憂慮
ナクルが治療を受けられるという話を兄から聞かされてから数日が経ち、あれから私はあまり寝れずにいた。
治療を受ければ目が見えるようになり、夢だった『色』を見ることができるというのに、素直に喜べない自分がいる。
話を聞かされた時、兄の声からはなぜか『嬉しさ』よりも、『悲しさ』や『不安』が声から感じられて、数日経った今でも引っかかっている。
人は表情で気持ちを表したり、気持ちを判断出来るらしいが、ナクル(視覚障害者)の私たちは目が見えない代わりに、声のトーンや大きさで感情を読み取っている。ナクルにとって『声』や『音』は、とても敏感なものなのだ。
兄が仕事へ行き、窓際の椅子に座り考えていると、扉の方から声が聞こえてきた。
「シオンちゃん来たよ〜!!」
「リーシャ、入っていいわよ」
「おっじゃましまーす!!」
『リーシャ』はラリナートの医療機関で働いている。18歳という若さで医師となり、これまで数多くの患者を救ってきた、国が誇る名医だ。
一ヶ月に一度、家に来て私の診察をしてくれる。とても明るく心優しい私の友人だ。
「シオンちゃん、体調はどう?」
「大丈夫、変わりないわ。リーシャは相変わらず元気そうね…と言いたいところだけど、少し疲れているようね」
「あちゃ〜、やっぱりシオンちゃんにはバレちゃうかぁ〜!最近仕事が山積みでさぁ」
診察を終え、リーシャが持ってきてくれたケーキを2人で食べながら、他愛もない会話をして楽しんでいた。この時間は私にとって、とても大切な時間だ。
「ねぇシオンちゃん、最近アグレとはどう?仲良くしているかい」
「ええ、兄さんとは仲良くしているわ。この前は私に『シオン』の花を持って帰って来てくれて…」
その時、私は兄さんから聞かされた話を思い出し、リーシャにナクルへの治療法について聞いてみることにした。リーシャなら治療法について何か知っていることがあるはずだ。
「あのねリーシャ、あなたに聞きたいことがあるの」
「おお、珍しいですなぁシオンちゃんから私に聞きたいこととは!?なんでもこのリーシャ様に聞いてちょうだい!」
「あのね、実は…」
私が話出そうとした時、兄の言葉が頭をよぎった。
--- 実はもう少しでこの国でもナクルへの治療が受けられるようになるらしいんだ ---
ドクンと大きく心臓が跳ね上がった。急に緊張と不安が押し寄せてきたのだ。
兄の声から『悲しさ』や『不安』を感じたのは、この治療法には、きっと私には言えない『何か』があるからだ。そんなことは聞いた時からわかっていたはずなのに、いざ聞こうとすると声が出ず、手が震えた。
『…シオン!!!」
「!!」
リーシャに呼ばれて私は我に返った。
「シオン大丈夫? 顔色悪いよ、少し横になる?」
「いいえ、大丈夫、心配かけてごめんなさい」
結局この日はリーシャには聞けなかった。
いや、きっと聞いてはいけないとどこかで思っていたからかもしれない。
「 --- 実はこの前、兄さんからナクルへの治療がラリナートでも受けられると聞いたのだけれど、どんな治療法なのか知っているかしら --- 」
そう、リーシャに聞けていたらどうなっていたのだろう。