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十九、保護者の方、降臨

 で、そのチャチャさんは、昨日の晩にゴミを出しにいったまま、うちに帰っていないという。それで心配のあまり、ついに俺に相談する気になったというわけだ。


 俺たちは、彼女の行きそうなところをあたってみることにした。とりあえず、二人の出会いの場所、パチンコ店だ。



「やなこと聞いていいか」

 街を歩きながら俺が聞くと、雄二はこっちを見ずに言った。

「大事なことなんでしょ。いいよ」

「そのう……やっぱりチャチャリーナさんは、禁止を破った罰で、その……」

 さすがに言いにくくて困っていると、雄二は無表情でこくんとうなずいた。

「うん、たぶん消えると思う」


「神の、いちばんワケ分からんとこは、そこだな」

 俺は、むかむかして言った。

「消すとか、そんなことできるんなら、最初から違反しないように作っとけってんだ」

「作ってはあるんだよ。ただ、神にもまちがいはあるのさ」

「それ、神っていえるか? 全知全能じゃねえのかよ」

「僕らのいた世界のとは、ちがうのかもしれない。向こうじゃ、いるんだかいないんだか、って感じだったけどね。ここのは確実にいるから」

「ギリシャ神話みたいだな。ゼウスなんて、手が早いスケベジジイだろ? やだぜ、そんなのに神ヅラされたら……

 あっ、お前ら」



 街角でばったり会ったのは、女の二人づれだった。女ズールと、うららである。二人とも相変わらずかわいい格好で、今日はどちらも赤をベースにしたロングセーターのギャルファッション。帽子も赤で、魔女がかぶるようなつばの広いのを、斜めに引っかけるようにして決めている。


 俺たちに気づくと、うららがあわてて言った。

「ち、ちがうの、おそろいにしたわけじゃないの! ただの偶然だから!」

「てか、俺がこいつの真似してったら、同じになっちまったんだけどな」とズール。「しかし、女は寒くてやだな」

 自分の下半身を見下ろして愚痴る。セーターのすその下は、ぱつんぱつんの太ももが光っている。

「まぁ、かわいいためだから、しょうがねえか」

「やっぱ足だしたり、肌を露出させないとね」とうらら。「着ぶくれじゃ、かわいさが半減するし。

 でもさ」

 急に真顔になる。

「男に足をじろじろ見られるのって、やじゃない?」

「こんな中学生みたいのを見たがる変態なんぞ、どうでもいいから気にならねえ。気になんのは、てめえのかわいさだけだ」

 言いつつ手鏡を出して、自分の顔を見るズール。とたんに目が輝き、ピンクに染まった頬に手をあてて狂喜しだす。

「うひょーっ、かわえええーっ! これ、ほんとに俺か?!」


「はあ……ほんとにナルシストだねえ」とため息。「そこまで自分が好きなら、男のときも足だせば?」

「大の男が、半ズボン履いてどうすんだ。かわいくもねえのにブリっこしたら、視覚公害だぞ」

 うららは押し黙ったが、その目つきからして、「なんで、男のほうがかわいいのに……」とか思ってそうだった。



「あら、皆さんおそろいで、どうなさったの?」

 いきなりの低く品のある声にみんなで振り向くと、海子がいた。これで申し合わせたように、うららをのぞくとバンドメンバー全員が、この街角に集まってしまった。


「どうしたんだ、海子まで」

 俺が聞くと、彼女は「スーパーにおかずを買いに来た」と言った。そういや、無地の白ワイシャツに肩かけカバンのラフな格好だ。

「なんだ、こりゃ。偶然にしちゃ出来すぎだぞ。なんかあんじゃねえのか?」

 ズールが言うや、全員の頭の中に、ある女の声が響いた。

「まったく、そのとおりだ」

 あまりにもなつかしいそのお声に、俺ら全員がその姿を探してきょろきょろすると、雄二が「あっ」と俺を指さした。


 彼女は、いつのまにか俺の背後にいた。五、六歳にしか見えない小さな体に、可愛い丸顔。癖毛の多い豊富な髪と、背中にちょこんと生えた小さな白い羽根。白いギリシャ服をまとったその姿は、まさに天使である。俺が、ここヤパナジカルに転生したとき、いちばん初めに出会った、俺の担当天使さまだった。


