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最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない  作者: 花瀬ゆらぎ
第一章 無口な騎士団長は初夜を逃さない
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(どうして……?)


 リーゼは息をするのも忘れるほどに驚いた。


 この結婚は、父……ヴァルディエ公爵の野望を遂げるための計画的なもの。愛など、かけらも必要とされていないはずだった。


 だからこそ、意に沿わぬ結婚を強いられたシルヴィオは、口づけ一つだけで婚儀を終わらせ、戦地へ発ったのではなかったのか。


 今さら、「会いたかった」と言われても、リーゼにはその言葉を信じることができなかった。


「シルヴィオ様……部下の皆さまはどうされたのですか? お食事の用意もしておりませんのに」


 やんわりと諭すように、リーゼは背中に回した腕で、彼を引き離した。

 すると彼はその手を取り、扉を開くと彼女を部屋の中へと押し戻した。


「その必要はない。屋敷へ着くなり解散させ、レナートへの報告は副官に押し付けた。明日は朝から小言を言われるだろうな」


 レナートというのは、夫シルヴィオがもっとも忠誠を誓うブラッツ家の当主レナート公爵だ。


 呼び捨てするのには驚いたが、レナートも若く、リーゼにはわからない関係性があるのだろうか。


「そんな……騎士団長が、それでよろしいのですか? レナート様は今ごろ、王城へ向かっているのではありませんか?」

「それはレナートの役目だ。……半年だぞ? あなたに会うのを我慢していたほうがよかったと言うのか」


 シルヴィオは不機嫌な顔つきでつぶやいた。


 派兵された騎士団が帰還したのだから、国王への報告は義務のはず。


 何を言っているのか、この人はわかっているのかと、リーゼはあきれるよりも先に戦慄いた。


「でも、隣国との争いはいまだ続いていると……」

「停戦だ」

「え……?」

「今年の冬は雪が深い。兵の消耗は激しく、身動きが取れなくてな。春が来るまで、争いは起きない」

「では……」

「ああ、あなたの父上は春になればまた、俺を死地に送り出すだろう」


 困ったようにシルヴィオは眉を下げるが、彼が派遣を断ることはないだろう。


 長く続く隣国との国境沿いの紛争。

 半年ごとに、ヴァルディエ公爵家とブラッツ公爵家は王命を受け、総司令官として軍を率いる決まりとなっていた。


 これまで、ブラッツ家はシルヴィオ率いる第一王国騎士団に全権を委譲し、一任していたが、リーゼとの結婚により、ヴァルディエ家もまた、その義務のすべてをシルヴィオに押し付ける気なのだ。


 どこまでも彼を利用し尽くすつもりの父にリーゼは不快感を覚えたが、自身が怒る道理もないのはわかっていた。


「ほんの少しでも、あなたといられる時間を大切にしたいのだ」

「私との……?」

「意外そうだな。……仕方がないか。何も言わずに戦地へ向かったのは、俺だ」


 シルヴィオはリーゼの頬をざらりとした指先でなでた。


 この荒れた手には、彼の背負う苦労が刻まれている。これからも彼は、想像を絶する覚悟で戦地へ向かい、武功を立てるだろう。


 レナート公爵に引き立てられ、ヴァルディエ公爵の娘婿として待ち受ける、順風満帆なこの男の未来に、リーゼは絶望せずにはいられない。


「なぜ泣きそうな顔をする?」

「春はすぐに来ます。……長くは一緒にいられないと言ってるようではありませんか」


 リーゼはあわてて取り繕うが、シルヴィオは何も疑わない優しさを帯びた目で見つめてくる。


「このように美しい公爵令嬢と結婚できたのだから、あなたのために俺は天寿を全うすると約束しよう」

「本当……ですか?」

「約束は守る男だ」


 シルヴィオはわずかに目を細めると、逃がさないとばかりにリーゼの腰を引き寄せ、唇を塞いだ。


 最初はリーゼの気持ちを確かめるように優しく、次には自身の欲望を満たすように深く……。


 結婚式後、形ばかり交わした口づけとは違う。あまりに情熱的で……胸の内から込み上げてくる感情のうねりが、シルヴィオの熱い息と交わり、破裂しそうだった。


 なぜこんな気持ちになるのかと、リーゼが苦しくなる胸をつかんだとき、彼は名残惜しそうに唇を離した。


「メイドたちには決して不自由させないよう頼んでおいたが、不便はなかったか?」

「え、……ええ」

「願いがあれば、なんでも遠慮なく話すといい」


 リーゼはほんの少し迷った。


 願いはあった。13年前に生き別れた弟の安否が知りたい。

 母とともに連れ去られた幼い弟はいま、母の死後、どこでどう暮らしているのか。


 生きていると信じて、父の命令に従ってきたけれど、あまたの戦いを生き抜いてきたシルヴィオなら、弟を救い出せるのではないか──


 でもそれを、願う言葉は出せなかった。


「満ち足りた生活を送れています」

「そうか。それならば、よかった。いつか、ヴァルディエ公爵邸での生活がそうであったように、あなたに贅沢させてやりたい」


 まるでそれが使命であるかのように話す彼の熱っぽい視線を受け、胸が痛む。


 もしかして、この人は私を愛してくれているのだろうか。


 そう気付かされたら、ますます苦しくなった。


 本当は、父の命令であなたを監視しているスパイだなんて、言えるはずがない。

 私は公爵令嬢ではない。本来なら、シルヴィオと結婚できる身分でもない。


 何もかも嘘で塗り固められた結婚のすべてを、今さらさらけ出せるはずがなかった。


 不意に扉がノックされ、「誰だ?」とシルヴィオが不機嫌そうに返事をすると、メイドの声がした。


「旦那様、お風呂の準備が整いました」

「……わかった。すぐに行く」


 シルヴィオは、まだ離れたくないとばかりにリーゼの肩を一度強く抱きしめ、それからわずかに自身の体の臭いを気にするようなしぐさをした。


「汗を流してくる。寝室で……待っていてくれ」

「お疲れですよね。すぐにお休みになれるよう新しいシーツのご準備をしておきます」

「ああ……、まあ、その……頼む」


 なぜか彼はうっすらと口元に笑みを浮かべて部屋を出ていく。

 ひとり残されたリーゼはほっと息をつき、窓の方へと視線を向けた。


 フィンは、無事に父のもとへ着いただろうか。


 あの密書が届けば、リヒトは今日も生かされる。

 その代償として、夫の命を差し出し、裏切り続ける日々に終わりはないのだ。

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