レコーディング 1
陽和美がアンから相談を受けたのは七月の最終日、三十一日のことだった。
世間は夏休み期間まっただなか。かわせみ町でも先週、コロナ禍で数年間中止となっていた夏祭り『宝船祭り』が港で久々に行われたばかりだ。
といっても陽和美たち町民支援課は、その祭りに合わせて町内の飾りつけや当日の場内整理に借り出されたりもして、変わらず慌ただしい日々を過ごしている。
「むしろ私たちこそ、二ヶ月くらい夏休みをもらったって罰が当たらないんじゃないですかね」
ぼやきながらもやたらと仕事が早い竹山の様子も通常運転で、陽和美はつい思い出し笑いをしてしまう。
そうして無事に帰宅した晩。シャワーと食事を済ませた陽和美は、いつものようにJKフェネックの動画チャンネルを観ようとしていた。すると、アンがメッセージをくれたのである。
《こんばんは、陽和美ちゃん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな》
《もちろんです! 私で答えられることなら、ご遠慮なく!》
いつもながらの素早さで返信したところ、アンは町主催の、とあるキャンペーンについて質問してきた。
《ありがとう! あのさ、かわせみで『夏休み・ボーイズ&ガールズ応援プロジェクト』ってやってるよね。子どもたちの自由研究とか部活の合宿とかを、町がいろいろサポートしますっていう。これ、サイトで確認させてもらったら対象者が町民だけじゃなくて、〝納税者の血縁も可〟ってなってるんだけど、てことは私の身内とかでも大丈夫なの?》
《ああ、はい。全然オッケーですよ。何せアンさんは、我が町の大切な高額納税者様ですから》
今やアンとの会話にもすっかり慣れた陽和美は、ニヒヒ、とばかりにいたずらっぽく笑うイラストもつけ加えて答えた。仕事場兼用のセカンドハウスをかわせみ町に保有しているアンは、言わずもがな町への固定資産税の立派な納付者である。
《ご家族かどなたかが、申し込んでくれるんですか?》
訊き返すと、アンはすんなり教えてくれた。
《うん。都内に住んでる中一の姪っ子がいるんだけど、写真部に所属しててね。文化祭の展示用に、かわせみの海とか林とか町の風景とか、要するに田舎の写真をたくさん撮りたいらしいの。あ、ごめんね、田舎とか言っちゃって》
《いえいえ。本当にド田舎ですし、観光地としては逆にそれを売りにもしてるんで、気にしないでください。ていうか、申し込んでくれると町としても助かります。じつは今のところ応募者ゼロでして》
今度は、タハハ、とばかりに冷や汗をかいた苦笑のイラストをつける。アンも《ありがとう》と笑顔でウインクする、アニメキャラのそれで反応してくれた。わざわざ陽和美の好きな、虎に変身する超能力探偵の男の子を選んでくれているのがとても嬉しい。
《アンさん、姪っ子さんがいらっしゃったんですね。やっぱり美人さんなんですか?》
《こら、褒めてもなんにも出ないわよ》
同じ男の子が横目で睨むイラストに続いて、質問への回答が届く。
《美人とか綺麗っていうより、ボーイッシュな感じかな。といっても見た目だけで、中身は写真オタクだけど》
《へえ。撮り鉄さんみたいな?》
《そうそう。そっちは専門じゃないらしいけど、たまに電車の写真も撮ってるみたい。あ、もちろん線路に入ったりとかのマナー違反はしてないからね》
《たしかに最近、よく問題になってますもんね》
うんうん、と頷きながら陽和美も返す。アンの姪っ子だしそんな真似はしないと最初から信じているが、いずれにせよ彼女とはまったく違うタイプの女の子らしい。
《さっき言った通り競合する応募者もいないんで、申し込めば即採用だと思いますよ。ていうか選考させてもらうの、じつはうちの課ですし 笑。具体的なサポートとしては、そのまま私たちが町内をガイドさせてもらったり、あとはいろんなお店で使える割引券とか、バスの一日乗車券ももらえるはずです。期間は最大で一週間だったかな》
