表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

1-14 辺境伯にこたえたい(前編)



「いやてか、お前ら近ぇよ」


 ロゼが思い出したように二人の間に立った。


 ソフィアとシリウスが汚れた衣服をどうしようかと頭を悩ませていると、


「そこの騎士様とお連れ様方。もしご迷惑をでなければ、我が主の馬車でお送りしましょうか」

「貴方は…」


 遠慮がちに声をかけて来たのは中年の男性。身のこなしと頭髪の薄さからベテランの従者だと分かるが、シリウスもソフィアも見たことのない顔だ。しかし彼の背後に駐車している馬車の紋章にはどこか見覚えがあった。


「申し遅れました。私、ランスリー辺境伯の侍従を務めております、ヘルと申します」

「ランスリー辺境伯!?」


 シリウスが「へぇ」と眉を上げ、ソフィアがすっとんきょうに叫んだ。


 ランスリー辺境伯といえば、国境の整備や蛮族の侵略を食い止めている南の国防の要。何年か前には蛮族の侵攻を最前線で撃退した英雄だ。しかしこのマロンベール領からは遠く離れた土地の王である筈だが…。


「えぇ。どうぞこちらの馬車にお乗りください」

「えっ、えっ、えっ」


 ヘルに押され、おずおずと馬車の扉を開き覗いてみた。


 そこに鎮座していたのは筋肉質の大男だった。渋い面持ちに全てを見透かすような鋭い眼光。短く刈られた髪は清廉された雰囲気を感じる。

 でもとにかくガタイがいい。


 馬車の中ミチミチじゃないの。


「あのぅ、ヘルさん。この馬車満員ですよ…?」

「我が主がデカいだけで席は空いておりますよ」

「もうこれ一人用でしょう」

「…」


 辺境伯はそっと体をずらしてくれた。


 つめつめの馬車で相席したあと、マロンベールの居城に案内するとヘルが大層驚いて喜んだ様子だった。


「待ち人に偶然会えるとは、これは幸運ですな! 実は主のこの遠征の目的は、まさにマロンベール商会なのです」

「ウチの?」


 ソフィアがはてなを浮かべると、無言だったランスリー伯が礼を取った。


「申し遅れた、私の名はエディガット=ヘブラ=ランスリー。国王陛下より辺境地の統治と国防の任を賜っている」

「お初に御目にかかりますわ、ソフィア=マロンベールです。留学で不在の兄の代理当主を務めております」

「ディンラット小公爵もご無沙汰しております」

「恐縮です。しかし僕は今一介の騎士としてここにおりますので、お構いなく」

「承知しました」

「今回のご訪問は商会が目的とは、一体どのようなことでしょう?」

「うむ…」


 ランスリー伯はなにやら気難しい顔をして黙り込んでしまった。朗らかなヘルも、主人の意図を汲んでいるらしく、口を閉ざしている。


「我が商会には幅広い品を取り揃えておりますわ。きっとご要望の物があるはずです。どう言った物をお探しでしょうか?」

「…」

「…?」


 それきり喋らなくなってしまったランスリー伯。


 異変を感じ取り、ソフィアとロゼが小声で顔を突き合わせた。


「黙っちまったぞ、どうすんだ」

「商会に何かを買いに来たのは間違いないわ。…そうね、卿は名策で蛮族を撃退した知将よ。私たちを試しているんじゃないかしら」

「つまり俺たちマロンベール商会が辺境伯の要望をどれだけ忠実に叶えることができるかってことか?」

「えぇ。そうに違いないわ。卿に認められればウチの商会の名がランスリー領にまで届くわね。そして夢の第三店舗も…」

「なるほどな。腕が鳴るぜ」


 じゅるりと涎を拭くと、二人は微笑を浮かべランスリー伯に向き直った。


「お任せくださいませランスリー様。私共マロンベール商会が卿の願いに沿った商品をご用意してみせますわ!」


 ソフィアがふんすと笑うと、強面のランスリー伯の表情が微々たるものながら輝く。


「小公爵様、ソフィア様にお願いして大丈夫なのですか?」

「ヘル殿…。なにやらソフィアたちは意気込んでいますが、まぁ面白いので大丈夫だと思いますよ」


 脇でシリウスに耳打ちしたヘルは一瞬怪訝な色を浮かべたが、「ならいっか」と自前の頭髪を撫でた。



 他用もあるので数日滞在する、という伯を居城に残し本部にて作戦会議を始めた商会メンバーは、思ったより大事であることに動揺を隠せないようだった。


「辺境伯ってすごく偉いよね。そんな人がウチで何を買うの?」

「美味しいご飯とかじゃないの」

「クワガタとか」

「それらが違うことは確かだぞ」


 名探偵アデルが面々の顔を見ながら言った。


「プレゼントじゃないですか」

「根拠は?」

「だってウチは庶民向けの生活用品とか雑貨を扱っているんですよ? おじさま策士領主が好んで欲しがる物があるとは思えないでしょう」

「たしかに〜」


 ナイロが相槌を打つと、アデルが更に続ける。


「そして誰に向けたプレゼントなのかですけど…。わざわざ領地から遠く離れたウチにまでやって来たということはそれなりに親密な相手か、しっかりした立場の方でしょうね」

「地位の高い人か〜」


 それを聞いたナイロが鼻をほじりながら言った。


「王さまとか?」


 アハハと笑いが起きる。

 ソフィアも「ないない」と笑いを溢した。


 しかしそのとき、ソフィアとロゼの二人の脳裏に伯の声が蘇った。


─── 私の名はエディガット=ヘブラ=ランスリー。国王陛下より辺境地の統治と国防の任を賜っている。


 二人は目を合わせる。


─── 国王陛下より辺境地の統治と国防の任を…


「「あり得る…?」」


 その言葉に、アデルたちの表情が凍りつく。


 ロゼは頭を抱え、失笑を漏らした。


「いやでもそれだけで、流石にただの庶民向け商会のウチに来るわけがないだろ」

「でも、ウチには王妃陛下がいらっしゃったわ」


 ウィステリアの件のときだけでなく、スピカ王妃はシリウス経由でマロンベール商会の商品を買ってくれることがある。王妃御用達と思われていても正直おかしくなかった。


 しかもソフィアの兄は王太子に付き添って留学に行っていることで有名だ。マロンベール商会はその妹が運営しているとして、存在を知る貴族は意外と多かった。


 そんな状況も揃ってしまい、マジな顔になったソフィアを見た商会の面々は互いに顔を見合わせ、今の状況の大事さに改めて汗を垂らした。もちろんそれはそれは冷え切った汗である。


 とりあえず全ての商品一覧を広げてみたが、もちろん国王陛下の御眼鏡にかなうシロモノがあるはずがない。


「新しく開発しなくちゃいけないってことね…」


 ソフィアが唸ると、ロゼが突然言い放った。


「お前、寝てこいよ」

「!?」





今更プロフィール

 ウィステリア=マロンベール

王と側室の間に生まれた王女。なんやかんやあってマロンベール伯爵家の養女になった。魔力量も多く美しい容姿を持っており、苦労も多かったため、少しひねくれ気味。自分を助けてくれたソフィアにラブだが、最近留守番が多くて寂しいのでハイターをいじめている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