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レコーディング 2

 キャンペーンを主管する教育課、そして町長の許可も問題なく下り、お盆明けの週末から愛という少女は町にやってきた。

 アンによれば、彼女のセカンドハウスに母親とともに四泊五日の日程で滞在、事前の申告通り秋の文化祭に向けた写真撮影と、さらには夏休みの宿題も可能な限り済ませる予定らしい。ただしアン本人は「ごめんね! 私はちょうど、新作の撮影とバッティングしちゃって。ずーっと東北でロケなの」だそうで、一緒に来られないのを非常に残念がっていた。


「大仲愛です。いつもアンお姉ちゃんがお世話になってます。五日間、よろしくお願いします」

「あ、かわせみ町町民支援課の天川陽和美です。こちらこそ、アンさんには可愛がって……じゃなかった、仲良くしていただいてます。困ったことがあったらなんでも言ってね」


 昼過ぎに役場正面の車寄せで待ち合わせた愛は、中学一年生ながら、やたらとしっかりした娘だった。面食らった陽和美の方が、おかしな反応になってしまったほどである。

 なんとか気を取り直した陽和美は、あらためて愛の全身に視線を走らせた。ややくせのある髪はショートヘアに整えられており、さっぱりした印象を受ける。服装もTシャツにデニムのハーフパンツというシンプルな組み合わせで、足下は歩きやすそうなスニーカー。胸元には写真部らしく、首から提げた大きな一眼レフカメラ。アンが語っていた通りのボーイッシュなルックスだ。


 ただ、黒目がちのつぶらな瞳は、そのアンを少し彷彿とさせる。目鼻立ちもくっきりしているので、もう何年かしてフェミニンな格好をすれば、多くの男子が放っておかないのではないだろうか。

 勝手な想像をしかけた陽和美をふたたび面食らわせたのは、娘を自家用車で送ってきた愛の母、つまりはアンの姉に当たる大仲メイという女性だった。

 メイは、たがいに挨拶を交わした直後から、


「あなたが陽和美さんね! うわあ、ほんとに可愛い! アンからしょっちゅう聞いてて、私も一度お会いしたいと思ってたの! ていうかアンったら、なんにも考えないでぐいぐい来るでしょう。子どもの頃からああなのよ。どうか愛想尽かさないで、これからもお友達でいてあげてくださいね。中身は小学生みたいな子だけど、ほら、顔とスタイルだけは目の保養になるし。あはは」


 などと、むしろ自分こそがぐいぐい距離を詰めてきたのである。アンからの、


「私より七つ上だから、今年で三十六になるんじゃないかな。大学出てすぐに、できちゃった結婚してメグを生んだの。だから私、JKの時点で〝叔母さん〟よ。メグには絶対に〝お姉ちゃん〟って呼ばせてるけど」


 という事前情報を思い出しつつ、陽和美の方は目を白黒させるしかない。マイペースで無邪気そうなところ、加えて二十代と言っても通用するであろう整った瓜実顔は、たしかに姉妹だと身をもって実感させられる。


 た、たしかにアンさんのお姉さんね……。


 放っておいたら妹と同じく腕でも取ってきそうなメイに、陽和美は顔でも心でも苦笑するしかなかった。ともあれ、娘とともに悪い人物ではなさそうだ。

 気を取り直して視線を移すと、「ごめんなさい」とばかりに愛が小さく肩をすくめている。陽和美もすかさずひょいと眉を上げて、「大丈夫。面白いお母さんだね」というアイコンタクトを送ってあげた。


「じゃあメグ、陽和美さんや町の皆さんにご迷惑をかけないようにして、しっかり頑張ってね。今日は私、このまま湯ノ根のお友達に会ってくるから」 


 頃合いと見たのだろう、そんな我が子の背中をメイがぽんと叩く。続けて彼女は陽和美にも、


「陽和美さん、お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。何かあったら、ご遠慮なく携帯を鳴らしてください。あ、もちろん何もなくても! 私とも仲良くしてくださいね!」


