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1-15 辺境伯にこたえたい(後編)


 

 どこか春の陽気も感じる穏やかな風が白い十字架たちの合間に流れている。


 マロンベール領でも一番広い墓場の一段上になった、貴族の故人の眠る区域の中央に立つ人影があった。


 立派な体躯の彼はじっとある夫婦の眠る墓を見つめている。


 そこに刻まれた線はマロンベールという字を辿っていた。


「お知り合いだったのですか?」


 視線も口も動かさないランスリー卿に、声をかけたシリウスは「噂通りの無口な御方だ」と苦笑を滲ませた。しかしそんな彼の対応には威厳があり、無礼だとは感じないのが不思議だ。


 ランスリー卿の代わりに口を開いたのはすぐ側に控えていた従者ヘルだ。


「生前、マロンベール伯爵夫妻にはよくしていただきました。特に女性外交官で活発的だったマロンベール夫人と、隣国から嫁いでこられた我が主の奥様は大変仲がよろしかったのでございます」


 彼の言うマロンベール夫人とはもちろんソフィアの母のこと。ソフィアの社交性は、人と新しい物が大好きだった夫人譲りだ。


「ご夫妻が痛ましい事故に遭われたと聞きましたときは、身重の奥様もすぐにでも飛んでいこうとされました。奥様は、嫁がれて来た当時は異国人に対する差別で苦しんでいらっしゃいましたが、それを一蹴して親しくしてくださったマロンベール夫人には深く感謝しておられましたから。本当に惜しい方々を亡くしました…」


 痛ましい事故。

 それは外交官としての仕事を終え帰国しようとした夫人と迎えに行った伯爵の二人を乗せた馬車が大雨による土砂崩れに巻き込まれたことだった。


 当事者のように表情を曇らせるヘルを見て、能天気に見えて主人に寄り添って来た従者なのだな、とシリウスは思った。


「しかし驚きました。ソフィア様はまるで生き写しのように夫人によく似ておられる。自由な発想の商品を売る商会なんて、夫人が一番やりそうな商いですし」

「そうですね。天職なのでしょう」


 見ればランスリー伯の表情に異論の色はまったく見られない。なんて理解度の高い従者と伝達の意思のない主人なのか。


「しかし、当の奥方は今回の訪問には訪れておられないのですね。それほど親しかったのなら墓参りも切望しておられるのかと」


 すると意外にもヘルはきょとん顔を浮かべる。


「えぇ。でなくては意味がないではありませんか」

「…」


 シリウスはほんの束の間、矛盾と今の状況を加味して瞬時に結論を述べた。


「僕が聞いた話と齟齬があります。説明し直しに行かれた方がよろしいかと」


 ランスリー伯が眉間に皺を寄せる。今日一番動いた表情だった。




 三人は慌てて、(正しくはヘルがランスリー伯とシリウスを引っ張って行ったが)マロンベール邸のソフィアの部屋に駆け込んだ。


 しかしそこで、面白いことになりそうだとニヤつきをかみ殺していたシリウスから表情が消えた。


 ロゼとソフィアがベットで取っ組み合っていたからである。


「いーから早く寝ろ!」

「寝たからって良い(アイデアが浮かぶ)わけないでしょ!」

「だから早く寝(て夢を見)ろっつてんだろうが」

「無理矢理なんてひどいわ!」

「今の状況わかってんのか!」

「──分かってないのは君の方だよね…?」


 恐ろしく低く冷ややかな声がやっとソフィアとロゼの耳に届いた。


「あらっ。シリウス様。ランスリー卿とヘルさんも。お帰りなさいませ」


 至って普通に対応するソフィアに対して、ロゼはシリウスの自主規制のかかった顔面に蒼白の顔になった。


「い、いや待て。誤解するなよ。これは公子殿アンタの考えているようなことをしてたわけじゃねぇ」

「ふぅん。いいよ。言い訳は地獄の門番にでもしたら良い」

「ま、待てって! 話聞けって!」

「こら、ロゼ! シリウス様に対しての言葉使い直しなさい」

「今それどころじゃねぇよ!!」

「言い残すことはあるかい…?」


 眼光の光るシリウスにランスリー伯とヘルがぎょっと目を剥く。


「ちょ、小公爵様! 抜刀はいけませぬ!」

「ご安心下さい。ヘル殿。すぐ終わらせますので」

「多分ですけどそういう問題じゃないかと!」

「ちょ、シリウス様! ロゼをどうする気ですか!?」

「変なところを掴むな引っ張るな!」

「まずその不届な両腕から落とそうか〜」

「物騒!!」


 すると耐えかねたのか、ランスリー伯が突然叫んだ。


「妻ッ!!!」


 予想外の声量に全員の動きが止まる。


(爪…?)

