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1-3 〈夢〉を見る(後編)


「ビリオネア・ウォッカを持って来て出直して来い」

「そんな馬鹿高い酒持って来られるわけないでしょ」


 マロンベール領の隣町にある酒場で、気の良い男たちと昼間から酒を飲み漁っていたのは、ボサボサの焦茶髪の中年男。


「俺はもうその仕事は引退したんだ。うめぇ酒を持って来られねぇなら他を当たれ」

「引退なんて齢じゃないでしょうに。まだまだ現役で行けるに違いないわよね?」

「そうだぞぅ、マルカ。マロンベールの領主サマがこう言ってるんだ。受けてやれよぉ」

「うるせぇぞこの酔っ払いぃ」

「親父二人でイチャつかないで下さる?売れないので」

「え…売れるならいいの……?(動揺)」

「待って、今の俺らのどこに売れる可能性があったんだ…?(動揺)」


 酒場は仕事終わりの男たちで賑わっており、声をいちいち張らないと会話が出来ないほどの騒がしさだ。


 さて、なぜ貴族令嬢で領主代理のソフィアがこんな庶民が集う夜の酒場にやって来ているのかと言うと、この男に仕事を頼むためである。


「マルカさん、貴方に頼みたい仕事があるの。報酬は商会長としてきっちりお支払いするわ。受けて下さらないかしら」

「何度も言わせるなよ。俺はその仕事はもうしねぇ」

「なぜ?」

「面倒くさいのさ」

「はぁ?」

「効率悪いんだよあの仕事ぉ!」


 これじゃあキリがないわ、とため息を吐く。この仕事はマルカほどの実力者にしか頼めないのに。


 ソフィアが頭を抱えた時。


「やあ、可愛いソフィア。何をそんなに困っているんだい?」

「シリウス様っ!?どうしてここに!?」


 いつも通りのお手本ような微笑を浮かべながらシリウスは、黒・青・金の騎士服を身に纏い、腰に紺の鞘が眩しいサーベルを提げて現れた。シリウスは“王国黒獅子騎士団”の部隊隊長をしれっと史上最年少で勤めている。


「野暮用でね。ちょっと闇カジノを差し押さえたついでに違法麻薬商人を吊し上げてきたところなんだ」

「お、お疲れ様です…大変ですね」

「ソフィアのためだと思えば苦でもなんでもないよ。それより、この男性がソフィアを困らせているのかな?」

「え…誰、怖。殺気が出てる、怖」

「ちょ、シリウス様が出てくるとややこしくなるのでやめてください!」

「焦ってるソフィア可愛い」

「は!?」


 ニコニコしているシリウスを押し除けて、マルカと向かい合う。


「さっき言ったわよね?『うめぇ酒を持って来れたら報酬以上の結果を出す仕事をやる』って!」

「ちょっと語弊あるけど、まぁそういうことだな」

「じゃあ出すわ、うまい酒!それでどう?」

「どんな酒かによるぜ?例えばビリオネアウォッカとか」

「だからそんな高いのは無理!」

「ねぇ、ソフィア。僕…」

「シリウス様は黙ってて下さい!」

「はーい……(怒鳴ってるソフィア可愛い)」

 

 後ろに気配なく控えていたアンナに指示を出す。素早く持って来られたのは両手で運ぶ大きさの木箱。


「つまりはお酒を美味しく呑めればいいのよね?」

「確かにそうだが…どうするんだ?」

「これを使って飲んでみて」

「これは…」


 木箱から取り出したのは陶器でも木製でもない透明なジョッキ。


「透明なコップなんて初めて見たな」

「見た目も涼やかでしょ?これにお酒を入れて飲んでみてくださいな」


 店裏からやってきたこの酒場の女将が、ボトルを持って来てくれた。それに気づいた周りの客たちもなんだなんだと視線を集める。


 長身のコップに、トクトクとビールが注がれていく。


「これは透けてるからどのくらい量が入っているのか分かりやすいね」


 注ぎながら、女将が関心したように呟く。


「えぇ!透明だからビールの黄色も美味しそうに映えるでしょ?」


 興味津々の客たちもうんうんと頷いた。


 見事に泡が出来たビールジョッキをマルカが持ち上げる。


「お、これ、下半分が少し絞られてる形だから手に馴染むな」

「しかもなんかヒンヤリするぞ?」


 ちゃっかり自分用にも注いでもらった隣横の男がカップをまじまじと見つめた。


「よく見たら底の方に模様が刻まれているね。魔法陣かな?」

「えぇそうです。光に反射して綺麗でしょう?」


 シリウスも空のカップを隈なく観察する。


「じゃあ一口…」

 

