良い優等生だったのだ。



遊園地に着いたボクたちは、とても楽しい1日を過ごした。


お決まりのアトラクションを次々と制覇して、お昼を食べたあと、最後に観覧車に乗った。



ボクは観覧車が、ジェットコースターよりも苦手だった。


ゆったりと上昇して高度が最高に達した時のたよりない、不安定さが、


恐怖感を最大級に呼び起こすからだった。



高度が上がるにつれてボクの顔つきは強張り、脇の下に油汗が滲む。



斎藤くん、大丈夫? 顔に縦線が走ってるよ…



真中ケイコは、ボクのとなりの席に座り直し、小さなバックから、ハンカチを取り出す。



薄いピンク色のハンカチは、蝶の刺繍が角に施されていて、


花びらみたいなカットワークがあり、きちんとアイロンがけしてあった。



ひたいに滲む、ボクの汗を彼女は、手術の最中の看護師さんが、


執刀医の汗を拭くみたいに丁寧に抑える。



フルーツと花の混ざったいい香りがした。



ボクは目眩がした。



彼女の顔が、ありえないほど、近くにあった。




ボクは、彼女がまぶたを閉じたのを合図にそっと、彼女のあたまを引き寄せて、


ほんの一瞬、くちびるを合わせた。



ハンカチと同じようなイチゴをベースにした、フルーツを花の香りがした。



ボクたちは、そのまま観覧車が降りるまでの間、そうやって時を過ごした。



完全な恋人どおしになれた。




ボクは信じて疑わなかった。



真中ケイコ、大好きだ。



キミが大好きだ。




ボクのこころは砂浜を全力で走る炎のランナー、だった。




彼女と付き合って、半年が過ぎる頃、


ボクはいやなウワサを耳にした。



彼女には元彼がいたのだ。



彼女くらい、美しい女の子に元彼のひとりやふたりいるのは 当たり前だった。



ボクはそんなウワサなどまるで気にしないように振る舞った。


だけど、ウワサはウワサで終わらない。


彼女のブログに元彼と愉しげにカラオケで騒ぐ、写メが掲載されていたのだ。



それを見たボクのこころはジェラシーで炎上してしまった。


ブログを見た、一週間は彼女との連絡を絶ち、メールにも、電話にも、ラインにも反応しなかった。


そして、極秘で、彼女と仲の良い共通の女友達に連絡をとり、元彼の情報を仕入れるのに奔走した。


最近、避けてるみたいだけど、何かあった?



学校の帰り道、真中ケイコはボクを待ち伏せして、通学路の駅の途中にある、


カフェテリアにボクを誘いだした。



ボクは機嫌を損ねていた。



当たり前だ。ボクと彼女との間に他のオトコの影がちらつくなんて許せない。



だけど、ボクは彼女に対して(怒)を感じていたのではない。


ボクと言う恋人がありながら、たとえふたりきりではないにせよ、


彼女を、ボク抜きでカラオケに誘った、元彼の無神経さが許せないのである。



ああ、キタガワケンジね……あいつ、女癖が悪いからなあ… …



ニュースソースを提供した、ケイコの親友のマリ子の話はこういう具合だった。



そいつの名前は、



キタガワケンジと言った。



真中ケイコの幼なじみで、


幼稚園から中学校まで一貫教育の私立校で一緒だったやつで、


高校は、超難関の私立校に進み、


医学部にしようか、理数系の工業大学に進もうか迷ってるとかのたまう、


超エリートコースのボンボンらしい。



その輝かしいエリートの彼女になりたくて、


立候補者はひくてあまた。


バレンタインデーは、中学校の同窓生やら、


ラインで知り合った子やら、


通りすがりにファッション雑誌の読者モデルにスカウトされ、


たった一度の雑誌掲載で、ファンが付き、


ブログでウワサが広まって、


雑誌社に軽トラ一台分のチョコレートが届いた


とかいう、伝説の不届きもの、だと言うではないか。



闘うぞ。



ボクは一代決心をかためていたのだ。


しかし、真中ケイコには、そんなことくらいでいちいち、嫉妬してる、


みみっちいヤツだなんて思われたくない。





ね…ね、どうして、最近わたしを避けてるの


真中ケイコは、



悲しげな顔でボクを下から見上げた。



や、やめて……


やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。


オトコが、かわいらしいオンナの子からされて、


一番胸キュンしちまうパターンの視線ではないか。


わかってる。オンナの子の打算的なポーズだなんてことくらい、


いくら鈍感で、ボンクラなボクでもわかってるさ……




でも、でも……



わかっているがゆえに、胸が悶えてしまうってことは気がつかないだろ?



