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少年と竜と、終わりゆく精霊遊戯  作者: 赤坂しぐれ


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第二話『誘い』


「だ、誰!?」


 耳元で聞こえた声に、旺馬は反射的に振り向いて辺りを見渡す。

 しかし、そこには何者の影もなく、ただ静寂だけがあった。


「気の、せい……?」


 旺馬は辺りを見渡し、誰も居ないことにホッと息をついた。そして、来た道を戻ろうとした時。


「違うよ」

「ッ!?」


 再び聞こえた声の方に慌てて視線を向けると、それは月影の中で蠢いていた。


 輪郭は酷く朧気で、すりガラス越しに見ている様な感覚。

 ともすれば、自分の目がおかしくなってしまったのではと錯覚するような、非現実的な存在。


 一瞬一瞬で姿を目まぐるしく変化させ、不定形のそれは姿に似つかわしくないほど、優しい声で旺馬へと語りかける。


「改めまして、こんばんは。人の子よ」

「……君は、何?」

「おや? 挨拶を返してくれないのかい? おかしいなぁ……人の世では、挨拶は基本だと聞いたから真似してみたんだけど」

「ご、ごめんなさい。その……少し驚いてしまって。…………こんばんは」

「ふふ、そうだろうね。たぶん、いまのボクの姿は君にとってとても恐ろしいモノに見えているんだろう? こんな闇夜の中だ、仕方のないことさ。

 ボクは命の大精霊。万物の生と死を司る、大精霊の一柱さ。あぁ、君たちの価値観で言えば、“神様”と呼んでも差し支えないよ」


 自身を神と呼称するその不定形のモノに対し、旺馬は訝しげな視線をぶつける。

 それもそうだろう。旺馬の目に写るその姿は、神と言うよりもゲームや漫画に出てくるような、“悪魔”の方がしっくりとくるものだ。


 そんな視線を感じ取った命の大精霊は、場所が定まらずに動き続ける口をにぃっと笑みに歪める。


「ボクの姿は、人の知覚では捉えきれないんだ。存在の格が違いすぎるからね。無意識の内に心が何か恐ろしいモノを見ていると錯覚するのさ。壁や天井のシミを見て、“それが人の顔に見える”ってやつと同じでね。

