3
「あ……、あの……っ」
リーゼはとっさに前身をかき集め、サッと背を向けた。
「きょ、今日は……その、あまり……」
身を丸めると、シルヴィオが後ろから優しく抱きしめてくる。耳たぶに触れる唇は冷たかったが、髪をかきわけるようにして首筋に落ちてくる間に熱くなっていた。
彼はいつものようにしているだけだったが、リーゼはますます身を固くした。この醜悪な背中のあざを知られたくなかった。
この仕打ちを知られたら、自身がシルヴィオと結婚できるような身分の女ではないことがばれてしまう。
そうなったらもう、弟を救えないし、シルヴィオの愛情すら、二度と得られなくなるだろう。
私は愛されたいのだ。シルヴィオから。たとえ、政略的な結婚だったとしても、それを甘んじて受け入れた彼に期待してしまっている。こんな私でも、愛してもらえるんじゃないかって。
「あまり、焦らすな……」
胸元に滑り込んできた指先が、リボンの結び目をほどいていき、迷いなくドレスをずり下げた。
ほんのわずか、息を飲むような気配がした。
リーゼはぎゅっと目を閉じ、萎縮するようにますます背中を丸めた。沈黙が怖かった。
シルヴィオの顔が怖くて見られない。シーツに顔を押し付けてじっとしていると、冷たい指先がするすると背中をなでた。
「リーゼ……」
小さくつぶやいたかと思うと、あろうことか彼は、醜いあざの上に口づけを落としてきた。まるで慈しむように優しく触れてくる。醜いものすら、彼女のものなら愛せるとばかりに。
「あなたにだけは、かくしごとをされたくないんだ」
耳元でささやかれた低い声に、リーゼはたまらず振り返った。そこには、力強いまなざしがあった。怒りを超えた何か。今にも狂わんばかりに煮えたぎる何かが、冷静な青い瞳に宿っている。
「あ……、シルヴィオ様……、わ、私は……」
リーゼは手を伸ばし、しがみつくようにシルヴィオを抱きしめた。
言えるはずはなかった。それをわかってほしいというのは間違いだ。だけど、彼があざを怒ってくれている。それがわかっただけで、涙が出るほどにうれしかった。
リーゼは自ら唇を押し付けた。一瞬、驚いたようにまばたきをした彼だが、すぐさま主導権を握るように深く重ねてくる。
お互いを求め合うような、必死なキスに、リーゼの心はいつしか癒されていった。シルヴィオもまた、怒りを鎮めるようなうなり声をあげたあと、リーゼをたぐり寄せ、深く抱きしめた。
「聞いてくれ、リーゼ」
甘い夜を迎えるのは諦めた。そう感じさせる切実な声がした。何か良からぬ気配を感じて、リーゼは返事をする代わりに彼の背中を抱きしめた。
「俺はもう迷わない」
緊迫感に耐えきれず、彼を引き離すと、そこには騎士の目をしたシルヴィオがいた。
「……お仕事で、何かあったのですか?」
尋ねると、彼は苦しげにまぶたを震わせた。
「帰宅が遅くなったのには、わけがある」
「レナート様と積もるお話があったんですよね?」
尋ねながら、リーゼは内心、おびえていた。聞いたらまた、アルブレヒトに報告しなきゃいけなくなる。それならいっそ、聞かなければいい。
「難しいお話でしたら、私は……」
とっさに話をそらそうとしたが、シルヴィオはそうさせまいと、リーゼの腕をぐっとつかんだ。
「聞いてくれ。大事な話だ。……実は、レナートが、王位簒奪を企てているとのうわさがあるらしい」
「それは……本当ですか?」
ごくりとつばを飲み込んだリーゼの目が、きょろきょろと動いた。
「レナートは騒ぐ必要はないと言っていたがな。早急にこのことは書簡にして、陛下に知らせるつもりだ」
「陛下って……、なぜ陛下にっ?」
そんなことをしたら、アルブレヒトがどう動くかわからない。
リーゼは混乱しながら、叫ぶように尋ねていた。
「陛下の協力があれば、うわさの出どころはすぐに突き止められるだろう。俺はレナートの身の潔白を証明するつもりだ」
「そんな危ないことはおやめください。必要があれば、レナート様自らが陛下に進言なされるはずですっ」
「何が危ないものか。俺は守ると決めたものは守る男だ」
歯ぎしりをするシルヴィオを見て、リーゼは「ああ……」と小さな声を漏らした。
彼はレナートに忠誠を誓っている。それは、ヴァイス伯爵家がブラッツ公爵家のおかげで没落せずに済んだからだと聞いたことはあるけれど、リーゼが想像する以上に強固な絆があるのかもしれない。
シルヴィオは呆然とするリーゼを優しく抱きしめ、肩に額を押し付けると、深く息をついた。
「だから……、あなたには俺を信じていてほしい」