《うわ、いたれり尽くせりじゃない! 私も十五歳若かったら応募したのに!》
みたび探偵の男の子のイラスト。悔し~! と、そこだけ虎の前足になった両手で頭を抱えているのが可愛らしい。
《あはは。アンさんの中学生姿、見てみたかったです。きっと美少女だったんでしょうね》
《そんなことないわよ。無駄に背ばっかり伸びてたもんだから、頭身がおかしいだの、デッサンが狂ってるだの、男の子たちに変なからかわれ方ばっかしてたんだから》
それはつまり、思春期の男子ならではの、気になる子をからかいたくなるというやつではなかろうか。ブレザーの制服(と勝手にイメージした)をキュートに着こなす、今より幼い顔立ちのアンの姿を想像して、陽和美はこっそりにやついてしまった。
すると。
《ちょっと陽和美ちゃん!? 今絶対、私のJC姿を想像したでしょ! 前髪を自分で切り損ねてぱっつんになってた頃の!》
「え」
お得意の天然キャラをこんな場面で発揮され、陽和美の喉から思わず声が漏れた。同時に先ほどのイメージを素早く修正する。
《うわあ! ぱっつんのアンさんも超可愛い!》
《や、やめてよ、脳内セクハラみたいな真似するの! お返しに私も、陽和美ちゃんのビキニ姿を妄想してやるんだから! ていうか約束守って海に行くときは、マジでビキニになってもらうからね! 持ってなくても私のを無理矢理着せちゃうし!》
《ちょ……! そっちこそセクハラじゃないですか! 大体、アンさんのサイズが合うわけないでしょう! ブラもパンツも下手すれば切れちゃいますってば!》
《あら、言うわね。つまり陽和美ちゃんの方が胸が大きいってこと? ふーん、自信あるんだ》
《そういう意味じゃありません!》
いつしか本当に、中学生じみたかけ合いと化している。それでも陽和美は顔がほころぶのを止められなかった。毎回毎回、アンと話すのは楽しくて仕方がない。時間だってあっという間に経ってしまう。
以降もしばらく、二人はくだらない会話を交わし続けた。
メッセージをやり取りした翌日。アンの姪という女の子がさっそく、ネットの申し込みフォームから『夏休み・ボーイズ&ガールズ応援プロジェクト』、通称「ボガプロ」に応募してきた。
アンからの事前情報、そしてフォームにも記載されているところによれば、女の子の名前は、大仲愛。学校では写真部に所属する中学一年生だそうで、志望動機にも《秋の文化祭で、美しいかわせみ町の写真を展示したいです》と嬉しいことを書いてくれている。
ちなみにアンは本名のまま活動しているそうなので、応募フォームの《血縁関係のある、かわせみ町関係者》という欄にもずばり《山ノ内アン》と記されており、すぐ下の《納税者》というボックスにチェックが入っていた。
「なるほど。この子が天川ちゃんの言ってた、お友達の姪っ子さんだね」
「はい」
エントリーを確認した平が、パソコンから目を離し陽和美に尋ねてくる。
現在の時間、町民支援課はめずらしく全員がデスクに着いていた。たまたまとはいえ、ちょうどいいタイミングだ。というのも陽和美が語ったように、ボガプロ応募者の受付と選考、あとは本番での現地ガイド業務を、こうして自分たちが担当することになっているからである。
町全体でのキャンペーンなので他の部署もいろいろと手伝うなか、広い意味での町民支援であること、加えて陽和美や杉下という子どもが得意なメンバーもいることなどから、どうせ忙しいのならむしろ任せてくれ、とばかりに四人の意見が一致してそのあたりを引き受けたのだった。
と、引き続き愛のプロフィールをチェックしていた平が、おや、という表情になった。
「ああ、町民じゃなくて納税者さんの身内か……って、なんだ、山ノ内さんじゃないか」
そのまま「あれ? じゃあ――」と、ふたたび陽和美に視線を向けてくる。
「天川ちゃん、山ノ内さんと仲いいんだ?」
