第三話『変異』
ぴちゃん。
ぴちゃん。
「ん……んん……」
意識の遠いところに、水滴の垂れる音が聞こえる。
その音に耳を澄ましていると、意識は段々と水底から浮き上がり、旺馬はゆっくりと瞼を開いた。
「ここは……?」
旺馬の問いかけに答える者は、なにもいない。
周囲を見渡しても、そこにあるのはごつごつとした岩と、不思議と淡く青白い光を放つ苔だけだった。
どうやら、何か洞窟の様な場所にいるようだ。
「そうか、僕は命の大精霊に連れられて異世界に……うっ」
徐々にハッキリとしてくる意識の中で、旺馬は自分の状況を思い出そうとした。
すると、ずくりと鈍い痛みと共に、“本来自分の中になかったはずの記憶”が、旺馬の脳裏を駆け巡る。
それは、別れ際に命の大精霊が言っていた、異世界ヴァーニクスの知識。
八つの国と、そこに生きる人々の文化や思考と言ったモノが、簡潔な内容で思い出された。
旺馬がこれから目指すべき場所も、その中にある。
だが、知識はあれど、自分がいま何処にいて、どうやってそこへ行けばいいのか、それがわからなかった。
と、その時であった。旺馬のズボンのポケットで、何かがぶるりと震えた。
恐る恐るそれを取り出してみると、それは旺馬が長い間愛用していた、型落ちのスマホであった。
だが、妙にデザインが自分の知っている物と違うし、まるで新品の様に綺麗な状態だ。
「命の大精霊がわからないことは、これで調べろって言ってたな。電源は……大丈夫みたいだ」
指紋認証で電源を入れると、パッと画面の液晶が灯る。
うす暗い洞窟の中に人工的な光が広がり、旺馬は何処かホッとした気持ちになった。
そんな中で、画面を見ていると一件の通知が見えた。
「『ようこそ、異世界ヴァーニクスへ』か。いったい誰がこの通知を……と思ったけど、たぶん命の大精霊なのかな? ん? なんだこれ?」
何処から電波が飛んでいるだとか、気になることは色々とあったが、それよりも旺馬の目に止まったのはひとつのアプリであった。
目立つ場所に堂々とあったそのアプリは、旺馬が入れた覚えのないものである。
アプリアイコンは心臓の様なイラストで、名前は文字化けをしていて読めない。
「うぅ……こんなよくわからないアプリなんて開きたくないけど、開かないと始まらなさそうだしなぁ……げっ、あんまり電池も残ってないじゃないか。これ、電池切れしたらどうするんだろう……?」
自身の不安を誤魔化すように、ぶつぶつと独り言を言いながらも、その指先はアプリに触れる。
するとウィンドウが立ち上がり、『この端末をアップデートしますか?』とメッセージが出てきた。
アプリを使って端末のアップデート?と疑問に思ったが、もう電池の残量もそこまでない。
旺馬はもうどうにでもなれと、そのメッセージの『はい』を押してみた。
すると、画面が切り替わり、アプリアイコンでもあった心臓が画面の中央に写し出される。
そして、心臓が段々と脈を打ち始め、そこから徐々に赤と青の血管の様なモノが画面一杯に広がり始めた。
「うぇぇ……なんか、グロテスクな画面だなぁ。でも、アップデートって…………えぇ!?」
画面の中で起こっていた変化は、あり得ない動きを見せた。
なんと、伸びた血管は画面を飛び越えて端末の外側にも広がっていき、そして現実に伸びた血管は旺馬の心臓を貫いた。
「う、うわああぁっ!! がはっ! う、ぁ…………」
強烈な痛みと、口に込み上げてくる液体に、旺馬は悲鳴をあげる。だが、それは一瞬のものだった。
スッと消えた痛みを不思議に思い、自分の心臓を部分を見たり撫でたりしてみた。
しかし、そこには傷どころか服に穴も空いておらず、先程と全く変わらない様子だった。
「僕の気のせい……いや、そんなことはない」
足元には、自身が吐き出した血の溜まったものが苔に照らされて赤黒く光る。
なにも無いままに血を吐いたのであれば、それはそれで大問題であろう。
「そういえば、スマホは……? あれ? 何処に消えた?」
さっきまで自分の手に握られていたスマホが見つからない。
痛みに驚いて落としてしまったのかと、辺りを探してみても何処にも落ちてはいなかった。
しばらく苔の光を頼りに地面を探していた旺馬であったが、突如軽快な音が鳴り響き、驚いて顔をあげる。
その音は間違いなく、自分のスマホの通知音であり、旺馬はきょろきょろと視線を巡らす。
