二十三、世界終末ギグへ(その二)
ドアがしまるや、再びドーム中にワルキューレが轟音でかかり、特攻バカがさっそくバンのドアを外からでかいハンマーで叩きだした。ドッカン、ドッカンと打撃音が響くたびに、ドアは内側へベコベコとへこみ、窓が割れて破片が飛び散った。
「ちょ、ちょっと、なにするの?!」
俺が窓に背を向けて抱きしめてかばうと、海子は顔を赤くして叫んだ。いきなりで、恥ずかしいからではない。怒っているのだ。
「やめて、和人の背中に破片が――」
「少々ちくちくするが、だいじょうぶだ」
笑ってみせた。たしかに、背中のそこかしこがウザいだけで、痛いまではいかない。だが、海子は俺の背を触って、手を見た。てのひらのまんなかに、ひとすじの血が流れていて、嫌そうに目が見ひらいた。
「ケガするから触るなよ」
「なに言ってるの、自分はとっくにケガしといて、ずるいわよ」
なにがずるいんだか分からない。ケガするほうが偉いのだろうか。少し混乱してるのかもしれない。
「ケガなら平気よ。いつもステージでしてるから、慣れてるわ」
そういえば、彼女はいつもライブで転げまわって生傷だらけだから、こういうのも、ふつうのことかもしれない。
だが、俺は今、こういう形で彼女がケガするのが、もんのすごく嫌だった。
「あれは好きでやってるが、これはケガさせられるわけだろう。ぜんぜんちがう。いいじゃん、たまには俺がケガしても」
ワルキューレのシンバルにあわせ、ガチャーン! と向かいの窓が割られた。さっとそっちに背を向けると、わりとでかい破片が飛んで、背中が切れた。
「うっ――!」
「かっ、和人?!」と色を失う海子。
「さすがに、ちと痛いな」
「どうだ、降参するか?」
嫌味ったらしい声に振り向くと、窓からのぞく高塚のニヤけ顔があった。俺は、あたりまえだがイライラした。
「するわけないだろう、殺されるんだから。耐えてたほうがマシなのに、どこのボンクラが、わざわざ死ぬようなことするか。バカなのはじゅうぶん分かったが、あらためて、本当にバカだな、お前」
「口のへらねえ野郎だな」と口をひん曲げる。
「じゃあ、こうしよう。海子、お前がオカリナを脱退してうちに入ったら、二人とも解放してやる。それとも、このままお前の彼氏を血まみれにするか? どっちを選ぶかは、お前の自由だ」
「血まみれにしてんのは、お前だろ」と俺。「ついに、てめえがなにしてんのかも分からなくなったか」
「うるせえ! お前には聞いてねえ!」
だが、海子はこの世の終わりみたいな顔でうつむいた。俺は背中より胸が何倍もズタズタになり、振り向いてうらみがましく言った。
「好きな女を苦しめて楽しいか? てかお前、本当に海子が好きなのか? たんにムカついてて、殺してえだけなんじゃないのか?」
「どこまで、ひでえことぬかすチンピラだ。
よし、今度はお前に聞こう」と指さす。「お前が海子を俺にゆずれば、二人とも命だけは助けてやる」
「脳みその無さも、ここまでくるとワカメ並みだな」
「なんだと?!」
変に驚くバカに、親切に教えてやる俺。
「いったいお前、俺なんかに海子をどうこうする権利があると思ってんのかね。どこから、そんなクソ思考がわいて出た。口までアナルになったか。前後アナルで、クソしか出せねえのか、てめえは」
「まったく何も、会話する気のカケラもねえようだな……」
あきらめたバカは引っこみ、バンを周りから徹底的に破壊しだした。ハンマーでボディのそこらじゅうをへこませ、割れた窓にチェーンソーを突っこんでシートをザクザク切りきざむわ、屋根にあがって削岩機でドスドス穴をあけるわ、まぁ本当にご苦労なこった。
上からとがった先端が突き出し、「うわっ、あぶねえ!」と床に這って避ける。抱きあったままだが、もちろん俺が上だ。
「私、上のほうが好きなの。かわってよ」と海子。
「こんなときに、なにをそんなお色気ジョークを……」
「下になって……! おねがい……!」
力なく言う、その閉じた目から大粒の涙があふれていて、驚いた。俺が傷つくことで、彼女も折れそうなほどに深く傷ついているのだ。
胸が破裂しそうに痛み、でも同時に海子がいとおしく、その泣き濡れた顔のすべてに、めったくそキスしたくなった。
が、今はそんな場合ではない。上でのんきに体操してるバカに対し、猛烈な怒りが爆発した。
だが、どうしようもない。杖でもあれば、削岩機なんかモジって、うどんにでもしてやるんだが。
(ちくしょう、どっかに杖でも隠してねえかな。そうすりゃ、モジって……)
周りを見て、ふと気づいた。
そうだ、モジだ!
