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二十五、世界終末ギグへ(その四)

 俺たちは、今度こそ死んだはずなのに生きていた。日本語おかしくないか。


 なんだこりゃ、と思った。全身べったべただ。しかも、なめると甘い。

 これは――。

 クリームだ。ケーキの。


 目の前にバカでかいデコレーションケーキがあって、俺たちはふたりとも、その前で広大なふよふよのクリームの海に浸かっていた。どうも、このケーキから発射された巨大クリームの塊に埋もれちまったらしい。

 ぶあついクリームを顔からぬぐい、鼻から頬から白いかたまりの乗るマヌケな面を見あわすと、高塚の高笑いがした。

「ははははは! どうだ、驚いたろう!」


「そうか、てめえ、最初っから巨大ケーキをモジって戦車に……」

 あまりのことに、俺がケーキまみれの顔でキレると、海子も隣でめっちゃケーキだらけの顔を引きつらせて叫んだ。

「か、かついだのね?!」


 すると高塚は含み笑いしながら寄ってきて、一枚のチラシをわたした。ライブのチラシだ。そこには高塚の腰に手をあてて虚空をにらむ勇ましい写真があり、その上に太字ででっかく、こう書いてあった。


「暴虐ノイズバンド、ヒューマン・トルペドスによる、性器の、いや生気の、じゃない、世紀の処刑ライブ、近日開催! ガラス、鉄板、ドラム缶、あらゆる危険資材が、あなためがけて飛んでくる! この地獄に耐えられる、命しらずのサムライども、あつまれ!(注意・資材はすべて柔らかいケーキやスポンジにモジックをかけて変形させたもので、いっさい危険はありません)」


 いっさい危険はありません、って……。



 俺と海子は、めっちゃ幻滅のジト目で奴を見た。が、性器、いや石器、じゃない、世紀のヤマ師は、そんなもん気にする様子もなく、ドヤ顔をくずさない。

「うちのギグは、すべて安全第一、お客に安心してスリルと興奮を楽しんでもらうための、第一級のエンタメだ」

「で、でも、あっちの世界じゃ……」

 海子が言いかけると、手で制した。

「たしかに、アトランタでは本当にガラスを割ったり物を投げたりして破壊していた。それはエスカレートし、最後には俺自身が命を落とした。

 だから、ここではもっと頭を使うことにしたんだ。いわば、楽しいバイオレンスの提供だ。このモジカルってのを使えば、かなりの危険行為もフィクションとして体験できる。向こうにあった、バーチャル・リアリティみたいなもんだな」


「だが、さっき飛んできた弾丸は本物だったよな?」

 俺が言うと、奴は軽く肩をすくめた。

「あくまで、脅すつもりだった。いくら俺でも、本当に殺人までするわけないだろう。最初から、君らをさんざんビビらせたら、今みたいに巨大ケーキに戻して、指さして笑う計画だったのさ。

 どうだ、楽しんでもらえたかな?」


 俺たちはどっと疲れ、クリームの海に座りこんで、たがいに背をもたれた。それを見て、さらに大笑いする高塚愛音。

「はははは、本当に殺されると思ったろう!」

「思ったわあああ!」と叫ぶ俺。

「こんの、クソ野郎……」とにらむ海子。


「国王までが来るとは想定外だったが……まあ、ギグは大成功だな!」

 言いつつ、硝煙のあいだに見える飛行船をながめる高塚。

 船はとうに着陸しており、無数の近衛兵が降りてくるのが見えた。奴は俺たちに「では、どこかでまた会おう。さらば!」と言い、さっと白マントをひるがえして、いずこへともなく去った。

 俺たちは、むかついていいんだか悪いんだか、キツネにつままれた心境で、クリームの海に座ったまま取り残された。


 ふと、白いクリームだらけの顔を見あわせた。海子が吹きだした。俺も続いてぶーっと吹いた。

 ひとしきり笑ってから、俺はおもむろに言った。

「やられたな」

「でも」

 海子は、いきなり抱きついて言った。

「たのしいデートだったわ!」




 あとで知ったことだが、数ヶ月前、アトランタから転生してきた高塚愛音なる自称ポップ・ミュージシャンが、ライエルパッパという国防大臣に取り入り、クーデターをそそのかした。高塚は常備軍のチャリオット(馬引き戦車)を、一回りも大きい近代的戦車に改造したものを見せたが、それらはご存知のように、すべて巨大ケーキをモジったものだった。


 この事件後、ライエルパッパは謀反罪で逮捕され、高塚愛音はゆくえをくらましている。

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