二十七、石器のやっ気の聞かん気の処刑ライブへ(風雲篇)
○月×日の午後四時半、パロロのステージに山のような分量のデコレーションケーキが積まれた。高さ数メートルのでかいのもあれば、小箱ていどのもあり、山頂で大小さまざまの岩がひしめいているような、奇怪なていになった。どうせモジるんだからその必要はなさそうだが、ケーキの色はどれもカラフルでどぎつく、かわいいとかおいしそうというより、不気味にしか見えない。不気味ファンタジーの森である。
その森をぬって、悪の魔法使い、高塚が杖をふるって周りの食材を次々にガラスケースや鉄板、机やドラム缶などの資材に変えていく。でかいのは、中身の機械がはみでた車体の輪切りとか、ぶっそうな感じにする。彼は本番まえなので、黄色のシャツとジーパンのラフな格好だ。
そして彼の周りでは、十数名のメンバーが続いて、杖で食い物をモジっていく。そのかけ声が「モジカル・モジール」という、モジってまたモジり返すような、なにもやっていないかのような言葉だったが、研究のすえ、中身も手触りもケーキのまま、外見のみをゴツく変形させるには、これがいちばんいい、と分かったという。
高塚が、出来上がったガラスケースを「ほれー!」と部下にぶつけると、それは頭に当たって、いかにもヤバそうにガシャンと割れて飛び散ったが、破片は顔や体のあちこちにひっついただけで、ケガひとつしない。相手も笑い、「なにすんすかー!」と足元の鉄板をぶつけて、リーダーも「こらっ、なにするかっ」と投げ返し、キャッキャうふふしていたが、これもモジがちゃんと働いたかを確認する大事な作業なのだという。たしかに、本番ではこれらを客にぶつけるわけだから、モジりすぎて本物のガラスや鉄板になっていたら、えらいことになる。
それでも、こんなに平気でぶつけあうってことは、そうとうの自信だろうから、たんに遊ぶ口実なのかもしれない。ステージ裏から、このなごむ光景を見ていると、この悪魔ヤロウが、なんかいい奴に見えてくるから不思議だ。
店長の話では、ライブは向こうからの申し出だったらしいが、彼からは、店を破壊しないこと、(新参の)客に極端な迷惑をかけないこと、ライブ終了後にホールの掃除をすること、などの条件を出した。高塚は喜んで承知し、「破壊なんて、とんでもない。もう犯罪行為はしませんよ」と笑ったという。
クーデター未遂事件から数日後、高塚愛音はみずから城へ出頭し、取調べを受けたが、結局は証拠不十分として釈放された。逮捕されたライエルパッパ元・国防大臣は、彼が主犯だと最後まで言い張っていたが、周到な高塚は、証拠がひとつでも残るようなヘマはしなかった。脅迫文の筆跡が決定的な証拠になったが、ライエルパッパは、これも高塚が自分に書かせたものだと主張、しかし本人が手紙について「見たこともない」と言い、それで終わった。
ただ、ライエルパッパと知りあいだと認めはし、彼の今までの軍と政府への貢献をどうかくんでほしいと司法局に頼みこみ、結果、ライエルパッパは減刑され、本来は死刑のところを無期懲役になった。これなら終身刑とちがい、恩赦の可能性がある。もちろん、こんな気遣い程度で、ハメられた恨みが減るとも思えないが。
いまだに分からないのは、高塚がなんで国防省に取り入ってまで、あのくだらない、むなしいバカなライブを、それも俺と海子を脅すためだけにやったのか、ということだ。それもでかいドームを借り、それを破壊して多大な損害を出してまで、である。たとえ国王みずからが戦艦で突入までしなくても、政府の要人をだますだけでも、じゅうぶん危険きわまる愚行だ。そこまでのリスクを犯すメリットが、なにかあったのだろうか。
だがライブで彼は、「すべての芸術の覇者になり、いずれはヤパナジカルの支配者となる」と言っていたので、いっけん不可解な行動の根底に、深い野心があるのは間違いない。ラフレスさんも、なにかヤバいことが起きると言っていたし。