海子と相談し、二人でかがんで這うように運転席に行った。そして、肩をくみ、ハンドルに向かって同時に叫んだ。
「モジカル・ドライブ!」
とたん、俺たちは後ろにひっくり返った。それは上の奴も同じだったが、もっとひどかった。急発進したバンの屋根からバカがぐるんと転げ落ちて、遠ざかっていくのが、後ろの窓から見えた。
「やったぞ!」
「すごいわ、口だけで動くなんて!」
杖なしでモジるのは、そうとうのプロでなきゃできない。じゃあ、二人一緒にやったらどうなるか?
俺の予感はモロあたりし、バンにモジックをかけて動かせたのだ。一人じゃ無理だったろうが、二人が同じ対象へ同時に念じることで、モジ力が倍になったのである。
「やれえええ!」
高塚の叫びが後ろで響き、戦車隊が動きだした。BGMがワルキューレからホルストの火星に変わった。そうとう追いつめられていると見える。だが向こうからすれば、こっちが追いつめられているように見えるだろう。あたりまえだ。
何十台もの戦車が押し寄せ、銭湯、いや先頭の奴が撃ってきた。高塚が乗ってるやつだろう。
「右に曲がるぞ!」と俺。
「オッケー!」と海子。
急カーブするバンの車輪を砲弾がかすり、敷地を爆破してえぐった。派手に飛びちる芝生。ここで野球とかするんだぞ、いいのかよ。
だが、この広大なドームの敷地じゃ、逃げても遊ばれるだけだ。拡声器から奴の笑いが響いた。
「はははは、どこへ行く気だ! 最後のナンバーは、『ネズミとりターイム』! 時間オーバーだが、アンコールだ!」
そんなんしてねえし、いらねえし。
だが、奴は簡単にしとめられるものを、疾走するバンのちょい脇や後ろを、わざとかすめるように当て、必死にジグザグに逃げる俺たちをおちょくりまくった。
「もう、このままじゃラチがあかないわ!」
海子が息を切らせて言う。俺も息が弾んでいる。たがいの肩に腕をまわし、密着する体は汗でぐっちょり濡れている。ライブでも、ここまでべたべたくっついたことはない。初キッスのときだって、密着はしても、もっと落ち着いていた。
今は二人とも必死だ。タッグを組むスポーツチームみたいに、二人で同時にモジを飛ばしてバンをかっ飛ばす。彼女の熱くやわい肉体を通して、ばくばくの心臓の鼓動が、電流みたいに俺の奥深くまでぐんぐん流れこんでくる。俺のドキドキも、きっと彼女の全身に聞こえているだろう。決して楽しいわけではないが、俺たちは異常興奮していた。
そのうち、いきなり抱きあって猛烈にキスした。バンは停まり、奴らは撃ってこない。バンは壁際にいて、取り囲むように戦車の群れが俺たちに砲身を向けている。
「遊びは終わりだ」
高塚の声がした。
おわりか。
ふいに、おかしくなって笑った。
「なに、どうしたの?」と海子も微笑する。
「いや、なんという最期だと思って」
「たしかに、あまりにもふつうじゃないわね」
彼女は俺の首に手をまわしたまま、夜空のように澄んだ瞳で見つめた。
「でも、前より、何千倍も素晴らしい人生だったわ」
「俺だって。こんなに楽しい思いをしたら、もう悔いはない。次はウンコに転生してもいい」
「ウンコは生き物じゃないでしょ」
笑う海子に口づけし、俺は笑顔のまま言った。
「海子、愛してる」
「私も愛してる、和人のこと」
「きっとすぐ会えるよ」
「そうね。会えなくても会いにいくわ。私、しつこいからね」
次も絶対に二人で。
そう誓いあい、かたく抱きあった。もちろん奴には丸見えだ。
「見せつけやがって! 撃てえええ――!」
叫びと共に、轟音が炸裂した。