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六、進撃のオカリナ

「高校までは、うわべはすべてを親の言うとおりにして絶対服従、まあ母はおそらく見抜いていたでしょうけれど」

 パロロの楽屋である。バンドメンバーを前にして、海子さんが話している。

「そして大学に入るや、さっそくひそかに買い集めていた機材を持って、活動しはじめました。マンションでの一人暮らしを強行したので、自由になんでも出来ました。ここと同じで、やはりアイドル扱いで、そこそこ人気が出た矢先、自宅でアンプにコードを抜き差ししたときに、安物だったせいか、感電しまして――」

「えええっ――?!」

 俺と雄二は、同時に無念の声をあげた。

「落ちたんじゃないんですか?!」

「いえ、それで後ろにひっくり返ったら、窓際だったので、そのまま外へ落ちました。五階でした」

 あーよかった。俺らは安堵の顔を見あわせた。やっぱ俺たちは落ちこぼれでなくちゃ。「おまえらアホだろ」と少女の顔のズールが言った。


「即死でしたが、こんな素晴らしい場所へ転生できたんです。後悔はありません」

 微笑む海子さんに、俺らの顔にも笑みが浮かぶ。

 だが、彼女の顔は急にうれいを帯びた。

「いえ、ないと言ったらうそになります。つらいこともありました。悲しいことも、さびしくて泣き明かした夜だって、いっぱいありました。今だって思い出すことはあります。

 でもそれはみんな、今や自分のエネルギーだと信じたいのです。かけがえのない、私の力です」

 俺らは真剣に彼女を見つめた。胸が熱くなる。ズールでさえ感動しているかのような目をしていた。


 そして彼女はきりりとなり、どこか遠くを見つめた。俺らの頭上を飛びこえ、はるか遠い、未知の星を見つめるようだった。

「ですから今日のライブも、後悔のないよう全力でやります。といっても、はたから見れば、私たちのすることはバカそのものですから、」

 言って、さわやかに笑う。

「楽しみましょう。思いっきり暴れましょう」



「ライブもやっぱり、少女の格好でやるのか?」

 俺が聞くと、ズールはいくぶん困ったような顔になった。なんせクールな奴だから、あまり表情がない。今は男なんで、なおさらだ。

「それが、迷ってんだよな。女の子のほうが楽しいし、スムーズに動けるんだが、体力がもたねえかもしれねえ」

「まだ迷ってんのか?!」

 俺はあきれて、壁の時計を見た。

「開始、三十分前だぞ……」



「ちょっと行ってくらぁ」

 腰をあげるズール。ほかの二人は買だしに出て、ほかの出演者はまだ来ていないから、俺ら二人だった。

「はやく戻れよ」

「おう……モジカル・ヒール」

 ぼそっと言った直後、彼は一瞬で彼女になった。体積が三分の一は減り、俺の前にきゃしゃで輝くように愛らしい美少女がいた。ちなみに服も変化し、フリフリつきのスカートとシャツのキュートなやつになる。

 だが俺は驚いた。

「杖なしで出来るのか?! すげえな」

「背中に入れてある。ズボン……じゃねえ、スカートにはさんで立ててんだ」

「なあんだ」


 彼はライブのときの性別を決めようと、パロロの裏に出たのだが、そこは塀の前にゴミ置き場がある、わりとせまい場所だった。

 楽屋に戻った彼から聞いたことだが、そこでちょっとしたことがあった。




 ズールが壁にもたれ、腕組みして考えていると、黒ずくめのゴスっぽい格好の四人の男たちがぞろぞろやってきた。

「おや、お嬢ちゃん、まだ始まんないよ。待つなら中で待ちな」

 ひとりが言ったが、言葉は親切でも、雰囲気は完膚なきまでにそう見えず、ずるいキツネのように目を細め、意地悪そうにニヤニヤしている。ほかの三人も、一様にバカにしたように彼女を見て、へらへら笑っている。

 だが、相手が汚いものでも見るような目で黙っているだけなので、また今の奴が口元を吊り上げて言った。

「その格好でやんのか? やめとけ、そのお手手じゃ、重くてギターなんか持てねえだろ」

 どっと笑いが起きたが、ズールはそいつの鼻のピアスに見覚えがあった。ふと、なつかしの廃倉庫で見た、バカでかくてとんがった、ウロコだらけの醜悪な顔が浮かんだ。たしか、その鼻にも同じピアスが光っていた。