(詰ま…?)

(クマ…?)


 注目されて顔を赤らめたランスリー伯は気まずそうに続けた。


「…に、贈る品を所望しているのだ…」


 ランスリー伯は手で顔を覆って溜息を吐いた。どうしてこうなったのか、と言わんばかりである。


 ロゼのズボンを引っ張っていたソフィアがカッと目を開いた。


「エェ、モチロン! ソノツモリデシタワ!!!」


 嗚呼…分かってなかったんだ…とヘルは可哀想なものを見る目を少女に向けた。



 その翌日、ソフィアはランスリー伯に小さな筒状のアイテムを渡した。


「これは?」


 怪訝な表情をするランスリー伯に代わってヘルが尋ねた。


「我が商会の新商品ですわ。その先端のつまみを回してみてください」


 すると逆の先端から紅色の棒が伸びてきた。ツヤのあるそれはとても鮮やかな赤を帯びている。


「唇に塗る口紅です。簡単に華やかになるので『フラワーリップ』と名付けました。もともとは平民の忙しい女性用に制作しておりましたが、落ちにくいですし、手軽に使えますので夫人にも喜んでいただけるのではないかと」

「とても素敵な品ですな。奥様も喜んでくださるに違いありません。ですが、こちら全ていただけるのですか?」


 ヘルは目の前のテーブルに並べられた大量のフラワーリップを見て頭髪を撫でた。


「こちらはご令嬢の分ですわ」

「あぁ! ご存知でしたか」


 辺境伯家には二人の娘と跡取り息子の三人の子供がいる。その次女が同い年だと知って嬉しかったのでもちろん覚えていた。


 妻や娘の姿を思い浮かべたのだろう、優しい表情を浮かべたランスリー伯はソフィアの緑の瞳を見つめて言った。


「ソフィア嬢、心の配った品をありがとう」

「ご満足いただけたのなら感無量ですわ。どうぞ次は夫人と共にいらっしゃってください。そしてマロンベール商会を今後ともご贔屓に」

「あぁ、是非そうさせてもらおう」


 ランスリー伯のリップとソフィアを見比べるような視線に気づいたソフィアは首を傾げてみせた。


 しかしランスリー伯はもちろん、ヘルも何も答えなかった。代わりに父親のような慈愛のある目で見つめられて、ソフィアは呆気に取られてしまった。


「あぁ。また来る」


 自分に言い聞かせるようにランスリー伯は頷いた。


 その昼下がりには、辺境伯は帰路に着いた。妻子へのプレゼントを抱えて。


 馬車の背中を見送りながら、ソフィアは呟く。


「お父様が生きてらっしゃったら、あんな感じかしら…」

 

 するとシリウスがソフィアの隣にそっと立ち並んだ。


「あらごめんなさい。深い意味はなくて…」

「良いんだよ。故人にも、新しく会う人に対しても、思いを馳せるのは悪い事じゃない。その繰り返しで人との繋がりを深めていくものなのだから」


 シリウスの穏やかな藍色の瞳と言葉が嬉しくて、ソフィアは視界が滲むのも気にせず、明るい声を出した。


「次は国王陛下にも献上できる品を用意しなくちゃいけませんわね!」

「やっぱり。すごいことを考えていたね」

「バレてしまいましたか。ですが目標は高く!ですわ」

「楽しみにしてるよ」

「シリウス様のためではないですよ?」

「うん?」

「いやだからシリウス様のためでは…」

「うん?」

「ア、ハイ。わかりましたわ」

「わぁ、嬉しいなぁ」

 

 そんな和やかな(?)会話を一歩後ろで聞いていたロゼは、眩しそうに二人の背中を見ていた。





ヘル「いやぁ素敵なお嬢さんでしたねぇ!」

ランスリー「…」

ヘル「あははっ。確かにそうですな」

ランスリー「…」

ヘル「えぇ? ちょ、旦那様それはないでしょうw」


 いつもこんな感じ。



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