オートミール 4
正確には昭和天皇だが、つまりはこれが答えだった。
今上陛下から二代前にあたる昭和天皇は、朝食に『ポリッジ』という名称のオートミール粥をよく食されていたのだという。そして高齢者のなかには皇族のファンが多い。なかでもその世代の人たちが、「美智子様」と今もしばしば名前で呼ぶ上皇后陛下は、美しい容姿と上品な立ち居振る舞いで、御成婚の頃などは大フィーバーが起こったのだとか。
「美智子様」も義理の父=昭和天皇と同じものを、少なくとも一度くらいは召し上がったことがあるのではないか。オートミール料理、特にお粥が町の各所で食べられると知ったおじいさん、おばあさんたちは自身の知識や仲間うちの情報からそう考え、こぞって注文しているというわけだ。
「イエス。自分の〝推し〟と同じメニューを食べてみたい、っていうのはいつの時代も変わんないってわけね」
「アイドルとかアニメキャラとの、コラボメニューみたいな感じなのかもしれませんね」
アンと徹が、微笑ましい表情でおばあさんグループを見つめる。世代があまりにも違うからか、さいわいにも向こうは、アンが有名な若手女優だとは誰も認識していないようだ。
それよりも何よりも、おばあさんたちはオートミール粥を早く食べたくて仕方ないらしい。「光ちゃん、『かわせミールランチ』を六つ、お願いしていい?」と、リーダーの彼女がさっそく注文している。
「ランチ六つですね、かしこまりました。ありがとうございます」
「栄作君もごめんなさいね、たくさん作らせちゃって」
「いえいえ。同じメニューなら、むしろ手間が減って助かります。ありがとうございます」
栄作とやり取りする声も軽やかで、全員がわくわくしているのがはっきりと感じられる。
「たしかに私も、コラボメニューとかコラボカフェとか、めっちゃ行きたくなるもんなあ」
わかるわかる、と陽和美は大いに頷かされた。
都内や横浜といった都会にしばしばオープンする、ゲームやアニメとのコラボカフェには自身も何度か足を運んだことがある。ふれんど~るの収集もしている、日本刀の擬人化イケメンや超能力探偵たちの名前が冠されたメニューを、やはり嬉々として注文し、何枚も写真を撮りながら大喜びで食べたものだ。
「昭和天皇が召し上がってたポリッジのレシピはさすがに存じ上げませんけど、このランチメニューも同じように牛乳で煮てあります。砂糖と蜂蜜で少し甘くもしてあるので、プレーンなオートミール粥よりは食べやすくなってると思いますよ」
「そうなんですね」
栄作がタイミングよく説明してくれたので、陽和美はますます納得できた。少なくとも自分が食べたお試し版よりは、味も美味しくなっているらしい。だからこそ町の高齢者たちも、口コミでさらに評判を広めているのだろう。
「じゃあ私も、そのかわせミール・ランチを頼んじゃっていいですか?」
あらためて興味が湧いてきたところで、陽和美も皆に倣って同じものを注文させてもらうことにした。すると隣のアンが、わざとらしく頬をふくらませている。
「どうせおんなじの食べるなら、私のスプーンからあーんしてくれてもいいのに」
「だ、だからそういうことを人前で言わないでください!」
さらには彼女の向こう側から、徹まで余計な口を挟み出した。
「ちなみにだけど陽和美さん、オートミールってじつは白米とかより高カロリーなんですよ。にもかかわらずダイエット食みたいに扱われる理由は、水分を含んで膨らむうえに腹持ちがいいので、一食あたりの分量が少なくて済むからです。栄作さんの料理が美味しいからってバクバク食べすぎると、今回も体重が――」
「徹さんも黙っててください! またセクハラ未遂ですから、それ!」
赤くなったり目を剥いたりと忙しい陽和美のリアクションに、周囲から笑い声が上がる。ついには様子を見ていたおばあさんたちまで、楽しげに参戦し始めてしまった。
「大丈夫よ、陽和美ちゃんはじゅうぶん可愛いから」
「私たちが迷惑かけてばっかりだから、いっぱい食べて元気にしててもらわなきゃね」
「そうだ、何かご馳走してあげましょうか」
「いいわね。デザートに、この『かわせミール・パンケーキ』なんかどう?」
「だったら私はこの、すむーじー? って飲み物、奢っちゃおうかしら」
「食欲の秋だもんね。たんと召し上がってちょうだい」
「け、結構です! いや、マジで! ただでさえ六十キロに復帰しちゃってるんですから!」
必死に首と両手を振りまくる陽和美自身は、体重を思いきり白状している状況にすら気づかない。表情豊かな、見ようによってはとてもチャーミングな姿に、明るい雰囲気がますます広がっていく。
「一応、みんなが笑顔になれるって部分だけは、町おこしが成功してるんじゃない?」
「だね。もっと評判が広まったら、俺もPVの制作とかを売り込んでみようかな。モデルはもちろん、〝支援課の一番若いお姉さんで〟って指名させてもらって」
「ぜっっったいにやめてください! いじめです! ハラスメントです! なんなんですか、もう!」
楽しげに笑い合うアンと徹に向かい悲鳴を上げたところで、陽和美の目の前にプラスチック製のトレイがひょいと差し出された。
「お待たせしました。かわせミール・ランチになります」
「あ、ありがとうございます。……って、うわ! めっちゃいい匂い! 美味しそう!」
栄作が腕を揮ってくれたランチプレートを見た陽和美は、現金にもあっという間に顔をほころばせていた。牛乳で似たお粥からの甘い香りが食欲をそそるし、つけ合わせの小アジのムニエルや海藻サラダも見るからに美味しそうだ。
「と、とりあえず、かわせミール・フードの本番モニターということで! だからこれは半分お仕事です! 万が一、食べすぎちゃってもしょうがない!」
懸命な言い訳とともに早くもスプーンを手に取ると、さっき以上に大きな笑い声が上がる。
アンの言葉通り、とにもかくにもささやかな一部分に関してだけは、町おこしの成果が現われているようだった。