「あー、おまえ、あんときのトカゲ野郎か」

「やっと思い出したな、ズールさんよ」

 嘲笑に怒りが加わった目でにらむピアス。

「あんときは、よくも俺たちをコケにしてくれたな。おかげでパロロに来れなくなっちまったじゃねえか」

「んなもん無視して、勝手に来りゃいいじゃねえか」

「おまわりにゃパクられるわ、ライブはバックれたわ、情けなくて来れるかっ! この落とし前はつけさせてもらうぜ。

 へへへ、おめえがちょくちょくモジって、女の子になってることくらい、調査済みよ。まあ、土下座して謝ったら、許してやってもいいぜ」


「あいかわらず、つまんねえことする奴らだな」

 あきれて奴らに対峙するズール。

「また化け物にならなくていいのか? 今度は全員ボコボコじゃすまねえぞ」

「へへへ、聞いたか、このお嬢ちゃんが、俺らをボコボコにするってよ」

 ピアスも仲間もげらげら笑ったが、ズールは気にもしない。

「ボコボコじゃねえ」

 真顔で言う少女。

「『ボコボコじゃすまねえ』、と言ったんだ」


「ハッタリはよしな。今その格好になったってことは、それでライブするつもりなんだろ。一度変身したら、三時間はそのままだからな」

「ほお、よく知ってるな」

「さっき楽屋のぞいたから、間違いないもんねー」

 後ろのひとりが得意げに言った。「うるせえ、よけいなこと言うな!」と怒るピアス。

「俺がこうなったと確認したから、脅しに来たのか。最悪だな、おめえら」と、あきれるズール。

「なんとでも言え。今夜はおめえ、欠席だぜ」


 さっと後ろも囲まれたが、それでも気にしなかった。きわめて落ち着いているので、相手も妙に思ったようだ。

「それじゃ、やっか」

 ズールが言うと、ピアスの目が飛び出そうになった。

 いきなり、彼の図体が、ひとまわりもでかくなったからだ。


「うわあああー!」

 腰を抜かすピアスに、男ズールは言った。

「ほら、どっからでもかかってこい」

「ま、マツキチ、やっちまおうよ」

 後ろの奴が言っても、マツキチと呼ばれたピアス男は、ビビリまくって立てない。

「ば、バカヤロ! トカゲバージョンの俺を一撃で倒した奴だぞ! 逃げろ、殺されちまう!……ん?!」


 いきなり起き上がって目をこする。

 前にいるのは元の小柄な少女だった。

「な、なんだ、見間違いか。へへへ、おいおめーら、やっちまえ!」

 だが、飛びかかろうとするや、つんのめってうつ伏せに倒れた。顔をあげ、恐怖に目を見ひらく。でかい美形男のゴツい顔が、彼を逆三白眼で、じっと見下ろしていた。

「ひいいい! 逃げろおお!」


 ところが、見ればまた少女だった。

「あ、あれ? へへへ、ぶっ殺してやる!」

 笑った直後、またでかい男をまのあたりにし、ションベンちびりかける。

「うわあああ!」


 だが、すぐまた目の前にか弱そうな美少女が。また「ひっひっひ」と襲おうとするや、すぐまたゴツい男の姿に腰を抜かしてビビり、と思いきやまた少女――という状態が、何十回も繰り返された。


 数分後、すさまじい恐怖と、極楽のような安堵という、あまりに極端な落差の果てしない繰り返しにより、ついに取り囲む全員がオツムをやられ、目が真上をむいて大口をあけ、「うへへへへ、蝶ちょが飛んでるよーん」などと、完全にバカになってタコ踊りしながら街へ出ていった。その顔と言動のあまりの危なさに、ビビった市民の通報を受け、近衛兵たちが来て彼らを連行した。

 ズールは連中の前にいたとき、口の中でぶつぶつと何度もモジり、変身と戻りを繰り返していたのだった。


 彼は絶え間ない修行により、好きなときに変身を解けるようになっていた。いまやモジシャンとしてのレベルはプロ級である。これも可愛い女の子になるだけでなく、その可愛さのすべてを手にして完全にコントロールしたい、というすさまじい執念のたまものだった。

