オートミール 1
《オートミール町おこし(仮)に関して》
本企画は、昨今ダイエット食や健康食品として人気を博しているオートミール料理を、かわせみ町の新たな名物として展開することを目指すものである。
まずはトライアルとして、実際にオートミールを使った各種料理を町内の飲食店で提供、協力店舗には補助金を交付し、料理のよさだけでなくかわせみ自体の魅力も積極的に発信してもらう。そして将来的には原料となるオーツ麦の、同じく町内での栽培も目標としてゆく。
過疎化だけでなく、諸々の問題から負のイメージを抱かれがちな我が町だが、『オートミール町おこし(仮)』を通じて人気度や経済をV字回復、スローガンとして掲げる「麗しの町」に相応しい自治体として、再生への第一歩を踏み出したい。
なお、本企画は住谷発のトップダウン事業となるため、トライアル実施は決定事項とする。
暑い夏がようやく過ぎての十月。
いずれも「もどき」でかつ緩いペースながら、ピラティスにウォーキング、さらにはレコーディングと、あの手この手でダイエットにトライしてきた陽和美の体重は、九月の頭には過去十年で最高、もとい最低の五十七・五キロを記録、約束通りアンとの水着デートをこっそり実行に移したりもできた。
しかしながら、結果が出るとご褒美が欲しくなるのが人間の性。ましてや本来がインドア派で、食べること自体も好きな陽和美である。現在はひそかにリバウンドして、
《やばいです。六十キロの影が、ふたたび近づいてきました……》
などと、アンにぼやく状態となってしまっている。
そんなときに職員への一斉メールで届いたのが先の文面と、企画書と呼ぶのも怪しい、中学生が作ったようなメモ書きのPDFだった。
「またなんか、思いつきで始めちゃったわねえ」
「負のイメージだの再生への第一歩だのって、誰が原因だかわかってんのかって話ですよ」
いつもの公用車内で、杉下と竹山が呆れ顔で話している。運転を担当する陽和美も、
「たしかにうちの町は貧乏ですけど、オートミールで経済回復なんてできるんですかね」
と苦笑を浮かべるしかない。
お達しの通り、何かと問題ありのかわせみ町長、住谷喜久夫が今度は『オートミール町おこし(仮)』なる企画をみずから発案、口癖でもある「トップダウン」で推進していくのだという。しかも手回しよく、オートミールの納入業者などもすでに手配済みらしい。
「トップダウン、って言いたいだけなんじゃないですか」
一人だけ後部座席に座る竹山が、ルームミラーのなかで薄い肩をすくめてみせる。
かようなまでに住谷の人望が薄いのには、れっきとした理由がある。
一年近く前、彼の町長就任後わずか二ヶ月ほどで、次のようなニュースが各種メディアを賑わす事態となったのだ。
《〝麗しの町〟はどこへ ~被告発者が町長に居座ることの是非~》
神奈川県内で唯一の過疎地域でもある西相模郡かわせみ町が、一躍全国区の知名度となっている。といっても残念ながら、オリジナリティ溢れる町おこしだの人口増加計画だのが話題を集めたわけではない。真相はまったく逆。選出されたばかりの新町長が犯した、不祥事によってである。経緯は下記の通り。
かわせみ町では前任者の任期満了にともない、去る九月に町長選挙が実施された。新たに当選したのが、現町長の住谷喜久夫氏(五二)。元役場職員でもある住谷氏の首長就任は、文字通りの「身近な町長」誕生として、町の半数近くを占める高齢者を中心に大きく歓迎された。
ところが。就任からたった二ヶ月後、地元紙の告発を認める形でその住谷氏自身が、
「まだ役場職員だった半年ほど前、町民の皆様方の氏名・住所等が記載された有権者名簿を、民間企業で役員を務める知人に誤って渡してしまっておりました」
と謝罪会見を行ったのだ。
該当の企業役員は「これは持っていてはいけないと判断し、すぐさま焼却処分しました」と釈明したが、一体全体、何をどのようにすれば「民間企業の役員に有権者名簿を渡してしまう」などという誤りが発生するのだろうか。町民の個人情報を取引材料に、なんらかのリベートを受け取るつもりだったのではと見られても仕方がない。
いずれにせよ、期待とともに選出された新町長みずからによる個人情報流出というスキャンダルは、各種媒体で全国的に報じられるところとなった。
そしてじつは、事件の余波は今も続いている。責任を取って辞職するものと誰もが思った住谷氏だが、なんと、
