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夜になると窓の外には雪がちらつき、冷え込みは一層厳しくなった。
けれど、リーゼは凍えるような寒さには慣れていた。かじかむ手をこすり合わせて過ごす冬を何度も越してきたからだ。
暖炉の火を絶やさないよう、薪を足すシルヴィオを見るたびに、毛布一枚で震えていた公爵邸での日々が、いかに残忍であったかを思い知らされる。
同時に、弟リヒトのことが胸をよぎった。あの子は今頃、もっと酷い目に遭っているかもしれない。そう思うと、この生活に幸せを感じる自分に罪悪感もあった。
シルヴィオは火かき棒を置くと、窓際のソファーに腰掛けた。そうして、テーブルの上に置かれた首飾りをしげしげと眺めている。
昼間、バルタザールの店でリーゼが選んだ、あのブルーサファイアの首飾りだ。
特に不審なところはなかったはずだが、何か気になることでもあるだろうか。
「気に入ってくださいましたか?」
ベッドから抜け出したリーゼがそっと声をかけると、シルヴィオは驚いたように顔を上げた。
「……起きていたのか。寒かったか?」
いいえ、と首を振り、リーゼはちらりと首飾りを見て尋ねる。
「シルヴィオ様は……指輪の方がよかったですか?」
「ん? ……ああ、そんなことはない」
「ではなぜ、そんなにも気難しい顔で首飾りを眺めていたのですか?」
シルヴィオは顔面を手のひらでずるりとなでると、気まずそうに目をそらす。
「あ、いや、そんな顔をしてるつもりはなかった」
「本当ですか? 気に入らないのではと、心配してしまいました」
「……確かに、あのブラックダイヤモンドは、ヴァルディエ公爵の権威を示すには十分すぎる品物だったが、その尊さは、リーゼが俺のために選んでくれたものには到底及ばない」
ほんのりと彼の頬が赤く染まっているように見えるのは、暖炉の炎のせいではない。リーゼもまた、落ち着かない気持ちになってうつむいた。
すると、首飾りをサッと手に取ったシルヴィオが、ぶっきらぼうに腕を突き出す。
「つけてくれないだろうか? この首飾りは、必ずや俺を守るだろう。一生外さないと誓う」
なんて大げさなのだろう。
リーゼは戸惑うが、決して手を引っ込めないシルヴィオに負けて首飾りを手に取り、次の瞬間には茶色の目を大きく見開いていた。あろうことか、彼がリーゼの前にひざまずいたのだ。
「シルヴィオ様……、顔をお上げください」
とっさにリーゼもひざを折った。
この人は自分が何をしているのかわかっているのだろうか。
ラグローリア国でもっとも剛健さと高潔さを兼ね備えた騎士団の団長である彼が、たったひとりの小娘に下げていい頭などないはずだった。
「何を慌ててるんだ?」
彼は愉快そうに目もとを緩めた。
リーゼはハッとする。
彼が敬意を持って接してくれるのは、自身がヴァルディエ公爵令嬢だからだ。農村生まれのリーゼにではない。
「あ……、い、いいえ。首飾りを、おつけしてもいいですか?」
「もちろん」
リーゼはためらいながらも、彼の首の後ろに手を回した。
腕や肩に触れる銀の髪が、どうにかこうにか留め具をつけているうちに頬に触れてくる。豪胆であるはずの彼の髪は柔らかで、内面はとても温厚なのでは、と錯覚してしまう。
いや、おそらく思い違いではないだろう。少なくとも彼は、リーゼ・ヴァルディエに敬意と愛情を持っている。たとえそれが、偽物であろうとも。
「で、できました」
リーゼが手を引っ込めると、シルヴィオは胸元に首飾りが収まっているのを確認して、あごをあげる。
青の瞳と間近で見つめ合い、強烈に惹きつけてくるまなざしに目を奪われる。どんなに煌やかなブルーサファイアよりも、彼は耐え難いほどに美しい。
シルヴィオとの結婚が決まったとき、身分の低い男のもとへ嫁ぐことになったリーゼをあざ笑った使用人たちでさえ、公爵邸を訪れた彼を目にするや否や、さぞかしご立派な勲功を立てられた方なのだろうと感嘆したほどだ。
「この首飾りを外す日は二度とないだろう」
力強い言葉に、リーゼは恐れを覚え、うっすらと笑む。
まっすぐな愛を伝えてくれる彼に対し、自身の後ろめたさにおびえてしまう。
「そのように、大げさな」
離れようとすると、シルヴィオはリーゼのあごを優しくつかんだ。
「大げさなどではない。もし、外す日が来るというならそれは、あなたが俺を失う日だ。そんな苦しい思いはさせやしない」
死が二人を分かつ時──そんな言葉がよぎったが、重ねられる唇の情熱の前では、それ以上を深く考えることができなかった。
父は言った。シルヴィオの求めを拒むな、と。良き妻として、愛嬌を振りまけと。
愛する家族を失い、誰かを愛する資格もないと思って生きてきたリーゼが、それを実行するのは難しいと思っていた。
しかし、シルヴィオの逞しい腕に包まれ、恥ずかしげもなく素肌を合わせ、貪欲に食らいついてくる唇に混じり合っていく幸福感は、意識せずとも溢れてくるものだった。
図らずも、リーゼの美しさはシルヴィオを魅了した。それは彼女もまた、同じであった。