それ、ダメ。


その視線、犯罪。


罪。罪。罪が深いってえええ……!



ボクが煩悶していると、



お待たせしました。


メイドみたいな制服を着た、カフェの店員さんが、


彼女の前に、フルーツパフェを運んで来た。



ボクの前に、オレンジスカッシュを置こうとした瞬間、


彼女の手が滑って、ボクのシャツとズボンに飲み物が飛び散った。



あああああ!



すみません、お客様!


店員さんはそう言って、トレイと一緒に持っていた、ダスターで、



テーブルの上にこぼした飲み物をふき、



今、お絞りをお持ちします!


と慌てて脱兎のごとく立ち去ろうとした瞬間、



思いっきり転けた。


あ!



ボクは声を上げた。


大丈夫ですか?


と言うのと、彼女のミニスカートが捲れあがり、


下着がひらりと舞い上がったのが同時だった。



ラッキー!



瞬間、思いっきり叫んだ。もちろんボクの眼球と下半身が、だ。



間違ってもらっては困る。



あくまでも、ボクはごくごく、普通の高校二年生、だ。



ごくごく普通の高校二年生の男子だからこそ、


真中ケイコを思う気持ちと、


メイド服を着用した、カフェの店員さんのパンンチラに反応してしまう、自分が、


矛盾なく同時に共存してしまうのだ。



幸いにも、シャツの濡れ具合と、ズボンのシミは、


お絞り三枚で対処できるくらいの大勢に影響のないモノだった。



真中ケイコはちょっと困ったような顔をして、


新しいオレンジスカッシュをストローで啜るボクを見つめている。



ボクはしきり直して、おもむろに口を開いた。





二週間前のブログの件なんだけど。



はぁ。



真中ケイコはまぬけな声で返事をした。



ブログが、どうかした?



カラオケに行ったよね?



うん。行ったよ。



だれと行ったのさ……



ボクはふてくされて、くちびるを尖らせる。



うーんとね……


あのときは、



真中ケイコは、ひたいにシワを寄せて、考えていた。



あああ、あのときのメンツはね…


幼なじみだわ!


そう、幼なじみで今、読者モデルやっているキタガワケンジと


となりのクラスのマリ子と、アツコと


アツコの彼氏のやすし、みんな幼稚園から中学校までの幼なじみなの



あ、そう、楽しかった?



うん。楽しかったよ!


みんな高校が別々になってね、マリ子とわたしは一緒の高校になって、今も仲良しだけど。



そうか……良かったね……それでさぁ、 キタガワケンジの事なんだけど。



ケンジ?キタガワケンジがどうかしたの



真中ケイコは、すっかり溶け出したパフエのアイスクリーム


を、長いスプーンでなにげにかき混ぜながら、笑った。



あ、わかった。



真中ケイコはにこにこした。



そっかあ、最近怒って口聞いてくれなかった原因って……


それかあ、



あ!



突如として、真中ケイコは瞳を見開いた。


あああ!



あれ、あれよ!

みて、



真中ケイコはボクの背中側を指差して叫んだ。



あれが、キタガワケンジだ!



うそ!



ボクは思いっきり叫んだ。



カフェテリアの店内いっぱいにボクの叫び声が広まった!




その声に反応して、キタガワケンジは思いっきり、ボクらのテーブルに視線を集中させる。




お、おおお



キタガワケンジは軽やかに真中ケイコにウィングした。



まさに、キタガワケンジだった。



オンナ癖の悪さで評判のキタガワケンジらしいリアクション。



久しぶり、ケイコ、 そちらはユーの彼氏クンかな?


紹介してよ。


こないだ、みんなでカラオケでクラス会した時に、


彼氏いない歴17年にピリオドうちましたあ!


はじめて彼氏ができたよ!


ってゆってたから、どんな人かって、ワクワクしてたんだよね。


あれ、すごい。市原隼人に似てるじゃん!はじめまして。


ケイコの 『いとこ』 の キタガワケンジです。


宜しくお願いします。



キタガワケンジは爽やかに微笑んで、右手を差し出した。



爽やか過ぎて嫌みなやつだ。



カフェテリアの帰り道、


ボクは横断歩道の赤信号で、人目もはばからず、真中ケイコを抱きしめた。



二度と話すもんか。そう、堅く誓ってキスをした。



ケイコはそんな、僕に片方の目を開けて


いたずらっぽく微笑んだ。



僕たちの物語は始まったばかりだ。

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