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1-13 喧嘩してほしくない



「お」


 ロゼが驚いたような呟いたような声をあげた。


 ノノの手にあった『どらいやー』は、ぽひゅんっと愉快な音と火花を発生させて、そして静かになった。


「あらら」

「…」


 ノノがウサギの耳を垂らすように落ち込んだ様子を見せた。


 商会の会長室で、ソフィアからドライヤーの模型品に魔力を込めてみるように頼まれたノノは、ハイターやウィステリアに教えてもらったように力を込めてみた。これは魔力によって風を起こすことのできる機械。実用化・商品化に向けて試行錯誤を繰り返しており、今日は試しにノノに魔力を込めるのをやってみてもらったのだ。しかし思った結果にはならなかった。


「仕方ないわ、まだ試作品だから。ノノが気にすることないのよ」

「うんうん。ノノはあたしほど魔力量はないんだし」

「そうです、落ち込むことはないですよノノ嬢」


 ハイターが項垂れるノノに穏やかな声をかける。


「ソフィア様が無茶振りしただけですからね」


 うぉーい、その「ソフィア様ったらひどーい」みたいな顔やめなさい。


 ソフィアの非難の目を気づかずか、ハイターは生徒を擁護した。


「と言いますか、ソフィア様のアイテムが未完成なのでしょう? 魔力を内部に込めて風を起こす装置でしたっけ?」

「えぇ、そうよ。以前、ウィステリアに魔力を込めてもらったときは上手く作動したのだけれど…」

「魔力なら何でも良いって訳じゃなさそうだな」

「そりゃそうですよ。一言に魔力と言っても個人差が出ます。ウィステリア嬢のように風属性で膨大な魔力を持つ化けも…、ゴホン。優れた魔能者もいれば、ノノ嬢のよう微細な炎属性の魔力を持つ者だったりと様々なんですから」

「ねぇ今ハイターあたしのこと『化け物』って言おうとした?」

「とにかく、物に魔力を込めるのは難しいことですし、属性が関わってくるとなれば難易度は上がりますよ」

「となるとエネルギー補給が課題になるな」

「そうねぇ…」


 これでは、このドライヤーの商品化は程遠い。


「魔力をある程度補給した状態で、使い捨てで売り出すとか?」


 ソフィアが言うと、ロゼは模型ひとつにかかった費用書を睨んで答える。


「庶民の生活に根ざした商品なんだろ? 使い捨てにはコストがかかりすぎる」

「なら街の各所に補給ポイントを設置するのは?」


 ハイターが眉根を寄せて意見する。


「魔能者は国民の2割にしか満たしませんし、補給ができる人材も少ないでしょう。 ウィステリア嬢のように風属性でかつ保持量も多いのは稀有な例ですよ」

「確かにぃ…。『どやいやー』自体の構造や素材を考えるしかないわね。そうね、今日は工房の方に相談に行ってみましょう」


 執務卓から立ち上がったソフィアはロゼを見遣る。


「悪いけど、ロゼ着いて来てくれる?」

「あぁ。構わねぇよ」


 ロゼが頷いたとき、会長室の扉に美青年が現れた。


「では姫の護衛は僕が務めさせていただこうかな。その商人くずれの彼には荷が重いだろうからね」


 騎士服姿のシリウスが微笑み立っていた。すばやくロゼが挨拶を発する。


「これはこれは公子殿じゃねぇですか。ハハッ、この街の騎士団は随分と暇しておられるらしい」

「これも治安維持(仕事)の一環だよ。君の自分の判断をすぐ信用する浅はかさは一流だね」

「こりゃ失敬。ロクに話したこともねぇ俺のことを『商人くずれ』と評するお貴族様のお気に触ったようで」

「ふぅん。思考と同じく軽い口だね」

「お褒めに預かり光栄です」

「喜んでいただけて何よりだよ」


 ロゼとシリウスの背景が吹雪に見えてソフィアは怪訝な表情を浮かべる。

 しかし隣のウィステリアやハイターも害虫を見るかのような目をしているのに気づき、シリウスたちには聞こえないように囁いた。


「…あのぅ、シリウス様もシリウス様だけど、何でみんなシリウス様を嫌うの? 敵にはしたくないような人だけどそんな目で見なくても…」


 するとハイターは「マジかこいつ」という顔をした。使用人の立場の人間が向ける目じゃないわね…とソフィアは思う。


「ホントにわかりません? ディンラット小公爵の異質な執着心。あんなの見てたら普通に引くでしょ」

「執着心? 何への?」

「いやだからお嬢………、いえ、何でもないです知らない方が幸せなこともありますよね」

「え? 何? 気になるのだけど」

「真実が良いこととは限りませんから」

「あたしはね、あの笑顔が胡散臭いから嫌い!  姉様に擦り寄って来るのも嫌い」

「シリウス様にそんな風に言えるのはリアくらいなものね。それにしてもロゼもなんだか余裕ないわね。前は上手く扱っていたのに」


 睨みを効かせるロゼを見てハイターがふ、と鼻で微笑む。


「ま、あれはウィステリア嬢の理由と近い気がしますけどね」

「?」



 ロゼとシリウスを従える形で外へ出たソフィアだったが、なんだか二人との距離が近い気がする。


「で? どこへ行くのだったかな?」

「商会と連携してる工房です。話聞いてなかった癖に顔突っ込んできたのかよ」


 この二人ってこんなに相性悪かったっけ…?