 マルカが一気にビールを煽る。


「!」

「どうどう!?」


 口に泡髭をつけて、マルカがジョッキをまじまじと凝視する。


「めちゃくちゃ冷えててうめぇ!」


 嬉しそうに頬を紅潮させたマルカに女将が首を傾げる。


「そのビールはそんなに冷やしてないはずだがね?」

「いやいや、キンキンだぞ!美味いな!」

「ふふ、それがそのジョッキの特徴なの。いつ!どこ!誰でもよく冷えたお酒を呑める優れもの…それがこの『アイスジョッキ』よ!!」

 

 ソフィアの言い切りにおぉっ、と歓声が湧く。


 横のおじさんなんか、冷えたビールを飲んで感動のあまり頬を赤く染めてアワアワしてる。乙女か。


「なんでこれ透明なんだ?」

「ガラスを使ったの。硝子は窓に使うイメージかもしれないけど、食器にもピッタリなのよ」

「さすがマロンベール商会だねぇ!アイデアが斬新だ」


 見物客の一人も女将も、ジョッキが気に入ったらしい。もちろんこのジョッキの発想も〈夢〉からインスピレーションを受けた。こちらの世界では硝子を平民が日用品小物で使うことはあまりない。窓のような大きな物の方が加工がしやすいからだ。精密な硝子用品は貴族が使う高級品なのだ。けれど〈夢〉の世界では透明で頑丈な物質としてよく使われているようだった。


「でもコレ、まだ未発売なの」


 にっこりと浮かべた笑みはマルカと女将に向けられていた。


 それが、ソフィアなりの“スタート合図(営業開始)”なのだと言うことを知っていたのはその場では付き合いの長いシリウスとアンナくらいだったろう。


「えぇ?そりゃあ勿体無いね。すぐ売り出すべきじゃないかい?」

「そうなのだけれど…実はまだ試作品段階なの。だから女将さん。この酒場でモニターをやってくれないかしら?」

「へっ?」


 予想外の言葉にすっとんきょうな声を出した女将。


「もにたー?もにたーってなんだい?」

「要はこの酒場でこのアイスジョッキをお客さんに出してみて、その使い心地を私に教えて欲しいの。その代わりこのジョッキの費用は無料!」

「おやまあ!」

「しかもモニター終了後もこの酒場に期間限定専売するわ。期間はずばり一年!」

「この店にしか売り出さないってことかい?それじゃ商会に儲けが出ないんじゃ…」

「女将さんにはお世話になっているもの。なんてことないわ。この酒場で使って貰いたいの」

「ソフィアちゃん…。よし分かった!

客さんたちはみんな気に入ったみたいだし、こちらとしてもありがたいよ!そういうことなら任せな、」

「ただし」


 音を支配する指揮者のように、ソフィアが立てた人差し指が酒場をしんとさせた。


「そこのマルカさんが私のお願いを聞いてくれたら、だけど」


 ふぶぅッ!とせっかくのビールを吹き飛ばしたマルカ。女将はその姿を肉食獣のように素早く捉え見つめた。無言の圧である。


「ひ、卑怯だ!」

「卑怯?いやだわ誰もそんなこと言ってないわよ。ただし貴方が仕事を引き受けてくれたなら万事解決というだけよ。引き受けてくれないならジョッキ提供の話は無かったことに…」

「「「マルカァッッーーーー!!!!!!」」」

「ヒィイッ」

 

