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ダイエット 1

 かわせみ町にまたもや、それも立て続けのトラブルが発生したのは、年の瀬も近づいてきた十一月終わりから十二月にかけてだった。




《続・〝麗しの町〟はどこへ ~重なる不祥事~》

〝麗しの町〟が、ふたたび揺れている。

 昨年、有権者名簿を流出させた人物が町長の座に居座り続けるという、前代未聞の事件で世を騒がせた、神奈川県西相模郡かわせみ町。この地でやはり同じ人物、住谷喜久夫()町長によるさらなる不祥事が明らかとなった。


 かわせみ町では十一月上旬まで、『かわせミール・フード』と命名したオートミール料理での町おこしキャンペーンを実施していた。キャンペーン自体の中身は、町内の飲食店でオートミール料理を提供したり、原材料として使われるオーツ麦の種まきイベントを開催するなど、ごく一般的な内容だ。だが終了後、発案者でもある住谷氏に関して匿名の告発がなされたのである。

 告発は、町長(当時)としてみずから同キャンペーンの音頭を取った住谷氏が、オートミールの納入業者から、贈収賄とも取れる飲食接待や金銭のキックバックを受けていると、書類のコピーや画像つきで指摘するものだった。

 すぐさまの第三者委員会による調査(皮肉にも、こうした対応への慣れを感じさせる素早さだったとか)こそ、


・飲食接待ではないかと指摘された事案は、ランチミーティングやディナーミーティングとしての会合であり、支払もいわゆる「割勘」で行っている。また、金額も倫理規定に定める一万円を下回るので、違法には当たらない。

・金銭のキックバックに関しても、多量購入に伴う割引金額としてあらかじめ決めていた率の額が町に返金されただけであり、正当な「割戻」と判断できる。


 という結果だったが、何しろ近い過去に大事件を起こしたばかりの「問題児町長」である。割勘や割戻の裏側、文字通りの〝袖の下〟で本当は何かあったのではと、ネットを中心にまたしても大ブーイングが巻き起こる事態となった。

 さすがの住谷氏も、事ここにいたっては逃げおおせないと悟ったのか、


「町民の皆様に、繰り返しの赤っ恥をかかせてしまった。かくなるうえは、けじめとして町長職を辞するのみです」


 と会見。一昨日、言わば一年越しの辞任に踏み切った。

 住谷氏への不信感からすでに副町長も退職、不在が続いている町は、実質的なナンバー2であるベテラン参事のもと、新町長選出のための選挙を早急に行うとしている。

(牛山田咲恵:フリージャーナリスト)




「どうせ何かしら、やらかすんじゃないかと思ってましたけど」

「一過性だったとはいえ、かわせミールがめずらしく上手くいってたから、逆に怖かったのよねえ」

「……私は、もはやノーコメントで」


 事件を知った竹山、杉下、陽和美は、いつものごとく三人でぼやいたものである。我ながら情けないが、報道にもあった通り、なんだか慣れてしまっているのが悲しいところでもあった。


「マスコミへの対応は、住谷派の残党に責任持ってやらせるようにしたよ。いくらなんでも、広報係やうちに尻拭いさせるのはお門違いだろうって、みんなで厳しく伝えてね」


 と、平が内部で素早く動いてくれたのも大きく、少なくとも町民支援課は、呆れ返りつつも日常を失わずに済んでいたが。


 そうして月が変わった十二月。

 内外から注目を集める町長選挙の日程も決まるなか、驚くべき続報が流れることとなったのだ。




《続々・〝麗しの町〟はどこへ ~〝かわせみ劇場〟の行く末は~》


「一度や二度の過ちでくじけるな、というお声が背中を押してくれました! かわせみも何かに再トライ、再挑戦できる町で、社会でありたい! どうか私に、愛する町でリターンマッチをさせていただきたい!」


 駅前で涙ながらに絶叫する中年男性。冷ややかな目で通り過ぎる人もいれば、「頑張って!」「そうだそうだ!」となぜか励ます人もいる。

 そう。()()()、と言っていい。

 神奈川県西相模郡かわせみ町。当ニュースサイトでも過去二度に渡り不祥事を報じてきた過疎の町で、今現在見られる光景だ。


 なりふり構わぬ演説を繰り返すのは、前町長の住谷喜久夫氏。度重なる失態でみずから職を辞したばかりの彼が、本人の言葉を借りるならば「リターンマッチ」をすべく、なんと新町長選挙にすぐさま再出馬したのである。

「いくらなんでもめちゃくちゃだ」「どこまで面の皮が厚いのか」という至極真っ当な反応が多くを占めるなか、それでも不思議なことに、先述のように住谷氏を応援する声はゼロではない。よくも悪くも地域の繋がりが根強い、高齢者ばかりの田舎町ゆえだろうか。


〝かわせみ劇場〟とすら呼びたくなる一連の騒動が、行き着く先は果たして。フィナーレまで、筆者は今後も注視していくつもりである。

(牛山田咲恵:フリージャーナリスト)




 住谷の奇行には慣れっこのはずの陽和美たちだったが、これにはさすがに驚かされた。

 しかも、まさに「なぜか」としか言いようのない雰囲気も感じている。町村選挙というカテゴリーのため選挙運動期間はたった五日間なのだが、告示がなされるや否や、かつて彼を支持していた中高齢者を中心に、キクちゃんにもう一度チャンスを、といった声が次々と聞こえてきたのだ。


 ただしそこは「町のなんでも屋」。自然と入ってくる情報の数々から、すぐに理由を推察することができた。要因はどうやら住谷が掲げる選挙公約、すなわちマニフェストにあるらしい。