今日のライブは、徹頭徹尾、気をぬけまい。
そこへ、ケーキの投げつけあいをやって、メチャクチャ気を抜いていた奴が来た。「今日はよろしく頼むよ、平山くん」と手を出したので、形式的に握った。「オカリナのみんなも、来てくれたらいいのに。チケット送ればよかったねえ」などと言ったが、もちろん観に来るなんて、わざわざ教えなかった。
それはたんに、まためんどうが起きそうだからで、海子が来ると知ったら気をつかってライブに支障がでるだろうから、内緒にしといてあげよう、あー、なんて優しいんだ俺は、などということは、まったくなかった。
午後六時半の入場時間になると、かなりの数の客がぞろぞろ入ってきて、ホールはほぼいっぱいになった。椅子なんかはなく、客は海底に林立する海藻のように棒立ちである。
予定どおり、海子以下オカリナのメンバーたちは、開演ぎりぎりに来て最後尾から覗き見る形になった。かぶりつきで奴と目があったら、こんな嫌なことはない。
ところが、そうは思わない奴がいた。ステージ裏からホールのほうを見ると、最前列に男ズールの姿があるので、俺はあわてて後ろに行って、海子に事情を聞いた。理由は「後ろで見てても面白くねえ」という、あいつらしいシンプル極まるものだった。
まあ、海子以外は面識がないから、目があっても大丈夫だろうが、そのうち、ズールの右隣に雄二の顔がひょっこり出たので、またまた後ろに行った。
「観る以上は、今後の活動の参考にしたいんですって」
海子は言いつつ、まわりを見回し、うららもいないことに気づいた。またもステージ裏に戻ってホールを見ると、ズールの左にちゃっかりうららがいた。これで右に美少年、左に女子高生アイドルで、ズールは両手に花である。
だがそのうち、ズールもモジックで花になりやがった。どうせなら雄二の右に移って、女同士ではさんでやれよ、って、そんなこと言ってる場合か。
「海子は、絶対に前に出るなよ」
また後ろに行って俺が言うと、彼女は眉間にしわを寄せた。
「あたりまえでしょ。誰があんな奴のライブなんか」
「そうかあ? 面白くなって、参加したりしないかあ?」
疑う俺を指して、キレかかる海子。
「するわけないでしょ! 和人のほうだって危ないじゃない」
「俺は仕事中だから、大丈夫だ。参加なんかするわけない」
「参加じゃなくて、ライブにかこつけて、あいつになにかしようとするかもしれないじゃない」
「なんだよ、俺が高塚になんかしたら、困ることでもあるのか」
「なんで、そうなるのよ! もしかして、妬いてるの?」
流し目で言われ、ほぼ図星なので、キレかかる俺。
「な、なんでそうなるんだ! べつに、海子があいつと以前から知りあいだからって、ねたんでたり、ヤキモチとか、ちくしょうコンノヤロー、とかは、つゆほども思ってないぞ!」
「バカバカしい」と、あきれ顔で肩をすくめるキャノジョ。「高塚とは確かに前から知りあいだけど、つきまとわれて迷惑してただけで、なんにもやましいことはないわよ」
「でも一回くらいデートとか、してたくさくないか?」
「してたくさくありません」
「そ、そうか、よかった」
喜びがあからさまに顔に出てたのか、ぶっと吹き出しやがった。ほぼ一分ほどの爆笑。長い。
「わ、笑いすぎだろ」
むちゃくちゃ体温が上昇したが、「ふふふ、ごめんなさい」と涙を指でぬぐう彼女の頬も、ほんのりピンクに染まっていた。
ライブが始まると、以前ドームでしてたのと同じ、オリーブ色の特攻服に白マント姿の高塚がステージに現れ、いきなり足元のガラスケースや鉄板、ドラム缶などを次々に投げだしたので、ズールはビビってよけた。
「バッキャーロー! あぶねーじゃねえか!」
だが、ほかの常連客は喜んで顔面で受けたり、体当りしている。危険資材は、ガラスならガチャンと音をたてて割れ、鉄板や缶ならバンとへこむなど、どれもそれらしい壊れかたをしたが、当たった人間のほうはビクともせず、破片まみれで、両腕をあげて大喜びしている。