 ひとつ、アドバイスをしよう。心の中でボクの姿を強く描いてごらん。

 そう、例えば……ボクは人の子どもの様な姿なんてどうだろうか。君の記憶の中から、選んでみてよ」


 旺馬はその言葉に、直感的に以前遊んだテレビゲームのキャラクターを思い描いた。


 今夜の満月の様な、美しい銀色の髪を持つ子どもで、ゲームの序盤で主人公を導く存在。

 命の大精霊とやらが自分のことを神だと名乗ったことで、自然とその人物が頭に浮かんだ。


 すると、先程まで闇夜に蠢く不定形の存在だった命の大精霊は、みるみる内にその姿を変化させ、旺馬が思い描いたキャラクターの姿になって立っていた。


「ふーん、これが君の思い描く子どもの姿なのかい? 随分と、君と姿格好が違うんだね」

「ご、ごめんなさい。ゲームのキャラクターを思い浮かべちゃって……」

「そうなんだ。まぁ、いいさ。ボクにとっては姿かたちはあってないようなもの。君が慣れ親しんでくれれば、それでいいんだから。

 ところで、君の名前を教えてくれないかい?」

「え、その……」


 旺馬は自分の名を告げるか迷った。

 既に先程までの頭の中にかかっていた靄は晴れ、正常に思考は働いている。


 そんな思考が、目の前で起こっている夢か現実か判らない、怪しい事象と人物に対して、警鐘を鳴らしていた。


「あはは! まだボクの事を警戒しているのかい? いいね、その慎重さは。きっと必ず君の助けになるだろう。

 よし、わかった。ボクが何故君の前に現れたのか、それを話そう。その上で、ボクを助けてくれるのであれば、名前を教えておくれ」

「助けて、欲しい……?」


 旺馬はその言葉に、どくんっと心臓が跳ねるような感覚を覚えた。


 いま目の前にいる、何か超常のモノであろうそれが、ただの中学生である自分に助けて欲しいと言っている。

 旺馬とて、年頃の男子である。想像や妄想で、架空の物語を頭の中で思い描き、その活躍を夢見たことがないとは言わない。

 そんな中学生男子が、いまの状況に対して好奇心を抑えられるであろうか。いや、無理な話だ。


(ひとまず、話だけでも聞いてみよう。それで少しでも怪しいと感じたら、すぐに逃げよう)


 ふつふつと沸き上がる好奇心に、危うく身を任せてしまうところであった。自分はまだ、警戒が出来ている。


 旺馬はそう考えていたのだが……話を聞こうとしている時点で、既にその身は火中に投げ出しているのと大差ない。

 危険に対する一番の対策は、“話を聞かない、首を突っ込まない”なのだから。


「うん、話だけでも聞いてみるよ。僕に何をして欲しいんだい?」

「お、この姿になったからかな? 言葉も砕けてきたね。いいよ、その方がボクも話しやすいからね。

 ボクが助けて欲しいのは、とあるゲームの手伝いをしてもらいたいんだ」

「とある、ゲーム?」

「そう、ゲーム。まぁ、ボクたちは遊戯と呼んでいるけどね。ボクたち大精霊は、全部で八柱存在しているのさ。

 火、水、風、大地、光、闇、時、そしてボクの命。それぞれが役割をもっていて、世界を作り上げているんだ。

 そして、ある一定の周期ごとに、ボクたちはゲームを行う。それは、それぞれの大精霊の内で、取りまとめ役を決めるためなのさ」

「取りまとめ役?」

「まぁ、誰が一番偉いのか決めるって感じ。大精霊ってみんな凄い力をもっているから、皆がみんな好き勝手しちゃ、世界がめちゃくちゃになっちゃう。

 そうならない為にも、誰かが取りまとめ役になって、しばらく世界の平定をするって感じなのさ。

 だけど、それを大精霊自身がやっちゃうと、それこそ世界が消えちゃうくらいに大きな影響が出てしまうんだ。だから、各々代理の者を連れてきて、最後の一人になるまで戦わす事になったのさ。それが、“精霊遊戯”さ」


 あまりにも突飛もない話で、旺馬は消化不良ぎみな表情を浮かべる。それを見た大精霊は、クスクスと笑いながら人差し指で旺馬の額を軽くつついた。

 すると、旺馬の脳内に“精霊遊戯”の様々な詳細が流れ込んできた。


・遊戯の舞台は、それ専用に八柱の大精霊たちによって創りあげられた、こことは違う異世界で行われる。


・八柱それぞれが連れてきた代理同士で戦い、決着が着くと負けた側の力が勝った側に吸いとられる。


・最後の一人となった代理の大精霊が、次の遊戯までの取りまとめ役となる。


「どう? こうやってまとめると、簡単なルールでしょ?」

「う、うん……でも、色々と疑問も出てきたよ。まず、もし僕が異世界に行ったとして、こっちの世界ではどうなるの? 行方不明とかになったら、大騒ぎになるよ?」

「そこは安心して欲しい。君のコピーを大精霊の力で産み出して、代わりに生活をさせるよ。あぁ、心配しなくてもその間の記憶とかは、戻ってきたときに君本体と統合されるし、完全なコピーだから誰にも気づかれることはない」

「す、すごいね……次に、その遊戯に連れていかれた人は、負けるとどうなるの?」

「遊戯が終わるまではそのまま待機になるよ。連れていった時点でその体と魂は大精霊の力の塊になる。それを勝敗で吸収して、遊戯を続けていく形だからね。

 はは、すごく心配そうな顔をしているね。大丈夫、負けても死んだりはしないから! 安心して」


 そこまで聞いて、旺馬は少し考え込む。

 戦うなんて、いままでやったことなど無い。喧嘩だって、小さい頃にじゃれあいの様なものをした程度だ。そんな自分が、本当に戦えるのだろうか?、と。


 そんな不安そうな旺馬の様子をみて、命の大精霊は優しく微笑んで旺馬の肩に手を回す。


「大丈夫さ。ボクは命の大精霊。こと、命に関する事なら他の大精霊に負けはしないよ。君は自分に戦う力がないと思っているだろう?