「僕はソフィアに尋ねたのであって、君には訊いてないよ。そんな些細なことで相手の格を推し量る趣味があるのかな?」

「自称仕事人の公子殿と趣味が同じで嬉しいですよ。ところで、護衛役のクセに近すぎんじゃねぇんすか」


 あ、それ私も思った。


「護衛だから良いんじゃないか。いざという時ソフィアを守るのは僕なんだから」

「にしても未婚の令嬢に対する距離感じゃねぇだろ」

「あ、あそこに屋台がある〜…」


 背中に不穏な空気を感じながらソフィアはなんとか話題を逸らすが、逆効果のようだ。


「何か欲しいものはあるかいソフィア?」

「ガキ扱いすんなよ。甘やかすな」

「ソフィアを甘やかすのは僕の自由と権利だと思うけど? 君に何の権利があるのかな?」

「勘違いしてるようだがアンタにも権利はねぇよ」

「ちょ、二人とも…!」


 再び火花が飛び交う。


 ただでさえ悪人顔のロゼは睨むと凄みが出るし、騎士服姿のシリウスと対立する構図だと、やらかした感がすごい。


 もちろんそんな彼らは往来で目立つわけで。


「なんだなんだ?」

「喧嘩か?」

「あの灰色の髪の人、商会の人だよな」

「騎士様とやり合うのか?」


 ざわざわと見物客さえでき始める。


 状況にも気づかずか、ロゼとシリウスの言い合いはヒートアップする。


「君さぁ、たまたまソフィアに拾われたくらいで図に乗りすぎじゃない?」

「そりゃあ悪かったな。ガキみてぇな嫉妬丸出しの坊ちゃんに教えてやるが、焦りすぎはみっともねぇぜ?」

「僕のどこが焦ってるって?」

「シリウス様、落ち着いて、」

「ハハッ、誰もアンタだなんて言ってねぇよ自覚あンだな」

「ロゼもやめなさいってば」

「君の言い方に難があるんだ。それで商人を名乗るとは嗤い者だね」

「もうやめ、」


 そのときソフィアは二人との間に猫が駆けていくのを見た。小さなそれは足元をくぐり抜けていこうとする。しかしシリウスは猫のしっぽをつい踏みそうになっていることに気づいていないようだ。


「あ、危ないっ」


 そしてまさかの追いかけっこをしていたらしい少年に体当たりされるソフィア。


 何故かそこに都合よくあった水溜まり。


 思い切り尻餅をつき、飛び散る泥水。


 青いドレスも金髪も染まる。


 静まり返る一帯。


「…何やってんだお前。大丈夫か、」


 ロゼが少しの呆れと大部分の心配の声を漏らす。


「だからぁ……」


 ソフィアの突然の低音に、二人の男はびくりと肩を震わせた。


「二人とももうやめてくださいッ。ロゼも落ち着きなさいよ! あなたらしくないわよ。それと言葉遣いは丁寧にしなさいって私いつも言ってるわよね!?」

「お、おう…悪い」

「それとシリウス様も! ロゼのことを悪く言うのはやめてください」

「そ、ソフィア、まず怪我がないかを…」

「もうどうでもいいです。いいですか、ロゼは私に取って大切な存在なんです!!」

「え”」

「はっ…!?」


 突然の「大切な存在」発言にロゼが顔を歪ませ赤面する。


 ソフィアはソフィアで、言い切って満足したかのように、汚れた全身をどうしようかと眉間に皺を寄せている。


 すると歩み出たシリウスは、流れるような仕草でソフィアの目の前に膝をつく。彼の騎士服ももちろん同じように泥に塗れる。


「ちょ、シリウス様汚れちゃいますよ」

「構わないよ」


 そしてソフィアの手を取るとゆっくりと引き上げ、「怪我はないかい」と汚れを払ってあげながら訊いた。スマートだわ、とつい感心してしまう。


「にしてもごめんね。ソフィアの目の前だと言うのにみっともない姿を晒してしまったようだね」

「いえ、分かってくださったなら良かったですわ」


 そうよね、シリウス様は聡い人だから冷静になれば大丈夫よね。


 ソフィアがほっ、と安堵の息を吐くとシリウスが穏やかな美しい微笑を浮かべた。


「うん。だから彼への『大切な存在』という発言の本意を訊いてもいいかな?」


 あ、全然大丈夫じゃないわこの人。


 シリウスの圧が怖いのでソフィアは話題をずらした。


「それにしても流石ですねシリウス様。女性を助ける対応が滑らかでスマートですわ」

「本当はこうなる直前に助けられれば良かったんだけどね」

「いえいえ! まるで王子様みたいで、私が好かれているのかと勘違いしそうになりましたわ」


 言っていて自分でも小っ恥ずかしいと思ったソフィアが茶化すと、シリウスはソフィアの手の甲に突然唇を落とした。そして少し悪戯っ子さを滲ませて微笑む。


「そろそろ勘違いしてくれないと困るんだけどな」

「……ん?」


 ソフィアが怪訝な顔をしていると、周りの見物客たちは悟りを開いたような顔をした。


「なんだ、ただの惚気現場か」

「いいもん見ちゃったな」

「見物料をこっちに払って欲しい」

「明日も頑張れるわね」


 そして往来の人々は散っていき、ロゼは恥かしさと軽蔑の色を含んで唸った。


「何でさっきの状況からそんな展開に持っていけるンだよ…」






今更プロフィール

 ロゼ

マロンベール商会の副会長兼副店長の青年。ソフィアより一つ年上だが、スラム街にいた頃にスカウトされて商会の創立メンバーとなる。スラム街では他の子供たちの兄貴分的存在で、自分を犠牲にしても彼らを立派な大人にするのを目標にしていたほど、仲間思いな一面を持つ。自分ごと子供たちを救ってくれたソフィアに恩を感じている。しかし口も人相も悪く、怖がられることもしばしば。



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