 と言い残して、妙に似合っているペパーミントグリーンの小型外国車で、隣町に向けて嵐のように去っていった。


「ごめんなさい、騒がしいお母さんで」


 並んで車を見送ったあと、愛がもう一度ぺこりと頭を下げてきた。例によって落ち着いた表情だ。


「ううん、全然。ていうか、やっぱりお姉さんだね。アンさんにちょっと似てるかも」


 笑みを深くして、陽和美は首を振ってみせる。大人びているのはいいけれど、それこそメイやアンのように、無邪気な笑顔を見せて欲しいともひそかに思いながら。もともとこういう性格なのかもしれないが、せっかくかわせみ町に来てくれたのだ。ボガプロの五日間を、ぜひ楽しい思い出にしてもらいたい。

 そのために考えているアイデアも、じつはいくつかあった。


「ところで愛ちゃん、お昼ご飯はまだだよね?」

「あ、はい。メールで仰ってた通り、食べないようにしてきました」 

「ありがとう。ごめんね、いきなり変なお願いしちゃって。じゃあまずは、二人で腹ごしらえしに行こっか」


 週末だが特別に預かっている公用車の鍵を掲げて、にこにこと陽和美は誘った。もはや愛車と化しているいつもの軽自動車は、すでに車寄せの端に駐めてある。

 これこそが、愛をもてなす第一歩として陽和美が思いついたアイデアだった。手始めに地元の美味しいものを一緒に食べ、自分とも町自体とも距離を近く感じてもらう。ベタな手段ではあるが、つかみとしてはいいのではないだろうか。


「港の近くに、超有名なラーメン屋さんがあるの。とっても美味しいって評判なんだよ」

「有名なラーメン屋さんて、マッスル(とお)()さんの『トオイ商店』ですか?」

「そう! 愛ちゃんも知ってるんだ?」

「ネットニュースとかSNSで、よく取り上げられてますから。でも、基本的に混んでるんですよね」

「ふっふっふ、そこは任せて。何せ愛ちゃんはボガプロ唯一の参加者、つまりはかわせみ町のVIPですから」


 おどけて答えた陽和美は、「さあ、乗って乗って。すぐエアコンも入れるから」と愛を車内へと案内した。正直なところ、自身も行く気満々なのである。


「ほら、ボガプロってお店の割引券とかもついてくるでしょ。トオイ商店さんも大丈夫か念のため電話したら、もちろんオッケーだし、事前にわかれば二人までなら席を取っておきますって言ってくれたんだ」

「そうだったんですね」

「大人気だから、じつは私も一度も食べたことないんだけどね。だからむしろ、愛ちゃんに便乗させてもらえて嬉しい。ありがとね」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」


 シートベルトを締めながら事情を説明し、目的のラーメン店へと、陽和美はさっそく車を発進させた。




『トオイ商店』。

 お笑い芸人のマッスル遠井が店主を務めるこのラーメン店は、わざわざ東京から食べに来るマニアもいるほどだという。 

 もともと芸能界きってのラーメン好きとして知られていたマッスル遠井だが、好きが高じて、あるときついに本気でラーメン職人を目指し始めた。そして実際に都内の人気店で修行を積んだ後、今から三年ほど前、奥さんの実家もあるかわせみ町に、満を持して二人で店を開いたのだそうだ。

 そうした経緯もあって、芸能の仕事こそ引退していないものの、現在はメディアへの出演を極力抑えているマッスル自身が厨房に立って作るラーメンは、本当に美味しいと評判を呼んでいる。陽和美の身近なところでも、意外にもラーメンに詳しい竹山が、


「季節ごとのアレンジは入りますけど、基本は癖のない魚介系スープで、かわせみの魚を使ってくれてるそうです。つけ合わせのメンマや煮卵も美味しいから、トッピングで追加するのもお薦めですね。あと、サイドメニューの『マッスル餃子』はすぐに売り切れるので、残ってたらそっちも食べた方がいいですよ」


