The Long Hard Road Out of Hell
ある日、彼女は目を覚ます。
まず最初に意識したのは白。自分の手の色だった。
それから土の匂いと――花の香り。まるでたくさんの香水が私の中に染みこんでいるようだった。
ここは天国かな? だとしたら自分が寝ているのは十万億土――あの世の土ということになるのだろうか?
軽く上体を起こして、彼女は頭を軽く振って眠気を追い払う。
……あぁ、思い出してきた。私はきさら。私がきさらで、きさらは私。
どうして自分はこんなところにいるのだろう。色の博覧会のような花畑に身を埋めていた彼女は、さらに体を起こして息を吹き返す。
とてもとても澄んだ空の蒼が、彼女の背中を舐めてくる。――駄目。重さで押し潰されてしまいそう。
極彩色の海原を見渡して、彼女は何かないかと探してみる。
何を探しているのかなんてわからない。だけど、とても大事なもののような気がする。
何か。何か。何か……誰か……。
この花畑には無い色を彼女は探す。そうだ。彼はまるで、空の色に似た……。
――見つけたっ。
横たわったまま花畑に身を埋めている男の子を。いまだ夢から覚めない少年を。
真っ赤な着物を身につけた、空と同じ色を髪に溶かした彼を。
「……青……」
彼女は彼の名を口にする。
それが本名なのかなんて彼女は知らない。きっとそれは彼自身にも分からない。
だけどこの――たった二文字の単語が彼を表す言葉であり、彼を証明する名詞であり、彼の存在を確かにする魔法の呪文だ。
だから彼女はその呪文を何度も復唱する。求めるように、すがるように。
なのに彼は目を覚まさない。何度呼んでも、体を揺すっても、髪を引っ張ってみても――思わず泣き叫んでも。
どうして? 何で?
起きてよ? 笑ってよ。話しかけてよ。夢から覚めてよ!
だけど彼はちっとも起きなくて。ぴくりとも動かない。
――まるで、死んでるみたいに……。
やがて彼女は気づく。
青の体が血に濡れていること。それが赤い着物を一層と濃くしていること。
そして――もう一人『誰か』がいることに。
彼女ははっと顔を上げて、その誰かを見やる。
着物を着ているけれど、その上に異国のコートを羽織っている、少し背の高い男の人。
そのコートも、髪の毛も、まるで影を煮詰めたような漆黒の色をしていた。
「だいじょうぶ?」
どこか含みをこめた笑い。口調は明るいのに、耳を掻き毟るような冥い声。
あなたは誰? 何で、どうして……。
どうして刀なんて持ってるの?
その刀は血でしどと濡れている。そうだ、青の体も血まみれだ。
ねえ、その刀の血――誰 の 血 な の ?
彼は自分に目を合わせる。
彼の瞳の色は青と同じ――血に濡れたような銅だった。
その色が、一際濃い銅が彼女の目を引っ掻き、脳を荒々しく蝕んでいく。まるで喰い荒らすみたいに。
次の瞬間、絶望にも似た一撃が、彼女の神経を劈いた……。