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最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない  作者: 花瀬ゆらぎ
第三章 騎士団長は鳥のさえずりさえ許さない
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3

「レナートがこの件に少々疑問を持っていてな」

「レナート様が?」


 ヒュッと息を飲むと、シルヴィオは小さく「ああ」と息をつき、リーゼの肩を抱き寄せた。


「怖がらせたようだ。この話はここまでにしよう。ヴァルディエ公爵があなたに何も言わないのも、怖がらせまいとしてだろう」


 リーゼはぎゅっと彼の胸元をつかんだ。


 聞きたいことはまだある。これを逃したら、彼はもう二度と教えてくれないかもしれない。


「エルラントはどうなっているのですか?」

「今は荒廃した街だけがあると聞く」

「街が……あるのですね?」


 もしかしたら、弟のリヒトはそこにいるかもしれない。

 リーゼの胸に希望と不安が渦巻いていく。


「反乱軍に関わらなかったエルラントの民が、細々と暮らしているはずだ。生かさず殺さずのやり方で、ヴァルディエ公爵が統治している」

「生かさず……」

「あなたの父上は、ふたたび反乱を起こさぬよう、農具以外を取り上げ、エルラントで育つ穀物を税として徴収し、輸出しているんだ。……あなたには悪いが、あの御仁が冷酷無比と言われるのは、それが所以だ」


 シルヴィオは優しくリーゼの背中をなでた。


「私……何も知りませんでした」


 顔をあげると、シルヴィオがそっと顔を寄せてくる。

 優しく触れてくる唇に、ほっとする。まぶたを閉じたら流れる涙を、ぬぐい取ってくれる指先にも。


 今こうしているときも、リヒトは血のにじむ手で農具を握りしめているかもしれないのに、シルヴィオとの口づけに、罪悪感が薄まっていく。


「リーゼ……、あなたは何も知らなくていい。余計なことを話したな」

「そんなことは……。公爵の娘として、私だって……」

「あなたには、俺のことだけを考えていてほしい」


 ふたたび、深く唇が重なってくる。

 ソファの背に押し付けられ、もどかしそうにドレスのひもを探る彼の手に、リーゼは身をすくめる。


「あ、あの……、まだ夜ではありません……」

「夜でないといけないなんて誰が決めたんだ?」


 何を言い出すのかとリーゼが口をわなわなさせると、頭上からしわがれた声が降ってくる。


「リーゼ、トモダチ。……トモダチッ」


 鳥籠の中でばたつくフィンを軽く睨んだシルヴィオは、立ち上がると、檻の隙間に差し込んだ指で、ちょんとフィンの頭をなでた。


「リーゼをいじめていたわけじゃない」

「ンー……?」


 首をかしげるフィンを見て、シルヴィオが声を立てて笑ったとき、扉をノックする音が聞こえた。


「何用だ?」

「奥様に、ヴァルディエ公爵閣下よりお手紙が届いております」


 シルヴィオがちらりとリーゼを見やる。リーゼはあわてて、髪が崩れていないか手を当てた。さいわい、どこも乱れていなかった。


「……入れ」


 彼が命じると、手紙を携えたエルナが部屋へと入ってきた。

 シルヴィオは封蝋と筆跡を確認し、確かにアルブレヒトからの手紙だとわかると、リーゼに手渡した。


 リーゼは何食わぬ顔でそっと手紙を開けた。シルヴィオに知られたらいけないような内容なら、アルブレヒトが手紙で寄越すことはないとわかっていた。

 やはり、中身は当たり障りのない挨拶と、簡潔な用件のみだった。


「……お父さまが屋敷へ来るように、ですって」

「いつ?」

「明日です」

「明日はレナートと約束があるんだが……」


 シルヴィオはほんの少し渋い顔をする。


「私ひとりで参ります。お父さまも私に用があるとのことですから」


 リーゼは手紙をシルヴィオに渡した。


 シルヴィオが明日、レナートの屋敷へ出かけることは、今朝、フィンを通じて知らせていた。だからこそ、アルブレヒトはすぐに手紙を寄越したのだろう。


 つまり、リーゼひとりでヴァルディエ公爵邸へ来いとの指示に他ならない。


「そのようだな。悪いが、ひとりで行ってもらえるだろうか。レナートとの約束は外せない」


 手紙に目を通したシルヴィオは、苦渋の決断をしたかのような表情をする。


「かまいません。シルヴィオ様がお帰りになる前には帰りますね」

「俺にかまわず、ゆっくりしてくるといい。何かと、あなたのことを心配しているのだろう」

「ありがとうございます」

「では、馬車と護衛はこちらで用意しよう。エルナ、シモンにも連絡だ。ついてこい」


 シルヴィオはてきぱきと指示を出すと、エルナを連れて部屋を出て行く。次第に足音は遠ざかり、聞こえなくなった。


 室内が静寂に包まれると、リーゼは息をつき、フィンを鳥籠から出してそっと背中をなでた。そうすることで落ち着いた。


 次なるアルブレヒトの策略は何だろう。シルヴィオの身に危険が及ぶようなことだったらどうしよう……。


 彼を裏切り、父の命令に従っている自分が、不安になる資格なんてないのかもしれない。


 なぜ、こんな気持ちになるのだろう。


 リーゼはぼんやりと曇り空を見上げた。

 その空のつながる先の大地で、リヒトは今も苦しんでいるかもしれない。


 それなのに、頭のどこかで、ひとりの男の未来を案じてばかりいる。


「ねぇ、フィン。……私、シルヴィオ様を愛しているのかしら」

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