 と、いつだったか彼女にしてはめずらしい饒舌さで語っていた。また、マッスル本人も芸能人ぶったところのない、気さくなおじさんなのだとか。

 いずれにしても、衰退著しい我が町にあって著名な移住者が頑張ってくれているのは、役場職員として陽和美も嬉しいし、だからこそ機会を見つけて、訪れてみたいと思っていたのである。ちなみに同じ芸能人のアンは、


《そうそう、マッスルさんが移住されたんだよね! 私もまだ、ご挨拶に行けてないんだ》


 とのことで、《いつか一緒に食べに行こうね》とも以前にメッセージで言ってくれた。残念ながら抜け駆けみたいな形になってしまったが、もちろんそこに関しても、


《明日、愛ちゃんとトオイ商店さんに行っちゃっていいですか? 約束してたのにごめんなさい!》

《わざわざありがとう! ノープロブレムだよ。そのかわり、食レポをよろしくね》


 と快く許可をもらっている。


「愛ちゃんはラーメンとか大丈夫? ……って、ごめんね。先に聞いておくべきだったね」


 公用車のハンドルを巧みに操りながら、陽和美は助手席の愛に明るく問いかけた。


「いえ、全然大丈夫です。中華料理は全部大好きです」

「よかった! じゃあ二人でいっぱい食べちゃおっか」


 ますますご機嫌になりかけた陽和美だが、「あ」とこれまたあとから気がついた。助手席隣から愛が、どうしたんだろう、とばかりにきょとんとこちらを見つめてくる。


「ま、まあ、お客様のおもてなしの方が大事だし、そもそも最近は歩く回数も減ってるし、ね。あは、あはは……」


 思わず渇いた笑いも漏れてしまう。今さらではあるが、水着着用を目指してダイエット継続中なのを思い出したのだった。アンのアドバイスもあって、ようやく一キロ程度の減量には成功したものの、新たな武器の『ウォーキングもどき』も、さすがに真夏の間は控えめになっている。

 そうこうしているうちに車は無事、トオイ商店の駐車場に到着した。


「うわあ、やっぱり並んでるね」


 車から降りた陽和美は目を丸くした。さすがは大人気店、軒下の日陰だしベンチも置いてはあるが、真夏にもかかわらず十人近い人々が店外に列を成している。

 こんな状態のところにお邪魔して平気かしらん、とおそるおそる入り口のガラス扉に視線を向けると。


「あ、天川さんですね! お待ちしてました! どうぞ!」


 ちょうどいいタイミングで扉が開いた。声をかけてきたのは頭にデニム地のバンダナを巻いた、いかにもラーメン屋の店員らしい中年女性だ。並んでいる他の客たちに、


「町がやってる、子どもの夏休みを応援しようってイベントのお客さんなんです。かわせみ全体のVIPみたいなものだから、特例のご予約で」


 と、笑顔で説明もしながら。言われた客たちも愛の姿を見て納得したようで、微笑ましげに先を譲ってくれるのが本当にありがたい。

 なかには顔馴染みの町民もいて、


「あら、陽和美ちゃんじゃない。暑いのにご苦労様」

「そういや、役場にそんなポスターが貼ってあったっけ。陽和美ちゃんが案内役だったのか。頑張ってな」


 などと、逆に労いや励ましの言葉をかけてもらえたりもした。


「どうもすみません」

「お先に失礼します」


 保護者と娘よろしく、陽和美と愛は揃って周囲に頭を下げ、女性に連れられて店内に入った。


「いらっしゃいませ! ああ、天川さんと大仲さんですね! 端のテーブルにどうぞ!」


 ドアを開けた瞬間、今度は正面のカウンター内から、やはり愛想のいい挨拶が飛んでくる。店員の女性と同じバンダナを身に着けた、これまたいかにもラーメン屋という格好の中年男性である。