ケーキをモジってある、とチラシに書いてあったのを思い出したのか、ズールも負けじと体を張って「おらおらー!」と凶器を受けまくり、「すっげえ! 全然いたくねえぞ!」と感動していた。雄二も最初はビビっていたが、飛んできたブロックに恐る恐る手を当てると、難なくぐにゃりと曲がったので、すぐになれて、しまいにはみんなと一緒に、落ちている資材をひろって投げ返したりした。
うららは、いきなりてめえから目の前の車の顔に頭からダイブし、ライトもボンネットも、フロントガラスも、すべてぐちゃぐちゃに潰してエキサイトした。安全だから、保護者のズールさんも安心だ。というか、保護者じたいが飛んでくる鉄板や机にパンチして暴れまくっている。
バンドには(これがバンドならば、だが)、十数人のメンバーが加わり、無数の鉄や瀬戸物、アルミで出来たヤバい物体が、観客に雨あられと降り注いだ。それを体で受けて壊し、また高塚たちに投げ返す。まさに客とバンドが相互に働きかける、狂ったコミニュケーションだ。
見てて感動すら覚えた。前はバカにしていたが、今は、こういうのもアリだ、と認めざるをえない。
いや、待てよ。
これってパンク・ゴッドの遠藤ミチロウ先生が、ザ・スターリンでやっていたのと、まんま同じじゃねえか。
八十年代初頭の話なので、もちろん自分はそのころ生まれていない。だから観たことはないが、日本にそういう伝説のパンクバンドがあった。ボーカルの遠藤ミチロウさんが、ブタの頭や臓物みたいな汚物を客に投げつけて、客のほうも投げ返したりして、ライブというより、異常な祭りのような様相を呈していたそうだ。
そして、今見ているこれは、たんに汚物がケーキをモジったニセ凶器に変わっただけで、なにも目新しくはない。まあ、ゴミや肉とちがって、においとか不潔さがないので、このほうが洗練されてスマートかもしれないが、ぱっと見が恐ろしいだけで、じつは、なんの危険もない。まさに、奴の言っていた「エンタメ」そのものである。
気がかりなのは海子で、彼女もアーティストだから、興味をもって前に出てきはしないか。探したら、最後尾にいて、ほっとした。
が、怒られた。
「そう何度も来なくても大丈夫よ。仕事なさい」
「そ、そうだな。なにか変わったことは」
「さっき雄二くんがトイレに行ったくらいかしら」
そこへ、狙ったように高塚がマイクで叫んだ。静まる観客。
「変態的革命家ならびに、悩めるインテリゲンチャー諸君! 今夜はスペシャル・ゲストを呼んでるぜ! なんと俺の担当天使さまだ!」
俺たちは同時にステージのほうを見た。
天使? こいつもラフレスさんか? そういや、自分で呼んどいて、彼女はまだ姿を見せていないが……。
「この方は、コクーン史上最悪の問題児といわれ、この平穏きわまるつまんねえヤパナジカル上層部を、その傍若無人のふるまいで荒らしまわり、数々の伝説をお作りになったツワモノだ!」
嫌な予感がふくれあがる。こんなの、絶対ラフレスさんじゃねえ。
って、ことは、まさか……。
「では、ご登場ねがおう!
反逆の天使、チャチャリーナさんだああ!」
俺たちは、そろって廊下に走っていた。
ちょうど、ハンカチで手をふく雄二にぶつかった。
「ちょ、ちょうどいいところで会った!」
わざとらしい笑みを作り、おおげさな手振りであせりまくってしゃべる俺。
「じつは、お前のお袋が危とくだ! すぐ帰れ!」
当然、きょとんとする雄二。
「そんなのいるわけないじゃん。どうしたんだよ、いったい」
「そ、そうだ、花火やりましょ!」と、俺の隣で同じくあせりまくる海子。「ほら、子供のころやったでしょう?」
「いいねえ、ライブハウスの入り口でしゃがんで線香花火!」と必死な俺。「この季節にぴったりだよな! 雄二、ぜひ、そうしろ!」
「なにがぴったりだよ、いきなり花火とか、メチャクチャ不自然じゃないか!