『かわせみ町民・総健康化計画』なるネーミングのそれは、次のような内容だった。



・健康寿命日本一の自治体を目指し、運動用のウェアやシューズを、六十歳以上の高齢者に無料支給する。

・かわせミールのときと同じように、地中海式ダイエット食や低糖質食、ヴィーガン食などの健康増進メニューを推奨、それらを提供する飲食店には支援金を給付する。もちろん業者との関係はより一層の透明化を図る。

・四十歳以上の町民に行っている特定健康診断において、規定量の体重を減らすことに成功した人には町で活用できる商品券、もしくは買い物アプリのポイントを支給する。



「ていうかこれ、完全なばらまき政策じゃないですか」


 例によって思いつきで羅列したようにしか見えないものの、いっそ潔いくらいの中身に、陽和美は重ねて呆れるしかなかった。

 にもかかわらず中高年の、特に女性たちが「キクちゃん、運動靴とかシャツを配ってくれるんですって」「ダイエットを頑張ると、商品券ももらえるみたいよ」とものの見事に食いつき、さらには田舎ならではの口コミも手伝って、町内では住谷人気が復活傾向なのである。


「みんな口車に乗せられすぎですよ。どっかの芸人じゃないけど、〝捕まってないだけの詐欺師〟みたいなもんなのに」

「そもそもばらまきのもとは、ご自分たちが払ってる税金だしね」


 竹山と杉下もぼやいていたが、陽和美はその一方で呆れる以上のもやもやした想い、もっと言うならば苛立ちのような感情も覚えていた。


 運動とかダイエットって、そういうものじゃないのに……。


 上手く言葉にできないし、自分でもはっきりした答えはわからない。けれども、ダイエットをだしに票を得ようとする住谷のやり方や、言い方は悪いが盲目的にそこに飛びついてしまうような考えは、絶対におかしいと思う。


 ダイエットって難しいんだよ。でも、だからこそやり甲斐があって、いろんな発見もあるんだよ……。


 外回りに出るため、いつもの公用車に乗り込んだ陽和美は、運転席できゅっと唇を噛み締めた。輪郭は丸いままながら、険しく引き締まった自身の顔がルームミラーに写っている。


 物とかお金に釣られて、ひょいひょいできるもんじゃないよ。よこしまな気持ちでやっても健康になれないよ。綺麗になんてなれないよ。


 胸の内でつぶやいた台詞から、まさに健康美を体現している美しい友人の姿が脳裏に浮かぶ。無邪気な笑みを向けられた気がして、少しだけ表情が緩む。


「アンさんや徹さんが、教えてくれたんだもんね」


 姿勢が整えば心も整って、ちょっぴり勇気まで出せること。

 焦らずに、「頑張らないを頑張る」くらいのペースで継続する大切さ。

 小さな友達のお陰で育めた、食への意識。

〝推し〟と同じメニューを食べながら、自然とこぼれる笑い声。


 この八ヶ月あまり、ダイエット活動を通じて自分が手に入れたもの。「もどき」ばかりだけど、傍から見れば「なんちゃって」ばかりかもしれないけれど、それでもたどり着けた景色。

 だから、と思う。

 町の人たちにも、変な欲目抜きで運動やダイエットに向き合って欲しい。その方が絶対に健全だし、絶対にいい結果が待っているはずだから。どこかで笑顔になれるはずだから。


「あっ!」


 アンの姿を思い浮かべたことで、陽和美は別の記憶も刺激された。車を発進させながら、とある疑惑が膨らんでいく。


「まさか、あの穴って……」


 アンを町内で初めて目撃した春。あのとき、かわせみ城址公園で彼女がならしてくれていた穴。


「何かを育てようとして!?」


 公園の管理人によれば、たしか他の場所も掘り返されており、犯人らしき謎の人物は逃げてしまったとも言っていた。けれどもあれは、もともと企んでいたオートミール町おこしや、さらには今回ぶち上げた地中海式ダイエットだのヴィーガン食だのに向けての、ひそかな動きだったのではないか。住谷本人か、もしくは息のかかった者が、そのための食材を試験的に栽培しようとして。

 妙なところで手の早い住谷だ。実際にオートミールの種まきはイベントとして実施されたし、可能性はじゅうぶんすぎるほどある。そもそも自分たちの憩いの場である公園の花壇を、普通の町民がなんの意図もなく掘り返したりなどするはずがない。


「まったく……」


 いつものひとりごとともに、陽和美は車を走らせ続けた。さいわい今向かっている場所も、顔馴染みの高齢者夫婦が営む鮮魚店である。


 とにかく、皆さんを少しでも説得しなきゃ。


 役場職員という立場上、直接的な介入はもちろんできないが、今や全国区の問題児をふたたび首長にしてしまうわけにはいかない。何より町民たちに目を覚まして欲しい。

 町の人々と触れ合ってきた場面が、頭のなかで次々に甦る。


 ピラティスでちょっぴり姿勢がよくなったとき。

 アンとピクニックしているとき。

 愛を案内しているとき。

 オートミール粥を食べに、ヤミーに立ち寄ったとき。


 たしかに田舎特有のうっとうしさもあるけれど、でも町民の皆はいつでも、どこでも、「陽和美ちゃん」と呼びながら身内のように接してくれた。これからもきっとそうだろう。

 だから。


 あの人にも、この人にも、間違ったダイエットなんてしてもらいたくない。詐欺まがいの政策に騙されて欲しくない。

 さり気ない説得方法を必死に考えながら、陽和美は鮮魚店がある半島の先端方面へと、車を加速させていった。

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