 酒場全体(マルカらを除く)の意思が一つになった瞬間だった。


「で、でもぉ…」


 責められ、追い込まれた獲物のように怯えるマルカが小声で抗議する。


「「「「「……」」」」」


 無言の圧である。


「分かったやるよやるからやりますぅ…」


 涙目で絞り出されたその言葉に、その場の全員が同時にガッツポーズをかましたのはさすがのチームワークである。







 その三ヶ月後。


「会長さんもこれのファンだったっスね!俺も読んでるっスよ、ハイ」


 商会本部の会議室で商会の決算書類処理に追われるソフィアが息抜きをしていると、ジャスパーが嬉々として話しかけて来た。


 ソフィアが開いていたのは大衆ファンタジー小説『青海英雄譚』。南方の国で大人気の小説をこの国の言語に翻訳したものだ。

 魔法や剣のファンタジーや個性豊かなキャラクター達とのロマン溢れる冒険。手に汗握るバトルやラブロマンス。

 この国でも翻訳版発売から約一ヶ月で、重版続出の大大人気となっている。特に平民の若者からの支持が厚く、多くの人が毎日夢中になって読み込んでいる。


 それこそ、暗くなるまで。


「この本のおかげで我が商会の新商品の『ブックランプ』はバカ売れよ。偉大な翻訳家には感謝しなくちゃね」


 〈夢〉からアイデアを得たがボツになりかけた卓上で使うライト。あれを本を読むときの必需品として出版社と連携して売り込んだ。


 実力ある翻訳家マルカを使って。


 あの酔っ払いは実は、若いころにベストセラーを出した有名作家で、翻訳もお手のものなのだ。

 

「まさか小説を流行らせて、それに便乗してランプも売り込ませる、なんてね。さすが僕のソフィア。やることが違う」

「相変わらずぶっ飛んだことをするよな」


 シリウスを尻目に呆れて感想を溢すロゼ。


「あくまで『ブックライト』の魅力を皆に知ってもらうための作戦よ。でも上手くいってよかったわ。そこが流行るかは運任せだったから」

「その発想力と強運が恐ろしい」

「いや…その、商品自体の発想は、その、〈夢〉の世界の開発者さんのものだし…まあ、運の強さはともかく…発想は…その、横取りなわけだし…本当に申し訳ないというか…その…」

「なにボソボソ言ってんだ?」


 書類整理をしていたアデルが尋ねた。


「あの『アイスジョッキ』の件はあんな無償提供で良かったんですか?」

「あぁそれね。酒好きのマルカを説得するには必要不可欠だったのよ。しかも酒場のお客さんたちも味方につけて説得できたしね。ビリオネアウォッカなんて富豪のお酒だから、用意できなかった。けどジョッキを気に入ってくれたなら結果オーライだわ。

それに、『アイスジョッキ』自体にも、一年だけあの酒場限定で使うことは利になるのよ」

「そうなんですか?」

「人は限定が好きだからね。一年後の解禁販売が楽しみだわ〜」


 ほくほくとした表情で書類にサインを記していく。


 この件は一件落着。マロンベール商会はしばらく安泰だろう。いやー、どうしましょニヤニヤが止まらないのだけれど。今もこの先にも潤いが見えるなんてパラダイスッ…!でも落ち着くのよ拳を振り上げるのはマナー違反よ。


「……って何でシリウス様が商会ここに居るんですか?」

「ソフィアに求婚するためだよ〜」

「もー、変な冗談言わないでくださいよ」

「冗談じゃないんだけどな。けど兄君から許可が出ないものだから」

「シリウス様ったら〜(笑)」

「え、本当にあれ冗談だと思ってるんですか?」

「あぁ。まったく信じてない」

「鈍感すぎ…」

「坊ちゃんも結構あからさまなんだけどな…」


 屈託の無い笑みで答えるソフィアと、兄をどう出し抜こうか笑顔の裏で画策しているシリウスと、ソフィアの鈍感さに引くロゼその他。


 一応これがソフィアの日常である。


「伯爵代理ーーーーッ!!!!」


 突然平穏を破って、部屋に飛び込んできたのは、王国黒獅子騎士団の兵士。よっぽど緊急の連絡なのだろうか、額には汗が浮いていた。


「マロンベール伯爵代理ですね!?」

「そ、そうですけれど」

「おや、少佐じゃないか」

「ディンラット隊長もいらっしゃったんですね!」

「うんそうだね。で?」


 ソフィアとの時間を邪魔するなとばかりに部下に向けられた氷点下の眼差しにロゼはそっと視線を逸らした。


 しかしその次に発せられた言葉に「はっ?」と驚きを漏らすことになる。


「実はっ、()()()()()()()()()()()()()()()していたのが見つかりまして!!!」


 マロンベール商会はしばらく安泰…とは言い難くなったようである。






シリウス(公爵家のコネを使えばビリオネアウォッカを用意できたよ、ってことは言わない方が良いかぁ。ソフィアが今日も天使だし)




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