なんだよ、僕がホールに戻ると、何か困ることでもあるの?」
二人とも「ぎくっ」となり、ますますあわてて「とにかく帰れ!」「そうよ、ここは子供の来るところじゃないわ!」などと、さらに意味不明なことしかほざかないので、より相手の不信感を増すしかなかった。しかし俺だけでなく、海子もこんなに嘘が下手だったとは知らなかった。
言うに事欠き、俺はついに彼の両肩に手を置いて、さとすように言った。
「じつは、高塚のアホが爆弾で客を殺そうとしてる。とっとと逃げよう」
「ええっ?! 大変だ、早くお客さんを避難させなきゃ!」
「客もすぐ逃げるから、とりあえず、俺たちが先に出よう」
「分かった」
ほっとして三人で出ようとすると、トイレに行く男二人連れの客とすれちがい、会話が聞こえた。
「モジったケーキぶつけても、安全すぎて刺激が足りないな。あっちの世界じゃ、爆弾で客を殺そうとしたらしいぜ」
「やっぱ、そこまでやってくんなきゃ、つまんねえな」
とたんに顔色が変わる雄二。
「なんだよ、爆弾なんて嘘じゃん! なんでそう、僕をここから出そうとするんだよ!」
「い、いや、それはだな……」
困っていると、ホールから聞いたような声が響いてきた。あっ、やべえ、この歌声は……!
はっとする雄二。仕方なく体で防ごうと、二人でラグビーのごとく身がまえたが、彼はふっと寂しく笑うだけだった。
「そうか、チャチャが来てるから、それで……」
てっきり、声を聞くや、たちどころに理性をうしない、白目むいてよだれたらして、鼻息むんむんで野獣のごとく「チャチャああー!」とか突入するかと思いきや、意外に落ち着いているので、感動した。隣の海子も目がうるんでいる。
「ありがとう、僕を助けてくれたんだね」
彼の殊勝な言葉にじんときた。人間が天使とデキると、人は死に、天使は消える。そして雄二はチャチャリーナにゾッコンほれている。だからいま、彼女に告ったら、彼は死ぬのだ。それは絶対に阻止しなければならない。だが、彼はもはや以前のガキっぽい彼ではなかった。
俺は感激のあまり男泣きした。
「成長したなぁ、息子よ……」
隣で海子も「こんなにたくましくなって、お母さん、うれしいわ」とハンカチを目にあてた。これには雄二も照れた。
「やめてよ、なんで急に親子と化してんの。僕なら大丈夫だからさ、ほら和人も仕事に戻ってよ」と笑う。
「そ、そうか、そうだな……ん?」
ふと、異変に気づいた。雄二が笑いながら、じりじりとホールのほうへ移動しているのだ。
「お、おい、動いてるぞ!」
「えっ、そんなバカな……うわああ!」
驚く雄二。
「こ、心が禁じても、体はチャチャを求めてしまう! チャチャあああ――!」と駆けだす。
やっぱ、ダメじゃねえか!
あわてて二人で追ったが、彼はホールへ飛びこみ、俺たちも続いた。客たちはあいかわらず物を投げつけあい、山と積みあげられたドラム缶の上にチャチャリーナがいて、マイクを片手に歌っている。前に見たのと同じ、脳天にまっかなリボンをむすんだ、フリフリのアイドル衣装だ。客を押しのけて最前列に行こうとする雄二を、必死にはがいじめにした。
「は、はなせええ! チャツャあああ、チャチャあああ!」と、目をぎらつかせ、鼻息むんむんで完全に理性を失ってもがく雄二。とても、こいつのファンには見せられない姿だ。
だが、当のチャチャリーナは、前のライブのときと同じように、またマイクに向かってむくれた。
「むうう、うるさくてイヤなのぉ。歌うと、いっつもうるさいのぉ」
「なにいってんだ、見ろ、この盛りあがりを!」とマイクで言う高塚。「ノイズとアイドルの合体という新境地だ! ベイビーメタルを超えたぞ!」
「それよりぃ、ヤパナジ征服するんじゃないのぉ? チャチャね、とっときのアイテム持ってきたのー」