「私自身、かわせみの出身。愛する町の皆さんから、心を入れ替えて頑張れ、どんな人間にも過ちはある、といったお声をたくさんいただいた」
と豪語して、年が明けた現在も町長職に居座ったままなのである。涙ながらの弁明が功を奏したのか、はたまた田舎町ゆえのリテラシーの問題か、町議会での不信任決議案は可決に届かず、大々的なリコール請求などもいまだ起きていないようだ。
同氏は会見で、
・自身の給与を今後一年間、返納する
・名簿流出事件について、さらなる原因究明と再発防止への取り組み、真摯な謝罪を重ねていく
・仮に刑事罰が科されるならば、素直に受ける
との決意表明もしたが、「こんな町長のもとではやっていられない」とばかり、じつに全体の四分の一にも迫る職員が退職するという異常事態に町は陥っている。
被告発者が平然と首長を継続する、異様と言っていい状況。〝麗しの町〟というキャッチフレーズを掲げる自然豊かな港町は、これからどうなってゆくのだろうか。
(牛山田咲恵:フリージャーナリスト)
《かわせみ町 町長》などのキーワードで検索すれば、似たような記事が今も多数ヒットする。残念ながら、これこそが住谷が信頼されていない理由であり、役場に人が足りない根本原因なのだった。
元役場職員で、たしか自分が入った頃は総務課長だった住谷のことは、陽和美も多少なりとも知っている。とにかく外面がよく、役場を訪れる高齢者たちにも、キクちゃん、キクちゃん、と下の名前で呼ばれ親しまれる存在だった。陽和美自身はどこかで、後に出逢う徹以上のうさんくささを覚えていたが、ともあれそんな彼が満を持してという態で役場を辞め、選挙を経て町長に選ばれたときは、実際に少なくない数の町民が喜んでいたものだ。
ところが、あっという間にこの事態である。にもかかわらず「〝厚顔無恥〟って四字熟語は、あの人のためにあるようなもんだよ」と年も近い平が評す住谷は、子飼いの秘書ら少数の味方に守られながら、今もって町長の椅子にしれっと座り続けている。
さらには、直接の部下だった経験も持つ竹山いわく「マジで思いつきで喋ってるだけです」という政策アイデアを会議の場などで堂々と開陳し、各部署に協力を求めてきたりもするのだから始末が悪い。言うまでもなく、今回の『オートミール町おこし(仮)』も同様だ。
かような〝問題児町長〟(と、有名週刊誌がネーミングしていた)のせいで、現在のかわせみ町役場は副町長すらも退職してしまったなか、なんとかかんとか町政を回しているのである。
「まあ、うちら支援課は外に出る時間も多いから、直での被害は避けられてるけど」
温厚な杉下にすら「被害」などと言わせるのだから、住谷の問題児っぷりは相当なレベルだと陽和美もあらためて思う。同時に、支援課の配属で本当によかったとも。
杉下の言葉通り、陽和美たち町民支援課は、相変わらず町内を走り回る日々を過ごしている。今日の訪問先は駅裏にある、かわせみ中学校。老朽化が進む施設の特に女子トイレや更衣室を視察し、生徒たちと顔を合わせる形で要望を聞いてあげて欲しい、という声をもらったのだ。過疎の町にとって、まさに子どもは宝。かくして女性陣三人で手分けしながら対応し、車中の今は役場への帰り道なのだった。
「そういえば私、オートミールって食べたことないです」
「私はあるわよ。ダイエットにいいって何かで見て。けど、そこまで美味しいもんじゃなかったかなあ」
「ああ、ダイエットとか健康増進とかを謳って、数年後には消えてそうなインフルエンサーだのカリスマなんちゃらだのが宣伝してたりしますもんね」
話題はいつしか、問題児町長からオートミールへと移っている。いつもながら容赦ない竹山の毒舌に苦笑しながら、陽和美はしみじみとつぶやいてしまった。
「ダイエットかあ……」
絶賛リバウンド中の我が体重とともに、昨晩視聴したJKフェネックの最新動画も思い出される。たまたまだろうが今回もタイムリーに、《フェネッククッキング ~管理栄養士さんに教わってみた~》という調理と食事がテーマの回だった。
つぶやきが聞こえたのか、杉下がにこにこと提案してくれる。
「陽和美ちゃん、気になるんならオートミール料理の試食係とかに、立候補してみたらどう? 町長の企画だから、むしろ競争率は低いだろうし」
「なるほど! その手がありましたね」
たしかにナイスアイデアだ。「もどき」だらけのダイエット方法もぼちぼち続けているとはいえ、仕事にかこつけて(?)また新たな武器をゲットできるなら、願ったりである。町の飲食店で出すオートミール料理のモニター程度なら、住谷と遭遇しないで済む可能性も高い。
