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1-4 訳アリ王女がやって来た

 

 話は屋敷に戻って聞くことにした。


「聞きたいことは山程あるけど、とにかく一から説明してくださる?」


 シリウスの部下で騎士団少佐のマクノは、アンナから受け取った水を飲み干してから話し始めた。


「はい。ひとまず…ソフィア様は王宮の『消えた寵妃』という話をご存知でしょうか」

「えぇ…知っているわ」


 隣のシリウスがそっと顎を引いた。



―――『消えた寵妃』は社交界では有名な話だ。


 王太子だったころの現国王は、貴族学園でとある子爵令嬢と出会い、大恋愛を繰り広げた。王子と下位貴族の少女が出逢ったその美談から当時、その二人をモデルにした小説や演劇が大流行したほど、国民からの祝福と憧景の念は大きかった。


 しかし、婚約者であった公爵令嬢との結婚は避けられないものだった。


 学園卒業後、国王は公爵令嬢を正妃として迎え、その後子爵令嬢を寵愛を授ける側妃として後宮へ迎える。


 しかし正妃は側妃を心良く思っておらず毛嫌いしていた。

 

 正妃と国王の間に王子が生まれるも、それからは正妃に国王の心が向くことはなくなる。


 嫉妬に狂った正妃は側妃を虐げるようになった。


「そして、その虐めに耐えられなくなった側妃は身一つで姿を眩ませてしまう…。たしかそういう話よね?」

「その通りです」


 これは社交界の有名な語り草だが、ソフィアはこれが全て真実だとは思わない。


 正妃というのはシリウスの伯母であり商会を支援してくれている人物。だから良き御婦人、というイメージだ。シリウスも身内がそんな言われようでは複雑だろう。


 だけど、それが一体どうしたと言うのか。


「実はですね…つい先日、側妃様の忘れ形見であるご息女がスラム街で魔力暴走していたのを騎士団が発見しまして」

「いやだから情報量ッ!!」


 詳しく聞けば、側妃様は虐めに耐えきれず後宮を去ったときには国王の子を身籠っていたのだという。その後市井で王女を産み、母娘で暮らしていたようだ。 


 しかし流石は王の子か、王女は多大な魔力を保持していたようで、今回、制御が上手くいかずスラム街を一部破壊してしまった。


 騒ぎにマクノたち騎士団が駆けつけたところ、瀕死状態の王女と病死体となっていた側妃が見つかった。


「なるほど。事情はわかったけど、なぜその話を私に?王家の極秘事項ではなくて?」

「そうなんですが、国王陛下の御判断でして。

ホーマルハウト殿下と旧知の仲であるマロンベール伯爵家兄妹のところなら信頼できるだろうと」

「あら」

「ですので王女をこちらでひとまず保護していただきたく」

「……ん?」

「王女殿下は今馬車のほうにいらっしゃいますので…」


…。


………。


……………?


「はあああぁぁぁあっ!?そんな重要なこと早く言いなさいよおおおぉぉっ」

「うわぁあすみませんっっ」

 

 淑女のしの字もないような様で走り馬車へ直行。


 マクノが乗ってきた馬車の扉を投げ飛ばすように開けると、そこに座りこちらを凝視している薄汚れた少女がいた。


 10〜12歳くらいだろうか。首には青銀の首輪がつけられている。おそらく魔力を抑制する効果があるものだろう。


(こんな小さな女の子に首輪なんて…)


 煤だらけの髪は腰の長さまで伸びて乱雑に束ねられ、身につけている衣服は服と呼べるかどうか分からない布切れでできている。人が「王女」として想像する少女とは程遠い姿だった。そして怯えと怒りを混ぜた光を放つ印象的なアメジスト色の瞳。突然現れたソフィアを、最大限の警戒心を込めて睨んでいる。


