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1-8 前を向きたい



「今思えば、自分の体調を案じて帰城を断ったのもあったのでしょうね」


 スピカと和解したエミリアはその数ヶ月後に病を患う。陛下に迷惑をかけたくないという思いが彼女にあったのだろう。


 悲哀を漂わせスピカが項垂れたとき。


「ふざけるなよ!!」


 会長室の扉が吹っ飛んだ。


「さっきから聞いてりゃ勝手なことばっかり…大概にしろ!」


 そこに肩を震わせて立っていたのは苦虫を噛み潰したような表情のウィステリア。今までの話を扉の向こうで盗み聞きしていたようだ。


「え…? ドアが吹っ飛ん… え?」

「アンタが言ってんのは結局言い訳だろ! ママの死に自分は関係ないって言う」

「そんなこと…ッ!」

「ちょ、ドアへし折れてるんだけど」

「こんなのっ、ただの自己満足だ…!」


 そのとき、ソフィアとスピカは少女から溢れ出す黒いオーラに気づいた。ウィステリアの声が徐々に震えて小さくなっていく。建物全体がビリビリと揺さぶられる。

 

 その様子はまるで、猛々しい熱を持った憎しみが泣いているかのようだった。


(魔力暴走が起こる!)


 スピカの血の気が引いたその瞬間。


 鮮やかな金髪が黒いオーラに飛び込んだ。


「ソフィアちゃん!?」

「ウィステリア様! コレを!!」


 部屋いっぱいに充満しようとしていた魔力が波が引いたように消える。ウィステリアが手にしていたのはとある模型品。溢れ出そうとしていた魔力がそこに集結されたのだ。


 突然のことに言葉を失う王女と王妃に向かって、冷や汗を拭ったソフィアは言った。


「お二人ともまだお髪が濡れていますでしょ? ちょうど良かったわ」

「「???」」





 会長室のソファに向かい合って座る二人。ソフィアが試運転を行なって、ウィステリアの背後にその魔力のこもった模型品を持って立った。


「ソフィアちゃん、それは?」

「我が商会で開発途中の商品ですわ。魔力をエネルギーにして濡れてしまった髪を簡単に乾かすことができます。使い方次第では髪だけでなく布や紙の水分も飛ばせますの」

「まぁ。素晴らしい発想だわ」


 木製の円柱に取っ手になるよう付けられた筒。円柱の頭部分は椀形にくり抜かれその奥に隠し気味に魔術陣が彫り描かれている。ピストルのサイズ感のそれを構えると、込められたウィステリアの魔力が陣を通り、温風へと変身する。


 ソフィアが〈夢〉で見た、いわゆる“ドライヤー”だった。


 ソフィアが優しい手つきで髪をとかしながら、ドライヤーをあてる。生暖かい風が湿ったウィステリアの白銀髪をすり抜けていく。


「あったかい…」

あの子(エミリア)も、風と炎の魔法を組み合わせた魔術が得意だったわね…」


 されるがままに髪を乾かされながら、少女は溢れる風を手で受け止めた。


───『ウィー、そのままにしておいたら髪が傷んじゃうわよ?』


 ふと瞼の裏に降りてきたのは愛しき母の姿。水浴び後の娘を見て拗ねた声をあげた。


『このくらい放っておいたら乾くでしょ?』

『だーめ。髪も肌も手間暇かけなくちゃ。さぁ、私の可愛いウィー。ここにお座りなさい』


 母の指先から暖かな風が流れる。


 腰を捻り背後を振り返れば、風と滲む視界が少女に束の間の幻影を見せる。


「ま、ママぁ………」


 今まで頑なに涙を見せまいとしていた少女の双眸から大粒のそれが溢れてきた。


「ママああぁぁ…ままあぁぁああ……」


 年相応に声をあげて泣く。


 憎しみも怒りも無い、ただ悲しい。


 もう会えない。


 もっと話したかった。

 もっと魔法を教わりたかった。

 もっと頭を撫でてほしかった。

 もっと名前を呼んでほしかった。

 もっと。


 抱きしめて、欲しかった…

 