「え? いや、ええっと」
なんでもない話のように言われ、陽和美はむしろ自分の方が挙動不審になってしまった。同じくフォームを確認していた杉下と竹山も、「あら、そうなんだ」といった態でさらりとこちらを見るだけなので、ますますリアクションに困る。
「あの、ひょっとして皆さん、ご存知だったんですか?」
問いかけると、ふくよかな顔を傾けた杉下が逆に訊き返してくる。
「何を?」
「アンさん――じゃなかった、山ノ内さんのことです」
なんとなく状況を察して答えると、果たして反応は予想通りのものだった。
「俺たちおっさんでも、あれぐらいのスターになればわかるしなあ」
「セカンドハウスを大岩に持ってらっしゃるんですよね」
平に続き竹山もしれっと頷いている。ただし、さり気なく声のトーンを落としているのはさすがだ。
合わせてボリュームを落とした声で、杉下もにこにことつけ加える。
「山ノ内さんがうちの町によくいらしてるのは、役場でも知る人ぞ知るって感じよ。用事があるときは、カウンターにひょいっと来てくれたりもするし」
「そうだったんですね……って、ちょっと待ってください!」
まさに、ちょっと待った! とばかりに陽和美は右手を突き出していた。
「つまり杉下さんも、前から知ってたんですか? アンさんのこと」
友人である事実をもはや隠す必要もなさそうなので、普段通りアンを名前で呼びながらたしかめる。すると。
「うん。私は彼女がセカンドハウスを買われてから、割とすぐの頃に。ていうか固定資産税の相談で役場にいらした日に、最初の受付したの私だもん。やっぱ綺麗よねえ。顔なんてこんなに小っちゃくて」
胸のあたりでハートマークを作りながらの、のほほんとした感想が返ってきた。いくらなんでもそこまでじゃないですとか、なんでハートなんですかと諸々つっこむのも忘れて、陽和美は眉間にしわを寄せてしまった。
「なら、あのときも本当はわかってたんですか? ほら、春に私がアンさんを城址公園で初めて見かけたときです。杉下さんは〝虎美人〟なんて命名してた」
「ああ、ごめんね。ただあのときは距離も遠かったから、ひょっとしたら山ノ内さんかな、ってくらいだったの。それに〝美人さん〟とか〝芸能人さん〟とかってワードでちょっぴりカマかけてみたけど、陽和美ちゃん、丸っきり知らない感じのリアクションだったし」
「あ……」
指摘されて陽和美も、三ヶ月ほど前の場面が脳裏に甦った。たしかに杉下が言う通り、城址公園のベンチでストレッチするアンを発見した際、そんなふうに話を振られた覚えがある。
「だから、これはとりあえず黙っとこうと思って。さすがに税金だの不動産だのの対応まではうちの管轄外だから、情報共有しておく必要もないし。けど結果として、騙したみたいになっちゃったわよね。ごめんごめん」
今度はハートマークではなく、拝むようにして謝るポーズを取られてしまった。陽和美も慌てて、「いえ、とんでもないです! 私が知らなかっただけですから!」と両手と首を揺すってみせる。
いずれにせよアンという存在を、少なくとも支援課の仲間たちは優しく、保護するように扱ってくれているとわかり逆にほっとした。知らぬは自分ばかりなり、という状態だったようだが、それもまったく気にならない。何はなくとも大切な友人のプライバシーが守られるのが一番だ。
うんうん、と微笑みつつ何度も頷いていると、平がさらに嬉しい言葉をかけてくれる。
「唯一のボガプロ応募者で、しかも山ノ内さんの姪っ子さんなんだ。こちらの愛ちゃん、しっかりガイドさせてもらおう。せっかくの夏休みに、わざわざかわせみまで来てくれるわけだしね」
「はい!」
元気に返した陽和美は、この時点でもう決めていた。自分が愛のガイド役に立候補しようと。
ありがたいことに平たちも同じ考えだったらしい。頼んだよ、とばかりの笑みが三方向から同時に返ってきた。




