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1-2 〈夢〉を見る(前編)


 ソフィアがその〈夢〉を見るようになったのは彼女が6歳くらいのときだ。だからこんな〈夢〉を見るのは自分くらいだということに気づくのには時間がかかった。


 毎晩見ると言うわけではない。本当に不定期にそれは訪れる。


 始めは何を見ているのかわからなかった。


 なんせまったくの別世界だったのだから。


 「くるま」という鉄の塊がなぜ動いているのか、行き交う人々がどんな物を身につけているのか、理解するまでに何年かかっただろう。


 …〈夢〉のなかでは、ソフィアは「私」ではなくなる。ソフィアとしての意識はあるのだが、その〈夢〉のなかでソフィア自身の意思はない。あくまで〈夢〉のなかの世界で生きているのは〈私〉なのだ。〈私〉は金髪翠眼のソフィアではなく、ソフィアも〈私〉とは程遠い。気質は似通ったところがあるようだが、分離している。でも〈夢〉のなかで行動が同化されていると、ソフィアは〈私〉と「私」を錯覚してしまう。混乱しても〈私〉は混乱しないのだからその感情の誤差がソフィアをさらに困惑させる。が、馴染めばソフィアは〈私〉になって、〈私〉もソフィアを意図せず受け入れて、〈私〉がソフィアになってソフィアは〈私〉を受け止めて〈夢〉は…………


ーー()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()


 何をぼーっとしていたのだろう。


 机の上に並べられたレポート用紙と睨めっこする。


 うわ、まだ一枚しかやってないじゃん。早くやんなきゃ。〆切いつだっけ。


 充電器から外してスマホを開き、スケジュールアプリを確認しようとする。けれどつい習慣的にインツタアプリを開いてしまって投稿をざっと確認する。


 いやいやいや、〆切は!?


 あ、来週だ。

 だったらまだいけるかも…


 まあ、今いいとこだからそこだけやっちゃって…


 と思ったら明かりが消えた。


 はあ!?


 消えたといっても、もともと卓上スタンドしかつけてなかったけど。


 電池切れかなぁー。なんだかんだ長いしなあこれ。


 新しい電池を探そうと椅子から立ち上がって部屋を見回す。


ーーあれぇ、こんな質素な部屋だっけ。


 招いた友人からはいつも綺麗で女の子っぽいと褒められる部屋だ。一般的な一人暮らしの女子大生の部屋。質素なはずがない。けれどなんだか見慣れなく感じる。なんかもっと豪華だった気がする。それこそ中世貴族みたいな……

…変なの。んなわけないじゃんね。


 雑貨をまとめたボックスのなかを探る。


 お、神!単三電池が丁度二個残ってる!


 いつしかの自分を褒め称えながら、中身を入れ替えてスタンドの電気を試しでつけてみる。なんかさっきより明るい。


 カバーを付け直して、椅子に座ってどんな具合か見てみる。よしよし。いい感じでは?


 けれどなぜか感慨深い気持ちになって、卓上スタンドをじっと観察してしまう。


ーーこれ、燭台より便利じゃないかしら。


 
























「ソフィアお嬢様、夜更かしするのはやめて下さいと申したはずですが」

「…ふえっ?」


 目を開けるとそこは見慣れた屋敷の自室。


 ソフィアはどうやら机での作業中でうたた寝していてしまったようだ。


 ちょっとやるだけのつもりだったのに、突っ伏して寝てしまうとは。


 アンナの手には紅茶が載っていて、仕事中のソフィアに持ってきてくれた様子。


「寝るならちゃんとベッドに移動してください。運ぶの面倒くさいので」

「辛辣ぅ……」


 外はもう暗くなっていて、書類仕事をするには手元が見えにくい。机の端に置いてある燭台に手を伸ばす。


「…………………あ」


 突然固まったソフィアを見て、アンナが怪訝な顔を浮かべる。


「お嬢様どうかされ、」

「ああああああぁぁぁあっっ!!!!」

「ヒッ!?」

「これよアンナ!!!」

「何がです!?」

「ああもういけない忘れるところだったぁ!」

「!?!?」

「今すぐロゼを呼んで!」

「?????」


 困惑しながらも部屋を飛び出していくアンナ。それを見送りもせず手頃な白紙にアイデアを急いでスケッチしていく。


 「私」の中から消えないうちに。


 〈私〉が消えていかないうちに。


 〈夢〉で見た『たくじょうすたんど』のあの上から覗き込んでくるような形なら燭台よりも光が当たるし、照らして欲しい部分だけに絞ることもできる。しかも火じゃなくて電気を使えば、明るさを段階式にできるかも。


 嗚呼、これよこれ。この新しい概念というか知恵というか、とにかく新しいなにかが生まれていく感覚がたまらないのだ。この瞬間のために生きてる。


 そうスケッチに書き込んでいたら、あっという間にロゼが部屋にやって来た。


「また、いつものアレだな?」


 その手には商品開発関係の書類や設計図用の文房具が。アンナに呼びに行かせただけでソフィアがアイデアを思い浮かんだことを察したらしい。部下が優秀すぎてつらい。


 ロゼに『たくじょうすたんど』をプレゼンしていく。


「なるほど…上から覗き込む形のランプか」


 あの〈夢〉のなかの世界の物をこの世界で再現するにはまだまだ研究が必要そうだけど、なかなか良い商品になるはず。


 どうよどうよ、とロゼを期待の目で見つめてみる。これ、売れるんじゃない?


