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All I've got to do

 ――きさらがトラブルに巻き込まれる少し前のこと――


「いっただっきまーっす」

 語尾に音符マークでもくっつきそうな明るい声で、ひまわり色の上着を着た男の子がにこにこ笑顔で手を合わせていた。

 ――山のように盛られた団子の前で。

 唖然とする他の客などどこ吹く風。男の子はもふもふと三色の団子を口の中に放り込んでいく。飴色の髪を揺らしながら無邪気に甘味をほおばるその顔は、とても幸せそうだ。


「……ギネスにでも挑戦する気か?」

 呆れたように、けれど微笑ましそうに見つめているのは隣の男。ぞんざいにくくった青の髪に、やたらと派手な赤い着物。それだけでもかなり目立つ風貌すがたなのだが、それよりも異質めいて見えるのは、彼のシルエットが欠けていることだろう。――普通ならあるはずの右腕が。


「いいでしょ? お金いっぱいあるんだから。――ねぇ、食べる?」

 男の子が団子を一本、友達に差し出す。だが友達はそれをやんわりと断った。

「甘いのは苦手だ。……まぁ、割のいい仕事バイトだったしな」

 紫淘しゆらとかいうプロの仕事屋の誘いを二つ返事で引き受け、それなりに危険のともなう面倒くさい内容だったが、報酬もそれに見合うだけの価値があった。

 だからこうして相棒にねぎらいも兼ねて団子屋に誘ったわけだが……このペースでは一時間で報酬は底をつくだろう。

 懐が氷河期を迎える前に、生活費だけでも抜き取っておくか――


 と、そんなことを思いあぐねていて――



 文字通りの――絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは、まさにそのときだった。






 

「ちょっと! 何やってんのよアンタたち!? ちょっとぶつかっただけじゃない!!」

 きさらの前に出てきた撫奈なずなが声を荒げる。今まさに、きさらに迫る男たちから守るように。


「ああ? やかアしいわ!!」

「侍に手ェ出すと、どうなるかっちゅーことを教えちゃるけぇ」

「社会勉強じゃ社会勉強」


 下卑た笑いを漏らす男たちが、悪意に濁った目できさらたちをを見下ろしている。

 男たちの口調は乱暴で、首に『仁愛』の和文字を彫りこんでいたり、龍や女の人の派手な刺青を背中や腕に入れていたりしていて、目つきの悪さを色眼鏡で隠している人までいた。お世辞にも、堅気と言える人たちじゃない。

 もっとも、この賽ノ地に堅気と言える人がどれだけいるかも分からないけれど。


 どうしよう、ときさらは迷う。

 こう見えてもきさらは忍だ。戦闘用の苦無クナイも、逃亡用の煙玉もいつだって懐に忍ばせている。

 とはいえ、白昼堂々と人を斬りつけるわけにはいかないし、しかも数が多すぎる。煙幕を使うにしたって、撫奈たちを放ってはおけない。


 それに――人を傷つけるのは好きじゃない。

 忍に身をおいているとは思えないくらいに、きさらは傷つく人を見ることができない性格なのだ。――たとえ相手が、きさらを傷つけようとしていても。


「ちょっと! こにしき君も何か言ってやりなさいよ!」

 撫奈は振り向き、まだ腰かけのそばにいるこにしきに声をかける。しかし彼は――

「い、いいいいやちょっと待ってこういう時は……そうだ奉行所ケーサツに――」

 想像以上のヘタレだった。



「黙れや」

 男の声色が変わる。

 風さえ声を押し殺し、得体の知れない重たい『何か』がのしかかって、きさらたちをその場に縫い付けた。

 この空気をきさらは知っている。『殺し』をしたことのある人間だけがまとう、墨色の空気。


 素人なら発狂してしまいそうな緊張感が、あたりに漂い始めていた。撫奈たちを黙らせるには十分すぎるほどに。

 こにしきの足が震えている。無理もない。


 怖いんだ。きっとこにしきは恐怖で頭が飽和してして、何をすればいいのか分からないのだと、きさらは解釈していた。――私と同じで。

 どす黒い悪意がきさらを見ている。自分に何かをするつもりなんだ。

 ――すごく、すごく嫌なことを。

 いやらしい視線がきさらの足を縛る。体が固まって動けない。


「ちょっとくらいは持っとろうがや。早よおカネ出しィや」

「まぁ、俺らとしちゃ――」

 男の一人がきさらにつかみかかる。肌襦袢はだじゅばんごと引っつかんで、きさらを抱き寄せようと力ずくで引っ張ってきた。

「脱がせる方が好みじゃけどなァ!」

 恐怖が、迫ってくる。

「……っ!?」

 きさらの口から悲鳴が漏れる。自分でも驚くくらい大きくて、恐怖で歪んだ嗚咽おえつだった。

 その悲鳴が――蹴り飛ばされる音で中断した。



「…………?」 

 きょとんとした顔で、きさらは呆けていた。

 その顔には傷ひとつない。そもそも、蹴られたのは彼女ではない。


 そのきさらの瞳に映るのは――『空を飛ぶ』男の姿。

 男はくしゃくしゃになった色眼鏡サングラスの隙間から白目をさらしたまま、頬にくっきりとした足型を刻みつけ、蹴り飛ばされた勢いのままに壁へと突っこんでいく。

 派手な音を撒き散らして、壁からはみ出た男の下半身がだらりと垂れ下がった。

 きさらが、撫奈とこにしきが、残った男たちが、誰もがその光景に呆然と目を縫い付けられている中、横から声が降ってきた。


「あ、悪り。ムカつくから、つい」

 緊張感のかけらも無い口調で、蹴っ飛ばした張本人がつぶやいてきた。ぼそぼそと、だけどはっきりと聞こえるように。

 そして、のんびりとした足取りで悪意の中に足を踏みこんでくるではないか。まるで散歩でもしているかのような気軽さで。


「あ……」

 この声知ってる。

 恐怖で心が溢れかえっていたきさらの中で、何か別のものが浮かび上がってくる。

 覚えてる。私は彼を知っている。

 その夜明け空のような青い髪も。隻腕隻眼の格好いでたちも。派手な真紅の着物も。

 そして鬼のような――赤い瞳も。

 そうだ、彼の名前は――



 きさらは、彼の名を呼んだ。

「青ちゃん!」




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