「……」


 言葉を発すれば負けなんだとばかりに真一文字に結ばれた唇も荒れている。


「えぇっと、王女殿下ですか?」

「……」


 野良猫みたいだわ、と思う。こちらを警戒する目つきが鋭い。


「とりあえず、屋敷でお身体を清めませんこと?」


 彼女を馬車から連れ出そうと手を差し出す。


「…ッ触るな!!」


 叫んだと同時に首輪に刻まれた紋様が光る。溢れ出る魔力を抑圧しているサインだ。

 けれど、飛び出した声は威勢の割には弱々しい。それほど余裕もなさそうだ。馬車の奥へ後退りして、息遣いも荒く、持てる力を全て振り絞って睨みつけてくる。


「近づくな、触ったら殺してやる!!!」

 

 何もしてないのに殺意を持たれている。理不尽…


 けれどソフィアだって伊達に商会を切り盛りしてる訳じゃないのだ。黙って言わせておく義理は残念ながら無い。


「そうですか。どうやって殺めますの?」

「は?」

「その首輪が付いているうちは魔法が使えませんよね?今貴方はただのひ弱な女の子ですよ。つまりその汚い格好でいることは許されません」

「な、なにいって…」

「さ!こちらにおいでなさいまし!!!」

「イッ、いやだ!!」

「抵抗しても無駄ですわよ!!今のこの屋敷の主が誰か教えてあげますわ!!」

「うわあ離せ!やめろっーー!!」


 その後。

 遅れて駆けつけたマクノやアンナに連行されて行った少女は、屋敷のベテランメイドたちの手によって強制洗い流しの刑になった。




「私はひとまず王宮に戻ります。大丈夫だとは思いますが、王女殿下の存在は他言無用でお願いします」

「えぇ、勿論です。因みに、本当に王女なんですよね?王宮では預かれないのですか?」

「100%王の子だと証明する手立てはありませんし、スラム街育ちの少女を王宮へ入れることはできない、ということでした。正妃様も良くは思ってらっしゃらないでしょうしね」

「まったく勝手な話だね」


 マクノは少女をソフィアとシリウスに託して王城へ報告に行くと言って去って行った。






 煤も泥もすっかり落とされた少女は見間違えるようだった。


 洗われて整えられた髪は輝くような白銀で、露わになった肌は陶器のように白くなめらかすべすべ。すっと通った鼻筋やキリリとしたまつ毛は重そうなくらい豊かだ。ソフィアのお古のドレスでも、最高級品かのように見える不思議。


「あらまぁ美少女」

「美少女ですねぇ」


 儚げな雰囲気も相まって、天使と呼んでも納得できそうである。


 しかし依然としてその表情は人ひとり殺せそうな鋭さを携えていた。


「さて。もう大丈夫ですよ、王女殿下。貴女を傷つけるものは今ここに何もありません」


 ならべく優しい声色を意識して呼びかける。とは言っても白々しくならないように気をつけながらだけど。


 実際この部屋には少女と私とアンナの三人しかいない。威圧感を与えるかもしれないと、男性陣には出て行ってもらったのだ。


「信用できるか!勝手に連れて来てこんな首輪まで付けて。それにあたしは王女なんかじゃない。出てってやるこんなとこ…!」


 少女の大きな瞳に涙が滲んでいく。

 ドレスの裾を握り締めて、肩を振るわせながら。


 鋭利だけれど今にも朽ちそうなナイフのような頼りなさで、少女はそこに立っていた。


 けれどやはり精神と体力の限界だったのだろう、彼女は張り詰めていた糸が突然切れたかのように倒れた。


「殿下っ」


 側へ駆け寄ると、少女はぴくりとも動かなくなっていた。


「気絶しているだけだと思います。王女殿下にはこの客室に泊まっていただきましょう。それで宜しいですか?」

「えぇ、そうね。ベットで寝かせて差し上げて。私も様子は見に来るけど、殿下のお世話は一時、貴女に任せるわ。刺激を与えたらアレだし他の者は誰も入れないようにしましょう」