 一八〇センチ以上ありそうな長身に、彫りの深い「濃い」顔立ち。陽和美もテレビやネットを通じて知っているマッスル遠井、まさにその人だった。ということは、自分たちを招き入れてくれた店員が奥さんだろう。小さな店だし特にアルバイトなどは雇っていないのか、二人以外にスタッフの姿は見られない。


「お忙しいところすみません。先日お電話差し上げた、町民支援課の天川です。で、こちらが――」

「ボーイズ&ガールズ・応援プロジェクトで町にお邪魔しています、大仲愛です。中学一年生です。今日はわざわざ、ありがとうございます」


 陽和美が説明するより先に、愛本人が如才なく自己紹介してしまった。年相応の愛嬌こそ乏しいが、本当にしっかりしている。マッスル夫妻も驚いたようで、


「うわ、なんかすげえちゃんとした子ですね」

「もしかして、どっかいいとこのお嬢様?」


 と、顔を見合わせながら陽和美に訊いてくる。


「町内に物件を持ってらっしゃる方の、親戚に当たるそうです。でも社長令嬢とかではないですよ。ね?」

「はい」


 苦笑する陽和美に愛も、変わらずの落ち着いた声で合わせてくれる。店内には他の客もいるので、まさか山ノ内アンの姪っ子とは言えない。が、さいわいマッスル夫妻の反応も「へえ」といたってシンプルなものだった。


「あ、ごめんなさい。どうぞ座ってくださいな」


 思い出した表情になった奥さんが、あらためて隅のテーブルを手で示してきた。マッスルも「ご予約の三角札が置いてあるところね」と、カウンター内の厨房から明るく補足する。

 店内は陽和美たちの予約席も含めてテーブルが三つだけ、カウンターも四席というこぢんまりした造りで、当然ながら満席である。逆にこれくらいの規模だからこそ、「たまに芸能人」(と、店のSNSに書いてあった)のペースで、上手い具合に人気店を維持できるのかもしれない。


「いい意味で全然、芸能人ぽくないね。凄く気さくな感じで」


 席に着いた陽和美は、マッスルについての素直な感想を述べた。これまた他の客に聞こえないよう、「アンさんみたい」というひとことだけは口にしないよう注意しながら。

 すると。


「はは、あくまでも〝たまに芸能人〟ですから。もちろんあっちの仕事も、入ったときは真剣にやらせてもらってますけどね」


 厨房内で作業をしていたマッスルが、顔を向けていたずらっぽく加わってきた。どうやら声が届いてしまったらしい。お冷やを運んできた奥さんも、やはりにこにこと笑っている。


「す、すみません!」

「いえいえ。むしろそう言っていただけて、僕も嬉しいんで」


 目尻のしわを深くしてマッスルが首を振る。もう五十歳を越えているそうだが、長身とくっきりした顔立ちは、よく見ればかなりの格好よさだ。最近は芸人としてではなく、味のある中年俳優としての出演が多いのもじゅうぶんに頷ける。


「というわけで、たまに変なバイトもしてる親父の作るラーメン、存分に味わってってください」

「はい、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 陽和美の元気な返事に、タイミングよく愛も続く。

 声こそ大人しいが、そのつぶらな瞳は間違いなくきらきらと輝いていた。




 マッスル遠井お手製のラーメンは、噂以上の美味しさだった。

 メニューに《ラーメン(塩/醤油)》としか記されていないシンプルな看板メニューだが、かわせみ港で揚がった魚を使っているというスープは出汁がしっかり効いており、臭みもまったくないので、それだけでも食が進む。麺もよくマッチしているし、竹山のアドバイスを思い出してトッピングを増量してもらった、メンマと煮卵も絶品だ。残念ながら、さらなるお薦めの『マッスル餃子』はすでに売り切れていたが、それでも陽和美たちは大満足だった。