 気づけばウィステリアは座したソフィアの腕の中で涙を拭っていた。


「気分はどうですか?」


 焼き菓子のように甘い声が、ウィステリアの涙の跡を優しくなぞる。


 今更ながらに大泣きしたのを恥じて少女はそっぽを向いたが、気にする様子はなくソフィアは訊いた。


「ウィステリアさま、ひとつ提案があるのです」

「…?」


ウチの子になりませんか?」


「え?」

「実は先走ってもうお兄様に許可を貰ってしまっていて。それにほら! 今後王宮で暮らしていくよりはのびのび過ごせるでしょうし、エミリア様のお墓もこの領内に置くことになりましたし… 悪くはない話だと思うのですが…」


 ウィステリアはソフィアの顔をじっと見た。


 雨はもう、止んでいるらしかった。






 スピカが見送りを断り商会を一人出たころ、建物の前には王族お忍び用の地味な馬車が停めつけてあった。


 護衛騎士が扉を開けてくれ、スピカが中に入るとそこにはすでに見知った紺髪の青年が悠々と座り待っていた。


 スピカはこの上っ面だけの微笑が十八番の甥っ子が少し苦手だった。気を抜けば彼の掌の上に転がされていることになりそうだといつも思うからだ。


「気は済みましたか? 伯母上」

「そういうシリウスは満足そうね」


 いつも角度さえ崩さぬ笑顔の口端が少し嬉しそうに上がっているのを感じ取って、スピカはこっそり身構えた。それでもあくまで優雅に馬車の座席に腰を下ろす。


「えぇ、まあ。 姫と伯母上が感動の再会をなさったようですからね」

「ねぇ。 王女についての情報操作をしたのは貴方の仕業ね?」

「んー? なんのことだかさっぱり」

「私が事を知ったらここに来る事と王女がこの屋敷に保護される頃合いを計算して、この結果になるように仕向けたんでしょう。王家がマロンベール家に借りを作るのを見越して」

「結果論ですね。それは」


 笑みを崩さない甥に内心呆れて、スピカは本来の王妃たる凛とした態度を取り戻した。


「そこまでしてソフィアちゃんを手に入れたいのね」

「外堀から埋めようってだけですよ」

「ソフィアちゃんが可哀想」

「僕が幸せにするのでご心配なく」


 シリウスは伯母と入れ替わるように立ち上がって馬車から降りた。


「ところで、伯母上は側妃をどう思われていたんですか?」

「………貴方が知ることじゃなくてよ」

「それは残念」


 シリウスが従者の代わりに扉を閉めると、馬車は軽やかに走り出し遠くなって行った。


 『消えた寵妃』の噂で、求心力を落としたかと思われていた王妃は、そのイメージを払拭するように王と共に次々と成果をあげた。新たに貿易国との話し合いを解決させ交易ルートを開拓させたのは王妃だし、無法地帯の魔術狂ヲタクの巣窟となっていた学院を教育の場にしたのも彼女だ。

 

 落ち込むことはあれど、そんな実績を持つ彼女が今後の働きに影響をもたらすことはないだろうとシリウスは踏んだ。これは叔母への純粋な信頼だった。



 甥のそんな視線も知らず、スピカは一人で馬車に揺られる。


「昔から完璧だけれど可愛げがないと言われていたわたくしと、唯一真正面から向き合ってくれたのはあの子だけだったわね…」


 そう呟き、たった一人で故人に一雫を捧げた。


 二人の妃の間にあった友情のことなど、もう誰も知らない───。




 その翌朝。


 ベットの中で微睡まどろんでいたソフィアは突然シーツを剥かれた。


 冷酷無慈悲なアンナかと思い目を擦りながら体を起こした彼女だが、すぐ近くにあった美顔に目が覚める。


「もう! いつまで寝てるんですの!?」

「お、おはようウィステリア」


 すると少女は幼さの残る笑顔で嬉しそうに頭をすり寄せて来た。


「えぇ! おはようございます。お姉様!!」





ソフィア「そういえばお嬢様言葉使えたのね」

ウィステリア「これでもママが子爵令嬢だったんだから当然ですわ」

ソフィア「じゃあその分マナーやダンスの練習に回せるわね!」

ウィステリア「冗談じゃねぇですわ♡」

ソフィア「………」



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