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最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない  作者: 花瀬ゆらぎ
第五章 怒れる騎士団長は妻の願いを叶えたい
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「話せないのか?」


 頭上から降ってくる声は、説得するようでいて、わずかに憐憫(れんびん)を含むものだった。


「言えないも何も、本当に私は……」


 ますます背中を丸め、拒むように身を縮めるが、そっと肩をつかまれた。労わるようなその手つきに、思わず顔をあげる。

 ひざを折ったシルヴィオが、苦しさを押し殺すように、毅然としたまなざしでこちらを見つめていた。


「俺は、あなたが嘘をつく理由を引き受けるつもりだ。隠さず、話してほしい」

「……理由」

「ああ。俺はあなたの味方だ」


(味方……?)


 驚いたようにまばたきをすると、シルヴィオは知らなかったのかとばかりに小さく笑った。


「あなたが地獄を望むなら、俺もともに行こう。だが、そう易々と地獄に行くつもりもない」


 リーゼは口を薄く開いたが、うまく声が出せなかった。


 彼にそこまでの覚悟を決めさせるような妻じゃない。まだほんの少ししか、夫婦として過ごしていないじゃないか。そう思うのに、目頭が熱くなる。


「ここまで言っても、答えられないか?」


 彼は懐から一通の封筒を取り出した。


 端が黒く焦げ、半分ほど焼け落ちているが、ヴァイス伯爵家の封蝋は無事だった。


「エルナが暖炉の中から見つけたそうだ。『旦那様の筆跡でしたので、大事なお手紙ではないかと心配した』とな」


 リーゼは息を飲んだ。


 シルヴィオを見送ったあと、証拠を消すために暖炉の火にくべたはずのものだった。まさか、燃え尽きていなかったなんて。


「中身は確認させてもらった。目を疑ったよ。書いた覚えのない手紙に、レナートを告発する内容が記されていたのだからな」

「それは……!」

「あなたにここまで巧妙なことができるとは思ってない。あなたに指図できるものがいるとしたら、それはヴァルディエ公爵しかいないだろう。なぜ、あなたはあの男の言いなりになる?」


 リーゼは絨毯(じゅうたん)の上に爪を立てると、締まる喉から声を絞り出した。


「お父さま……だからです。父の命令は絶対だからです」

「だが、あなたはこれを俺の鞄には入れず、燃やして捨てようとした。それはなぜだ?」


 突きつけられる焦げた紙切れから、目を背けずにはいられなかった。


「あなたの行動には不可解なことが多い。フィンを使って公爵と連絡を取りながら、俺を一度だって裏切らなかった。それなのに、なぜかばう?」

「お父さまをかばってなど……」


 真実は言えない。弟が人質になっていると言えば、自身の素性がばれてしまう。……いいや、そんなことはどうでもいい。

 アルブレヒトの策略が露見している以上、いずれ、レナートは動くだろう。そのとき、シルヴィオを巻き込まずにリヒトを助けたい。それだけだ。


「言えない何かがあるのか?」


 シルヴィオの瞳は真摯だった。もどかしそうで、悔しげで、それでも絶望しない強さがあった。


「……言いたく、ないのです」

「俺には言えない理由か。……そうか」


 スッと熱が冷めたように、シルヴィオは目をそらした。


 見限られたのだろうか。……当然だ。けれど、胸が痛い。彼を失う怖さが襲ってくる。それはわがままだ。わかっているのに苦しい。


「ならば、人間の言葉を話す相棒に聞くまでだな」


 リーゼがハッと顔を上げると、シルヴィオは鳥籠に近づいた。何をする気だろう。


「フィン!」


 叫ぶと、彼の背中にすがりついた。


「フィンは何も知りません! ……ただ私の言葉を真似ているだけですっ」

「そうであったとしても、フィンはすべてを見聞きしているのだろう? あなたの秘密を知っているはずだ」


 シルヴィオは鳥籠を開けると、そっと腕を差し伸べた。フィンは何も疑う様子なく、その腕に飛び乗ると、首を傾げた。


「なあ、フィンよ。俺にだけ教えてくれないか、リーゼの秘密を。リーゼはおまえにいつも何を語りかけるのだ?」

「リーゼ……?」


 何度も首をかしげるフィンの様子を、リーゼは固唾を呑んで見守った。


(どうか、リヒトのことは言わないで……)


 リーゼが強く祈ったとき、フィンはまるで歌うように高らかな声を放った。


「シルヴィオ、アイシテル。リーゼ……、シルヴィオ、アイシテル」


 瞬く間に緊張感が弾け飛ぶ。


「……はっ」


 シルヴィオは短く息を吐き出すと、大きな手で顔を覆った。その頬がかすかに赤らんでいて、リーゼもまた真っ赤になった。


「そういうわけか……」


 彼はつぶやくと、いきなりリーゼを抱き上げる。驚いたフィンは鳥籠の中へ飛び込んでいった。


「シ、シルヴィオ様……?」

「あなたは俺を心配するあまり、公爵の命令に背いた。そう解釈していいか?」


 ソファへストンと座った彼は、腕の中で身をすくめる彼女の頬やひたい、こめかみに口づけを落として、優しく抱き寄せる。


「なぜそれほど頑なになるのか教えてほしい。あなたが言わなければ、明日の朝にはレナートが動く」

「レナート様が、何を?」

「レナートはヴァルディエ公爵について、とある疑いを持っている。しかし、証拠は何もない。その証拠を見つけるため、ノマールへ向かうつもりだ」

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