「うわあ、これはたしかに人気出ちゃうね。もっと早く食べに来ればよかったなあ」

「陽和美さん、塩味も食べてみますか」

「あ、じゃあちょっとだけ交換しよっか。醤油味も美味しいよ」


 素晴らしいラーメンのお陰で気持ちがほぐれたのだろう、愛が自然と名前で呼んでくれるようになったのも嬉しい。


「そうだ、愛ちゃん。食べ終わって車に戻ったら私の写真、見てもらえる? どうやったら〝()える〟か、アドバイスして欲しいんだ」

「わかりました。けど私もプロじゃないんで、感想みたいなのでよければ」

「うん、ありがとう!」


 丼を交換しながら、むしろどちらが年上かわからないような会話を交わす二人を、マッスル夫妻が微笑ましく見つめている。

 やり取りの通り、ラーメンが届いてすぐに愛は手持ちの一眼レフカメラで、そして陽和美も彼女につき合う格好で、スマートフォンで『マッスルラーメン』(という通称なのだとか)の写真を何枚か撮影したのだった。

 もちろんマッスル夫妻にも、愛が写真部であること、その発表のためにたくさんの写真を撮りたがっていることなどを説明し、


「へえ。あ、他のお客さんさえ映り込まなければ、店内の撮影も全然オッケーだよ」

「〝たまに芸能人〟やってる、この人の写真もご遠慮なく」


 と、息の合った台詞での許可を快くもらっている。 

 かくして二人は、お言葉に甘えて店内やマッスル夫妻の写真も撮らせてもらった後、心からの礼を伝えて大満足で店をあとにした。




「愛ちゃんが写真部で助かったよ。私、今月のフォトグラ担当なんだ」


 ふたたび車に乗り込んだところで、先ほどの頼みごとについて、あらためて陽和美はわけを話した。助手席の愛からは、「今月の?」という予想通りの反応が返ってくる。


「うん。できたばっかりの町の公式アカウントを、各課が持ち回り担当するルールになってるの。で、最初は私たち町民支援課ってわけ」

「ああ、だから〝映える〟写真が必要なんですね」


 冷静なキャラクターはそのままながら、上半身ごとこちらに向いて愛も頷いてくれる。

「フォトグラ」こと『フォトグラム』は世界中で使われている写真投稿型SNSで、ハリウッドスターやプロスポーツ選手といった著名人から、企業や政府、果ては国家の公式アカウントなども存在し、今やすっかり人々の間で定着している。そしてじつはかわせみ町も、ちょうど今夏から公式アカウントを開設したのだった。

 とはいっても、デジタル関連にはとんと疎い田舎町のこと、


「過疎認定まで受けてる高齢者だらけの町で、誰が見るってんですか」

「ていうかスマホとかパソコン持ってる人の方が、少ないくらいなんじゃない?」


 といった感じで支援課内でも、竹山と杉下が身も蓋もない感想を述べていた。そんな部下たちとともに「どうせまた、町長の思いつきだろうさ」と、これまたばっさりと切り捨てつつ、


「けど『ブルーバード』みたいな丸投げだけは、もうさせないようにしないとね」


 と述べた平が各方面に釘を刺してくれた結果、《フォトグラムの更新担当は、一ヶ月ごとに各課で持ち回りとする》という運用ルールが決定したのである。

 平の言う『ブルーバード』とは春に陽和美が盗撮された、やはり世界的に広まっている短文投稿型SNSだ。ただしあちらは、その陽和美がピラティスもどきの勢いを借りて、なんでも丸投げするな、とキレてみせる前の開設だったこともあり、残念ながらほぼ全面的に町民支援課の担当となってしまっている。


「ブルーバードと連携もさせたから、フォトグラに上げれば、とりあえず両方が更新されるはずだし」


 ちゃんと仕事もしてるんだよ、とばかりに鼻の穴をふくらませた陽和美は、エンジンをかけてエアコンのスイッチも入れながら、「どうかな、これ」とさっそくスマートフォンを差し出した。すでにアルバムアプリも起ち上げてある。