 それはその通りだ。だったら、自分で戦わなければいいんだよ」

「自分で、戦わない?」

「そう。ボクは君に、魔物を操作する力を与えよう。他の命を使って、勝ち上がればいいのさ。そして、最後まで勝ち残った暁には……」


 命の大精霊は一度旺馬から離れると、月を背に手を広げる。

 いつのまにか月は赤く染まり、辺りには風が吹き始めていた。大精霊の口がにぃっと大きく開き、脳を直接揺さぶるような声が旺馬の耳を打つ。


「君のお母さんの命を、救ってあげよう」


「母さんの、命を……?」


「そう、君の大事な人の命さ。そうだね……直ぐには信じられないだろうから、まずは明日病院に行ってみるといい。そして、もし君がボクを助けてくれると言うのであれば」


 命の大精霊が言葉を切った、その瞬間。

 ひときわ大きな風がごうっと吹きすさび、旺馬は反射的に目を閉じてしまった。

 そして、目を開いたそこには、もうなにも居なかった。


『明日の夜。またここで待ってるよ』


 耳の奥底に残った、その言葉だけを残して。


◆◆◆


 翌朝。


 ベッドの上で目を覚ました旺馬は、ぼんやりとした意識の中で昨晩の事を思い出そうとした。

 だが、どんなに思い出そうとしても、どうやって自分が家に帰ってきたのか、どうやってあの場所にたどり着いてのか思い出せなかった。


 ただ、最後に命の大精霊が放った言葉だけが、いまでも耳の中に響いていている。


「夢か……僕が望んだ妄想か…………あっ!!」


 そこで旺馬はハッと気がついて枕元のスマホの電源を入れる。

 液晶には『7:42』の文字が映っており、いまこの瞬間にも2が3に変わった。


「やっばい! 遅刻する!!」


 ドタバタと身支度をし、部屋から飛び出すと既に響の姿はなかった。

 ただ、居間のテーブルの上に『朝練あるから先に出るね。勝手に朝御飯貰ったよ』との書き置きがあった。


 普段は妹よりもだいぶ先に起きて、昼の弁当まで作るのが旺馬の習慣だ。

 だが、あまりにも起きてこない旺馬を気遣って、響は静かに家を出たのだ。


 昨日の帰りに担当医から話をされた旺馬は、響には気取られまいと大したことはないと誤魔化していた。

 しかし、それは響はちゃんと気がついており、深夜に兄がこっそり家を抜け出して考え事をしているのも知っていた。


 そんな響なりの気遣いが、旺馬の遅刻の決め手となってしまった。


「はぁ~……あとで響に謝ろう。さて、走ればまだ間に合うかな!」


 旺馬はコップ一杯の水で喉を潤うすと、鞄を手にして玄関を出る。

 その頃には、不思議と昨晩の事は頭からすっかりと抜けており、旺馬はただ学校を目指して走り出すのであった。


 ◆◆◆


「…………あれ? なにか、忘れ物したっけかな?」


 その日の夕方。

 今日は新聞配達もなく、まっすぐに帰路についていた旺馬は、ふと何かを忘れているような感覚に陥る。


 途中で鞄の中をまさぐってみたが、今晩やる課題もあるし必要な教科書も揃っている。

 今日は弁当ではなかったから、それを忘れてきた訳でもない。


 しかし、魚の小骨が喉に刺さっているような、無視ができない何かの引っ掛かりを旺馬は感じていた。


「まさか、母さんの身に何かあったのか……?」


 虫の知らせとはこの事なのか?