 ソフィアが指示をするとアンナが少女を抱き抱えながら言った。


「え、ソフィア様。私無しで生活できます…?」

「こんなときまで私への毒を忘れないのは流石よね」


 アンナに任せて部屋を出た後、ソフィアは書斎へ向かった。


 書斎で待っていたシリウスが入って来たソフィアにぱっと顔を上げた。


「どうだった?」

「とても不安定な状態でした」

「まあそうだろうね。母親を亡くして魔力が暴走して、知らない大人たちに捕まってよく分からない場所に連れてこられたら、誰だって正気じゃいられないよね」


 頷きながら、ソフィアは机に座ってペンを取り出した。


 シリウスがこちらを見てきたので答える。


「お兄様に手紙を書くんです」

「あぁ。そうだね。報告は大事なことだ」

「はい。…それと、ひとつ提案を」


 いつになく真剣な表情のソフィアを、シリウスはしばらく優しげに見つめていた。





 ふかふかで暖かい感触と朝の爽やかな風が顔に触れ、少女は目を覚ました。


 昨日の記憶をゆっくり思い出して、同時に体の内側がくぐっと固まっていく感覚に襲われた。

 清潔なシーツと大きなベットが慣れなくて、体を起こしながらもぞもぞしてしまう。


 するとベットの傍らで眠る少女がいるのを発見した。昨日、馬車に閉じ込められた自分を有無を言わさず引きずり出した、この屋敷の主だとか言っていた女だ。すうすうと無防備な寝顔を浮かべている。


 少しでも距離を取らねばと、シーツの中で後退る。


 視線を巡らせれば、ベット横の大きな窓が換気のためか開け放たれていて、優しい陽の光と風がそこから顔を出していた。


 いつも母はこの時間帯に起こしてくれていた。知らずのうちに、自分の身体も覚えていたのか。


 というか、この時間まで女は自分の側にいたのか?と少女を見遣る。


「ん…」

「!!」


 突然目を擦りながら起き上がったので、少女はビクゥッと身を強張らせた。


「あら、お目覚めになっていたんですね。おはようございます。顔色が昨夜より良いわ。何か飲みますか?」


 ソフィアはベット横の棚上にあった水差しを取り、コップに注いで渡そうとしてきた。

 

 しかし少女が睨んで受け取らないのを見て、自らがそれを飲み干し何もないのを見せて、新しいコップに注いた水をもう一度差し出した。


 仕方なく、といった雰囲気で水を受け取った少女は監視するような目つきでソフィアを見つめ続ける。


 流石に居心地が悪くなったソフィアは明るい声を出して話しかけた。


「殿下、お体に変なところや痛いところはありませんか?」

「……その、『殿下』っていうのやめてくれない」

「あら、失礼しました」


 では何とお呼びすれば?と視線で問うと、少女は目を逸らして呟いた。


「………ウィステリア、と」

「ウィステリア様。素敵な御名前ですね」

「……あ、アンタは」

「ソフィア=マロンベールと申します。兄が不在のため、ここで代理領主を務めています」

「ふぅん」


 ウィステリアの張っていた肩がいつの間にか下がっていたことに気づいたソフィアは口角を上げた。


「それでは何か食べ物を持って来させますね」


 立ち上がってアンナを呼びに行くことにした。


 けれど、水を飲む少女を見て何かに気付き、


「鍵をマクノさんから預かっていたんです」


と言って少女の魔力抑制の首輪の鍵を外した。


 ウィステリアは呆気に取られて固まった。

 

 何でもないことだと、ソフィアは微笑んで部屋から出て行った。

 

「な、」


 ウィステリアは軽くなった首元を思わずさすりながらぼそりと溢した。


「なんなの、あの女…」


 そんな言葉が部屋の空を舞って消えた。







ソフィア「アアアアアアンナ!起きたわ!殿下がッ、じゃなくてウィステリア様がお目覚めめめしたの!!」

アンナ「分かりましたから落ち着いて下さい。さっきまでの余裕ぶりが台無しですよ」

ソフィア「見てたのっ!?盗聴!?」

アンナ「……。さーてなんのことだか」

ソフィア「そこは冗談ですって言ってよおおお!!」

アンナ「(うるさ…)」




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