「直接見ちゃっていいんですか?」

「もちろん。見られて困る写真とか全然ないし。ちなみに彼氏とかは、写真どころか実物も存在しないから安心して。あはは」


 我ながら悲しくなる冗談とともに、車を発進させる。


「初日は七ツ岩に行きたいんだったよね。すぐだけど、着くまで遠慮なくチェックしてね」

「はい」


 どこか不思議そうな視線を向けられたようにも一瞬感じたが、さして気にせず、陽和美は軽やかなハンドル捌きで公用車を走らせていった。




 ほどなく公用車は、かわせみ半島の先端、一応は名勝とも言われる七ツ岩海岸近くの無料駐車場に到着した。五月にアンとピクニックに来た際は、もう少し離れた町営駐車場からぶらぶらと歩いたが、ここからはほんの数分程度の距離だ。

 愛が「陽和美さん」と呼びかけてきたのは、スマートフォンを返してもらい、肩を並べて歩道を進み始めたときだった。


「うん? 何?」

「見せていただいた、マッスルラーメンの写真ですけど――」

「うんうん。どうだった?」


 陽和美もすぐさま食いついて答えを促す。果たして、どんなアドバイスをくれるのだろう。

 すると。


「まず、構図から修正の余地ありだと思います。日の丸構図にしては、被写体が中央からずれちゃってますし、お箸の位置も中途半端なので視線が揺らぎます」

「え」

「露出も補正した方がいいです。フォトグラでしかも食事の写真なら、女性の目を意識してやや明るめで。オープンカフェとかなら自然光を活かすのは定番ですけど、屋内の、それも黒いラーメン丼なので」

「……はあ」

「あと、どの写真もちょっとズームしてますよね。最近のスマホは画素が細かいといっても、デジタルズームすると荒さはどうしても出ちゃいます。別にメンマのしわとかまで観察したい人はいないはずだし、だったらきちんと被写体をセンターに入れて、トリミングで調整すればむしろ綺麗になるんじゃないでしょうか」

「か、かしこまりました……」


 何かのスイッチが入っているようで、聞いたことのない専門用語まで使いながら、愛はびしばしと指摘してくる。冷静な語り口は変わらないだけに、陽和美の方もいつしか、クライアントから修正指示を受ける会社員ばりのリアクションになってしまった。


「関係ありませんけど、一緒に保存されてたフィギュアの写真も、もったいないのが多いです。『名刀メンズ』は私も知ってますが、日本刀の擬人化イケメンなんで、やっぱり腰の刀がわかる角度で――」

「…………」


 自室で撮ったふれんど~るの写真にまでダメ出しされた陽和美は、もはやあ然とするしかない。

 ぽかんと口を開けたところで、愛はようやくもとに戻ってくれた。


「あ! す、すみません! なんか偉そうに……」


 恥ずかしそうにうつむいた頬が、ほんのり赤くなっている。ボーイッシュな見た目も相まって、たまらなくキュートだ。


「ううん。写真、本当に好きなんだね」

 逆に嬉しい驚きを覚えて笑顔を向けるも、「いえ、中学から始めたばっかりですし」と、か細い答えが返ってくるばかりである。

 結局、七ツ岩海岸に着いてからも、羞恥心が消えないのか愛はクールな対応のままだった。一応「あっちにも行っていいですか」「あそこのしめ縄も、写真はOKですか」などと質問はしてくれるのだが、確認を取るやいなや、あとは熱心にファインダーに向き合ってしまう。ただ、一眼レフカメラを構える集中した表情は、まさにプロのカメラウーマンのようで、もはや陽和美は大人しくかたわらで見守るしかなかった。


 なるほど。ガチの写真オタクだったのね。


 苦笑とともに、自分もスマートフォンで適当に何枚か撮影してみる。すっかりカメラ職人モードのようだけど、またタイミングを見てアドバイスしてもらおう。

 とにもかくにも、一風変わったVIP客のアテンド初日はこうして無事終了した。

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