 すると、何かを考え込むようにロゼが手で顎をなぞる。その次の言葉は予想外のものだった。


「確かに発想は良い。……だけど、これはマロンベール商会じゃ売れない」

「…………………………へ?」







 翌朝。マロンベール商会本部。


 マロンベール領の境界近くに位置していて、貿易で訪れる旅人との商いも盛んだ。


 三階建ての建物はこの辺りでは少し目立つ。商会は一応この領地内では最先端の技術を持っている。一階部分は売り場になっていて、二階は商品開発用の会議室などが揃っている。(ちなみに三階は従業員の居住スペースになっている。)


 その会議室に揃った商会の会員たち。


「すっごく良いね!このランプ!」


 小柄な体を伸ばして、机の上に置かれた『たくじょうすたんど』の模型を褒めた少年は従業員のナイロ。


「本当によく思いつきますよね」


 設計図を眺めながらそう言った、赤毛のおさげの少女は従業員のアデル。


「でも、“商品化できない”って言うのはまたなんで?」


 『たくじょうすたんど』の試運転をしていたそばかすの少年・従業員のオーリーが尋ねた。


 聞かれたソフィアは、眉を下げたまま答えた。


「そのランプは、このマロンベール商会のコンセプトに合っていないのよ」


 全員の頭上に「?」が浮かんだのを見て、ロゼがその先を引き取った。


「このランプは、机での作業用だ。つまり主な購入者の対象は書類仕事を行う貴族や商人」


 そこまで言えば、オーリーがぽんっと手を打つ。


「そうか、マロンベール商会の対象は平民層だから…!」

「あぁ。開店したての今の時期に客層から離れた階級向けの商品を出したら、客から見放さるかもしれないからな」

「他のライバル店にアイデアだけ盗まれる可能性もありますしね」

「…でもそのアイデアをお蔵入りさせるのは勿体無いよね」


 そう言ったのは、長い前髪で目が隠れている商会専属デザイナーのサイラス。


「そうなんスよねぇ、ハイ。勿体無い」

 

 突然口を挟んだ男はジャスパー。


 …誰?


「このアイデアをいかに平民向けにアレンジできるかってことか!」


 オーリーのその言葉を皮切りに、「室外用にするのは?」「卓上じゃなくして…」と改善案が挙げられていく。


「良い加減立ち直れよ。いくら久しぶりの商品開発が上手くいかないからって」

「…別に落ち込んでるわけじゃないわ」

「涙目の奴が何言ってんだ」

「元気出してください、ハイ」


 ジャスパーが慰めてくる。いや誰だよ。


「…ん?貴方それ何持ってるの?」


 彼の手には一冊の本が。


「最近のお気に入りっス、ハイ。恋愛小説」


 ジャスパー、恋愛小説読むんだぁ…………

いやだから誰だよジャスパー。


「面白いのかしら?」

「めっちゃ面白いっスよ!昨日も夜まで読み耽っちゃって、ハイ」

「『夜まで』ですって……?」


 ソフィアの言葉に、ジャスパーが首を傾げる。尋ね返す前にソフィアが大きな音を立てて立ち上がった。


「それよおおおぉぉぉっ!!!!」

「「「「ヒッ!?」」」」

「分かったから落ち着け」


 興奮気味のソフィアとそれに驚いて怯える会員たち。ロゼだけ正気である。


「この作戦なら時間はかかるけど、絶対売れるようになるわ!見てなさい!この勝負、私…いや私たちの勝ちよ!!」


 困惑しながらも会長ソフィアに「お、おー!」と賛同するオーリーたち。「別に誰とも勝負してませんよね?」と呟くアデル。またとんでもないことして面倒くさいことになりそうだ、と頭を掻いたロゼ。


「ありがとう、ジャスパー。貴方のおかげよ。貴方がいてくれなかったら金儲け…ゴホンッ。商いが上手くいかなかったかもしれないわ」

「なにもしてないっスけど、お役に立てて良かったっス、ハイ」


 ソフィアとジャスパーが身分の差をも超えて熱い握手を交わした。その姿はまるで激戦に決着をつけた好敵手。物凄い達成感なるものを漂わせており、ナイロも思わず賞賛の拍手を送った。


「ところでジャスパー」

「ハイ」

「貴方誰?」



「アッ、申し遅れましたっス。この商会の警備を担当してるジャスパーっス、ハイ」

「従業員じゃないんかい」

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