「ラフレスさん?!」

 俺たちが異口同音に言うと、彼女は吊り目のドヤ笑いを向けた。そう、ここにいる俺たち全員が、彼女がお世話を担当する転生者なのだ。

「みんな、ひさしぶりだな。元気にやっているようで、なによりだ」

 ラフレスさんはそう言い、ズールのところへ行って頭をなでたが、ひいきとかでなく、たんにいちばん背が低くくて、手が届いたのだろう。

「よ、よせ、ガキじゃないんだから」

 照れるズールの頭を、ニコやかになでなでするラフレスさん。

「私にとって、君たちは、みんな可愛い子供だ」



「でも、そうおっしゃるわりには、あれから全然会いませんでしたね」と俺。

「それは、君らが優等生だからだ」

 やっとなでやめて、こっちを向く。

「ここへ転生してくる者が、みんな君たちのように、前世に対して、きっぱりと思い切っているわけではない。順風満帆の人生の途中に、不運な事故や病気で死んだ者も、少なからずいる。その場合、前世に未練があるから、残してきた家族や、やりかけたことや仕事が気がかりで、心痛のあまりうつ状態になったりして、ここでの社会復帰が遅れることも多い。

 そのような子は、悪く言えば、ここでは『劣等生』あるいは『問題児』なわけで、より多くの世話や指導が必要だから、私のような担当が何度も会わねばならない。


 しかし君たちの場合は、以前生きていた世界では不幸のどん底で、ほぼ恨みや不満しかなく、前世に対して未練のカケラもないので、ここではそのすべてを忘れ、能力をいかんなく発揮して、新たな生活を送れる。

 つまり、あっちでは落ちこぼれだったかわりに、ここでは優等生になっているわけだ。だから、私がわざわざ何度も会わなくてよい」


「私は、前世に対して恨みや不満しかなかったわけではありませんが」

 海子が反論すると、ラフレスさんは苦笑した。

「まあ、語へいがあったな。向こうの世界――最近はアトランタと呼ぶのがはやってるらしいが――そっちでは、君らは、どんなに不幸でも、なにか好きなことや夢のひとつはあったろう?

 じつは、そのことも、君らがここでたくましく生きていられる理由なんだ。その逆に、好きなことや夢や希望にまったく出会えぬままに死んで転生してくる者も、ごくたまにはいて、そういう場合は、『劣等生』以上に手がかかる。まあ、今は私の担当にはいないがな」


 そこまで言うと、彼女はふとため息をついた。らしくなく、困ったことがあるようだった。

「いやじつは、今日は視察がてら、君たちに聞きたいことがあって来たんだ。どんな劣等生よりも最低最悪の、ウンコ以下のカスのケチョンケチョンが、このヤパナジカルに放たれた可能性があってな」

 カスのケチョンケチョンって……。


 みんなは、なんのこったかわからなかったろうが、それを察したやつが、確実に二人はいた。

 俺と雄二だ。

 素早く彼の顔を見ると、目は飛び出そうに丸まり、口は半開きでわなわな震え、明らかに極端に反応していた。恋の相手がコクーン出身だと自分で言っていたし、事前に分かってはいたものの、こうしてはっきりしてしまうと、やはりそうとうショックなのだろう。


(やばい、あのことがばれたら――)

 俺は心底ビビった。下手したら、こいつの命にかかわることになる。ここは俺が、絶対にばれないように防がなきゃいかん。

 雄二だけを先に帰らすのがいちばんいいのだが、この状況で、そんなことをすると、かえって疑われる。二人で、なんとかしらばっくれるしかない。だって、彼女が言うケチョンケチョンなんて、どう考えても、あれのこととしか思えない。

 果たして、まったくそのとおりだった。



「こいつに、見覚えはないか?」

 広げた手配書の写真を見て、雄二が顔色を変えて「うわああー!」と叫んだので、あわてて口をふさいだ。

(バカ、これじゃ事情を知ってる奴の見本だろ!)

 だが、ラフレスさんは眉ひとつ動かさず、手配書を眺め、うなずいて言った。

「まあ、顔はとんでもなくかわいいから、そこまではげしく驚くのも、無理はないが……」


 別の解釈をしてくれて助かったが、ふつう、写真を見せた相手がいきなり叫んだりしたら、「なんだこいつ、もしや、何か知ってんじゃね?」とか疑うだろ。


 しかし、写真じたいは決定的だった。話に聞いたとおりの、頭に結ぶでかくてまっかなリボン、もさもさの髪にロリロリぷにぷにの顔。それはまさに、雄二を落とした魔性の天然女にちがいなかった。


