オートミール 3
「うわ! アンさんと徹さんもですか!?」
驚く陽和美に、「私たちもって、どういう意味?」とアンが不思議そうに返してくる。
「ひょっとして、オートミールのお粥を食べてることですか」
いち早く察したのは徹だ。俺はわかってますよとでも言いたげな、含みのある笑みがなんだか腹立たしい。が、とりあえず素直に「はい」と認めて陽和美は説明を続けた。
「かわせミール・フードのメニュー、スタート前に私もいくつか試食させてもらったんです。でも正直、お粥が人気になってるのは予想外で。担当の人たちも、きっと同じじゃないかな」
「そう? 私は好きだけど。普段からたまに食べてるし」
「まあ、アンちゃんは雑食性だから。タヌキみたいなもんだと思って、参考にしない方がいいですよ」
「失礼な。好き嫌いのない優等生って言ってよね。そもそも私にオートミールを教えてくれたの、徹さんじゃない。あの頃は徹さんも、もうちょっと可愛げがあったんだけどなあ」
「おいおい。どっちが年上だかわかんなくなってるぞ」
言葉通り美味しそうにオートミール粥を口に入れながら、アンは割り込んできた徹と息の合った口喧嘩をしている。
「オートミール、スイーツ系とかの方が入りやすいのは僕もわかります。陽和美さんが不思議に感じるのも当然ですよ」
タイミングよくアンの相手を切り上げた徹が、こちらへ視線を移してきた。ただし、やはり何かを見透かしているような笑顔が、いつも以上にうさんくさい。上から目線というか、ドヤ顔というか……。
「なら、どういうことですか」
唇を軽く尖らせて陽和美は訊いてみた。ピラティス以来、直接の運動指導はしてもらっていないが、久しぶりに「上からピンク」な対応をされている気がする。
ていうか、今日も思いっきりピンクの服だし。
黙ってればイケメンのくせに……とも内心でつっこんでいると、新たなペアが会話に加わってきた。
「たしかにオートミールのお粥は、特別人気が出そうなものじゃないですよね」
「私もこの人も、最初は意外だったんです。お粥ばっかり注文されるもんだから」
店を運営する小日向夫妻だ。コックコート姿の店主、栄作もいつの間にか厨房から出てきて、妻の光とにこやかに並んでいる。
「ピザなんかのが全然食べやすそうだと、僕も思うんですが」
「ちょっと。あなたがそれ言っちゃおしまいでしょ」
夫婦漫才めいた二人のやり取りに、陽和美の表情もふたたび緩んでいく。とはいえ肝心の疑問はまったく解消されていない。なぜオートミール料理のなかで、お粥が一番人気になっているのだろうか。
「けど栄作さんも光さんも、すぐに気づかれたんですよね。かわせみ町だからだ、って」
「ええ。アンさんの仰る通りです」
「言われてみれば、たしかにでした」
店主夫婦に呼びかけたのは、相変わらずぱくぱくとスプーンを口に運んでいたアンである。ぽかんとさせられた陽和美だが、頭の片隅ではアンと小日向夫妻が下の名前で呼び合うくらいの近しさだとわかり、ほっとしてもいた。さすがは都会からの移住者と言うべきか、この夫婦もまた彼女のプライベートを脅かすようなことはなさそうだ。だからこそアンも、こうして馴染みになっているのだろう。
……って、そこはいいとして!
内心でみずからにつっこんだ陽和美は、脱線しかけた思考をもとに戻した
「つまり、かわせみ町だからこそオートミール粥が人気、ってわけですか?」
アンに問いかけると、すぐさま「うん!」と返ってくる。しかも、
「陽和美ちゃんも早く食べようよ。栄作さんのお粥、美味しいよ。はい、あーん」
などと、お粥をすくったスプーンを口もとに突き出してくるではないか。
「い、いや、アンさん、いいですから! お店でそんな真似しないでください!」
「え? じゃあ別の場所ならいいんだ? やった! なら今度のデートで目一杯、いちゃいちゃしようね!」
「そういう意味じゃありません!」
思わぬタイミングで得意の天然ムーヴを発揮され、陽和美は頭を働かせる余裕をまたも奪われてしまった。
それでもヒントを掴めたのは、「む~、振られちゃった」とのたまうアンの目が、ひょいと出入り口の方を向いたからである。
「あ! ほら、きっとあの方たちもオートミールのお粥目当てじゃない?」
ガラス扉の向こうに見える何人もの女性。グループと思しきその一団が、「こんにちは」「お邪魔しまーす」と元気よくヤミーの店内に入ってくる。
「こんにちは! いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ! 六名様ですね。でしたら、こちらのテーブル席をお使いください」
光の案内に応じてテーブル側へ移動しかけた計六人の女性たちは、けれども一人の呼びかけをきっかけに、一斉に足を止めた。
「あら、陽和美ちゃんじゃない」
それがスイッチだったかのように、かしましく声が連なっていく。
「まあ、ほんとだわ」
「お疲れ様、陽和美ちゃん」
「陽和美ちゃんも、お昼ご飯?」
「ちょっとみんな、お昼休みっぽいのにあれこれ声かけちゃ迷惑でしょ」
「あ、そうよね。ごめんね陽和美ちゃん、休憩中にまで年寄りの相手しなくていいからね」
六名の女性は全員が高齢者で、しかも陽和美と顔馴染みの町民たちだった。なかにはつい昨日、顔を合わせたばかりの人もいる。
「いえいえ」
笑顔で首を振った陽和美は、アンの台詞を思い出した。
「ひょっとして皆さんも、かわせミール・フードを召し上がりに?」
「ええ。ぜひ一度、食べてみたくて」
グループの先頭に立っていた、リーダー格の老婦人がにっこりと頷く。生涯学習アドバイザーだの人権擁護委員だのといった、町が委託するボランティア(なのもどうかと思うが)を複数こなしてくれている、ちょっとした顔役のおばあさんだ。
笑みを深くして、彼女はアンの予想通りの答えを返してきた。
「オートミールのお粥、こちらでも食べられるんでしょう? 私たちみんな、とっても楽しみで」
「ええっと……」
陽和美は必死に頭を働かせた。六人もいるおばあさんグループ全員が全員、オートミール粥を食べたがっている? それも「とっても楽しみ」にするほど? そしてアンは、彼女たちの姿が見えるや、オートミール粥が目当てなのではと即座に看破していた。
「てことは……」
かわせみ町だから。そして、おばあさんたちだから。要するに高齢者ばかりの町ゆえ、オートミール粥が人気というわけか。
「でも、なんで?」
ぶつぶつと独りごちながら考え続けていた陽和美は、耳に届いた新たな台詞にハッとさせられた。
おばあさんの一人が、仲間たちへ嬉しそうに語ったのである。
「オートミールのお粥、美智子様も召し上がってたのかねえ」
「あっ!!」
もともと丸い目が、真ん丸と言っていいほどに見開かれる。すかさずスマートフォンを取り出して調べると案の定だった。
「やっぱり!」
一連の様子をどこか面白そうに見守ってくれていたアンたちに向けて、陽和美は笑顔で伝えた。
「オートミール粥、天皇陛下も召し上がってたんですね!」