 調子づいた彼は、その晩のライブは最後まで女の子バージョンでぶっ飛ばした。




 海子さんのソロなら、ていねいなあいさつで始まるライブも、俺らのバンドのときは、ステージで準備できると、いきなり爆音をかました。

 しもて(客席から向かって左側)に立つズールが、ギターにディストーションを何重にもかさね、ゆがみにゆがませた、粉砕される鋼鉄のようなノイズ音をホールいっぱいにぶちまけ、海子さんの金切り声がそれを切り裂き、あいだをぬって天井まで飛び上がって、客席全体に降りかかる。


 一方、かみて(客から見て右側)の雄二は、キーボードから、それら轟音の土台にもなんにもなっていない高速ドラムをドルルルルと出して、キーをデタラメに押しまくって、分厚いぐにゃぐにゃのシンセ音をばらまき、ときにアクセントとして、多少のメロディをはさむ。


 そして俺は、ステージ中央でスタンドマイクを握って立つ海子さんの後ろであぐらをかき、床に置いてあるギターにつないだエフェクターのスイッチを入れたり切ったりして、短いノイズを連打する。それにあわせて、海子さんが絶叫する。


 ようは、彼女がひとりでやっていたときのノイズの部分を、俺が担当しているのだ。ギターから音を出しているから、ぶっちゃけ、やってることはズールと同じだが、あっちはバックとしてえんえん弾きつづけているのに対し、こっちは単発ノイズと声であり、場所もステージのまんなかで、バンドのメインの役割である。

 したがって、彼女と俺の息があわないと困るが、練習を重ねた結果、ちゃんと俺がノイズを出すと同時に、海子さんの声が乗っかるようになり、今ではタイミングがずれるようなことはまったくない。


 一見メチャクチャにやってるようでも、曲の時間と構成を決めているので、持ち時間の三十分を過ぎるようなことはなかった。だが、曲間にすさまじい轟音が途切れたからって、すさまじい静寂にはならなかった。異常興奮した観客の声援やら叫びやらのバカ騒ぎが続き、それは最後まで冷めることがなかった。



 このオカリナ・カナリヤのデビューライブは、大成功のうちに終わり、楽屋に戻ると、なんとアンコールすら起きた。海子さんは、「こ、こんなの初めてよ!」と声を上ずらせて死ぬほど喜んでいた。

 その晩は、俺たち全員がメチャクチャ楽しんでいた。偏屈なズールでさえ、汗まみれで、本当の少女のようにきゃっきゃとはしゃいでいた。小さい体でしんどいはずなのに、そんな様子はみじんもなく、しまいまで可愛い顔に満面の笑みを浮かべて、ギターをしがみつくようにかき鳴らしていた。まるでギターというドラゴンにまたがり、空を駆けめぐる伝説の剣士だ。

 雄二も嬉しそうにキーボードを弾きまくり、ドラムの音を手動にして、キーを指で叩いて「ドラムソロ」したりした。俺は、もうないくらいにアガり、体重は完全に消えて、宙に浮いていた。


 気づけば、俺たち全員が宇宙にいた。

 まるでロケットが大気圏を突破して重力がかかるようなすさまじい風圧が襲い、俺たちはそれに宇宙飛行士のように耐えた。海子さんも、ズールも、雄二も、そして俺も、そう広くないハコのステージにいたはずの四人が、押し寄せる怒とうのノイズの洪水に飲み込まれ、無限の宇宙を漂った。


 これ以上の喜びはなかった。生まれ変わって初めて、俺は本当の幸福を感じた。そして、それはみんなも同じだったのだ。

 妖怪のようにはいつくばって髪を振り乱す海子さんと目があった。そのときのニタアという、口が耳まで裂けてそうな鋭利な笑いを、その魔王のごときかっこよさを、俺は永遠に忘れないだろう。



 俺たちのパフォーマンスは話題になり、やがてよそのライブハウスにも呼ばれ、徐々に人気を得ていった。トリまでするようになり、これだけアバンギャルドなうえにメンバーが四人もいるのに、黒字まで出た。雑誌のインタビューまで受け、ヤパナンじゅうをツアーで周るほどになった。もちろん仕事をそうは休めないので、有休の範囲内で、だが。

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