「俺ほどじゃないが、かわいいな」とズール。

「どこかで見たような髪形ですね」と海子。

「ああ、向こうの世界の、童話かなんかのキャラククターだろう」とラフレスさん。「たしか、『不思議の国のアトランティス』とかいう……」

「アリスですよ、アリス!」

 あわてて訂正したが、すげえ国だな、それ。


「このチャチャリーナは、私の隣の地区の担当天使なんだが、百年前に現れた、ぽっと出の新人だ」

「ちょっと待て」とズール。「『ぽっと出』って、天使って、自然にわいて出るようなもんなのか?」

「おい、失礼だぞ」

 俺が注意すると、ラフレスさんはこともなげに言った。

「ぶっちゃけそうだ。誰もが気がついたらコクーンにいて、仕事をしている」

 いいのかよ、そんなんで……と思ったが、黙っていた。


 続けるラフレスさん。

「そのチャチャリーナは、現れたときからおかしかった。誰もが、これは神の失敗作だとすぐに分かった。

 言動がブリっこなのは、まだいい。だが、たとえば自分の担当する転生者を相手に、囲碁やスゴロクをやって遊ぶだけで、あとはなんの説明もなく下界へ送り出したり、その遊びで相手が負けたら、コクーンの出口から前世に押し戻そうとするなど、無軌道なふるまいをする。そういうのは全天使につつぬけなので、我々は仕事中に知らせが来て、『またか』となる――

 ちょっと待て」


 急に耳に手をあて、しばらく小首をかしげる。なにかを聞いているようだ。

「……あと少しで行くから、待っていろ。うろたえるな、なにも起こりはしない。ただの赤字だ」と耳から手をはなし、こっちに向き直る。「すまん、担当の子だ。かなり手がかかるんで、ちょくちょく見てやってる。人生がうまくいってなくてな。昨日は自殺を図ったんで、危なかった。前世では幸せだったが、ここでは落伍者だ。君らの真逆だな。まあ、ここで苦労して死んだら、次の来世ではいい思いをするはずだから、トントンだがな」

「なあんだ、よかった」とうらら。


「なんか仏教くせえな」とズール。「いい人生、わりい人生って、ただ繰り返して、ぐるぐる生まれ変わんだろ。空しいじゃねえか」

「リンネル転生っていうんだよねー」とうらら。

「輪廻だ、リンネ」

「ただ繰り返すのではない」とラフレスさん。「繰り返すうちに、進歩して魂のステージがあがっていくんだ。そうして誰でも、最終的には神に近しい存在となる。

 で、どこまで行ったかな……。



 そうそう、そのチャチャリーナの奇行が、最近はげしくなってな。とうとう仕事をさぼって、このヤパナンにちょくちょく遊びにくるようになってしまった。天使が仕事以外でここへ降りることは厳禁だ。

 私が注意すると、奴はあのブリブリの仕草で、(口調だけ裏声の真顔で)『だって、つまんないんだもーん』とぬかしよる。いくら天使の存在意義や重要性を説いても、へらへらするだけだ。

 で、そのハイパー・バカが、ついにここへ勝手に降りて、もっか行方不明なんだ。急いで連れ帰らないと――」

「ど、どうなるんですか?!」

 いきなりハイテンションで聞く雄二。怪しまれたらやべえ! 口をふさいで、ごまかす俺。

「こ、こいつ、作家なんで。知識欲が豊富なんすよ」

「はっはっは、なんだか挙動不審だな」と笑う俺たちの天使さま。「まさか君たちが、奴をかくまってるんじゃないだろうな?」

 二人で、両手と顔をぶるんぶるん振って否定した。どう見ても不自然きわまりない。


「そうそう、それで、天使が非合法にコクーンに戻らずにいて、一週間ほどたつと、自然に消えてしまう」

「ええええ――っ?! 一週間で消えるって、そ、そんな……?!」

 ショックで叫んでひざをつき、放心して地面を見つめる雄二。

 俺は、さらに必死にごまかす。

「いやぁ、ほんとに探求熱心な奴でね。そうかぁお前、そんなに天使の生態を調べたかったかぁ!」と、大げさに言って背中をよしよししても、奴はひざ立ちで、肩をがくがく震わすばかり。まずい、マジでまずい。

 だが、こちらの天使さまは、雄二の真意に気づいていないようで、苦笑して冗談を続けた。

「向上心はけっこうだが、奴を調べているうちに、かわいいからって、ゾッコンになったりするなよ?」

 再び二人して、両手と顔をぶるんぶるん振る俺たち。怪しいにもほどがある。だが、それでも「はははは」と笑って気づかないラフレスさん。バカなのかもしれない。


「まあ、気持ちはわかるが、絶対にやめておけ」と手配書を巻く。「もしチャチャリーナとデキたりしたら、奴も消えるが、同時に――」

 そこで、きっと雄二を指さし、断言した。

「お前も、死ぬ!」

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