ピラティス 6
三日後。
始業後すぐの役場内に、陽和美のはっきりとした声が響いた。
「すみませんが、そういうのは自分たちでやってください。私たち町民支援課は、あくまでも町民の方々をサポートする部署ですから」
ゴールデンウィーク中の平日だからだろうか、普段なら朝に強い高齢者たちが早々に列を成すカウンターも、今日はまだ誰も来ていない。それもあって、教育課の中年男性が、「天川さん、ちょっと『子どもわくわく教室』のポスターを――」などとのたまうのを被せ気味に断る陽和美の台詞は、少なくとも同じ一階フロアで働く全員の耳へ、明確に届くこととなった。
自分より遙かに年上の男性職員。以前しれっとお茶を淹れさせようとしてきたのも、この人だ。すなわち男尊女卑の価値観を拭い去れない、典型的な旧世代のおじさん。
だが陽和美は、激昂しているわけではなかった。むしろ落ち着いた表情で、胸を張った姿勢のまま相手を見つめ続ける。お腹の部分、へそから少し下に位置する身体の「コア」を意識して。二十四個の背骨を綺麗なS字型に保ち、堂々と、真っ直ぐに立ちながら。
三日前にもアンと徹におさらいさせてもらった、ピラティスのポイント。今の陽和美を内側から支えてくれる大切なお守り。
私だって変わったんだから。変われるんだから。
瞳に力を込めたタイミングで、「これはうちの総意です」と聞き慣れた声が背後から加わった。
「他の皆さんにも、あらためてお伝えしときたいんですがね。なんでもかんでも支援課に丸投げするのは、いい加減にやめてもらえませんか。天川が言った通り、我々が小回りを利かせてサポートするのは町民の方々です。そのためにこそ設立された部署なんです。〝町のなんでも屋〟ってのはあくまでも、町で暮らす人たちのなんでも屋であって、町役場内のなんでも屋なんぞじゃないことを、どうかお忘れなきよう」
平だった。さらには杉下と竹山も、陽和美を守ろうとするかのごとく左右に控えてくれている。安心して、という力強い頷きとともに。
「皆さん……」
驚く陽和美の肩を、よく頑張ったな、とばかりに平がぽんぽんと叩いてもくれる。
が、すぐさま距離を取った彼は、なぜか拝むような仕草を向けてきた。
「ああっ、ごめん! こういうのもセクハラか!?」
狙ったのかそうでないのかはわからないが、滑稽な姿に、緊迫しかけたフロアの空気がふわりと緩んでいく。結果、居心地悪そうに立ち尽くしていた教育課の男性も「たしかにそうだなあ。なんか当たり前みたいな感じで、支援課を頼りすぎちゃってたわ。いや、申し訳ない」と素直に頭を下げて、みずからの席へ戻れる格好となった。
「凄いわね、陽和美ちゃん」
「格好よかったわよ」
杉下と竹山、そして「悪かったね。本来なら俺がああやって、最初からガツンと言うべきだった」と毎度ながら責任を感じてくれる平に導かれて、陽和美たちも町民支援課の島へと歩き始めた。
「いえ、ありがとうございます」
平に首を振ってみせてから、陽和美は小さく息を吐いた。胸元にそっと手を当てる。昼休みになったら別の勇気も出してみよう。
連絡先を交換した日の夜から、さっそくメッセージをくれた彼女。昨日も一昨日もそうだった。でも今日は、頑張ってこちらから送るのだ。
新しくできた素敵な友人――アンの笑顔を思い浮かべた陽和美の足取りは、一歩ごとにますます軽くなっていった。