 そんな疑問にかられた旺馬は、自宅への道からそれて病院へと足を進める。


 道中、昨日担当医から言われた言葉が頭の中でグルグルと何度も回って離れない。

 自然と、旺馬の歩みはそのペースを上げていき、病院につく頃には走っていた。


 院内では走ってはいけないという、すれ違った看護師の言葉も耳に入らず、皐月のいる病室へと向かう。

 そして、病室につく頃にはすっかり息もあがり、肩を上下させていた。


 慌てた様子で病室に飛び込んできた我が子の姿に、皐月は目を点にして驚く。


「どうしたの、旺馬。そんなに慌てて……何かあったの?」

「はぁ、はぁ……はぁ……か、母さん、大丈夫?」


 皐月はただ事ではない旺馬の姿に首を傾げ、戸惑いつつも答えた。


「う、うん。大丈夫よ? むしろ、なんだか今日は調子が凄く良いの。先生も驚いてたわ」

「ちょ、調子がいい? そうなんだ…………っ!?」


 その瞬間。旺馬の側頭部に鈍い痛みが走る。

 そして、痛みと共に浮かび上がってきたのは、昨晩出会った超常の存在との邂逅。


 そして、


『明日の夜。またここで待ってるよ』


 耳の奥で木霊する、その言葉であった。


「旺馬こそ、大丈夫? なにか学校であったの?」

「ち、違うよ! なんだか、急に母さんの顔が見たくなったからさ……はは、ごめんね。なんか心配させちゃって」

「……こっちへいらっしゃい、旺馬」

「え? ……うん」


 旺馬がベッドの側まで近づいてくると、皐月は上半身を起こして旺馬の体を優しく抱き締めて背中を軽く叩く。

 旺馬は一瞬驚いたが、されるがままに母親からの抱擁を受け入れた。

 少しばかりの恥ずかしさもあったが、それよりも何故か無性に、その温もりが恋しくなったからだ。


「すっかり、お兄ちゃんになっちゃったね。背も大きくなったし、昔は簡単に抱っこできたのになぁ~」

「いつの話をしてるのさ……ごめんね、なんか逆に心配させちゃって。僕は、大丈夫だから」

「……無理しちゃ、ダメよ? 本当に辛いときは、お母さんでもお父さんでも、響でもいいから誰かに相談するのよ。いい?」

「…………うん」


 皐月の言葉に、旺馬は直ぐに返事をすることが出来なかった。


(待ってて、母さん。僕が……母さんを助けるから)


 母の温もりを感じ、旺馬の中にあった迷いは今、断ち切られた。


 ◆◆◆


 深夜。 


「やぁ、こんばんは。名前を教えてくれる気に、なったかい?」

「僕の名前は、旺馬。坂上旺馬だ」

「オウマ、素敵な名前だ。いいんだね? 遊戯が終わるまで、この世界には戻って来られないかもしれないよ?」


 昨晩と同じ場所。

 頭痛と共に思い出した道のりを辿り、再び逢いまみえた超常の存在。


 その問いかけに、旺馬は力強く頷く。


「そうかい……では、契約は成された! これより、君はボクの使徒として、遊戯世界ヴァーニクスへと旅立って貰うよ。

 あちらの世界の事や、言語は君の体を構成するときに記憶に入れておくから心配しなくていい。そして……」


 命の大精霊が旺馬のズボンのポケットに指をさすと、リンッと鈴の鳴るような音と共に、中に入っていたスマートフォンが一人でに宙に浮かんだ。


「この端末を精霊遊戯仕様に変えさせてもらうね。困った事があれば、それで色々と調べてみるといい。では、健闘を祈るよ」


 命の大精霊がそう言い終えると、旺馬の目の前が真っ白に染まり、ふっと意識を失った。

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