「ありがとうございます、杉下さん!」
すかさず前向きになった陽和美は、先輩二人の微笑ましげな様子にも気づかず、スムーズに公用車を走らせ続けた。
「……すいません。これ、あんまり美味しくないです」
三日後。役場二階の会議室で、だが陽和美は渋い顔をしてしまっていた。
杉下のアドバイス通り、まんまとオートミール料理の試食係に採用されたので、さっそくいくつかのメニューを食べさせてもらったのだが――。
「だよねえ」
「やっぱちょっと、くせがあるわよね」
「見た目もドロッとしてて、美味そうじゃないもんなあ」
否定的なコメントにもかかわらず、具体的に企画を進める産業課の職員たちも、同じ表情で頷いてくれている。
陽和美たちの目の前には、複数のお椀に少しずつ盛られたオートミール粥が置かれているのだった。それぞれ牛乳、めんつゆ、中華スープの素などで味つけしてあるものの、もととなるオートミール自体が米とはまったく違う食感と味なので、まさに「少々くせのあるドロっとした食べ物」といった第一印象が拭えない。オートミールの納入業者がくれたレシピ通りに作ったそうなので、調理法の問題でもないはずだ。
「ロールドオーツとか、クイックオーツだからっていうのは?」
「けど、下手に味のついたインスタントオーツだと、なら市販のシリアルでいいんじゃね? とかってならないか。カロリーだって増えちゃうだろうし」
「たしかに」
女性二名、男性一名という組み合わせの産業課の面々は、額をつき合わせて考え込んでしまっている。彼女たちの解説によると、一口にオートミールと言ってもいくつか種類があるらしい。そしてお粥などに向いているとされるのが、原料のオーツ麦を事前に加熱処理したロールドオーツや、それをさらに細かく砕いたクイックオーツと呼ばれるタイプなのだとか。
いずれにせよ今試食させてもらったオートミール粥は、陽和美の感覚としては、わざわざお金を払って食べたいと思えるものではなかった。ぶっちゃけ、町の名産なんてもっての他だとも思う。
「こっちのクッキーとかマフィンは、普通にスイーツって感じですけど」
ただで食べさせてもらっているからというわけではないが、やはり正直な感想でフォローもしておく。お粥はさておき、ロールドオーツを混ぜたクッキーはザクザクの食感が楽しかったし、クイックオーツを使ったバナナマフィンも甘くもっちりしていて、都会のお洒落なカフェで出されても違和感がなさそうなくらいだった。
といってもこれらはバターに卵、はちみつと、実際に普通のスイーツよろしく別の食材の力も借りまくっているので、美味しくなるのは当然かもしれない。
「う~ん、どうしても主食系がネックになるなあ」
「でもオートミールって聞いたら、まず浮かぶのはシリアルがわりかお粥だよね」
「とりあえず、お粥は入れとくしかないんじゃない? 人気は微妙かも知れないけど、ド定番だし」
悩み続ける三人を見て、陽和美はなんだか気の毒になってきた。もとはと言えば、この企画は住谷の発案だ。にもかかわらず本人は試食の場にすら来ていないし、メニューや味に関する具体的な指針を示しているふうでもない。様々な意味で顔を合わせないで済むに越したことはないけれど、それにしたって無責任すぎやしないか。
苦笑混じりの女性担当者いわく、
「町長なら一足先に町長室で、お粥も含めて、美味い美味いってむしゃむしゃ食べてたわよ。まあいろんな部分がずれてる人だから、味覚もおかしいのかもしれないけど」
とのことだが、味音痴だろうがなんだろうが、問題児町長の思いつきに振り回される職員が、ここにも複数存在している事実に変わりはない。
「あの、いろいろ大変でしょうけど頑張ってください。他にも何か、お手伝いできることがあればやりますんで」
眉をハの字にして申し出ると、逆に温かい言葉が返ってきた。
「ありがと、陽和美ちゃん」
「支援課こそ大変なんだから、無理しないでね」
「そうそう。問題だらけの町なのに、町民の皆さんが見捨てないでいてくれるのは、間違いなく〝平組〟のお陰だよ」
「とんでもないです! ほんと、応援してます!」
人手不足や住谷の暴走にも、慣れ切ってしまっている感が拭えない役場だが、どうやら彼女たちは数少ない良心派のようだ。
心からのエールを送って、陽和美は会議室をあとにした。