「何処だ……何処から音が鳴っている…………いや、なんか音が近くない?」
ぴろんぴろんと音が聞こえてくるが、どうにもそれは地面の方からではなく、自分の体の方から聞こえているようだ。
ただ、旺馬の服にはそういった物が入りそうなポケットはない。ならば、一番心あたりのあるのが……。
「これ、僕の胸辺りから鳴ってるよね!?」
慌てた旺馬が胸の前に手を翳すと、空中に波紋をたてながらスマホが宙に現れ、その手にすっぽりと収まった。
再び自分のスマホが見つかった安堵と、何故自分の体から現れたのかという不安に、旺馬は複雑な表情を浮かべる。
しかし、そんな事は関係ないとばかりにスマホは画面を灯し、そこには一人の少女の姿が映し出された。
『こんにちは、マスター! ご機嫌いかがデスか?』
とびっきりの笑顔でそう問いかけてきた少女は、画面の中でくるくると踊るように回り、様々なウィンドウを画面に展開していく。
『私の名前はミコト。命の大精霊様に造られた、マスターをサポートするための人工精霊デス。精霊遊戯でマスターが勝利できるよう、共に頑張りますのでどうぞよろしくお願いします!』
「じ、人工精霊……? あ、いや、ごめんなさい。僕の名前は旺馬。坂上旺馬です。よろしくお願いします」
『うふふ、緊張していますね? 心拍数が上昇していますよ。あぁ、堅苦しい言葉遣いは不要デスよ! マスターの世界にもある、AIチャットの様に気軽に話しかけてください。
それと、先程この端末を取り出した時にお気づきだと思いますが、この端末は普段はマスターの心臓に収納されております。
なので、マスターの体調や精神状態など、こちらの端末で同期して知ることもできますので、覚えておいてくださいね。
さて、では次にこの端末の事を説明していきますね!』
次々と常識の外側から情報が飛び込んでくるので、旺馬は目を白黒させながらもなんとか話を聞いてついていこうと必死になる。
そんな様子をみてミコトは微笑む。
『大丈夫デスよ、マスター。私の説明については、後からでも端末で検索し、見返すことが出来ますから。ただ、いまは重要な部分だけを教えておきますね!』
・この端末は旺馬の心臓そのものである。端末が破壊された時点で、旺馬の精霊遊戯脱落が確定し、その大精霊の根源は端末を破壊した遊戯参加者、もしくは一番近い場所にいる遊戯参加者へと吸収される。
・端末は旺馬の持つ大精霊の根源によって稼働する。その為、充電などは不要であり、電池マークに表示されている“100%”の表記は根源の残量を表す。
・大精霊の根源は、各大精霊が遊戯参加者へと与えた力の事。このリソースの奪い合いが精霊遊戯の大きな目的である。
・勝負を勝ち抜き、相手の根源を吸収することで、自身の根源を強化することが出来る。
『マスターの場合、この端末の機能が順次解放されるかたちデスね。最初は簡単な事しか出来ませんし、従わせられる生き物も少ないデス』
「あ、そうか。僕は魔物?だっけか。生き物を使役して戦わせるんだったね」
『その通りデス! さぁ、では早速マスターの最初の相棒を手に入れましょう』
「最初の? 他にも連れていけるの?」
「はい! 端末の機能が解放された特典で、連れていける生き物の数は増えていきます。状況や相手によって戦うモノを変えられるので、戦況を有利にできますね!」
なるほど、と旺馬は感心する。
そのシステム自体は元の世界でもゲームでよく見かけたもので、本当に遊戯の様だ。そんな事を旺馬は考えていた。
『さぁ、さぁ! 楽しい楽しいガチャのお時間デスよ!!』
「が、ガチャぁ?」
『あれぇ? マスター、ワクワクしませんか? 最初の一体目を決めるガチャ……何がでるか、どんなことができるか……レアな生き物か、それとも平凡ながら工夫次第で可能性は無限大なものがでるか……あぁ、ガチャとはなんと心踊るものでしょう!』
熱弁をふるい、うっとりとするミコトに旺馬は若干引き気味になる。
が、なんだかその姿に見覚えがあって、旺馬は先程から感じていたものの正体を理解する。
(あぁ、ミコトって何処かで見たことあるなぁと思ったけど、姿が少し響に似ているんだ。ガチャが好きなのも一緒だね)
幼い頃。まだ家には父も母もいて、幸せな家庭であった時の記憶。
スーパーマーケットに買い物に行くと、いつも母にゲームコーナのガチャをねだっていた妹の姿。