「ああ、あれな。あわよくば、ってだけで、本気じゃないから」と手を振る。「とりあえずは、音楽の覇者になりてえだけだから」
「そゆうむずかしい話、チャチャわかんなーい。せっかく持ってきたからぁ、見て見てえ」
そう言って、どこからか、ボーリングのボールのような、でかい黒玉を三個出して、足元のドラム缶の上に置いた。上から、いかにも導火線ぽい短いヒモが出ている。どう見ても爆弾だ。
一個ずつ手にとって説明しだす。
「これはぁ、原子爆弾でぇ、こっちがぁ、水素爆弾でぇ、そっちはぁ、中性子爆弾なのぉ。ぜぇんぶ爆発させればぁ、この世界は、君のモノなのぉ」
「ばっ、バカ言ってんじゃねえ! はやくしまえ、そんなもん!」
さすがにあせった高塚がわめいたが、首をふるチャチャ。
「だーめ、担当天使はぁ、ちゃんとぉ、その人にあった人生を歩ませないといけないのぉ。だからぁ、君はこれで、この世界を征服するしかないのぉ。グッドな指導なのー、あったまいーのー」とピースして誇る。
「みんな死ぬだけで、なにも征服じゃねえよ! やめろ!」とドラム缶の山にのぼろうとするが、上から缶を落とされ、顔に当たって落ちた。
「これ、おいしいのぉー」と、脇の缶の縁をバリバリかじりながら、足元の缶を蹴って落としまくるチャチャリーナ。
「やめろ、爆弾が落ちたらどうする!」
彼にすれば、またここでも爆死するのは嫌にもほどがあるのだろう。
雄二を押さえていると、ズールが来た。
「おい雄二、おめえ、あの女を説得しろ!」
「な、なに言い出すんだ、てめえ!」とキレる俺。「雄二を殺す気か?! あいつとデキたら死ぬんだぞ!」
「あいつは、こいつにホの字なんだから、言うこときくだろ! それとも、全員死んじまってもいいのかよ?!」
「いい!」
断言すると、さすがにみんなあきれたようだった。
だが首をふる俺。
「いや、よくねえ。なんか、やり方があるはずだ」
「僕、行くよ」
雄二が不意に言うので、俺は驚がくした。
「そんな、世界の終わりみたいな顔しないで」
「で、でも、お前……」
泣きそうになる俺に、天使の微笑を向ける雄二。
「だいじょうぶ、僕は絶対死なないし、みんなを死なすようなこともしないよ」
俺は思わずハグした。いつもみたいに嫌がらず、ハグし返してくれた。
「絶対に生きて帰れよ」
「もちろんさ」
海子も、いつのまにか来ていたうららも、続いてハグした。最後にズールすら、照れながらハグした。
「おめえには迷惑ばっかかけて、すまねえな」
「そんな、どう見ても死亡フラグなセリフ、やめてよ」と苦笑する。「じゃ、行ってくるよ」
彼は、戦地におもむくヒーローのように、ステージに向かい歩きだした。ドラム缶の山を見あげ、「チャチャー! 僕だー!」と叫ぶ。客が爆弾を見たせいで、いつしかホールはしんとなっていて、マイクで言う必要はなかった。
見下ろして喜ぶ女。
「あっ、雄二なのぉー! 好きなのおー! あいしてるのおー!」
ここで告り返すと、彼は死に、チャチャは消えるが、とりあえず世界は助かるだろう。
だが、彼にそんな選択肢はなかった。
「チャチャ、爆弾をしまってくれ! 僕を愛してるなら、そうしてくれ!」
「イヤなのぉ」と首をふる。「あいしてる、って言ってくんなきゃ、しまわないのぉ。チャチャ、雄二の愛がほしいのぉ」
「そ、そうか……」
(やめてくれ……!)
俺は頭をかかえた。そんな、雄二が死ぬなんて。なんで、あんないい奴が死ななきゃならない。いっそ俺をかわりに。
いや、どっちかなんていやだ、いやすぎる。
ちくしょう、どうすりゃいい。
だが俺が決断する前に、誰かが天井から落ちてきて、缶の山に突っこんだ。
うららだった。
山は崩れ、うららが「爆弾よこせー!」とチャチャと奪いあいしながら、ドラム缶の雪崩とともにずり落ちてくる。
「落としたら、みんな死ぬぞー!」
高塚の叫びに、俺たちはあわてて駆け寄った。