表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

毎日ショートショート

合戦開始3秒、関ヶ原に消える〜名もなき者への鎮魂歌

作者: 華タクロー
掲載日:2026/05/31

歴史を構成する主成分は、名もなき者である。

彼らにも名はある。

ただ、誰も彼らの名を知らないだけだ。

これは、そんな名もなき者たちに送る鎮魂歌である。


今回の舞台は天下分け目の関ヶ原。

後の世で東軍と呼ばれる勝者の中にその者はいた。

当然、勝者と呼ばれるものの中にも死んだ者はいる。

戦を勝利に導くために死んだわけではない。

ただ、死んだのだ。

合戦開始3秒で、流れ矢に当たって死んだ。

人は誰も彼の名を知らない。

彼の生き様を、どうか聞いていって欲しい。


彼の名は、どん兵衛。

氏はない。

ただ、どん兵衛とだけ呼ばれている。

彼は、侍組頭のひとりだ。

組頭といっても、彼にはまともな領地もなく、家来は、年老いた下男が二人いるだけだ。


「どん兵衛様。」


下男に呼びかけられ、どん兵衛は振り返る。

二人の下男がおずおずとした態度で、古びた槍を持っている。


「どうした。死ぬのが恐ろしいのか。」

「違ぇます、どん兵衛様。あっしら、自分の死なんざ怖くね。優しいどん兵衛が死ぬのが怖ぇんです。」


どん兵衛は何も言わずに、二人の肩に優しく手を置いた。

いつも文句も言わずに、仕えてくれる彼らのためにも褒美が欲しかった。


「楽させて、やりてぇんだ……」

「どん兵衛様、あっしら、そんなのいらねんだ。」

「そうです、どん兵衛様、あっしら、あなた様がいてくれればそれでええ。」


どん兵衛はもう何も言えず、ただ空を眺めた。

とても青い空だった。

二人とは苦楽を共にした。

うどんを食べ、そばも食べた。

正月には餅を食べたりもしたもんだ。


「名を残すことが武士の本懐……」


下男たちが、何か言おうとしたその時、合戦開始を告げる矢が天高く舞い上がった。


「よし、やるぞ!」


どん兵衛が振り向いたその時、どん兵衛の胸に矢が刺さった。

遠のく意識の中で、下男が必死に呼びかける声が聞こえる。

そこで、どん兵衛は消えた。

どこにも名はない。


合戦後、二人の下男は店を出した。

一人はうどん屋。

もう一人そば屋。

二人とも暖簾には『どん兵衛』の名を掲げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