そんな懐かしい記憶を思いだし、旺馬はふふっと小さく笑う。
「わかったよ。それで、何処でガチャができるんだい?」
『ガチャはこちらの画面右下……あぁ、それデス! そのアイコンをタップしてもらって、あとは【ガチャを回す】を押していただくと運命が決まります』
「これだね……うん、良いのがでますように!!」
あまりスマホのゲームを好まない旺馬であったが、それでも有名なタイトルは遊んだことがある。
その中に同じようなガチャのシステムはあって、やはりそこは他の者同様にドキドキとする感覚を楽しいと感じる。
画面ではガチャのマシーンだろうか、謎の筐体のハンドルが回り、カプセルの出口からコロッと赤いカプセルが転がって見えた。
そして、それはスマホの画面を飛び出し、旺馬の目の前に落ちて地面を転がった。
「あっ、本当に出てくるんだ……っていうか、おっきいね!?」
『そりゃあ生き物が入ってますからね! ささ、開けましょう開けましょう! 赤いカプセルはえっと……うーん、レアってところデスねぇ。とはいえ、こういうものはチュートリアルだとあまり高レアなものは──』
ミコトは相変わらずガチャの事を熱く語っているが、旺馬はそれどころではなかった。
カプセルに生き物が閉じ込められているとすれば、それは一大事だ。
早く出してやらねばと、旺馬はカプセルの蓋を一生懸命外そうと腕に力を込める。
そして、しばらく頑張っているとぷしゅっという空気の抜ける音と共にカプセルが開き、中から白い塊がその姿を現した。
「これは……卵?」
『みたいデスねぇ。どれどれ……おぉ、やりましたねマスター! これは、ドラゴンの卵デスよ!』
「ドラゴン? ドラゴンって、やっぱり僕の想像する通りのあのでっかいトカゲみたいなやつ?」
『見た目で言えばそうデスが、あまりそれドラゴンの前で言わない方がいいデスよ? この世界のドラゴンは古くから生きている個体は、知能もプライドも高いデスからね。人の言葉もしゃべりますし』
「そうなんだ。あっ、卵にヒビが入ったよ!」
ピシッと卵の表面にヒビが走り、徐々に細かい欠片を落としながら揺れる。
それをじっと見守る旺馬とであったが、なかなか殻を完全に突き破ろうとしないことに、やきもきする。
「これ、どれくらいで出てくるんだろうね?」
『おかしいデスね……普通、ドラゴンの孵化ってそこまで時間がかからないんデス。自然界では、孵化に時間かけてたら命取りデスから』
「これ、僕が手伝っちゃまずいかな?」
『あまりよろしくないデスね……とはいえ、このまま出てこれずに死んでしまったらそこでマスターも終わりデスからね。ガチャ券、一枚しか無かったデスから』
「それは大変じゃないか!」
ミコトの言葉に、旺馬は慌てて卵の殻を剥き始める。
そして、いよいよ一番大きな殻の破片がとれたその時。
旺馬は中にいたモノと目が合う。
射し込んだスマホの光に照らされ、青く光る瞳の中には数多の星を閉じ込めたような、銀河を想わせる煌めきがあった。
びっしりと鱗に覆われたその体表は白く輝き、いつかテレビの鑑定番組でみた白磁器を思い出すシミのない美しいものだ。
「やぁ、おはよう」
「…………きゅぅ」
旺馬の挨拶に、ドラゴンは小さく喉を鳴らして答える。だが、何故かその姿に旺馬は小さな不安を覚えた。
「ね、ねぇ、ミコト……この子、卵から出たくなさそうなんだけど」
ドラゴンは旺馬の姿をみたし、もう外に出られるくらいに大きな穴も殻には空いている。だが、一向に外に飛び出そうとしないのだ。
『どれどれ…………ふーむ、困りましたねぇ。あ、私の機能に連れている生物のステータスや簡単な状態を見るものがあるのデスが……』
なんとも言いづらそうに、画面の中でひとつのウィンドウを指差すミコト。
そこには、
『性格:戦うのが嫌い』
『状態:ひきこもり』
頭が痛くなりそうな文字が綴られていた。
※お試し版はここまででございます。
本日夕方頃に第四話をカクヨムにて投稿しますので、よろしければ下記URLから読んでみてくださいね!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少年と竜と、終わりゆく精霊遊戯 - カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/822139840063119814




