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冷たい風の吹き込む窓辺から、リーゼはしばらく動けなかった。ようやく離れられたのは、運ばれてきたスープがすっかり冷めきった頃だった。
柔らかなパンを食べていると、小さな羽音が聞こえて目をあげた。フィンが窓枠に降り立ち、任務完了をほこるように羽を広げる。
その足には、先ほどとは違う太い筒がくくり付けられていた。
(まさか、もうお父さまから……?)
リーゼはあわててフィンの足から筒を外すと、蓋を開けて手のひらの上に傾けた。
中から転がり出てきたのは、古びた真鍮のロケットだった。途端に手は震え、リーゼは叫びそうになる声を飲み込んだ。
「なぜ、これが……」
リーゼはこのロケットを知っていた。
両親が結婚したとき、父がなけなしの金をはたいて母に贈ったペンダントに間違いなかった。
母のアンナは、『これはお守りなのよ』と、いつも肌身離さず身につけていた。
しかし、幸せそうにそれを話してくれた母が持っていたロケットの姿はそこにはなかった。鎖は無残に引きちぎられ、べっとりと乾いた血が付着していた。
「ああ……いや……っ」
リーゼはぎゅっと目を閉じ、両手で耳を塞いだ。忌まわしい過去の出来事が押し寄せてくる。
あれは、父のヨハンがカスパル・トゥクルに捕らえられた夜のことだ。
突然、粗末な家の扉が蹴破られ、カスパル・トゥクルの私兵たちが家に雪崩れ込んできた。
たちまち兵士たちに組み伏せられる中、父は『アンナッ、子どもたちをっ!』と叫んだ。
取り乱していた母は、その父のひとことで正気を取り戻すと、とっさに自身の首からこのロケットを外してリヒトの首にかけ、リーゼの手をつかんで外に走り出た。
母はなんとか娘と幼い息子二人だけでも助けようと追っ手から必死に逃げたが、あえなく捕まり、リーゼは母たちとは違う馬車に押し込められた。
王都へ向かうその馬車の中で、父は反逆者として処刑され、リヒトを守ろうと最後まで抵抗した母も命を落としたと聞かされた。
リヒトがどうなったのか詳しくは知らない。ただ、『おまえの弟は生きている。助けたければ、言うことを聞け』と、冷たい目をしたアルブレヒトの言葉を信じて生きてきた。
『リーゼ、大丈夫よ。……あなたならリヒトを助けられるわ』
頭の中に優しい母の声が聞こえた気がして、落ち着きを取り戻したリーゼは、ロケットをそっと開いた。
「これは……」
中には、15本の線が刻まれていた。
(もしかして、リヒトが年の数だけ刻んで……?)
そうだとしたら、13年前に生き別れた、当時2歳だった彼の年齢と合致する。
リーゼはわずかに希望を見出し、筒の中をのぞき込んだ。
中に入っている紙を引っ張り出す。それは、三つ折りにされた一枚の手紙と、上質な封筒だった。手紙を開くと、そこには硬質なアルブレヒトの文字があった。
『リヒトが生きている証拠は渡した。同封の手紙を告発状とすり替えろ。目的を達した日にはリヒトを解放すると約束しよう』
リーゼは次に、封筒を開いた。中には、陛下に上奏する際に使う一般的な便箋と同じものが入っていた。しかも、そこに書かれた文字の筆跡は、シルヴィオのものとそっくりだった。
さらにその内容に、リーゼは愕然とした。レナート・ブラッツ公爵こそが、王位簒奪を狙う首謀者だと記されていたのだ。
「これを……入れ替えろですって……?」
それでは、シルヴィオがレナートを告発することになる。
それはダメだ。この手紙が陛下の手に渡れば、レナートは処刑され、無実の罪を着せたシルヴィオも無事では済まないだろう。
しかし、やらなければ、リヒトは殺される。だからこそ、アルブレヒトは生きている証拠を寄こしてきた。失敗すれば、リヒトの命はないと。
リーゼは絶望で目の前が真っ暗になりながらも、もう後戻りはできないのだと、ロケットを強く握りしめた。




